光コンピュータでAI処理、GPUの295倍の計算速度を実現するプロセッサも? Nature誌に論文2本【研究紹介】

2025年5月1日

山下 裕毅

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近年、AIの発展に伴い計算需要が急増する中、従来の電子ベースのコンピューティングはムーアの法則とデナードスケーリングの限界に直面している。このような背景から、光(フォトニック)コンピューティングが次世代の計算プラットフォームとして注目を集めている。

光コンピューティングとは、従来の電子回路の代わりに光(光子)を使って計算を行う技術。電子の代わりに光を使うことで、情報処理の速度を飛躍的に向上させ、消費電力も抑えられる。

光は電子と異なり、互いに干渉しづらく、同じ空間を通過できるため、複数の計算を同時に並列処理できるという大きな利点がある。また、光信号は電気信号よりも高速に伝わり、発熱や抵抗による損失も少ない。

Nature誌2025年4月10日号に掲載された2つの論文は、光コンピューティングの分野における進展を報告している。

遅延が500分の1に?

1つ目の論文「An integrated large-scale photonic accelerator with ultralow latency」では、米国の光コンピューティング企業「Lightelligence」の研究者たちが開発した、光子コンポーネントと電子回路を組み合わせたフォトニックプロセッサ「PACE」(Photonic Arithmetic Computing Engine)を報告している。

この設計はイジングモデルと呼ばれる物理モデルを模倣することに特化しており、これにより複雑な最適化問題を解決するための独自のアプローチを実現している。

実験によると、ノイズの多い猫の画像を再構成した結果、PACEはハイエンドGPU(NVIDIA A10 GPU)と比較して最適化問題の解決において発生する1回の反復処理のレイテンシが500倍高速化したという。また、問題を解くのに要した合計計算時間で比較すると、PACEは2.7マイクロ秒で完了したのに対し、GPUは798.1マイクロ秒かかっており、トータルで約295倍の高速化を達成していることが示された。

この速度向上は、光信号が電気信号のような干渉を起こしづらいという物理的特性に由来している。GPUが電子の流れに依存し、電気的干渉という制約を受ける一方で、PACEは多数の光信号を同時に処理できる。

「ResNet」「BERT」をトレーニングなしで実行

2つ目の論文「Universal photonic artificial intelligence acceleration」は、米カリフォルニア州の光コンピューティング企業「Lightmatter」によって開発されたフォトニックプロセッサについて報告しており、最新のAIモデルを高い精度とエネルギー効率で実行する能力を持っている。

▲Lightmatterが開発したフォトニックプロセッサ

このチップは、先ほどの最適化問題の解決を目的として設計されているPACEとは異なり、より幅広いタスクに対応する。また一般ユーザーのデスクトップPCにも接続できる設計となっている。このチップの核心部分は「フォトニックテンソルコア」と呼ばれる計算ユニットであり、電気ではなく光を使って行列・ベクトル乗算を実行する。

これによりResNetやBERTといったAIモデルを再トレーニングなしで実行できる。例えば、画像分類や自然言語処理、強化学習、パックマンゲームのプレイまで多様なAIタスクをこなすことができる。また、従来のGPUと比較してはるかに高いエネルギー効率を実現できる可能性がある。

これらの研究成果は、光コンピューティングが単なる実験室レベルの技術から、実用的なAI処理技術へと進化しつつあることを示唆している。今後AIがさらに複雑化する中で、従来の電子回路の限界を超える新たな計算技術として、光コンピューティングの重要性が高まってくるかもしれない。

Source and Image Credits: Hua, S., Divita, E., Yu, S. et al. An integrated large-scale photonic accelerator with ultralow latency. Nature 640, 361–367 (2025). https://doi.org/10.1038/s41586-025-08786-6
Ahmed, S.R., Baghdadi, R., Bernadskiy, M. et al. Universal photonic artificial intelligence acceleration. Nature 640, 368–374 (2025). https://doi.org/10.1038/s41586-025-08854-x

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