「量子」で瞬時に証券売買調整?事前共有した“量子もつれ”取引所間で利用し、市場で優位に立つ手法提案

2024年8月19日

山下 裕毅

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米シカゴ大学などに所属する研究者らが発表した論文「Coordinating Decisions via Quantum Telepathy」は、量子もつれを証券取引に活用して、瞬時に売買の決定を調整できる概念的アプローチを提案した研究報告である。

研究内容

量子もつれは、2つ以上の粒子が互いに強く関連し合い、一方の状態を測定すると、瞬時に他方の状態が決まる現象である。これらの粒子は、たとえ物理的に離れていても、あたかもテレパシーのように瞬時に影響し合う。この現象は、古典物理学の常識を超えた不思議な性質を持ち、アインシュタインが「不気味な遠隔作用」と呼んだことでも知られている。

研究者らは、量子もつれを超高速取引(High Frequency Trading、HFT)に活用できないかと考えた。超高速取引は、コンピューターを使って数マイクロ秒(100万分の1秒)単位という極めて短い時間間隔で大量の取引を行う手法である。取引はアルゴリズムによって完全に自動化されており、人間の直接介入はできない。

この研究では、ニューヨーク証券取引所(NYSE)とNASDAQの各証券取引所に配置された同じ企業のサーバー間で情報のやり取りを行い、売買決定を調整する超高速取引を想定している。2つのサーバーが決定を調整するには、一方が他方と連絡を取る必要がある。取引所のデータセンターは物理的に56.3キロメートル離れているため、光の速さの限界により、遅延は約188マイクロ秒に及ぶ。

▲NYSEとNASDAQの取引所間の超高速取引の設定

そして、両取引所に設置したサーバー間において、事前に共有した量子もつれ状態を利用し、取引時の通信はなしで、協調した決定を調整できないかを探っている。これにより、光速による通信の遅延時間内でも、効果的な取引決定が可能となるため、市場において有利になる可能性がある。

研究では、量子もつれ戦略を物理的に実装する方法を2つ検討している。1つ目は「直接光子接続」方式で、中間のソースから両当事者に直接、量子もつれ状態の光子を送る。この方法は、レーザーと非線形結晶を使って高速でもつれ光子を生成できるが、距離が長くなると光子の損失が問題となる。この課題に対しては、真空中で光を送る新技術「真空ビームガイド」が解決策として提案されている。

▲直接光子接続方式の概要

2つ目は「量子メモリ」方式。各当事者が量子ビットを格納する量子コンピュータ(量子メモリ)を持ち、光子を使ってこれらのメモリ間でもつれを生成する。この方法は光子損失の影響を受けにくく、より複雑なもつれ状態の実現も可能だが、十分な効率でもつれを生成することが課題となっている。

▲量子メモリ方式の概要

研究評価

両方式とも、現在の技術水準でも実現可能な範囲内にあると考えられるが、それぞれに課題を抱える。直接光子接続方式では光子損失の問題、量子メモリ方式では高いもつれ生成率の達成が主な課題として挙げられる。

これらの課題を克服するためには、真空ビームガイドのような新技術の開発や、量子メモリの大規模化、量子操作の高精度化などが必要となり得る。

今回のアプローチは、超高速取引以外にも、分散コンピューティングやコンピュータアーキテクチャへの応用が考えられる。

Source and Image Credits: Ding, Dawei, and Liang Jiang. “Coordinating Decisions via Quantum Telepathy.” arXiv preprint arXiv:2407.21723 (2024).

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