【catnose】Zennを生んだ個人開発者に聞く、プロダクト開発の美学

2023年8月2日

個人開発者

catnose

ソフトウェア開発者・デザイナー。
個人開発者として、Webデザイナー向けメディア「サルワカ」、ポートフォリオ作成サービス「RESUME」、技術情報共有サービス「Zenn」、簡単にAIサービスがつくれる「だれでもAIメーカー」など、数々のプロダクトを世に送り出す。家族は妻、娘、犬、猫。

個人開発者として、ポートフォリオ作成サービス「RESUME(レジュメ)」や技術情報共有サービス「Zenn(ゼン)」、入力欄や選択ボックスを組み合わせるだけで簡単にAIサービスがつくれる「だれでもAIメーカー」など、数々のプロダクトをヒットさせてきたcatnose(キャットノーズ)さん。現在も複数の開発案件に関わりながら、新たなプロダクトを開発中だといいます。

今回はそんなcatnoseさんのこれまでの作品を振り返りながら、個人開発者として培った開発哲学や、30代になるとともに起きた心境の変化など、ざっくばらんに語っていただきました。

自分が「いいな」と思い、ユーザーにも必要とされるものをつくってきた

——catnoseさんといえば、Zennなど人気Webサービスの開発者として知られています。最近も「だれでもAIメーカー」をリリースしました。現在はどのようなスタイルで活動しているのですか?

20212月にZennを譲渡したクラスメソッドで開発アドバイザー的な役割を担っていたり、新規サービスの立ち上げに関与したりする一方、新たなWebサービスの個人開発にも取り組んでいます

——クラスメソッド以外の企業案件に携わることもあるんですか?

この5~6年はないですね。それ以前に手掛けていたWebメディア「サルワカ」やWordPressテーマの販売で得た収益を元手に個人開発にフルコミットしてからは、自分でつくったプロダクトからの収益が主な収入源です。

——さまざまなWebサービスを立ち上げていますが、開発する、しないのジャッジの基準を教えてください。

そのときのキャパシティや関心事によって変わるのですが、基本的には2つのパターンがありますね。

ひとつは自分が欲しいサービスをつくるパターン。もうひとつは、社会のニーズに合わせて開発するパターンです。過去の事例で申し上げると、RESUMEやZennは前者、だれでもAIメーカーは後者に該当します。

——ご自身がつくりたいものを開発するプロダクトアウトと、ニーズに合わせて開発するマーケットインの両軸で開発しているんですね。

そうですね。前者の、自分が欲しいからつくるというケースだと、既存のサービスでは満足できないという思いが開発のきっかけになることが多いですね。

Zennを開発したときもそうで、既存の技術記事投稿サービスに対して「こうだったらいいのに」と思う点が多く、それが開発のモチベーションになりました。

▲catnose氏の代表作であるZenn。技術者間の情報共有・発信サービスとして幅広く普及している

ただ、自分が欲しいからだけではなく、「多くの人に使ってほしい」「収益化もしたい」という気持ちもあり、それらが重なるようなサービスをつくりたいと思っています。

リリース以前の段階では、使ってもらえるかどうか予測しきれない部分もありますから、いつも不安でした。「本当にこのサービスは、多くのユーザーに喜んでもらえて、収益につながるものになりうるのか?」「下手したらこの1年間フルコミットしても収入ゼロになるんじゃないか」という危機感は常にありましたね。

特にZennの開発当初は、その前につくっていた「サルワカ」や「Resume」よりも「自分が欲しい」の割合が高く、その分不安も大きかった。結果的には、愛用してくれるユーザーさんが多くついてくれたので、嬉しかったですね。

——Webサービスを開発するにあたって何かこだわりはありますか?

僕は「使いやすさ」や「気持ちよさ」などのユーザー体験を考えながらサービスをつくるのが好きです。マネタイズも重要ですが、個人開発では自分好みのユーザー体験を詰め込んだものだけをつくろうと決めています。

自分が使って「いいな」と思えるような、使いやすく洗練されたデザインであることは大事にしていますし、それを突き詰めるのも楽しいですね。これまで手掛けたすべてのWebサービスに共通しているこだわりと言えるかもしれません。

最終的には気合い。本気でつくりたいならどんな苦労も乗り越えられる

——個人開発として、いわゆるプランナー・エンジニア・デザイナー・BizDevをすべて1人でやるとなると、実際どんな流れで開発を進めているのですか?

コーディングもデザインも同時並行で考えつつ実装するイメージですね。

たとえば「このページのデザインをこうするとしたら、コードはこう書いて、キャッシュの扱いはこうすべきだよな」とか、「このページにキャッシュポイントを設けるとしたらこんなデザインでこんなコードがベスト」とか、頭のなかでサイトの構造やUIデザイン、コーディング、ビジネス的な観点を行ったり来たりしながら進めています。

そもそも、デザイナーの領域も、エンジニアの領域も、ある程度重なっており、明確に分けられるものではないと思っています。大きなプロダクトをつくるためにチームで役割分担をしても、デザイナー、エンジニア、そしてビジネス側も、互いの専門領域をある程度理解していたほうがより良いものがつくれる気がしているんです。

例えば、あるボタンを押したとき、遷移先のページのURLは元のままなのか、それとも別のURLが発行されて、リロードしても遷移後のページにいられるようにするのかなど、WebサービスのUIを考えるときには、Webの仕様やコードの設計が大きく関わってきます。ボタンを押したらサーバーからデータを取ってくる待ち時間が発生するのに、「時間がかかります」とユーザーにわかるように表示されていないとか、動作とデザインが一致していないと、違和感につながりやすい。こういう些細なことがユーザー体験に及ぼす影響は、意外と大きいんです。

設計やプログラムをなんとなくでも理解していた方が、ユーザーにとって気持ちよく使えるデザインを考えやすいと思います。個人開発でデザインもエンジニアリングもひとりで手がけているからこそ、両方理解したうえで開発できるメリットを強く感じていますね。

▲2023年5月にリリースした「だれでもAIメーカー」。catnose氏らしく洗練された使いやすいデザインで、AIに馴染みのないユーザーの間でも広がった

——とはいえ、最初から何役もこなすのは大変だったのでは?

確かに、できないこと、知らないことばかりだった最初の頃は大変でした。イチから勉強するのはしんどいときもありますし、調べても調べても疑問が解消できず、何日も開発が停滞することもあります。やりたくないこと、面倒なことも多いですし、それらを避けて通れないのは当然苦しい。

でも、こうした苦労は、自分がイメージしていたものがサービスとして形になったときにすべて吹っ飛びますね。そうした苦労や大変さも含めて、サービス開発を楽しんでいるんだと思います。

——途中で投げ出さず、最後までやりきるには何が必要でしょう?

僕の場合は気合いでやり切っています。しかしその気合いが生まれるのは、自分つくりたいものを好きなようにつくれる自由があるからこそだと思います。

個人開発なのでやってもやらなくても、誰からも叱られません。そもそも初めてのチャレンジであれば、できないことや面倒なことは山ほどあるわけです。これまでは、その面倒なことを上回るくらいつくりたいと思うものをつくってきました

最初のうちは見栄えが悪かったり、コードが汚かったりしても、何度も繰り返しているとだんだんと上手くできるようになります。上手くできることが増えるにつれて、どんどん楽しくなるのがサービス開発の魅力だと思います

個人開発漬けの20代を経て。30代は画面の外に飛び出し、実店舗のブランディングや仕組みづくりにチャレンジしたい

——今後はどんな活動をしていく予定ですか?

実は昨年30歳になって、ちょっと心境の変化がありまして。今まではPCを使ってWebサービスをつくってきましたが、次は実店舗の企画やブランディング、仕組みづくりなどをやってみたいなと思っているんです。

ひとりで開発に没頭してきたこと自体にはまったく後悔がないのですが、家族もでき、30代を迎えたいま、20代と同じ働き方でいいのかなと。実はこれまでひとりで開発するのが楽しすぎたせいで、それ以外の記憶が薄いと気づき、「誰とも喋ることもなくPCの画面ばかりを見ている生活を続けていいんだろうか」という危機感が生まれました。

個人開発はこれからも継続するつもりですが、それのみになってしまわないよう、今は他の人と顔を合わせて働くことや、開発以外で人間関係が広がるような活動にも興味があります。

——何か具体的な計画があるのですか?

これまで通りのやり方で新しいWebサービスを開発しながら、今まで培ってきた、課題を分析し仕組み化したり、デザインや体験設計に落とし込んだりする力を活かして、飼い犬と一緒にくつろげるドッグカフェを立ち上げたいなと妄想しています。

——猫カフェじゃないんですね(笑)

猫と犬を飼っていて、どちらも同じくらい好きなんです(笑)。

▲飼い犬も人間もおいしいご飯が食べられて、一緒にくつろげるカフェづくりの構想は、2023年夏ごろから具体的になってきたそう

——「新しいWebサービス」のほうは、どんなサービスなんですか?

これまでの集大成のつもりで、日記投稿サービスの開発に取り組んでいます。バズらせたいとか、いいねがほしいとか、役に立つものを書きたいとか、他人の目を気にするような動機ではなく、自分が書きたいと思ったことを気兼ねなく書けるような投稿サービスです。

このサービスは譲渡することは全く考えておらず、自分の手でのんびりと運営を続けたいと考えています。そのため、週に2、3日の関わりでも十分回せるよう、仕様をよく検討してから実装したり、メンテナンスのしやすさに気を配ったりしながら開発を進めています。

——リアルな活動の比重が増すことで、改めてWeb上での活動にいい影響が出るかもしれませんね。

そうですね。いまはユーザーからの反響もWebの中に閉じている状態なので、リアルなコミュニケーションを通して自分のサービスがどう評価されるのかとても興味があります。その結果が巡り巡ってWebサービスの開発に還元できたらいいですね。

——catnoseさんにとって「個人開発」とは何でしょうか。

インターネットの世界が好きですし、つくりたいという衝動が抑えられず、つい手を動かしてしまう性分なので、「大好きでたまらない趣味」と言ってもいいかもしれません。趣味のように好きなことを目一杯やって、それにお金を払ってくれる人や企業がいる今の状況はとても幸せだと思います。

とはいえ、これまでのやり方を今後もずっと続けたいとは思っていません。今までは色々なサービスを開発しては手放すことを繰り返してきましたが、今後は5年、10年かけて長く人に愛されるサービスをつくりたいと思っています。また、パソコンの画面ばかり見ているのではなく、外の世界にも足を踏み出して、ネットとリアルの両方で、自分が好きだと思えるサービスを提供していきたいですね。

取材・構成・文:武田 敏則(グレタケ)

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