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室温・常圧の「暗黒励起子凝縮」世界初観測か 超伝導に似た、“損失ゼロ”のエネルギー輸送が特徴【研究紹介】

2025年11月17日

山下 裕毅

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中国の上海理工大学に所属する研究者らが発表したプレプリント論文「Direct observation of room-temperature exciton condensation」は、常温(300K、摂氏26.85度)・常圧(大気圧下)という通常の環境条件下で「励起子凝縮」と呼ばれる現象を直接観察することに成功したという研究報告である。

3D形状のトラップに励起子を閉じ込める

今回観測されたとされる、「励起子凝縮」という現象を理解するには、まず励起子(エキシトン)について知る必要がある。半導体の中で、マイナスの電荷を持つ電子とプラスの電荷を持つ「正孔」が引き合ってペアを作ったものが励起子である。通常、これらの励起子はバラバラに動き回っているが、特定の条件下では多数の励起子が同じ量子状態に落ち着き、まるで一つの巨大な量子の波のように振る舞うようになる。これが励起子凝縮である。

この現象は超伝導と似た性質を持つ。超伝導では電気抵抗がゼロになり電流が永久に流れ続けるが、励起子凝縮でもエネルギーや情報をほぼ失うことなく運ぶことができるという。しかし、これまでの実験では摂氏マイナス173度(100K)以下という極めて低い温度でしか実現できなかった。冷却に膨大なコストがかかるため、実用化は困難とされていた。なお、超伝導は常温・常圧での観測はまだされていない。

研究チームは、原子一個分の厚さしかない極薄の二セレン化タングステン(WSe2)という材料を使い、実験装置を開発した。開発した実験システムには3つの要素が組み込まれている。

第1に、ナノメートル単位で間隔が変化するトラップを作製し、励起子を空間的に閉じ込めた。第2に、レーザー光を斜めから照射することで、励起子の密度と温度を精密に制御した。第3に、特殊な顕微鏡技術により、通常は光学的に観測困難な「暗黒励起子」(ダークエキシトン)と呼ばれる状態を効率的に検出できるようにした。

▲励起子を閉じ込める3D形状のトラップを表した図
▲(左)既存の遠視野顕微鏡(右)今回開発した顕微鏡

実験の結果、レーザーの強さがある値(約100ナノワット)を超えると、暗黒励起子が秩序だった状態(凝縮状態)へと変化することが確認された。この協調的な振る舞いは、室温(300K、摂氏26.85度)・大気圧下でも維持された。

この凝縮状態を維持できるのは、励起子密度が10の13乗個毎平方センチメートル程度の狭い範囲に限られるが、研究チームは30以上の独立したサンプルで同一の現象を再現することに成功している。

▲(左)トラップありでは干渉縞が観測され、凝縮状態の形成を示している。(右)トラップなしでは局所的に制限されている。

この論文は査読前であるため、外部の専門家による再現実験による検証を必要とする。しかし、もし励起子凝縮を常温・常圧で制御できることが確認されれば、基礎研究として大きな一歩となる。応用面では、エネルギー損失がほとんどないため、超低消費電力の情報処理デバイスの実現につながる可能性がある。また量子センシングや量子コンピューティングなどの次世代の量子技術への活用も期待される。将来的に、常温・常圧超伝導を実現するためのヒントにもなるかもしれない。

Source and Image Credits: Yu, J., Dai, G., Xing, S., Zhang, W., Dou, L., Shen, T., Zhang, X., Opto-Mechanics, X.F., Electronics, Optical-Electrical, S.O., Engineering, C., Science, U.O., Technology, Shanghai, & China (2025). Direct observation of room-temperature exciton condensation.

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