2024年9月12日
プロダクトマネージャー
プロダクトづくりの知見の体系化を試みるプロダクトマネージャー。書籍『プロダクトマネジメントのすべて』共著者であり、日本最大級のプロダクトづくりコミュニティ「プロダクト筋トレ」の主催者。
経歴は、ソフトウェアエンジニア、スクラムマスターなどの開発職を経験後、プロダクトマネージャーに転身し、現在は現場でのプロダクトマネジメントの傍ら、プロダクト戦略の構築や仮説検証の伴走を実施している。
前回記事では、事業サイドからプロダクトマネージャーになる人に向けてお薦めのPM本を5冊紹介しました。後編では、私がプロダクトマネージャーとして目指す姿を裏付けしてくれる精神論を学ぶために「お守りにしている本」を4冊紹介します。
▲『サイコパスに学ぶ成功法則 – あなたの内なるサイコパスを目覚めさせる方法』 ケヴィン・ダットン 著、アンディ・マクナブ 著、 木下 栄子 訳、竹書房
本書の紹介の前に、ある質問をしてみましょう。
いま、あなたは二人乗りの車を運転しています。バス停の前を通ったときに3人の人が目に入りました。あと一人を車に乗せられるとき、次のうち、誰を乗せるでしょうか?
さて、あなたならどうしますか?
この誰を乗せるかという質問の答えについて話す前に、少しだけプロダクトマネジメントの話をさせてください。私はプロダクトをつくるときに、2つの仕事があると考えています。
この2つの仕事は一見するとまったく別物のようですが、似ている点が多くあります。
例えば、ターゲットが利用者なのかチームメンバーなのかの違いはあれど、どちらも相手が達成したいゴールを理解して、最短経路で達成するために必要な機能を、離脱させない体験で提供し、その対価を得るという点では同じです。
しかしながら、プロダクトづくりと組織づくりは似ている一方で、取り組んでいるときの私の人格はまったく違うと感じています。そのそれぞれの人格に対して冒頭で問うたバス停にいる3人のうち、誰を車に乗せるかの質問をしたら、別々の回答をするでしょう。
この問いは、書籍『サイコパスに学ぶ成功法則 – あなたの内なるサイコパスを目覚めさせる方法』からの引用でした。この本は“よい”サイコパスから成功のヒントを得るためのいくつかの考え方を紹介しています。
この本によると、サイコパスはバス停に3人がいるとき、以下のように振る舞うとのことです。
まずはおばあさんを車でなぎ倒し、救急車に来てもらって悲惨な状況から救う。次に運命の相手から電話番号を手に入れる。そして旧友を車に乗せてビールを飲みに行く。
本当にサイコパスの行動ですね。一人の人間としては決してこのような人とはお近づきにはなりたくありませんが、プロダクトをつくる戦いの中においてはこういったクレイジーなアイデアを出して勝ちを出し抜ける人でありたいと考えています。人としてお互いを尊重するときのふるまいと、戦略家としてのふるまいは前提条件が異なります。
似たりよったりのまるでChatGPTが書いたかのような平凡な戦略を見ても何もワクワクできません。すでに市場が確立されている領域で、一般的に必要とされている機能を並べるだけでは勝てません。勝ちにこだわる戦略家としては、ときとしてサイコパスのようにアイデアを出せるとそれは強みになります。
『ブリッツスケーリング ~苦難を乗り越え、圧倒的な成果を出す武器を共有しよう』で紹介された“総力を挙げて成長に集中する電撃戦”も、大胆な戦略に集中するという意味では似ているでしょう。ありきたりではないアイデアをどれだけ考えつくことができるのか、そして、それを実行できるかの勝負になります。
『サイコパスに学ぶ成功法則』によると、例えば“冷酷さ”や“恐怖心の欠如”、“良心の欠如”などといった、サイコパスによく見られる特性のダイアルの強さを上げ下げすることで、正しいサイコパス的な行動を組み合わせることができるといいます。プロダクトをつくる仕事をする際には、ときには平凡な人間ではなく、内なるサイコパスに仕事をさせることで革新的なアイデアを生み出せるかもしれません。
さて、私のプロダクトをつくる人格はときにサイコパスですが、プロダクトチームをつくる仕事をする私はいつもニコニコしている、とても良い人です。バス停に立っている3人のうち、自分のエゴを排除してきちんとおばあさんを病院につれていける人格です。
では、おばあさんを見捨てて、命の恩人の旧友を車に乗せてビールを飲みに行く人間は悪者でしょうか。そんな人間には「お前はいつも自分のことばっかりで他人のことを考えない冷酷なやつだ」と罵っても良いのでしょうか。
▲『NVC 人と人との関係にいのちを吹き込む法 新版』 マーシャル・B・ローゼンバーグ 著、小川 敏子 訳、安納 献 監修、日本経済新聞出版社
「話し方の教科書と評される」書籍『NVC 人と人との関係にいのちを吹き込む法』に則れば、バス停でおばあさんを見捨てる人間を「あいつはいつも自分のことばっかりで他人のことを考えない冷酷なやつだ」と考えたとなると、これは“事実”ではなく、“主観的な評価”なのです。
この“主観的な評価”には内なる感情、例えば「私は周囲から冷酷な人間だと後ろ指を刺されるのが怖いから自分より他人を優先して行動している。なのに、周りに後ろ指を刺されるリスクを取って大胆な行動を取っているあの人はずるい。そのリスクを取ったならきちんと後ろ指を刺されてもらわないと、リスクを取らずに我慢した私が損をして可哀想だ」といった評価者の“感情”が隠れています。
ここでいう“感情”は相手のものではなく、感情の持ち主のものであるというのがこの書籍の主張です。ここがこの本の私が大好きなところです。あの人は冷酷だ、あの人はサイコパスだ、あの人は仕事ができない、など、相手に自分の感情からくる評価を押し付けるのではなく、感情は自分のものとして扱うべきなのです。そして、相手には“感情”を含まない“事実”を伝え、Yes/Noで答えられる行動変容の“提案”をしましょう。
冒頭の問いを例にして行動変容の“提案”をあげてみましょう。「あなたはバス停でおばあさんを見捨てて旧友とビールを飲みましたね。私はそれを見て、あなたが後先を考えずに行動しているように見えてとてもヒヤヒヤしました。今後重要な意思決定をするときには、どんなメリットがあるかだけではなく、どんなリスクがあるかについても考慮にいれるようにしてくれませんか。そうしてくれると、私は安心してあなたに仕事を任せることができるようになります」のようないい方になります。「あなたはいつも自分のことばっかりで他人のことを考えない冷酷な人ですね」と、感情と勝手な評価をぶつけるより、ずっと意味のあるフィードバックになったと思います。
本書のタイトルにある「NVC」とは「Non-Violent Communication」、つまり「非暴力コミュニケーション」を意味します。しかしながら、本書はコミュニケーション、すなわち人と人との会話のプロトコルにとどまらず、人が自分の中で起きる他人を傷つける可能性のある感情とどのように向き合うのか、といった人を成熟させる考え方についても書かれた本だと思います。
ときにエンジニアは社会性が乏しく、発言が直接的であるといわれることもあります。私自身、エンジニアからプロダクトマネージャーになって間もない頃は、それまで当然だった直接的なコミュニケーションで不用意に人を傷つけてしまったり、軋轢を生んでしまったこともあります。この本によって“事実”と“感情”の違い、そしてそれをどのように伝えるとよいのかを学ぶことができました。
また、この本の良いところは、常に正しくあることや感情を出さず理性的に振る舞うことを善しとしないことです。ずっと誰が見ても正しい人格でいるのは疲れてしまいます。本書では、正しさの裏にある自分が大事にしている価値観に目を向け、怒りを十分に表現することも善しとしています。私自身、マネジメント職を担っているときなど、常に正しく理性的な言動をしなければならないと思い込み、そんな自分を堅苦しく感じることもありました。しかし、この本を読み返すことで私もひとりの人間として怒り、感情をもった上で他者とコミュニケーションすることを心がけるようになりました。
私がいつもニコニコと仕事をしていられるのは、この本のおかげです。
そしてできることなら、一緒に働く人やプライベートで親しくする人には全員この本を一読しておいていただいて、ぜひお互いを傷つけるコミュニケーションではなく、今後も長続きするためのコミュニケーションを取りたいと思っています。
さて、ここまで読んでくださった方は、私の中には異なる3つの人格を内に秘めた多重人格者のようにお思いかもしれません。
しかしながら、自分の中に色々な人格があるのは私だけではなく、誰しもがそうなのではないでしょうか。そして、例えば両親と過ごしているときの自分、仕事をしているときの自分、古くからの友人に見せる自分はそれぞれ違う特性をもった人格であるのが当然です。
本書では、人の特性はその人にとってひとつではなく相手に合わせて「個人」ではなく「分人」として存在すると書かれています。何かひとつのふるまいを見て「本当はあの人はあんな人ではない」と感じるとき、それはあなたにそれまで見せなかった別の側面が見えただけです。同じ私であったとしても、戦略を立てるプレイヤーの分人とマネージャーとしての分人、家族と過ごす分人が共存しているのです。
誰しも理想とする自分や、この人と過ごしているときの自分が好きだと感じるものがあるでしょう。著者によると、自分がこうありたいと思う姿があるのなら、その分人を生じさせ、その分人の構成比率を上げることで、分人の集合体としての個人をつくりあげることができるようになるという。自分が好きでいられる「分人」の構成比率を上げることで、自分にとって好ましい存在でいられます。もし、もっと大胆に戦略を立てられるようになりたいと感じるなら、自分が大胆に振る舞える相手を探してみることがひとつの手段になるかもしれません。
また、同時に私自身が相手にとって好ましい分人を生じさせる存在でありたいとも思います。そのための手段となるのが2冊目に紹介をしたNVCであり、丁寧で非暴力的なコミュニケーションを心がけています。
以上の4冊が今の私が「お守りにしている本」です。
どうしてお守りかというと、少し前までの私は大人として正しく理性的に振る舞おうとするあまりに、なんの面白みもない模範解答のような出力をする人間だったように感じています。周囲に溶け込んで人に迷惑をかけず、正しく生きることはできたかもしれませんが、こうあるべきであるという概念に縛られすぎていました。
今の私はときにサイコパスのように突拍子もないアイデアをだし、多様な感情をもった人間のほうが面白みがあると考えています。「普通なら、こうする」と誰にでも考えられるような一般的に正しい答えは生成AIが出してくれます。「こうあるべき」を考えがちだった私にとって、次々と人と違う行動を取ることには勇気が必要で、そのためのお守りになっているのがこの4冊なのです。
今回は精神論のような本を紹介してしまいました。しかしながら、プロダクトをつくることは、常にマーケット、つまり人と向き合うことです。「どうしてユーザーがその機能がほしいのか」を考えるためのヒントになるのは、自分の心の動きです。もし、こういった自分の心や思考の癖についての本を読んだことがない方がいらっしゃれば、取り上げた4冊を手にとっていただく機会となると幸いです。
文中ではわかりやすさを優先するため、書籍の内容を詳しく説明しきれていない箇所もあります。4冊ともとても良いお薦めの本なので、ぜひ正しい理解のためにも書籍をお読みください。
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