2025年4月16日
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米ハワード・ヒューズ医学研究所などに所属する研究者らが発表した論文「Long-term editing of brain circuits in mice using an engineered electrical synapse」は、脳の特定の神経回路をピンポイントで操作できる技術「LinCx」(Long-term integration of Circuits using connexins)を開発したとする研究報告である。
脳内の電気信号は神経細胞同士が形成するシナプスを通じて伝わる。シナプスには化学シナプス(神経細胞が隙間を介して化学物質を放出し、隣接する神経細胞の受容体に結合することで信号を伝える仕組み)と電気シナプス(神経細胞同士がギャップ結合され、イオンや電流が細胞間を瞬時に流れることで信号を伝える仕組み)がある。人間の場合は、情報伝達の多くに化学シナプスを利用しており、電気シナプスは補助的な役割を担っている。
この研究では、人工的な電気シナプスをつくり出し、脳に挿入することで特定の神経細胞間だけで機能するようにする。具体的には、ホワイトパーチという魚から得られたタンパク質である、2種類の「コネキシン」を改変してつくる電気シナプスを用いる。
まず研究者たちは、細胞実験でコネキシンの結合特性を調べる「FETCH」という手法を開発した。この方法では、異なる蛍光タンパク質でマークされたコネキシンを発現する細胞を共培養し、細胞間でのコネキシンの移行を測定する。この方法と計算機モデリングを組み合わせ、互いに結合するが他のコネキシンとは結合しないペア「Cx34.7M1/Cx35M1」を設計した。
次に、このコネキシンペアが実際に機能的な電気シナプスを形成するか調べるため、アフリカツメガエルの卵母細胞を用いた実験を行った。その結果、設計した変異体は互いに結合して電気信号を伝達できることが示された。
線虫を用いた実験では、温度受容ニューロン(AFD)と介在ニューロン(AIY)の間にこの電気シナプスを導入した。通常、線虫は15℃の環境で飼育すると冷たい温度の方へと移動するようになるが、この電気シナプスを導入した線虫は温かい温度の方へ移動するようになった。温度に対する行動を変えられることが示された。
マウスを用いた実験では、前頭前皮質の錐体細胞(PYR)とパルブアルブミン陽性介在ニューロン(PV+)の間に電気シナプスを導入した。脳波測定により、これらの細胞間の同期が高まったことがわかった。行動実験では、このマウスは社会的刺激に対する関心が高まり、新しい環境での探索行動も増加した。
さらに、前頭前皮質の一部である下辺縁皮質(IL)と内側背側視床(MD)を結ぶ長距離回路に電気シナプスを導入する実験も行った。通常のマウスは尾懸垂試験を繰り返すと不動時間が増加するが、電気シナプスを導入したマウスでは増加が抑制された。これはストレスへの積極的な対処能力が維持された可能性を示している。
Source and Image Credits: Elizabeth Ransey, Gwenaëlle E. Thomas, Elias Wisdom, Agustin Almoril-Porras, Ryan Bowman, Elise Adamson, Kathryn K. Walder-Christensen, Jesse A. White, Dalton N. Hughes, Hannah Schwennesen, Caly Ferguson, Kay M. Tye, Stephen D. Mague, Longgang Niu, Zhao-Wen Wang, Daniel Colón-Ramos, Rainbo Hultman, Nenad Bursac, Kafui Dzirasa. Long-term editing of brain circuits in mice using an engineered electrical synapse. bioRxiv 2025.03.25.645291; doi: https://doi.org/10.1101/2025.03.25.645291
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