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2025年12月9日


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中国科学技術大学などに所属する研究者らが発表した論文「Tunable Einstein-Bohr Recoiling-Slit Gedankenexperiment at the Quantum Limit」は、かつてアインシュタインが考案し実現できなかった可動スリット(動くスリット)の思考実験を、今の技術で検証した研究報告である。
1927年、アルベルト・アインシュタインとニールス・ボーアは量子力学の本質をめぐって論争を繰り広げた。その議論を確かめるために提案された思考実験が、約1世紀の時を経て、ついに現実のものとなった。
この実験の源流は、1801年に物理学者トーマス・ヤングが行った二重スリット実験にさかのぼる。ヤングはこの実験で光が波であることを示したが、アインシュタインは光が粒子であると主張した。一方、ボーアは量子物理学の観点から、光は波でもあり粒子でもありうるという考えを提唱した。
二重スリット実験では、光を2つの平行な細いスリットに当て、その背後のスクリーンに映るパターンを観察する。もし光が粒子であれば、各スリットの後ろに光の塊が現れるはずだが、実際には明暗の縞模様、すなわち干渉パターン(波の性質)が現れる。これは光が波のように振る舞い、スリットを通過した後に互いに干渉することを示している。しかも光の強度を単一の光子(1粒ずつ)にまで落としても、この干渉パターンは消えなかった。
ボーアは「相補性」という概念を主張した。光子が波としての性質を示しているときには粒子としての性質を観測することは不可能であり、その逆も然りというものである。アインシュタインはこれに反論するため、通常の二重スリットの手前に可動スリット(バネ付きのスリット)を置く実験を考えた。
仕組みは、光子がスリットを通過するとき、可動スリットを押して反動を与える。この反動を測れば光子がどちらの道を通ったかわかる。同時に、スクリーンには干渉縞も見えるはずだ、とアインシュタインは考えた。これにより光の粒子的な振る舞いと、干渉パターンに示される波的な振る舞いを同時に観測でき、相補性の原理に矛盾が生じるはずだと主張した。
これに対しボーアは、ハイゼンベルクの不確定性原理を持ち出して反論した。不確定性原理によれば、物体の位置と運動量を同時に正確に知ることはできない。可動スリットの反動(運動量変化)を正確に測定しようとすれば、その代償としてスリットの位置が不確定になる。スリットの位置が揺らげば、光子の経路の出発点が曖昧になり、結果として干渉パターンは破壊される。つまり、どちらのスリットを通ったかを知ろうとする行為そのものが、干渉を観測するために必要な条件を壊してしまうという主張だ。
当時、この実験を実際に行うのは非常に難しい問題があった。普通のスリットは重すぎて、たった1個の光子が当たっても動きがほとんど検出できなかった。
今回の研究チームは、光ピンセットで捕まえた1個のルビジウム原子を可動スリットとして用い、この問題を解決した。この原子をレーザーで宙に浮かせ、極低温まで冷やすと、その運動量の不確定性は光子1個の運動量とほぼ同じになる。つまり、光の粒1個がぶつかっただけでスリットが反応し、光子の反動を感じ取れるようになる。
実験では、レーザーの強さを変えて原子の運動量の揺れ具合を調整することで、光子の経路情報(粒子の性質)と干渉縞(波の性質)を同時に観測できるかを検証した。
その結果、ボーアの主張が正しいことが確認された。原子の揺れが大きいときは、経路情報は分からないが干渉縞がはっきり現れ、揺れを小さくしていく(光子の経路情報を正確に知ろうとする)と経路情報は分かってくるが干渉縞は消えていった。つまり、波の性質と粒子の性質を同時に観測することはできなかったというわけだ。
Source and Image Credits: Zhang, Yu-Chen, et al. “Tunable Einstein-Bohr recoiling-slit gedankenexperiment at the quantum limit.” Phys. Rev. Lett. 135, 230202 – Published 2 December, 2025 DOI: https://doi.org/10.1103/93zb-lws3
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