【EMConf 2025】エンジニアかマネージャーか?「どっちもやる」の有効性と再現性|スマートバンク EM @ohbarye

2025年3月13日

株式会社スマートバンク Software Engineer / Engineering Manager

大庭 直人

2015年にQuipper,Ltd(現リクルート)にWeb Engineerとして入社し国内外の教育サービス、主にスタディサプリの開発・運用。2017年からはEngineering Managerとなり、Engineering Manager Meetupコミュニティを立ち上げ。2020年、無職期間中に求職エントリを書いた直後にCTOにメールを貰い、スマートバンクに入社。
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2月27日に開催された、EM(エンジニアリングマネージャー)関連の3コミュニティが共同運営する大型カンファレンス「Engineering Manager Conference Japan 2025」。

本レポートでは、株式会社スマートバンクでEMを務める大庭直人氏のセッション「Two Blades, One Journey : Engineering While Managing」をご紹介します。

EMとIC(インディビジュアルコントリビューター)を行き来しながら、いわば「二刀流」でキャリアを積み重ねてきたという大庭さん。EMになりたてのパニックゾーンから今に至るまでにどんな行動をしてきたのか。今だから言える、昔の自分に伝えておきたかったポイントと共に、約20分のセッションで紹介。内容を一部再編成してレポートします。

エンジニアとマネージャー、「どっちもやる」を選んだ

今日はよろしくお願いします。今回のテーマは、EMとICの「二刀流」です。

ソフトウェア業界にいるエンジニアの中には、今後キャリアを重ねていく方向性として、エンジニアとマネージャーの2択で迷われる方も多いと思います。私は「どちらもやる」を選んだのですが、そういったキャリアの積み方や、その有効性や再現性について話していきます。

私のキャリアをまとめると、こんな感じです。

2015年からICをやっていました。初めてEMになったのが2017年。2018年にEM Meetupというコミュニティを立ち上げています。そして2020年にICになり、2023年にまたEMとなって今に至ります。

今回は以下の3つの章で話します。

1つ目が「マクロな課題とミクロな不安」。EMの周辺を取り巻く状況の課題や、我々EM自身の不安を共有します。

2つ目は「不安との対峙」。個人的な話ではありますが、1つ目で紹介した課題や不安に、私がどういうことを考えて実践していたのか。

3つ目は「対峙から学んだこと」。これまでの経験からどんな学びを得たのか。

そして、冒頭に伝えた「二刀流」は有効なのか、それに再現性があるのかを最後に伝えます。

この話の対象となるのは以下の方々です。

  • ・今EMを務めていて、自身の技術力やキャリアに不安がある人
  • ・EMになろうか悩んでいる人
  • ・特に今ICで、このままICとして進むのか、EMもやってみようか悩んでいる人
  • ・悩んでいる人に、同僚、上司、友人としてかかわっている人

「負荷の高さ」と「人材不足」からなる負の循環

では早速第1章、「マクロな課題とミクロな不安」です。それぞれをブレイクダウンすると、2つの要素があると思います。

まずは「マクロな課題」について。業界課題として、プレイングEMの負荷と、EM人材の不足、という2つがあります。

エンジニアからEMになった時って、転職するのと同じぐらいに、職責や求められる成果が変わります。だからこそ「EMになったら、プレイヤーとしてコードを書いたり設計したりするのはやめて、マネジメントに一旦専念しないと務まらないのでは」と言われているし、本にもそう書いてあります。

一方、現実的に「EMになった瞬間に、プレイヤー業務から離れられるのか?」という疑問もあります。それについていくつか調べてきました。

実はですね、エンジニアリングに限らずマネジメントに関する国内の調査では、現在87%、約9割のマネージャーが、プレイヤー業務を兼務しているそうです。要は、メンバーと同じ業務をしながら、マネージャーとしてマネジメントもやっている、という人がほとんど。

「マネジメントに集中すべき論」がある一方で、現実としては人材不足により、プレイングマネージャーが大半を占めているわけです。だから1つ目の、EMにかかる負荷がどんどん上がっていく。その負荷がバーンアウトなどメンタルの不調につながるときもある。また、そうしたEMを見ている人たちも「EMはつらそうだからやりたくないな」と思ってしまい、さらに人材が不足していく。こうした負の循環が生まれているのが現状です。

「技術力やキャリアパスへの不安」は、おそらく一生ついて回る

続いて「ミクロな不安」。これは個人が、自分のキャリアを振り返った時に感じる不安を指しています。「技術力が衰える」「キャリアパスが狭まる」という2つは特によく言われていますね。

マネジメント業務に追われて技術力をつける時間がなくなる。それが「ICに戻れなくなるのではないか」「ずっとマネージャーをやるしかないのでは」といった不安につながっていく。この2つの不安も、相互に増幅し合っているわけです。私自身もこの不安のサイクルを感じていました

そして現状では、この不安と、先ほど紹介したマクロの課題が、相互に負の増幅をし合っているという、非常に良くない状況なのかなと思っています。

ただ、ここ数年で、マクロな課題は少しずつ改善されているような気がします。EMになる人が増えたり、各種ミートアップやEMConfのようにエンジニアリングマネジメントに関心のある人が集まる場ができたりと、EMを取り巻く環境は確実によくなっています。

不安に向き合うための、3つの行動とその結果

私の経験の中でも、先ほどの業界課題や不安を感じてきました。初めてEMになったのは2017年ごろ。ここから数年ぐらいはパニックゾーンのような感覚でした。「プレイヤー業務をやっている場合じゃない」とか、「趣味でやりたいことも一旦抜きにしてマネジメントしなきゃ」といった切迫感や不安を抱えていました。

また、EMとしてマネジメント業務を回せるようになってくると、キャリアパスが狭まる不安も生まれました。自分はこのまま30年40年やっていくんだっけ?と考えると、自信を持ってイエスと言えない。特にこの気持ちは、一生付き合っていくものなんだろうなと思っています。

では、こうした不安に向き合い、また業界課題に楔を打つために私がしたことを3点紹介します。

「EM Meetupの立ち上げ」によって、二刀流の働き方の着想を得ます。その後「EMをしつつ技術力を伸ばす」と、二刀流へ向けての行動を開始。さらに、EMとICを行き来する「振り子モデル」を実践することで、自分のキャリアの中で実際に、二刀流を実践していきました。

これら3つのアクションは、不安を無視するのではなく、不安に向き合うために起こした行動です。

まず1つ目が、2018年、「Engineering Manager Meetup」の立ち上げです。

当時は、エンジニアリングマネジメントに関する本や情報がかなり少なかった。それにコミュニティもなくて、他社のEMが何をしているのか、自社のEMもどういう役割なのかわからない、という状態でした。そこで、同じEM同士で悩みを持ち寄って共有する場として、EM Meetup を開催しました。

EM Meetupで、自分より長くEMを務めている人や、他社のEMに、時間の使い方やキャリアの悩みを相談できました。そのおかげで、EMになった直後のパニックゾーンを抜けるヒントをもらえました。

また、コミュニティの中で、以前からとても優秀なエンジニアだと思っていた方が実はマネージャーもやっていた、ということもありました。いわゆる「二刀流」の着想を得たのもこの場だったのです。

その後、マネジメント業務を一定回せるようになってきた時に「自分も彼ら、彼女らに近づけるようにやってみよう」と、技術力を伸ばすための行動を始めます。主に以下の3つの行動をとり、継続しました。

EMになると、優秀なメンバーをマネジメントしたり、採用のために社外のエンジニアと関わったりします。そうしたときに、技術についても高いレベルで会話ができるように自分を引き上げる必要性が生まれる。

また、マネージャーになってから、プレイヤーのときとは緊急度や重要度の捉え方が変わったことに気がつきました。その際、重要度は高いが緊急度が低い課題においては積極的に手を動かしたり、横断的な課題を発見しにいったりすることにパワーを割くことで、マネージャーの目線を生かしながら技術力を高めていきました。

EMをしながらこうした行動をとるのを数年続けた結果、ICとして活動していた時よりも、技術力を伸ばせたように思います。

先ほどの「行動」の中にあった、カンファレンスでの登壇やブログ執筆などの発信や、それを開発組織の文化にもしていったことが、自分の成長にもつながっていたと思っています。組織のためにやっていることが自分の技術力向上にもつながるというサイクルに手応えを感じました。

そして3つ目、キャリアの中でEMとICを行き来する「振り子モデル」の実践です。これは私のアイデアではなく、オブザーバビリティツール「Honeycomb」を開発しCTOを務めるCharity Majorsさんによるアイデアです。

彼女が提唱している「EMとICを振り子のように行き来するキャリアモデル」を知り、これは自分の二刀流という感覚に近いのではと感じました。この振り子モデルを、自分のキャリアにおいても実践してみたいと考え、EMとしてキャリアを積むのではなく、転職を機にICとして活動し始めました。

その結果、想像よりもうまくやれたように思います。振り子モデル、と聞いて実践したものの、実際は振り子のように同じことを繰り返しているわけではなく、螺旋状に積み上がっていくようなモデルなのではないかと感じています。このモデルを経験として実感できたのは、非常に大きな収穫でした。

ここまでの話は「私がやったこと」であって、これを皆さんにやってほしいわけではありません。次は、今までの経験から学んだことをお話して、皆さんに還元できればと思っています。

ICとEMに求められるスキルやマインド 共通点は意外と多い

この経験から学んだことは主にこの3つです。

  • ・ICでもEMでも、中心にあるのはエンジニアリングである
  • ・ICの上位職と、EMがやっていることは、かなり似ている
  • ・プレイングマネージャーも、1つの形態として認めたほうがいい

まず1つ目、「ICでもEMでも、中心にあるのはエンジニアリングである」という学びを図示すると、こんなふうになるかなと思っています。

ICもEMも、異なる視点からエンジニアリングを捉えている、といえるのではないかと考えています。

メンバーからICになると、技術をさらに高い視座から見ることになります。注目する対象はそう大きく変わらず、視座だけが変わる。しかしメンバーからEMになると、視座も注目する対象も変わる。この変化の大きさが、戸惑いにつながっていたのではないかと思います。

ただ、だからといってICとEMが全く違うものを見ているわけではありません。どちらの職種も、その中心にあるのは「エンジニアリング」です。それを異なる視点から、メンバーよりも高い視座で見ている、と言えるでしょう。

そして、ICもEMも同じ「エンジニアリング」を見ているからこそ、ICの上位職とEMに求められるスキルやマインドは、かなり似通ってくるように思います。

IC上位職になると、短期的な問題解決だけでなく、中長期的に問題が再発しないようなやり方を考えたり、リソースの投資によって将来高いリターンが得られるポイントを見極めたりといった意思決定が必要になります。

こうした「中長期的なメリット、デメリットの考慮」はまさにEMにも求められることです。だから、EMとしての経験は、IC上位職になるうえでも役に立ちますし、逆もまた然り、といえるわけです。

EMになってからICになることで、キャリアがリセットされるわけではなくて、むしろそれぞれの立場に共通した学びが積み重なり、さらに活躍できるようになる、ともいえると思っています。

3つ目の学びである「プレイングマネージャーを1つの形態として認めたほうがよい」という点。プレイヤー業務を手放しマネジメントに専念すべき、という言説はありますが、私はこの言説がいつだって普遍的に正しいわけではないのでは、と感じています。

マネジメントの権威であるミンツバーグ氏は、「普遍的に正しいマネジメントなど存在しない」といいます。現場の具体的な状況は千差万別であるから、求められる動きややるべきことも都度判断しないと、マネージャーの質は測れない。

つまり、問題解決のためにEMがやるべきことは、ある組織ではマネジメント業務だけかもしれないし、別の組織ではプレイヤー業務も含むかもしれない。また、同じ組織でもフェーズによって、EMのやるべきことは変わっていきます。「マネジメントに専念すべき論」はありながらも、実際には「プレイングマネージャー」が求められるタイミングもあるわけです。

マネージャーに何が求められているのかは、やはり周囲の人と話さなければわかりません。その中でやるべきことを決めて実践していく、というのがマネジメントの本質なのではないか、と私は考えています。

「どっちもやる」ためにどうすれば? 昔の自分に伝えたいTips

EMとICを両方やるといっても、具体的にどうやればいいのか?

今日はいいところばかり話しているように見えてしまうかもしれませんが、失敗もたくさんありました。昔の自分が、「あの時聞いておきたかった」「こうすればもっとうまくやれたかも」と思うポイントを共有させてください。

まずは、何はともあれ時間をつくること。これが一番難しいのですが‥。

特に私の経験では、EMになりたてでパニックゾーンにいたときは、自分に求められる役割に合った動き方ができていないことで、時間はないのにプレイヤーとしてもEMとしても中途半端になっていたんだと思います。パニックゾーンから抜け出すには、今自分がやるべき業務やその優先順位をはっきりさせたり、プレイヤーとしての業務を手放したりして、重要なことに集中するための時間をつくる必要がありました。

また、メンバーからEMになると、自分がコントロールできること、できないことが大きく変わったとも思います。チームでの動きとしては、プレイヤーのときはお互いに頼り合うくらいだったのが、マネージャーになると、メンバーに「チャンス」として仕事を与えるとか、チームの編成を変えて構造的に問題に対処することも選択肢に入ってきます。プレイヤーのときは気づけなかった角度から手を打てる、コントロールできることが増えると、自分が手を動かさないで問題を解決できるようになり、自分の時間をつくりやすくなるわけです。

その上で、実際に時間をつくるためには「仕事を選ぶ」ことが大切です。

「仕事を選ぶ」というと、高飛車な感じに聞こえるかもしれません。しかしこれは、重要じゃないことをやらないと決めたり、コスパよく成果を出せるところを見極める、という意味合いです。

たとえばバグを1つ1つ手で潰していくのではなく、そのバグが生まれないような仕組みをつくるとか。チームの問題に1つ1つ対処するのではなく、開発プロセス自体に問題がないかチェックして改善する、といった、「1つやって2つ以上の成果が得られる動き方」を選ぶのです。

私の好きなワインバーグ氏の本でも、優れたリーダーはレバレッジをきかせて成果を得る、とあります。この力を磨いていくと、仕事を選ぶのも時間をつくるのもうまくなっていくはずです。

しかし、こうした「レバレッジの効く取り組み」を、毎回すぐに実行できるわけではない。そんなときは一旦書き留めておきましょう。

書き留めておけば、たとえ忘れてもアイデアは失われずに済みます。時間が経ってから別の問題と結びついて新しい解決策を思いついたり、重要度が違って見えてきたりすることもあります。今すぐ取り組めないなら、メモを残した上で「忘れておく」のです。

EMは複数のものを同時に見ているからこそ、思いついたことを書き留め、自分のテーブル上に並べていくと、よりレバレッジの効く解決策を見つけやすくなるときもあるでしょう。

最後に伝えたいのが「機会にオープンであること」。私は、キャリアはラダーではなくラティス状だという説を推します。

今の自分の役割に囚われず、たとえばプロダクトマネージャーやデータアナリストなど、隣接領域の仕事を積極的にやってみることでキャリアが開けてくることもあるはずです。これは先ほど話した「EMは複数のものごとを同時に見る」という側面ともつながります。別の領域の仕事をやってみることで、EMとして働くときに直面した問題においても、解決策の選択肢が増えていくでしょう。

他にもいろいろありますが、細かい説明は割愛します。

いつだって、始める前がいちばん怖い 始めたらそれ以上は悪くならない

最後、まとめです。今日話したことを図に起こすとこんな感じです。

我々EMを取り巻くマクロの課題とミクロの不安に対して、私個人としてやってきたこと、その経験から学んだこととして「EMとICの二刀流キャリア」の有効性や再現性を紹介させてもらいました。

実際、プレイングマネージャーのニーズは確実に存在します。フレキシブルに動ける人がいることで組織の柔軟性はめちゃくちゃ上がりますから。そうしたニーズに、プレイングマネージャーとして、また二刀流として応えることで磨けるスキルは確実にあります。なのでこれから「二刀流」を名乗る人が増えると個人的には嬉しいなと思います。

最後に、私の好きな作家の言葉を引用して終わりにしたいと思います。

新しいことに挑戦しようと思った時には、当然不安になります。本当にできるのか、この選択には意味はあるのか?と。でも、経験に意味を見出すことは、後からでもできます。今の時点では、できること、やれることをやっていくのみ。

この講演が、迷いの中にいる人にとって、心に火を灯し背中を押すきっかけになれていたら嬉しいです。お付き合いありがとうございました。

執筆・編集:光松 瞳

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