【Skeb開発者なるがみ】使ってもらえる個人開発プロダクトをつくるための、たった1つの条件

2023年9月27日

株式会社スケブ 代表取締役社長

なるがみ(喜田一成)

株式会社ポリゴンテーラー代表取締役・株式会社ポリゴンテーラーコンサルティング代表取締役・外神田商事株式会社代表取締役。
1990年、福岡県生まれ。筑波大学情報学群情報科学類卒業。学生時代は東方Projectの二次創作サークルに所属。ハンドルネーム「なるがみ」としてサブカルチャー業界で広く知られる存在に。2013年にドワンゴに新卒入社し、3Dモデル投稿サービス「ニコニ立体」を開発。その後DMM.comやパーソルキャリアを経て、2018年に「Skeb」を開発し起業。2021年2月実業之日本社に同事業を売却後も代表として「Skeb」の発展に取り組む傍ら、ポリゴンテーラーおよびポリゴンテーラーコンサルティング社の代表としてメタバース関連サービスの開発にも取り組む。

テクノロジーの民主化が急速に進み、誰でも最低限のコストでWebサービスやアプリを開発できる時代になりました。しかしその一方、多くのユーザーに使ってもらえるサービスをつくることや、マネタイズの難しさを痛感している個人開発者も少なくありません。

クリエイターコミッションサービス「Skeb」をはじめ数々のクリエイター支援サービスを個人開発し、大きく拡大している「なるがみ」さんこと喜田一成さんは、「趣味で個人開発するなら、自分のやりたいようにすればいい。でも、たくさんの人に使ってもらいたいと思うなら、必ずやるべきことがある」と語ります。

最近は、株式会社スケブが個人開発によって生み出されたSNS「Misskey」のスポンサーになるなど注目を集めた彼に、これまでのキャリアを振り返りながら、個人開発したプロダクトを多くの人に使ってもらうために欠かせないポイントや将来性についてお話を聞きました。

絵が描けなくてもプログラミングでクリエイターと仲良くなりたい

——なるがみさんが初めてコンピュータに触れたのはいつでしたか?

なるがみ:プログラミングを始めたのは10歳のころです。父がアナログ回路関連の会社をやっていて家にコンピュータがあったので、自然と触るようになりました。ちょうどWindows 98、Visual Basic6.0のころですね。Yahoo!メッセンジャーをWin32 APIという仕組みを用いてハックして、デフォルトの設定にない文字色を使えるようにしたり、お絵描きチャットで描いた絵を保存できるようにしたりしていました。「なるがみ」というハンドルネームもその当時からずっと使っています。

——クリエイターとの交流もそのころから?

なるがみ:高校時代ですね。ニコニコ動画にコミュニティ機能が実装されたのを機に、二次創作マンガを投稿するユーザーが集まれるグループをつくったのが最初です。大学に入ってからは同人ゲームの開発をしたり、コミックマーケットの申し込みシステムの開発を手掛ける「Circle.ms」や「pixiv」でバイトしたりしながら、クリエイターとの交流を深めました。

——なるがみさん自身はクリエイターを目指さなかったのですか?

なるがみ:いえ、絵のほうは全然。描きたい気持ちはあったのですがモノにはなりませんでした(笑)。そういえば小学6年生の修学旅行でしおりの制作委員になったとき、表紙を飾る絵をYahoo!メッセンジャーで知り合った同学年の女の子にアウトソーシングしたのを思い出しました。自分で描くより、上手な人に任せるべきだと思ったからです。当時から合理的に考える子どもでしたね。

——クリエイターを支援するさまざまなサービスを手掛けているのは、ご自身ができないことを得意とするクリエイターへのリスペクトからなのでしょうか?

なるがみ:それほど大層な動機ではありませんよ。そもそもの原点は「クリエイターと仲良くなりたい」という思いでした。絵が描けない自分がクリエイターのコミュニティに入れてもらうにはどうしたらいいか考えた結果、クリエイターにとってのメリットを提供すべきだと思い至ったんです。

大勢のクリエイターとつながりができた今となっては、友だちづくりの手段ではなく、僕にとってかけがえのないライフワークとなっています。

個人開発での起業を選んだのは、会社の都合に振り回されたくなかったから

——なるがみさんは立場を変えながらさまざまなサービスの開発に携わってこられました。これまでの経緯をかいつまんで聞かせてください。

なるがみ:Webサービスを手掛けたのは、2013年に新卒入社したドワンゴの新人研修の一環で、「ニコニ立体」という3Dモデル投稿サービスを同期3名で開発したのが最初です。大学時代に3Dモデラーの皆さんと仲良くなって、彼らが生み出した3Dモデルよりも、そのモデルを使った動画のほうが有名になっている状況を何とかしたくてつくったサービスでした。

▲なるがみさんが初めて開発した「ニコニ立体」。人間はもちろんオブジェクトの3Dモデルも投稿されている

なるがみ:3年ほどドワンゴで働いた後、二次創作公認化事業を提供する著作権管理団体を立ち上げようと決め、動き出しました。2016年に日本がTPPに加盟するにあたり、二次創作が著作権法違反になる可能性があったからです。その実現に向けてDMM.comの亀山会長が主催する新規事業支援に応募し採択されたものの、残念ながら団体設立には至りませんでした。ただ、当時並行して個人で取り組んでいたクリエイター向け確定申告サービス「ドージン・ドット・タックス」は、今も多くのクリエイターにご利用いただいています。

——その次がパーソルキャリアでしたね。

なるがみ:はい。DMM.comのプロジェクトが自分の実力不足で残念な結果に終わったので、次の職場を見つけるために転職サイトのdodaに登録したら、運営元のパーソルキャリアから「うちにきませんか?」と誘われ転職することにしました。イノベーションラボという新規事業部門に配属され、クリエイターを含むフリーランス向けの定期健康診断事業をやるための準備をしていたのですが、突然の組織変更でチーム自体がなくなることに…。

会社に所属し、会社のお金でサービスをつくる以上、会社の都合に左右されてしまうのは必然です。でももうこんな風に振り回されるのはイヤだ、事業計画書や稟議書など面倒な書類はもう二度と書きたくないと、独立を決意し退職しました。そこで、当時親しくしていた漫画家1名と個人投資家2名から集めた900万円と自己資金100万円を足した1,000万円を元手に現在のスケブ社の前身にあたる外神田商事を創業し、「Skeb」を開発しました。その後「Skeb」の事業規模が拡大し、実業之日本社に売却しましたが、運営自体は以前と変わらず好きなようにやらせてもらっています。

個人開発サービスを伸ばしたいなら、エンジニアリングという手段に固執しすぎないこと

——こうして振り返ると、一貫して「クリエイターの支援」を軸にしているんですね。

なるがみ:そうですね。特に「Skeb」をつくりはじめたころから、自分の人生を何に費やすかについて深く考えるようになったんです。僕が「クリエイターのためにあってしかるべきだ」と思うのに、まだこの世に存在しないサービスはたくさんあります。ならそれは僕にしかつくれないもので、僕がやるべきことだと思うに至りました。

「Skeb」を出してしばらくは「手数料13.6%はボッタクリだ」「クリエイター側の権利が強すぎて誰も使わない」なんて言われたこともありましたが、今では300万人近いユーザーにご利用いただいています。自分の判断は間違いではなかったようです。

——「個人開発者」としてのご自分をどう評価しますか?

なるがみ:エンジニアリングは得意ですが、本業ではないと思っています。僕にとってのエンジニアリングは、目標達成の道具に過ぎません。別のエンジニアに頼むより、自分で書いたほうが安く早く良いものができるなら率先してプログラムを書きます。僕自身はプログラミング自体に楽しさは見出しておらず、綺麗なコードを書きたいと思ったことはありません。裏の実装がどうであろうと使うユーザーには関係ないですから。

▲なるがみさんが開発した「Skeb」。「決済以外は致命的な不具合にはならない」と、決済関係以外のテストを書かずにリリースしたものの、大きなトラブルはなかったそう

なるがみ:プログラミングを書くこと自体に楽しさを見出しプログラミングを研究するエンジニアを「目的プログラマー」と呼ぶなら、僕はプログラミングを目的達成に必要な道具だと割り切っている「手段プログラマー」です。開発規模が1人だけの個人開発サービスを伸ばしてゆくゆく事業化することに向いているのは、僕は手段プログラマーだと思っています。

——個人開発サービスを大きくすることには「目的プログラマー」よりも「手段プログラマー」が向いているとのことですが、目的プログラマーが手段プログラマーに変わることってできると思いますか?

なるがみ:性格や性分みたいなものなので、変わるという表現自体が変かもしれません。Webサービスをつくる上で、「手段プログラマーが大筋を考え目的プログラマーが実装する」という選択肢もあります。技術力に長けたスティーブ・ウォズニアックと、マーケティングやデザインに優れたスティーブ・ジョブズが共同で創業したAppleのような成功例もありますから。ただ、そうした絶妙な組み合わせは偶然の出会いに左右されるので、狙ってマネできるものではないでしょう。

——プログラミングはあくまで道具だとすると、なるがみさんにとって個人開発のモチベーションはなんでしょうか?

なるがみ:クリエイターのペイン(想定顧客の痛点、悩みの種)を解決するのが一番のモチベーションです。

今となっては、僕はオーナーから指名された雇われ経営者ですから、サービスを提供し続けるのに必要な収益を持続可能に得続けるためにどうするべきか、常に意識しています。サービスによってペインを解決できたらそれでいいと思うので、解決のための手段には固執しません。自分が興味を持っている技術でペインを解決したい人もいると思いますが、僕はペインを解決できるなら「何を使うか」にはあまりこだわっていない。人力で解決したほうが簡単ならそっちを選びます。

もちろん、趣味の延長としての個人開発なら、そんなことは考えずに楽しむべきですが、もし自分のサービスを大きくしたいなら、プログラミングやエンジニアリングにこだわり過ぎるのは危険だと思います

——サービス開発の傍ら経営やビジネスに関する知見を身につけるのは難しそうな気もしますが…。

なるがみ:本気で調べたら何とかなりますよ。僕は紙媒体のビジネス書や技術書を1冊も持っていません。本になるまで待てないから、経営もビジネスも技術も、ググったりその道のプロに直接聞いたりしています。

「伸びそうだからやる」「儲かりそうだからやる」は十中八九失敗する

——クリエイターを支援する目的以外でサービスをつくることはありますか?

なるがみ:ないですね。少なくとも「この領域は伸びるから」とか「今やれば儲かるから」といった観点でサービスをつくることはありません。出発点が間違っていますし、そんな動機ではじめたサービスの多くは失敗するだろうと思います。

なぜなら「自分、もしくは自分と関わりの深いコミュニティに存在するペインを解決する」という、サービスをつくる上で最も大事な視点が欠落しているからです。その点を疎かにしたまま、いくらエンジニアリングやマーケティングにコストを注ぎ込んでもうまくいくはずがありません。NFTがダメならメタバース、メタバースがダメならAIと、次々とターゲットを変えている人の多くは、その点を見誤っているように思いますね。

——ペインを抱えるユーザーの気持ちが手に取るようにわかるくらいでないと、サービスは成功しないわけですね。

なるがみ:そう思います。流行り廃りに振り回されるくらいなら、やっぱり身近なペインの解決に目を向けるべきですよ。

メタバースという言葉はあまり好きではありませんが、僕はこの4年間、毎日何時間もVRChatというVRメタバースプラットフォームに滞在しています。最近総滞在時間が6,000時間を超えました。それはサービスを立ち上げるために市場調査しているのではなく、ただ好きだから居るだけです。自分の好きなことを突き詰め、そのコミュニティの中で過ごすことによってこそ、自分が真に解決するべきペインを見つけられるのだと考えています。

——なるがみさんはエンジェル投資家でもありますよね。投資先選びには何を重視しますか?

なるがみ:サービスを提供する本人が、ユーザーやその界隈にめちゃくちゃ詳しいことが必須条件ですね。そうでないと、真に解決すべきペインも見いだせません。どのくらいの価格なら使ってもらえそうかの目星もつけられませんから、そのサービスが持続可能かどうか判断することもできないでしょう。

僕は時々、X(旧Twitter)上で、1回の面接で資金を提供するかどうかを決める「即決出資」の希望者を募ることがあるのですが、応募者の9割方は、ユーザーのペルソナについて考え尽くしていない印象があります。そのサービスをつくったとして「ユーザーはどういう層?性別は?年齢は?年収は?年間どれくらいのお金をかけてくれそう?」と、畳み掛けると「考えてなかったです……」と返されることが少なくないんです。

——そんな方にアドバイスをするとしたら、どんな言葉をかけますか?

なるがみ:まず「Web3で何かしよう」といった楽観的で的外れな考えは捨て、自らも当事者の一員としてどっぷり浸かっているコミュニティのペインを見つけ、それを解決するためにユーザー理解を深めるべきだと伝えるでしょうね。

ただ、今は個人開発がめちゃくちゃ難しい時代になりつつあります。2020年ごろから続く法改正によって、個人開発だとしても、お金を扱うサービスを提供するために対応すべき法律がどんどん増えています。この1年だけでも、プロバイダ責任制限法、個人情報保護法、特定商取引法、消費者契約法、電気通信事業法、消費税法の改正法が施行され、この後も電子帳簿保存法やフリーランス保護法の施行が待ち構えています。個人エンジニアがこれだけの対応を行うのは正直無理ゲーだと思います。

それでも個人でなにかしらのサービスを立ち上げ、大きくしたいと望むなら、弁護士や税理士の力を借りるのはもちろん、ベンチャーキャピタルからも教えを請うべきだと思います。僕は外部から経営方針に口を挟まれるのがどうにもイヤで、必要性も感じなかったので助言も投資も求めませんでしたが、ベンチャーキャピタルは常に投資機会をうかがっており、小さな会社が犯しやすい失敗も熟知しています。きっといまの時代に合った適切なアドバイスをくれるはずです。

すでに自分が所属するコミュニティのペインを見つけ、それを解決するサービスを考えているならば、その人は間違いなく「手段プログラマー」と言えるでしょう。そういう方にはぜひ頑張ってサービスをスケールさせてほしいですね。

取材・執筆:武田 敏則(グレタケ)

関連記事

人気記事

  • コピーしました

RSS
RSS