“バズらせ名人”の苦悩。れとるときゃりー氏が向き合う、個人開発サービスの残酷な壁【フォーカス】

2025年2月6日

個人開発者

れとるときゃりー

Webエンジニア・デザイナー。個人開発者として、学生時代にTwitter(現X)に特定の投稿を促すボタンをつくれる「みんなのボタンメーカー」や、フォロワーと手軽に通話できる「TwiCall」など、様々なWebサービスを開発し話題を集める。「TwiCall」をAppBrew社に事業売却後、同社にJoinし、2021年4月から2023年5月までPdM・Webエンジニアとして活動。2023年6月よりフリーランス。

個人開発者のれとるときゃりーさんは、大学生時代に数々のWebサービスやアプリを開発し、SNSを中心に脚光を浴びてきました。2018年に公開した「みんなのボタンメーカー」というサイトは連日Twitter(X)でトレンド入りする大反響。2020年にリリースした、Twitterのフォロワーと手軽に通話できる「TwiCall」は、公開3か月で美容プラットフォーム「LIPS」を手がけるAppBrew社に事業売却となりました。

彼は大学卒業後、「TwiCall」売却の縁でAppBrew社にそのまま入社し、Webエンジニアやデザイナー、プロダクトマネージャーとして活躍。2023年6月にはフリーランスに転身し、現在は個人サイト作成サービス「ピクページ」に個人開発で注力しています。

華々しいキャリアを築いてきたように見える、れとるときゃりーさんが、この先見据えるゴールとは。気になって取材を申し込むと、落ち込んだ様子で「正直、今の自分は先のことが全然見えてなくて、どうしようかと悩んでいます。人生も、お金も、これからの仕事も、考えることが山積みですね…」と語ります。そこには、全てが順調だったからこその、「好きなこと」と「現実」の狭間で揺れる葛藤が、ありありと存在していました。

個人開発の夢と現実の狭間に揺れる

――まず、れとるときゃりーさんの現在の状況を教えてください。

れとるときゃりー今は、目の前にある短期的な目標を優先して生きています。正直、数か月先の自分がどんな状況にいるのか、まだ想像できない部分もあります。

私は2023年の6月にAppBrew社を退職してからここまでの約1年半、2つの活動を繰り返しています。まず、無職状態で貯金を切り崩し、「ピクページ」というサービスの開発に注力する時期。そして、生活の糧とするために、フリーランスとしてWeb開発のお仕事をいただき、案件に集中する時期です。

今月(2024年11月当時)も、「そろそろお金が無くなってきたな」と思い、業務委託での案件をいただいて、つい先日納品を終えたところです。目先の生活費は確保できたので、ひとまず12月は「ピクページ」の開発に没頭しようと考えています。

ですが、新年以降のお仕事は、まだ具体的に決まっていません。今後の人生やお金のこと、この先の仕事についても、どのように進めていくべきかを模索している最中ですね。

――とても赤裸々ですね…。なぜ、そのように不安定な状況になったのか教えてください。

れとるときゃりー:2024年5月末にリリースした「ピクページ」の普及と収益化の面でまだ課題を抱えており、それを解決するために、もがいている最中だからです。

▲ピクページの概要(トップページから)。コーディングの知識が全くなくても、画像を貼ったりアイコンを置くだけで、手軽に個人サイトをつくれるサービス

れとるときゃりー:リリース当初はX上で話題になり、一定の反響をいただいたものの、盛り上がりを維持する仕組みがまだ十分ではなく、ユーザー数が思うようには伸びていない状況です。

収益化に関しても、現在は利用可能な機能が増えるサブスクリプションプランを提供していますが、まだ最適な収益モデルを構築できておらず、試行錯誤を続けている段階です。

――かなり、厳しい状況なのですね。今後何をするのかも模索中とのことでしたが、「こういうことをしてみたい」というビジョンはあるのでしょうか。

れとるときゃりー:正直な気持ちとしては、この先も個人開発者として、自分がつくりたいと思ったものを好きなようにつくり続けていきたいとは考えています。

しかし、現実的には、個人開発だけで生計を立てるのは、まだかなり難しいです。今のところ、ピクページによる収益はほとんどなく、業務委託の仕事でなんとか食いつないでいるのが実情です。

学生時代から約7年間、個人開発に取り組んできましたが、ここにきて収益化の難しさを痛感しています。

「好きなものをつくり、バズらせる」の先に待ち受けるもの

――数年間の個人開発経験のなかで、最大の佳境にいるようにお見受けします。そもそも、れとるときゃりーさんが開発者として活動を始めたきっかけは何だったのでしょうか? これまでのご経歴をお聞かせください。

れとるときゃりー:中学時代に父から譲り受けた古いWindows XPパソコンが始まりでした。これが起動に30分もかかる低スペックマシンでして。何とかまともに動作できるようにしようと調べて、軽量OS「Puppy Linux」をインストールしたら、やっと動き出したんです。「自分でもコンピュータをいじれるんだ!」とすごく感動して、コンピュータやハードウェアの仕組みへの興味が芽生え、大学に入学したころには、趣味で電子工作などに取り組んでいました。

Webの世界に足を踏み入れたのは、大学のサークル活動で、Webサイト制作を任されたのがきっかけです。CSSの存在すら知らない状態でしたが、1週間で何とかつくり上げました。そこで「Web上ならば、電子工作とは違い、アイデアを多くの人に見てもらいやすい!」と気づき、Web開発にも興味を持つようになったんです。

その後、初めて本格的につくったWebサービスは、仮想通貨でアーティストに投げ銭ができる楽曲投稿サイト「tipmusic」でした。

▲tipmusicのスクリーンショット(すでに公開を終了)。他ユーザーが投稿した楽曲に対し、仮想通貨で投げ銭ができる

れとるときゃりー:「自分にとって興味のあることを詰め込んで何かつくってみよう」と思って生まれたプロダクトでしたが、公開直後、何気なくTwitterで宣伝してみたら、翌朝には1000回前後リツイートされる反響があって。この達成感から、さらに個人開発にのめり込んでいきました。

――れとるときゃりーさんがこれまで手掛けてきたサービスの多くが、SNSで「バズ」を生んでいるように思います。これは意図的にこだわっているのでしょうか。

れとるときゃりー:もちろんです。「バズること」は、多くのユーザーを獲得して利用してもらい、できるだけ長くサービスを続けていくために必要なことだと考えています。そのために、SNSとの連携性や拡散性を重視するようになりました。

たとえば、「みんなのボタンメーカー」では、作成したボタンをワンクリックでTwitterに共有できるようにしてあります。ボタンのカスタマイズ機能も、Twitterへの投稿意欲が削がれることがないよう、UIを極力簡略化し、とにかく拡散性に特化させました。

▲「みんなのボタンメーカー」のボタン作成画面

れとるときゃりー:狙い通り、「ボタンメーカー」はお手軽さがウケていろんな人に使ってもらえたし、サイト名がTwitter上で何度もトレンド入りすることで、さらに利用者が増えるという循環も生まれました。

AppBrew社への事業売却まで至った「TwiCall」を生み出せたのにも、こうしたこだわりや拡散ノウハウがつながっています。

――大学卒業後はそのまま、AppBrew社へ入社したと聞いていますが?

れとるときゃりー:はい。AppBrew社の新規事業チームからお誘いを受けました。入社からしばらくして、コスメアプリ「LIPS」の開発に携わることになったのですが、新しい領域への挑戦では学ぶことも多く、試行錯誤しながら仕事に取り組んでいました。

その過程である時、自分の強みとは何か、整理して考えてみるタイミングがあったんです。自分はフロントエンドは好きなのですが、バックエンドはそんなに得意じゃなくて。純粋な技術力に絶対的な自信があるわけでもないし、自分の何を生かせば事業貢献につなげられるのかな、と。

そこで改めて気づいたのですが、私が「バズり」を生み出してきたのは、SNS上でのユーザー心理や行動を予測し、どんな仕掛けを用意すれば興味を持ってもらえて、拡散につながるのかを考え抜いてきたからです。なので、SNSを使った企画を立案すれば、そのノウハウを発揮できるのではないかと考えました。

それで早速、「コスメクーポンガチャ」というSNS投稿キャンペーンを企画・実装してみたら、1か月で1万回以上、ツイートされて。

▲「LIPS」アプリで実施中のコスメクーポンガチャ。1日1回チャレンジできて、LIPS内のオンラインショッピングで使えるクーポンが当たる

れとるときゃりー:これまでのノウハウが、お仕事の成果としても数字に現れたことで、やはり「どうバズらせるか」を考えるのは得意だし、このスキルで事業に貢献する方法もあるんだなとちょっと自信がつきました。

その後もLIPSの開発にも携わりながら、様々な業務を経験しました。その過程で「ピクページ」をはじめとして、個人開発のアイデアが膨らみ、また本格的に開発に取り組んでみたいという思いも強くなりました。

そのため、2023年6月にAppBrew社を退職しましたが、ありがたいことに、その後も良好な関係を続けさせていただき、今もフリーランスとしてSNSキャンペーンの開発のお仕事をいただいています。

――AppBrew社での仕事は、やりがいに満ちていたことが伝わります。なぜ、「ピクページ」の開発に全力を注ぐようになったのでしょうか? 経緯を教えてください。

れとるときゃりー:「ピクページ」のアイデアが生まれたのは、新卒1年目の冬ごろです。歌手の、やくしまるえつこさんの公式サイトに出会ったのがきっかけです。全面が白黒イラストのオブジェクトで構成されているシンプルなサイトで、設置されている各イラストは、YouTubeの楽曲動画などへのリンクになっているんですよ。

衝撃を受けました。シンプルなのにインタラクティブで触っていて楽しいし、何よりめちゃくちゃかわいい。この時、「これみたいに、誰でもイラストを貼るだけで個人サイトを簡単につくれるサービスがあったら、とても面白そう」と思いました。「そしたらみんな、どんなサイトをつくるんだろうなあ」という願望が浮かんだんです。そこで、1年ほどかけて、「ピクページ」のプロトタイプを開発してみました。

ですが、当時は私生活やお仕事で忙しくなってしまい、このプロトタイプは完成には至りませんでした。なのでしばらく開発を放置し、「この間に類似のサービスが登場したら、それはそれで面白そうだしいいかな」とも思ってたんです。

しかし、放置し始めてから1年経ってみても、類似のサービスは現れなかった。なので、2024年のはじめごろに、「実現したら面白そうなのに…。誰もやらないのなら、自分がやらなければ」と考えました。

――そこから、「ピクページ」の開発が本格スタートしたんですね。

れとるときゃりー:はい。無職状態ではありますが、ずっと実現させたかったサービスなので、この際金銭面のことはいったん度外視しようと考え、「ピクページ」だけにフルコミットで半年間取り組みました。

でも、サイト作成のGUIを使いやすいように設計するのが想像以上に大変で、開発は難航しました。その上、やっとの思いでどうにか公開してみたら、収益化で行き詰まり…。こうして今に至ります。

それでも「長生きできるサービス」をつくりたい

――今のれとるときゃりーさんは、並々ならぬ情熱を持って「ピクページ」の開発に臨んでいるようにも見えます。

れとるときゃりー:自分でも不思議なのですが、ひとたび「これをつくりたい」という衝動が湧き上がると「これを完成させずに死ぬのは嫌かもなぁ…」とまで考えることがあるんですよ。「これを形として世に残さないまま死んだら、後悔するかもしれない」と。

「TwiCall」の時も、今の「ピクページ」もそうです。

最大の目標として、私は「自分が開発に関わらなくなったとしても、自律的に成長し続けるプロダクト」を生み出したいとも考えています。

たとえば、技術情報共有サービス「Zenn」は、開発者のcatnoseさんが直接的に関与していなくても、ユーザーが主体となってコンテンツを生成し、コミュニティが形成され、成長を続けていますよね。

catnoseさんのように、自分の手を離れても育っていけるようなサービスが私の手でも実現できたら、それは本当にすごいことだと思います。でも、実際に「ピクページ」を開発・運用してみて、そこまで至るには、本当に高いハードルがあるのだと痛感しています。

――簡単なことではないですよね。

れとるときゃりー:はい。プロダクトにずっと生きていてほしいならば、やはりバズるだけではダメなんですよね…。何かしらの収益が出なければ、サービスはいつか死んでしまう。自分自身がご飯を食べられなくなって、結局続けられなくなってしまいます。しかも、私すらもご飯が食べられないようなサービスを、私が関わらなくなった後に引き継いでくれる人もなかなか現れないでしょう…。

本当は学生時代から気づいてはいました。サービスを持続させたいなら、バズらせることも大事だけど、それ以上に収益を生み出す仕組みが重要なのだと。でも、まだ学生でしたし、それほど暮らしの心配をする必要もなく、自分がつくりたいものをつくることに夢中になっていました。

でも、もう見て見ぬふりはできません。この現実と向き合って、どうするか考えないといけない。ここにきて、改めて将来について真剣に考え始めています。

――答えは、出そうですか?

れとるときゃりー:まだまだ、全然見えていないですね…。

でも、今の生活も「良いな」と思う面はあります。個人開発に、業務委託案件と、数か月単位で集中する対象が交互に切り替わるのはメリハリがついて、気分転換にもなります。

もちろん、ピクページが直近でヒットしたら、個人開発一本で生きていきたい。それが難しいなら、このままフリーランスとして仕事を請け負いながら、自分のサービスを育てていくか。あるいはもういちど会社員になり、自分のキャパシティと折り合いをつけながら、個人開発を細々と続けるか…。

今はとにかく、目の前の「ピクページ」に全力を注ぎ込むつもりです。うまくいくかどうかはわかりません。でも、決して悲観してるわけじゃないんです。「ピクページ」を触っていただいたユーザーさんからの反応自体はとても良くて、うれしいことに、イラストレーターさんをはじめとして「こういうのがほしかった」という声もいただいています。

そうした声が耳に届くと、「『イラストを貼るだけでサイトがつくれるサービス』というアイデアは、間違ってはいないのかもしれない…!」と、とても励みになります。今はまだ収益化が難しくても、かなりの可能性を感じてはいるんです。

申し訳ないです、こんな迷いだらけの状態で。いつか自分なりの答えを見つけて、「今はこんな感じで生きています!」と、皆さんに明るく報告できる日を迎えられたらと思っています。

それまでは、まだまだ悩みながら、もがきながら進んでいくことになるかと思いますが。温かく見守っていただけたら嬉しいです。

取材・執筆:田村 今人
編集:光松 瞳

れとるときゃりーさんのXアカウント
ピクページ

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