2025年2月28日
先端テクノロジーの研究を論文ベースで記事にするWebメディア「Seamless/シームレス」を運営。最新の研究情報をX(@shiropen2)にて更新中。
米マサチューセッツ工科大学(MIT)などに所属する研究者らが発表した論文「A single-fibre computer enables textile networks and distributed inference」は、衣服に自然に統合できるテキスタイルファイバーコンピュータを提案した研究報告である。
論文によると、このファイバーコンピュータは、重量わずか5グラム未満でありながら、センシング、データ処理、メモリ、通信機能を1本の糸のように組み込むことに成功した。
特に注目したいのは、平面的なマイクロチップを円筒形のファイバー構造に組み込む方法を開発したことだ。研究チームは折りたたみ可能なインターポーザという中間層を開発し、2次元のパッド配置を3次元の円筒形レイアウト(折りたたみ小さい箱にパッケージング)に変換した。これにより、マイクロコントローラや各種センサーなど、異なる電子デバイスをファイバーに統合することが可能になった。
具体的には、32ビットのArm Cortex-M4プロセッサを搭載したマイクロコントローラにおいて、浮動小数点演算ユニットと256KBのフラッシュメモリ、96KBのRAMを備えている。センサー類には光検出器、温度センサー、光電容積脈波(PPG)センサー、加速度センサーが含まれ、環境や着用者からの情報を収集する。他にもシステムオンチップ(SoC)や低ドロップアウト(LDO)の電圧レギュレーターが組み込まれている。通信手段としては、LEDを用いた光通信とBluetooth Low Energy(BLE)による無線通信の両方が実装されている。
電源として、直径わずか3.65mmのリチウムイオン電池をファイバーに組み込むことも実現した。この電池は15mAhの容量を持ち、ファイバーコンピュータを約6時間稼働させることができる。充電式であるため、繰り返し使用も可能だ。
複数のファイバーコンピュータを連携させるネットワークも開発された。光通信では、LEDと光センサーのペアを各ファイバーに組み込み接続する。一方、Bluetooth通信では、メッシュネットワークトポロジーを採用し、中央の集中点なしに任意のノード間で双方向通信を可能にした。
ファイバーの製造過程では、熱による引き伸ばし技術(サーマルドロー)が使用される。まず、螺旋状の銅線で接続された電子デバイスを、エラストマー樹脂でできたプリフォーム(成形前の素材)に組み込む。このプリフォームを熱で引き伸ばすことで、細いファイバーに変形させながら内部の電子デバイスを保護する。最終的に完成したファイバーは元の長さの何倍もの長さになり、直径は約1.35mmとなる。
このファイバーコンピュータの特性は、その伸縮性と柔軟性。通常の電子回路とは異なり、60%以上伸縮できる上に、極めて小さな曲げ半径(約0.25mm)でも機能し続ける。また、洗濯機で10回洗っても機能が損なわれないという耐久性も備えている。これらの特性により、ファイバーコンピュータは編み物や織物などの一般的な布製造技術に対応し、既存の衣服に自然に統合することが可能となった。
実用例として、研究チームは身体活動認識システムを実装した。衣服の四肢部分それぞれに1つずつファイバーコンピュータを配置し、各ファイバーに個別のニューラルネットワークを組み込んだ。各ファイバーは加速度センサーからのデータを処理し、スクワット、ランジ、プランク、腕回し、ドンキーキックなどの運動を識別する。認識精度は、単体のファイバーでは56%~76%の水準だったが、4つのファイバーをネットワーク化し、重み付け投票方式を採用することで、95%まで向上させることに成功した。
Source and Image Credits: Gupta, N., Cheung, H., Payra, S. et al. A single-fibre computer enables textile networks and distributed inference. Nature (2025). https://doi.org/10.1038/s41586-024-08568-6
関連記事
人気記事