エンジニア不足は「業界全体」の問題。LayerX松本CTOに聞く「自走できるエンジニア不足」から脱する方法

2023年8月28日

日本CTO協会 理事 株式会社LayerX 代表取締役CTO

松本 勇気

東京大学在学時に株式会社Gunosy入社、CTOとして技術組織全体を統括。またLayerXの前身となるブロックチェーン研究開発チームを立ち上げる。2018年より合同会社DMM.com CTOに就任し技術組織改革を推進。大規模Webサービスの構築をはじめ、機械学習、Blockchain、マネジメント、人事、経営管理、事業改善、行政支援等を歴任。2019年日本CTO協会理事に就任。2021年3月よりLayerX 代表取締役CTO就任。開発や組織づくり、及びFintechとPrivacy Techの2事業の推進を担当。2023年、LayerX LLM Labsを立ち上げ所長に就任

多くの企業がエンジニア採用に悩む昨今、自走できるエンジニアの人材不足は業界全体の課題となっています。「いないなら育てればいい」と、2022年に若手エンジニアのコミュニティ形成のために「エンジニア育成ワーキンググループ」を立ち上げたLayerX社CTOの松本勇気さん。エンジニア育成に精力的に取り組む彼は、「エンジニアが足りないのに育成が進んでいない。これには構造的な原因がある」と語ります。

エンジニア不足を引き起こす構造的な問題とは何なのか?どんなエンジニアを育てるべきか?リソースが足りない中でも一生懸命育成したエンジニアが他社に転職してしまうリスクをどう捉えているのか?取材しました。

エンジニア不足に潜む構造的な問題

——2022年の年末あたりから、若手エンジニアの育成について積極的に発信している印象があります。何かきっかけがあったんですか?

2022年に、私も理事のひとりとして名を連ねる日本CTO協会内に「エンジニア育成ワーキンググループ」を立ち上げました。12月にその関連イベントを開いたのがきっかけで、そうした印象を持たれたのかもしれません。

実際には、前職のDMMでCTOを務めはじめた2018年ごろから、意識的にエンジニアの育成にかかわる発言をするようにしています。

——エンジニア育成に注力しているのはなぜですか?

単純に「みなさん困っているから」というのが一番の理由です。エンジニア不足は長年の懸案となったまま、今も中途採用市場では人材の奪い合いが続いています。どの企業に聞いても「エンジニアが足りない」「いい人が採れない」という声しか聞こえてきません

事実、マクロ環境を見るとエンジニアの数はこれから数十万人単位で足りなくなると言われていますし、嘆きたくなる気持ちはよくわかります。でも「それなら自分たちで育てよう」という動きは意外とあまり見かけないので、これはきっと構造的な問題があるはずだと。それなら日本CTO協会としてできることをやっていこうと、ワーキンググループを立ち上げる運びとなりました。

——「構造的な問題」とは、何を指すのでしょう?

エンジニアの育成にまつわる「非対称性」の問題です。

たとえば僕らのようなスタートアップには、なかなか人を育てるだけの余裕がありません。ジュニアのエンジニアひとりの育成にシニアのエンジニアをひとりつけたら、そのシニアひとり分よりも生産性が落ちてしまうからです。そうなると、どうしても「別の会社が育てた自走できるエンジニアを採用しよう」という力学が働きます。今エンジニアの中途採用市場で起こっているのは「よその畑でスクスク育った作物を引っこ抜いたり、引っこ抜かれたりしている」ということなんです。

それだけに終始していたら、自走できるエンジニアの数はいっこうに増えませんし、リスクを取って育成した企業が損をするだけ。それがエンジニアの採用を取り巻く構造的な問題です。

——「育てる」というのは、スキルや能力でいうとどの程度まで引き上げるイメージですか?

メンバーとして自走できることはもちろん、最終的にはリーダー、もしくはそれ以上の職務を務められるような人を増やしたいと思っています。リーダーは数多くのメンバーを育てる立場。優れたエンジニアを育てられるリーダーを増やせば、社会的なインパクトも大きいからです。

ただ、一足飛びに「リーダーができる人」を育てようとしても無理があります。そのため、まずは新卒や未経験でエンジニアになった若者をサポートするところから、リーダー候補の母集団を形成しようと、若手エンジニアが集うコミュニティを立ち上げました。その若者たちの中から組織を率いるリーダーを輩出していく方が、実りある結果に結びつくだろうと考えました。

会社を越えたライバルがいれば、人は成長する

——コミュニティ形成が、どのようにして育成につながるのでしょうか。

常に成長意欲が掻き立てられるような環境に身を置くことができれば、そこにいる人は自ずと成長していくものだと思います。僕自身もそうでした。

僕が若手だった約10年前の2013年から2018年頃にかけて、「若手Webエンジニア交流会(以下:若手Web)」という、様々な企業の若手エンジニアが登壇して発表するイベントが定期的に行われていました。当時そのイベントによく出ていた僕と同世代のメンバーで、今CTOになっている人がすごく多いんです。CARTA HOLDINGSの鈴木健太さんやCake.jpの新多真琴さん、くふうカンパニーの前田卓俊さん、クックパッドの星北斗さんも。みんな若手Web時代からずっと友達でいながらも、お互いに同世代として良きライバル意識をもっているんです。

同世代が組織をリードする立場になり、大きな成果を残しているのを知れば「自分も頑張らなきゃ」という気持ちが湧いてきます。僕はこれを「健全な嫉妬」って呼んでいて、そういう関係性を会社の枠を超えて広げていくことが、若手エンジニアが集まるコミュニティをつくる意義だと思っているんです。

——同世代のライバルと切磋琢磨するイメージですね。

そうですね。スタートアップだと同期がひとりもいないことも珍しくありませんし、先輩と自分しかいない環境では、競い合う相手を見つけることすら容易ではありません。会社の外に「同期」がいるという状態をつくれれば、競い合えますし、そうしてひとりひとりが成長していけば企業の成長にも貢献します。その結果、業界内で限られたパイを取り合うような局面が減れば、社会全体の人材不足にも貢献するはずです。

育てるべきは「顧客の課題を解決するエンジニア」

——組織を束ねるリーダーを育てたいとおっしゃっていましたが、そのために特にどんなスキルを強化すべきだと思いますか?

究極的には「顧客の課題を解決する力」です。

ただそうはいっても、いきなりその段階に上り詰めるのはハードルが高すぎます。まずは基礎的な技術力の向上から取り組むべきだということで、エンジニア育成ワーキンググループでは、エンジニア育成のサポートとなる教材リストをWiki形式で公開しています。具体的には、プログラミング経験の浅い初学者や入門者が読むべき書籍、またフロントエンドやバックエンド、インフラ、データベースなど、特定のカテゴリーに関心がある若手が読むべき書籍の紹介です。

——知識を身につけること以外でのサポートでは、どんなことをしていますか?

先日、日本CTO協会主催で、会社を横断した「合同ISUCON研修」というコンテスト形式のイベントを開催しました。異なる企業に所属するエンジニア同士がタッグを組んで、丸1日かけてサーバーのパフォーマンスチューニングに取り組むという内容です。

▲合同ISUCON研修についての松本理事のツイート。この日は約80名が参加した

初対面のエンジニア同士が力を合わせてゴールを目指すには、どれだけ技術に詳しくてもそれだけでは足りません。課題に向き合い解決するには、適切なディスカッションを促すコミュニケーション力やチームワークが欠かせないからです。その大切さを肌で感じてほしくて、こうした体験型の企画も行っています。

これらの取り組みで、知識、コミュニケーション、チームワークというエンジニアとしての基礎力を身につけた次のステップとして、今後は、チームビルディングやフォロワーシップを磨くような取り組みにも力を注ぎたいと思っています。

——「フォロワーシップ」とは、どのような能力なのでしょう?

現場で開発にあたるメンバーが、リーダーやチームのために何ができるか、主体的に考えて行動することを意味します。

経験が浅い若手からすれば、リーダーは雲の上の存在に見えるかもしれませんが、リーダーだって人間ですから間違うこともあります。メンバーに求められるのは、リーダーに盲信的に付き従うことではなく、チームが正しく機能するよう働きかけること。そのためには、リーダーのさらに上のマネージャーが求めていることを汲み取り、それに対してどう動くべきか考え行動するべきです。マネージャーはリーダーやメンバーよりさらに広い範囲・先の時間軸を考えていますから、それをキャッチできるようになれれば、自分自身のスキルになります。LayerXでも、「フォロワーシップ」の話は頻度高く出てくるくらい、重要なものだと考えています。

——LayerX社は2023年より新卒採用を開始しましたが、育成においてはどんな取り組みをしているんですか?

実は今年、MIXIさんのご厚意で、MIXIさんの新卒社員向け技術研修にLayerXの新卒が参加させていただく形で、2社合同で新卒研修を実施したんです。ゲーム開発、設計・テスト、データベース、AI、セキュリティ、チーム開発など、1日1科目ずつの実践形式で行いました。お互いのノウハウを共有することで業界にプラスになればいいなと考えていましたし、若手Webのように「会社を超えた同期をつくる」という意図もありました。

とはいえLayerXもスタートアップなので、やりたい開発に対してリソースが足りず、育成に多くを割くことはできません。「申し訳ないけれども、自己学習でついてきて」とせざるを得ない部分もあります。ただ、そんな中でもできることは全部やりたいので、つながりのある会社同士協力しながら、若手エンジニアの育成につながる取り組みを進めていければと思っています。

——リソースが足りない中でも精一杯若手を育成した結果、他社に転職していってしまう場合もあるかと思いますが…。

もちろんLayerXのCTOとしては、自社のエンジニアには長く活躍してほしいので、社外に流出してほしいわけではないです。ただ、会社の枠組みを超えた若手エンジニアの成長によってそういうことが起こったとしても、個社の事情や個人の思いとは別次元の話で、若手エンジニアの成長はある種の社会貢献だと思っています。

結局、魅力的なビジネスを生み出せていれば、「ここで働きたい」と思ってくれる人が来てくれるはずです。エンジニアを惹きつけたければ、経営者が魅力あるビジネスを生み出せばすむこと。そこに矛盾はないと思っています。

自ら考え、発信するエンジニアが次世代のリーダーとなる

——育成される側の若手エンジニアはどのような心構えでいるべきでしょう?

自分で考えること、やらされ仕事にならないことを心がけてほしいですね。

ポジションはどうであれ、働く上で「上から言われたからやる」「本に書いてあったからやる」のと、自分で考えに考え抜いて意思決定したのでは、学びの量と質には格段の差があります。自分で考え、論理的に説明できるようになること、また、自ら意志決定をする機会を増やせるよう周囲に働きかけるくらい能動的に取り組むことを意識してほしいと思います。やはり経験に勝る学びはありませんから。

——すぐにでもできることはありますか?

発信することでしょう。技術ブログを書くのもいいですが、とくにおすすめしたいのはイベントに登壇することですね。

僕は「登壇駆動学習」と呼んでいるのですが、先に登壇すると決めて逃げ道を塞いでから発表内容をまとめるやり方はいいですよ。人に伝える以上間違ったことは言えませんから、一生懸命勉強するでしょうし、学んだことを自分の言葉で伝えようと思ったら、細部まで理解を深める必要があります。登壇の準備自体が、学びの理解度を深めるプロセスなんです。

——登壇後のメリットもありそうですね。

登壇することで、聴衆から思わぬ角度からのツッコミが入ることがあります。それが新たな学びのきっかけになりますし、発表を見てくださった方から話しかけてもらう機会も格段に増えます。人見知りで人と友だちになるきっかけがつかめない方にこそ積極的に挑戦していただきたいですね。

この3年はコロナ禍の影響でオフラインのイベントがなくなってしまいましたが、今は復活しつつあります。機会を捉えて挑戦してほしいです。

——自ら考え、発信し、行動する。それが重要なんですね。

研修から得る学びも大切ですが、能動的な体験から得られる学びはかけがえのないものです。僕らが提供できるのはきっかけに過ぎません。そこから自らの意志で努力を重ね、成長し続けるエンジニアがひとりでも増えたら、IT業界やスタートアップ界隈だけでなく、日本の社会全体にいい影響を与えるはず。そう信じて、若手エンジニアの育成に取り組んでいます。

取材:光松 瞳
構成・執筆:武田 敏則(グレタケ)
撮影:赤松 洋太

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