“ゲル”脳? ハイドロゲルの塊がゲームをプレイ、電気刺激で動作パターン記憶し上達【研究紹介】

2024年8月29日

山下 裕毅

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英レディング大学に所属する研究者らが発表した論文「Electro-active polymer hydrogels exhibit emergent memory when embodied in a simulated game environment」は、ゼリー状の物質がビデオゲーム『ポン』をプレイし、時間とともに上達することが示された研究報告である。

研究背景

ポン(PONG)ゲームとは、1972年にアタリ社が開発した初期のビデオゲームで、画面上で左右(もしくは上下)に動く長方形のパドルを操作して白い点で表現されたボールを打ち返し合う、卓球やテニスに似た単純なゲームである。

2022年、シャーレ内のヒト神経細胞で構成されたシステム「DishBrain」が電気刺激を通じてポンゲームを学習できることが示された。この研究にインスパイアされ、今回の研究チームは、非生物学的材料でもポンをマスターできるかどうかを調査した。

研究内容

研究チームが注目したのは、ハイドロゲルと呼ばれるゼリー状の物質である。この研究で用いているイオン性ハイドロゲルには、荷電粒子であるイオンが含まれており、ソフトロボットの構成材料など、さまざまな用途に使用されている。

このタイプのハイドロゲルの特徴は、電気刺激を受けるとイオンが材料内を移動し、それに伴って水分子も動くことで形状が変化する点にある。この変化によるイオン分布の変動は、次の粒子配列に影響を与える。これが、一種の物理的な“記憶”として機能すると考えた。

▲システムの概要
▲白い電極装置にハイドロゲルを接続する
▲電極装置にハイドロゲルを乗せている様子

実験では、電極を使用してハイドロゲルを、コンピュータ上のポンゲームに接続した。ゲーム画面は6つのマス目(2×3のグリッド)に分割され、それぞれ6対の電極に対応するよう設定された。ボールがマス目を通過するたびに、対応する電極がハイドロゲルに電気信号を送り、これによってイオンの位置が変化する。

そして、センサーでハイドロゲル内のイオン分布を測定し、イオン分布の情報を解析し、パドルをどこに動かすべきかを決定する。この情報をコンピュータに送り、コンピュータはこの信号を解釈しゲーム内のパドルを新しい位置に移動させるコマンドとして処理する。

▲ポンゲームをテストしている様子

電気刺激によってイオンが移動した後、その分布はすぐには元に戻らないため、ハイドロゲル内には過去の動作パターンに基づく記憶が形成される。さらに、繰り返しの刺激によってハイドロゲルの構造自体やイオン分布が徐々に変化し、過去の刺激パターンの影響が残る。これらが記憶として機能し、ハイドロゲルのプレイ能力が上達していく。

実験開始時、ハイドロゲルはボールを約50%の確率でしか打ち返せなかったが、約24分経過すると、命中率は60%まで向上した。またラリーの長さも向上した。これは、ハイドロゲルがイオンのパターンを使用してボールの動きの記憶を更新し、それを活用していることを示唆している。

研究の信頼性を高めるため、チームは対照実験も実施した。ハイドロゲルに意図的に誤った情報を与えたり、全く刺激を与えない状態で操作したりする実験だ。これらの条件下では、ハイドロゲルのポンのプレイに改善の兆しは見られなかった。この結果は、ハイドロゲルが正確な情報を与えられた場合にのみ上達することを裏付けている。

Source and Image Credits: Vincent Strong, William Holderbaum, Yoshikatsu Hayashi. Electro-active polymer hydrogels exhibit emergent memory when embodied in a simulated game environment, Cell Reports Physical Science (2024), https://doi.org/10.1016/j.xcrp.2024.102151

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