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シェア9割越え。家庭用3Dプリンター市場を中国勢が制した理由

2025年12月12日

シェア9割越え。家庭用3Dプリンター市場を中国勢が制した理由

中国アジアITライター

山谷 剛史

1976年生まれ、東京都出身。2002年より中国やアジア地域のITトレンドについて執筆。中国IT業界記事、中国流行記事、中国製品レビュー記事を主に執筆。著書に『中国のITは新型コロナウイルスにどのように反撃したのか?』(星海社新書)『中国のインターネット史 ワールドワイドウェブからの独立』(星海社新書)『新しい中国人 ネットで団結する若者たち』(ソフトバンククリエイティブ)など。

中国・深セン発の低価格エントリーモデルの3Dプリンターが世界を席巻している。イギリスの調査会社CONTEXTのレポートによると、同様モデルの3Dプリンターの世界出荷台数は2025年第1四半期に前年同期比15%増の100万台を超えた。出荷台数は依然として増加傾向にあり、このエントリーモデルの95%を中国メーカーが占めると言われている。

以前から趣味として導入する人や作品をつくって販売する人、さらには建物内に大量に導入して大量生産する起業家が報道されたものの、まだニュースで見るようなガジェットだった。しかし、低価格モデルの普及に伴い、3Dプリンターは年を追うごとに身近になっている。

「箱を開けたらすぐに使える」。中国産3Dプリンターの“家電化”

世界の入門機出荷のほとんどを占めるという中国メーカーのシェアを見ると、Creality(創想三維)が40~50%でトップで、続いてBambu Lab(拓竹科技が20~30%、Anycubic(縦維立方)が5~10%、Elegoo(智能派)が同じく5~10%。なかでも、Bambu Labは急激に出荷台数を伸ばしており、近い将来、トップシェアになる可能性もある。

ちなみに同じ3Dプリンターでも、おもな印刷方法はメーカーにより異なり、Creality、Bambu Lab、AnycubicはいずれもFDM(熱で溶かしたフィラメントを積み重ねて造形する熱溶解積層方式)、Elegooは液体の樹脂レジンに紫外線をあてて固める光造形3Dプリンターだ。

中国以外のメーカーでいえばチェコのPrusaがあげられる。中国メーカー勢とは違うオープンソースのプロダクトで、完成品もあるが、もとはユーザーが自ら組み立てられるキットとして人気を博した。改造もできれば修理もできる、ヘビーユーザー向け仕様でもある。

中国勢は元々海外市場をターゲットとしているため、サプライチェーンが充実していることから本体価格は圧倒的に安く、Prusaよりも早く届く。さらに組み立て不要ですぐ使えるので、初心者にも優しい。中国勢の製品はオープンソースではないので基本的に自ら修理や改造はできないが、国内数社が常に競い合っているので、性能向上と価格低下のサイクルが速く、壊れたときには性能のいい機種に買い替えるハードルが低い。

実際に価格面ではどれだけ入手しやすくなったのか。2025年のダブルイレブンセール(アリババが毎年11月11日に行うオンラインセール)では、Bambu Labの「A1」という人気モデルが1799元(約40000円、1元≒22円で計算) で販売されていたことを筆頭に、主要4メーカーの製品価格は1000元台後半で収まっている。通常時の価格でも、3年前と比較すると同等の性能のマシンがおよそ6割値下がりしていると言われている。

▲Bambu Lab社の「A1」 3D プリンター(同社サイトより画像引用)

ちなみに、初めて3Dプリントに挑戦する個人向け低価格製品の相場は3000元以下とされている。3000~5000元はメインストリーム製品で高性能な生産ツールを必要とするエンジニアや作品を販売したい人向け、5000~10000元は上位モデルで大学の研究者や企業開発者向けの高性能と安定性を両立した製品となる。1万元を超えれば企業向けの工業用製品だ。

一方、ひたすら安さを追求すれば、それこそ日本円で1万円を切る300~400元程度のものも売られてはいる。しかしそれは山寨機(さんさいき、シャンジャイジ、他社モデルを許可なく盗用し製作したもの)と呼ばれる、品質やサービスで期待できないノンブランド製品だったり、小さなサイズのものしか印刷できなかったりする。

以上をふまえると、深センをはじめとする中国各地に、山寨機から工業用製品までを製造できる部品供給網があると言えるだろう。この供給網が中国メーカーの国際市場での競争力を支えているのだ。

3Dプリンターの歴史40年。ブーム去った後、中国メーカーが大躍進

そもそも世界的に3Dプリンター開発の歴史は古く、1980年代までさかのぼる。当時は将来性の不確実性と技術的な課題から、人々の目にとまるような情報はほとんど伝えられなかった。

注目を集めたきっかけは、2008年に初めて登場した3Dプリントによる義肢だった。2016年には、3Dプリンター業界で最初のスタートアップブームが起き、多くの機関投資家からの投資を呼び込んだ。しかし当時はまだ材料費が高く、印刷材料も商業化も不十分で、利用のハードルが高く、その後のAIやメタバースブームにテック系の人々の関心は移ってしまった。

いったん冷え込んだ後に中国企業が一気に製品革命を起こし、シェアを獲得していった。まず台頭したのはCrealityだ。その要因の1つは、サプライチェーンが深センとその周辺で既に確立されていたため、地元の原材料使用でコストを抑えつつ、部品設計を迅速に繰り返せたことだ。さらに同社は、機械構造を再構築し、不要なハードウェアを取り除いて機械全体のコストまでも削減した。

また完成品を販売する戦略により、「パッケージを開けたらちょっとの手間ですぐに使える」手軽さから、ユーザーの導入障壁を下げた。それまでは3Dプリンターに対して人々が抱いていた「自ら長時間かけて機械を組み立ててから使う」という常識を覆し、さらにサプライチェーンの優位性によって購入コストを削減した。

▲Creality社の「Ender-3 V3」 3Dプリンター(同社サイトより画像引用)

この二重のアプローチによりCrealityは成功し、他の中国企業も追いかけるように製造・販売を開始した。各社はモーターや制御基板や構造部品やプリントヘッドや消耗品を自社製品向けに改良していき、価格を抑えつつ、より印刷を高速に、より印刷量を多く、そして自動レベリングや密閉チャンバーや多色印刷などといった付加価値をつけていった。

競合の中でもCrealityを猛追し、存在感を示したのがBambu Labだった。元DJIの幹部がドロップアウトして立ち上げたBambu Labは「3Dプリントを本物の家電にする」という目標を掲げ、およそ100人のエンジニアチームにより試行錯誤を繰り返し、2年後にクラウドファンディングのプラットフォーム「Kickstarter」で製品をリリース。製品とメーカーは信頼を集め、3Dプリンター業界の競争状況を急速に変えている。

▲2022年にクラウドファンディングプラットフォーム「Kickstarter」上で公開された「Bambu Lab X1」<https://www.kickstarter.com/projects/bambulab/bambu-lab-x1-corexy-color-3d-printer-with-lidar-and-ai>(参照日2025年12月11日)

Bambu Lab製プリンターの大きな強みは、センサーとAIを活用した調整(キャリブレーション)による、信頼性ある印刷の実現だ。プリンターでの印刷不良を検出するカメラが搭載されているほか、加速度計の数値をもとに振動をアクティブに補正する機能もある。急激な加速と減速によって発生する振動の周波数をプリンターが加速度計で分析し、アルゴリズムによって補正を行い対処している。AIを導入することにより信頼性を高めて、同時にそれを担保にプリンターヘッドの速度をあげ、印刷速度を向上させた。

同社のヒット商品「X1」(※)では、高速印刷を実現するためにAIに頼りきりになるのではなく、超軽量のカーボンレールやフィラメントを均一に溶融する高性能40Wセラミックヒーターや強力な12Wパーツ冷却ファンを導入し、筐体(きょうたい)も堅牢なものを採用した。タッチスクリーンを備え、利用者は3Dプリンターの状態を常に把握することが可能になった。問題や故障が発生した場合には通知を受け取ることができるようになり、印刷時の利用者のストレスを大幅に減らした。
※コンシューマー向けで人気の「X1 Carbon」はすでに廃盤決定が発表されている。

「開発費200%控除」制度やクラウドファンディングで潤沢な資金を確保

Bambu Labのように、既存のサプライチェーンでハードウェアの部品を揃え、AIでソフトウェアの品質を高めるという取り組みは、中国のこの10年のモノづくりではよくあることだ。スマートフォンの写真修正機能、イヤフォンや補聴器の音声補正機能のほか、最近ではロボットの「頭脳」にもAIが入り、AIで製品品質を高めつつ低価格を実現している。

ところで、3Dプリンターにしても何にしても製品開発にはお金がかかる。中国でよくあるのは、先に米国で新製品ジャンルが立ち上がり、国際間の取引などが規制されたときに備えて、「自前で対抗製品をつくらねば」と政府が自国内の業界活性化を促すために助成金を投下する、という図式。たとえば近年ではメタバースやスマートスピーカーなどがそうだ。

ところが、3Dプリンター開発はちょっと違う。中国国内では、昔から細々と続いてきた。3Dプリンターが波に乗る前は、研究開発の促進を目的とした中国3Dプリンター企業への資金調達はごく僅かだった。それをCrealityやBambu Labらが世界的な人気商品に押し上げた。

ではどうやって資金面でも成功したのか。

前提として、これらの企業はもともと完成品よりも、まずは部品や消耗品を販売し、利益を捻出していたとされている。銀行や中小企業支援からの融資もあったはずだ。

その上で中国独自の資金調達手段として、対象となる業界における研究開発費に対して「200%控除」という制度(中国政府財政部2023年第7号公告などに説明)がある。研究開発費をかければかけるだけ大きな控除が得られ、納税額がその分削減されて税引き後の利益が内部現金としてより多く残り、さらに再投資にかけることができるようになるという制度だ。

たとえば、企業が適格な研究開発費に1000万元かけた場合、課税所得から合計2000万元が控除対象となり、法人所得税の支払額が減り、企業内に残る現金が増える仕組みだ。この控除は新製品の開発や、独自技術の特許取得、プロセス改善、プロトタイプのテストなど、「適格」と認められた研究開発活動にのみ適用される。加えて、業務を行うにあたっての地代や設備購入にも状況によっては補助金があり、研究開発のための諸経費が抑えられる。専門性、独自性、革新性のある企業はさらなる優遇が受けられる。

このように研究開発のコストを抑えた上で、中国企業が力をさらに大きく伸ばした契機としてあげられるのは、国外販売を想定してクラウドファンディング「Kickstarter」などで資金を募るという手法だった。

中国企業の海外進出の成功モデルとして

販売戦略としては、世界で3Dプリンターを大衆化し購入者を増やすべく、中国の外でオフィシャルショップサイトをつくり、Amazonなどに公式ショップを出店。またFacebookなどの非中国のSNSを活用し、SNSを使った直接的なブランド発信と顧客との関係づくりを開始した。

さらに初心者向け製品の場合、未経験のユーザーの多くが「使い方がわからない」「何をつくればよいかわからない」と考え、購入をためらうことがネックとなるので、YouTubeなどで影響力ある3Dプリント系のインフルエンサーを起用し、新製品の開封から組み立てて使って印刷までを実演する動画を多数用意。製品の敷居の低さとおもしろさと可能性を視覚的に伝えたことで、動画視聴者を購入へと誘導した。

▲BambuLab社の3Dプリンターを紹介するYouTube動画「Bambu Lab X1: This $1000 3D printer is a few generations ahead of Creality, Prusa, and Ultimaker」

売上を増やすことで資金も充実し、それでいて前述の通り税制の控除により納税額を抑えられる。加えて有名になることで投資家が投融資を行ってきてさらに開発力や販売力を高め、一気に世界に拡大していった。

このように中国3Dプリンター企業は、高性能かつ低価格な製品を、SNSやコンテンツマーケティングを活用して世界中に販売してきた。新しいもの好きや何かをつくるのが好きな人など、テックマニア以外へと利用者を広げて市場は拡大した。

その結果、これまで低空飛行を続けてきた3Dプリンターメーカーは、グローバルなコンシューマー向けテック企業としてその名を知られるようになった。中国視点で見れば、中国企業の海外進出のひとつの成功モデルとして、他の製品ジャンルにも活用されることになるだろう。

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