結晶をすり抜ける「原子」を“曲げる”。約百年来の課題克服、新たな「重力波」検出器にも?【研究紹介】

2025年1月7日

山下 裕毅

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ドイツ航空宇宙センターを中心とする研究チームが発表した論文「Diffraction of atomic matter waves through a 2D crystal」は、原子を薄いグラフェンシートに通して回折させることに成功した研究報告である。

研究背景:“透過型”による回折の課題

1927年、物理学者のジョージ・パジェット・トムソンは、結晶を通過する電子が回折し、波が小さな開口部を通り抜けて進路を曲げ、外側に広がるときに発生する独特のパターンを生成すると示した。この場合、パターンは、格子と呼ばれる結晶構造の隙間を電子が通過することによって発生する。この実験は、素粒子が部分的に波状であると示す重要な証拠となり、電子顕微鏡の開発にも貢献した。

原子の回折にも、これまで結晶格子が使用されてきた。しかし、透過型の結晶格子による原子の回折は、原子と結晶格子の強い相互作用により困難だと考えられていた。

研究チームは、この約100年来の課題に挑戦し、単層グラフェンを用いて、ヘリウム原子および水素原子の透過型回折に初めて成功したと報告している。これは、1927年にトムソンが電子で実施した透過型回折実験の原子版を実現したものである。

研究内容:大エネルギー原子ビームで

研究チームは、最大1.6キロ電子ボルトのエネルギーを持つ原子ビームをグラフェンに照射した。このエネルギー領域は、これまでの原子回折実験と比べて3桁以上高く、理論的にはグラフェンを損傷させるのに十分なエネルギーである。しかし、原子とグラフェンの相互作用時間が極めて短いため、回折が可能となった。実際、一部のグラフェンの試料は100時間以上の照射後も性能の劣化を示さなかった。

▲実験の仕組み

特筆すべきは、ヘリウム原子の場合、最大で8つの逆格子ベクトルに相当する回折が観測されたことである。これは、ルビジウム原子を用いた従来の干渉計と比較すると、5万個以上の光子による運動量移動に相当する、極めて大きな値である。

▲グラフェンを通過したヘリウム原子の回折パターン
▲水素原子の回折パターン

この成果は、原子干渉計の新たな可能性を開くものである。高速原子を用いた干渉計は、重力波検出などの応用において、冷却原子を用いた実験に比べて利点を持つ可能性がある。また、単結晶を用いることで、コヒーレントな散乱と非コヒーレントな散乱の寄与を分離させての研究も可能となる。

Source and Image Credits: Kanitz, Carina, et al. “Diffraction of atomic matter waves through a 2D crystal.” arXiv preprint arXiv:2412.02360 (2024).

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