コンピュータサイエンス、バイオサイエンスを渡り歩いたエンジニアが「材料開発」で日本の新産業に貢献する理由

2021年4月15日

コンピュータサイエンス、バイオサイエンスを渡り歩いたエンジニアが「材料開発」で日本の新産業に貢献する理由

株式会社MI-6 ソフトウェアエンジニア

伊藤聡史

東北大学大学院情報科学研究科修了。在学中はコンピュータサイエンス及びバイオインフォマティクス専攻。卒業後はバイオ企業にてビッグデータの解析に従事し、フリーランスエンジニアを経て2020年よりMI-6社に参画。

近年、新材料に対する需要高騰に伴い、マテリアルズ・インフォマティクス(Materials Informatics。以下、MI)という分野に注目が集まっている。研究者の「勘と経験」に頼ってきた領域に、コンピュータサイエンスなどによるアプローチを加え、新しい材料を開発する取り組みのことを指している。

このMIの領域で急成長を遂げているスタートアップがMI-6だ。2017年に創業し、リチウムイオン電池の性能向上など幅広い実績を重ねてきた。その後優れたAIベンチャーとして、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の「次世代ロボット中核技術開発/次世代人工知能技術分野」にも採択されている。

最先端の技術力をもつMI-6でテックリードとして活躍しているのが、ソフトウェアエンジニアの伊藤聡史さん。大学ではコンピュータサイエンスを学び、その後バイオサイエンスの分野でビッグデータと格闘、フリーランスとしての経験を経て、一般的にはまだ耳馴染みのないMIという先端領域でエンジニアとして活躍する。

多様なキャリアを持つ伊藤さんに、MIの領域でエンジニアとして働く面白さ、そしてエンジニアとして社会に貢献することの意味について尋ねた。

バイオインフォマティクスからマテリアルズ・インフォマティクス、フリーランスから正社員へ

──今回、「MI」という領域についてはじめて知りました。そもそもなぜ伊藤さんがMIの分野のエンジニアになったのか、まず伊藤さんのキャリアについて教えていただけませんか?

僕はもともと大学ではコンピュータサイエンスを専攻して、大学院ではバイオインフォマティクスの研究室に入っていたんです。その延長で、新卒ではバイオサイエンスの会社に入りました。そこでは1回の実験あたり数TBものデータが出力される環境で解析ができて、とても面白い日々を過ごしました。

でも、子どもの頃からプログラミングをやっていたこともあって、バイオ以外の分野にも視野を広げたいと思ったんです。

──なるほど。そこから一度フリーランスになられたんですね。

ええ。正社員の仕事を一旦やめて、いろんな会社と仕事をするようになりました。そのうちの1社がMI-6だったんです。

──でも、どうしてもう一度正社員になろうと思ったんですか?

やはり業務委託だと、与えられたタスクをこなしていくだけのことが多くて。だけど社員なら、会社や事業全体を考える広い視野や高い目線も必要だし、「こうしたらもっと良くなるのになぁ」と思うことがあったらすぐ実行できる。これからの自分のキャリアにとって、重要な経験になるんじゃないかと思ったんです。

Webエンジニアになってからは、自分の手を動かしてプロダクトを作ることがメインだったのですが、もっとプロジェクトやチームのマネジメントをしてみたいと思うようにもなりました。エンジニアリング組織作りや採用にも関わってみたかったんですよね。

▲正社員になる思いについて笑顔で話しているMI-6伊藤さん

MIの分野に飛び込む。エンジニアとして日本の産業を支える

──なるほど。そういう経緯で、MI-6に入社したんですね。あらためてマテリアルズ・インフォマティクス(MI)とは、どんな分野なのか教えていただけますか?

MIというのは定義が広いのですが、情報科学的な手法を使って過去の実験で蓄積したデータ等をもとに新材料を見つける技術です。

例えば、プラスチックの一種にポリエチレンがありますが、食品包装に使われるものと、車の塗装に使われるものでは、物性も構造も全然違います。材料分野では、より良い製品をつくるために、既存の原料を加工したり、組み合わせたりして、新しい材料を生み出すことが大事なんです。

そこでMIという技術を使えば、より低コストで高性能な電気自動車向けの電池を開発したり、建築・土木業界でコンクリート製品の補強材として利用するグラスファイバー(ガラス繊維)など、社会のいろんなところで活躍する新しい材料をつくれるようになるんです。

実はこれまでの材料開発って研究者の「勘と経験」に頼っていることが多くて。腕のいい研究者が、この原料をこのぐらいの割合で混ぜたらうまくいくだろう、これぐらいの温度まで熱したら性質が変化するだろうなど、感覚で開発していたんですね。

――そうなんですね、新しい材料って、すごいデータに基づいて開発しているんだと思っていました。

そうですよね。この勘と経験に頼っていたところを、MI-6では「miHub(エムアイハブ)」というSaaSプロダクトをつくり、ベイズ最適化などのアルゴリズムを使って、データに基づいたパラメータ最適化が行えるようにしました。ユーザーが手元のデータをアップロードして目標とする物性を設定するだけで、次に実施するべき実験パラメータが明らかになる仕組みです。

▲miHubサービスユーザーインターフェイス

──すごいですね! でも伊藤さんはなぜこのMI領域が面白いと思ったんですか?

MIが対象とする材料産業は日本が世界で勝負できる数少ない産業の一つだからです。正直なところ、日本はいまどの分野も世界と比べて強くないように思います。立派な技術者はたくさんいるし、世界トップクラスの技術もたくさんありますが、結局のところ中国やアメリカには勝てていない。

僕が前に関わっていたバイオの分野もそうで、中国、アメリカ、ヨーロッパには全然勝てなかった。他の業界を見渡してみても、全体的に日本は右肩下がりです。

その中で材料産業は、日本企業が世界トップシェアをたくさん持つ稀有な産業です。またEUのレポートによると、世の中のイノベーションの70%に材料が関与しているという調査結果もあります。だから、この領域のエンジニアとして参画することで社会に大きなインパクトを与えられるのではないかと思ったんです。

──その中で、MI-6はどういう事業を展開されているんですか?

大きくいうと、材料開発の現場におけるMIの活用推進をサポートしています。

主要事業は3つあって、1つは会社設立当初から取り組んできた「ハンズオンMI」。いわゆるコンサルティングやデータ解析事業で、企業におけるMI利用をフルサポートして新しい材料開発のサポートをしています。

2つ目は僕が主に関わっているプロダクト、「miHub」です。AIに詳しくない材料研究者でも簡単にMI解析ができるSaaS型の解析ソフトウェアです。僕はここで、この「miHub」のテックリードとして、フロントエンド、バックエンド、それから機械学習エンジニアが構築するアルゴリズムを取りまとめています。

そして3つ目が、2022年のリリースを目指して開発しているRaaS(Robotics as a Serviceの略)型サービスです。MIを用いて実験を行う条件についてロボットに指示を行い、材料の合成からできあがった材料の成分評価まで全自動化でサイクルを回せられるよう研究開発しています。

──MI-6社で働く魅力を教えてください。

一番大きいのは、日本の基幹産業である材料業界に貢献できる点ですかね。

これからの材料産業の発展にはMIが必須だと思います。MI-6は国内唯一のMI専業企業ですし、MIを用いたプロジェクトを数多く推進してきた実績もあります。MIの取り組みをしている企業は他にもありますが、MI推進に必要となる多様な専門性・バックグラウンドを持つメンバーがこれほど揃っている企業は他にないかと。

エンジニアとして社会により大きなインパクトを与えたいとずっと考えてきたので、そういう意味でMI-6はとてもいい環境だと思っています。

Z世代のエンジニアよ、「社会に貢献できるコードを書け」

──MI領域のエンジニアとして、働くことの意義について、どんな風に思っていますか?

やっぱりさっきも言ったように、いまの日本においてなかなか世界的に強い産業が少ない中で、材料産業は数少ない強みとなる分野なんですよね。この領域にエンジニアとして関わるということは、日本の産業のこれからの発展に貢献できることだと思うんですよ。

さらに、例えば新しい電気自動車に搭載される材料を開発できれば、自動車産業の発展に貢献できるかもしれないですし、太陽光パネルに最適な材料を開発できれば日本のエネルギー産業の発展に貢献できるかもしれない。残念ながら少し停滞気味な日本の産業に光をもたらす新しい材料が発見できる、そんな期待もあります。

だから、コードの力で、社会に貢献できる仕事だと思うんです。今やっていることは。

──なるほど。東京都の宮坂(学)副都知事が中心となって新型コロナ対策サイトをつくったり、Code for JapanがNPO法人の開発支援をしたりしていますけど、それとはまた違った角度で、社会に貢献できそうですね。

ええ。これからの日本の産業を発展させていきたいですし、日本を支える新たな柱のような領域が作れると思うんです。そういう、社会に貢献したいエンジニアにとってはおすすめの分野だと思います。

──これまでいろいろな経験をしてきた伊藤さんにとって、「できるエンジニア」って、どういうエンジニアだと思いますか?

多様な価値観を持つ他者の意見を尊重できるエンジニアだと思います。とくに当社のプロダクトは融合領域(社会課題など、ある目的を達成するため、既存の専門領域を横断してできあがる領域のこと) のSaaSプロダクトなので、仕事がエンジニアだけで完結することはないんですよ。

現場のユーザーに最も接しているセールスや事業開発をやっているBizDevの人たちなど材料分野をバックグラウンドとするメンバー、カスタマーサクセス、データサイエンティストといった情報科学に強みを持つメンバー、さらにはお取引先の企業の方々とも、ディスカッションして、プロダクトをより良くしていかなくてはなりません。

エンジニアにしかわからない言葉を使ってエンジニアだけで開発を進めていたら良いプロダクトは作れない。全然違う意見を持つ人ときちんと話し合って、それをプロダクトに落とし込んでいく力が求められていると思います。

ビジネスサイドの人や、同じエンジニアでもバックグラウンドの違う人と話し合って目線を合わせて同じ方向へ進んでいくことで、想像以上のすごい機能が生まれたりするんですよ。違う視点や、価値観の異なる人の話を聞けば聞くほど、プロダクトはブラッシュアップされるという手応えがあるんです。

そんなふうに、多くの人に心を開いて、相手の意見を汲むことのできるエンジニアが「できる」人だと思いますね。MIの分野にかぎらず、エンジニアは、いろんなジャンルのプロフェッショナルとディスカッションしながら、ユーザーや社会の課題を解決できるプロダクトをつくらなきゃいけないんだと思います。僕がえらそうなことは言えないのですが、プロダクトや社会のことまで視野を広げていけるエンジニアはすごいなと思いますね。

取材・編集:石川香苗子
企画・執筆:王雨舟

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