スキルの掛け算・ソフトウェアに「呑み込まれた」世界で開発の魅力を発信する【株式会社アンドパッド・柴田博志】

2024年3月28日

株式会社アンドパッド フェロー

柴田 博志

2022年11月に株式会社アンドパッドに入社。OSS プログラマー、Ruby コミッタ、Ruby, RubyGems, Bundler, Rake, ruby-build など多数の OSS のメンテナ、ruby-lang.org の root 管理者としてプログラミング言語 Ruby の開発を支える基盤を統括している。株式会社アンドパッドの技術広報および Ruby の開発をフルタイムの業務として担当。

こんにちは、株式会社アンドパッドでフルタイムでプログラミング言語Rubyの開発と技術広報を担当している柴田です。今回はエンジニアのキャリアパスの新しい選択肢としての技術広報の面白さについてご紹介します。

ソフトウェアによって動かされる世界

さて、皆さんは「[# Why Software Is Eating the World] 」という言葉をご存知でしょうか。日本語なら「なぜソフトウェアが世界を呑み込むのか?」というタイトルになりますが、これはブラウザの Netscape の開発者であり VC のマーク・アンドリーセンが 2011 年に発表したコラムです。

ソフトウェアをコアコンピタンスとした企業が成長し、既存の企業を飲み込んでいくという2011年の予測から13年が経過しました。2024年の現在、iPhone に代表されるスマートフォンは日本国内の全世帯の9割が保有(令和4年 総務省発表『情報通信白書』より)し、ソフトウェアはコンピュータだけではなく車や医療機器など生活に必要とされる様々な機器にも搭載されるのが当たり前の世の中となりました。

DX(Digital Transformation)と呼ばれる産業のソフトウェア化の推進をビジネスとした業界や企業活動も活発化しています。私が所属しているアンドパッドも、建築・建設業界に向けて DX を進める企業のひとつです。まさにソフトウェアがあらゆる産業の進化を下支えし、加速させている姿を目にしています。

そのソフトウェアを用いた企業にとって経営上の優位性を得るためには、ソフトウェアをつくり、扱うことを専門性とする IT エンジニアが不可欠です。私が所属しているアンドパッドでも IT エンジニアの採用を継続して行っており、アンドパッドで開発をすることの魅力を発信して知ってもらうために広報活動を行っています。私はこの広報活動について、技術広報という役割として、開発組織ならびに保有する技術について発信しています。

アンドパッドでは技術広報として何をしているのか

私は広報活動としてアンドパッドの企業やプロダクトを紹介する際に、 IT エンジニアとしての経験と専門性をバックグラウンドとして何故アンドパッドが 建設・建築業界の課題を DX を通して解決しているのか、という Why や What だけではなく、どのように技術を用いて実現するのか、という How まで踏み込んで紹介しています。

例えば、建設・建築業界では施工に関する証憑や経理などの帳票が非常に多く、プロダクトの ANDPAD ではそれらを PDF として扱う機能を提供しています。この PDF をプログラムで生成するには、Qt WebkitやChromiumなどのバイナリを用いた上でそれらを呼び出す RubyやTypescript などのラッパーライブラリを使うことが多いです。この PDF の生成はバイナリ本体や与えるパラメータの変化により、帳票として重要な箇所が意図せず変化してしまい、ユーザーにとって不利益を与えてしまうため、利用する技術要素を変更する場合には慎重に進める必要があります。

このPDFの例 ひとつをとっても、展示会のブースなどで「ANDPADにはPDF 出力機能があります」と機能だけを説明するのではなく、ブースを訪問してくれたエンジニアに対して、「PDF 出力機能を作るには、〜という難しさがあり、要件の整頓、技術的に取りうる事が可能な選択肢、最終的に何を選択するのか、そこにエンジニアリングの面白さがあります」と説明することでより興味を引いてくれるようになります。なお、PDF 生成や SaaS 事業でのアカウントの権限制御などは toB サービスのあるあるネタのひとつでもあり、訪問者との会話はとても盛り上がる事が多いです。

また、広報業務のあらゆる場面にもソフトウェアが関わってきます。例えば、マーケティングの領域ではSNS や Google Analytics、各種 HaaS などが持つダッシュボードや API を扱いデータから情報を獲得し、意思決定を行うことは当たり前となっています。IT エンジニアとしてのバックグラウンドを活かして、データの利活用や自動化なども行っています。

技術広報として業務を遂行していく中で、面白いと感じるのはブランディングやマーケティングなど、歴史と実績が積み重なっている領域を勉強しながら、実践の余地が多分に存在するということです。学んだ理論をもとに小さく試して、結果から軌道修正を行い、再び実行する。このように裁量を持ってあらゆる事柄をゼロから検討し、エンジニアリングを試すことができる場のひとつが技術広報業務ではないかと思います。

技術広報としての面白さ

最初に述べたように、ソフトウェアに呑み込まれた世界ではソフトウェアを扱う能力が世界で活躍する能力に直結します。ソフトウェアを扱う能力とはいわゆる IT エンジニア、プログラマーが持つ専門性、または技術力と言い換えてもよいでしょう。この専門性の定義には人や組織でさまざまな定義がありますが、私の考える定義では以下のような要素があります。

コンピュータへの指示能力

現時点のコンピュータやソフトウェアに何ができて何ができないのか。得意なこと、苦手なことはどのようなことかを理解して、実行させる能力。プログラミング能力も含まれる。

課題や事象の抽象化・具体化能力

人間や社会の課題や事象をコンピュータが扱えるよう、具体化と抽象化を繰り返した上で最終的に課題を解決する能力。

モジュールの組み合わせ能力

コンピュータによって解決できた課題や事象を組み合わせることによって、別の課題を解決したり、より複雑な同種の課題を解決する能力。

私がGMOペパボ株式会社に勤務していた頃の元同僚である栗林健太郎氏もインタビュー記事において「エンジニアリングというのはいくつものモジュールの組み合わせによって行われている」と述べています。ソフトウェアそれ自体が持つ容易な複製性質にもより、世界中でコストを低く利用することが可能です。世界全体の社会の課題を認知し、それらを解決できるソフトウェアを作成し、作成したソフトウェアをモジュールとして組み合わせることでより多く、複雑な課題を解決する能力、これが IT エンジニアの持つ専門性です。

このような IT エンジニアの専門性はソフトウェアに呑み込まれた世界においては、あらゆる場面で活かすことができるようになっていきます。そのような中で私が選択したキャリアがフルタイムでの OSS 開発と、その活動を通した技術広報です。

 私は前職では、ITエンジニアとしての経験と専門性を持ったうえで技術組織のトップマネジメントやセキュリティ対策を担っていました。マネジメントを実行する一員として、組織目標を達成するのはもちろんのこと、目標を達成するための統制手続きの一部をコードを書き自動化することでリードタイムを短縮したり、複数の似たような手続きがあった場合は抽象化することで、同一の手続きとしてまとめ、異なる部分だけを別にする、というような組み合わせによる課題解決も行いました。

 このような取り組みは専門性、またはスキルの掛け合わせ(または掛け算)と呼ばれます。ITエンジニアが持つ専門性を活かして、マネジメントや人事、そして広報に関わることでプロダクト開発以外の領域でも大きな成果を挙げられる可能性があると私は考えます。その実践として、私はエンジニアリングをバックグラウンドとして持つ技術広報業務を推進しています。

技術広報に活かせるスキルや身につけるべきスキルとは何か

「なるほど、これからはスキルの掛け合わせなんだな、なるほど仕事を変えて活躍しよう」と思った方は少し待ってください。スキルの掛け合わせは「言うは易く、行うは難し」の典型例と言えます。なぜなら、これまでは専門性を活かしてプロダクトを開発することが成果であった職業から、開発することが成果への直結では無くなり、求められる成果や報酬体系が異なる職業に変えるわけですから、積極的にアンラーニングする必要があります。

私も前職でマネジメントを担う事になった際には、ドラッカーのマネジメントなど古典と呼ばれるものから、エンジニアリングマネジメントに特化した最近の著作までたくさんの本を読み、学んだことをアウトプットしてきました。それらを通して視点を変える訓練をたくさん行いました。

私はまず何かを学ぶにあたっては、Amazon や書店で関連する本とその目次を一通り眺めて、どの本にも共通で触れられていることを主要事項として理解するようにしています。その中で、広報活動とはブランディングとマーケティングの2つだと位置付け、自分に不足しているブランディングについては以下の本を読み勉強しました。

参考書籍

インプットのあとはアウトプットとして、自身のブログへ「技術広報とは何か、について自分なりのまとめ」と発信したところ、fukabori.fm の iwashi さんから「Podcastで話しませんか?」とお誘いいただき 86. 技術広報 w/ hsbtとして音声メディアでもアウトプットを行いました。

また、技術広報としてアンドパッドのブランディングに寄与する発信を行うために、建築・建設業界に対する知識を得るために以下のような本も読みました。

参考書籍

いずれの本も業界研究を行う初学者向けの本のため、より踏み込んだ理解のために今も工法や規格、社会全体の動向や行政の動きなど、プログラミングだけではなく業界知識の学習を続ける日々です。

このように単なるインプットだけではなく、アウトプットとフィードバックを繰り返しながら新しい知識を獲得しています。もし、あなたが IT エンジニアとしての専門性を持ち、アンラーニングと新しい学びが苦ではないなら、スキルの掛け算の領域へ飛び込むことはキャリアの選択肢として強い武器となるでしょう。

スキルの掛け合わせでキャリアを築く

最後に重要なこととしては、スキルの掛け算による活躍が期待できる職種であっても、IT エンジニアとしての給与水準が保証されるわけではないということは念頭に置く必要があります。ITエンジニアの給与は一昔前に比べて上昇しています。それは、市場が抱える課題をソフトウェア開発の専門性を有する人が解決できるという期待値が高まったこと、そしてその専門性を有する人材の絶対数が採用する側の期待水準に満たないことから発生している事象です。

今現在ITエンジニアであるあなたの給与は上記のような市場の採用原理の結果として発生したのであって、マネジメントや人事、広報など、別の課題に対する解決を行う職種に対する給与水準に置いては無関係です。今現在、エンジニアとして働いている方が別の職種に変える場合は、採用する側と期待している成果とその給与、あなたが持つ専門性と掛け算によって何が生み出せるのか、などを交渉することは当たり前ではありますが特に重要と思います。

かくいう私も OSS の開発者として、アンドパッドに所属しているという肩書を通して、 Rubyの開発とその発展への寄与を発信しています。この活動に加えて、アンドパッドの魅力を発信することで技術広報としての成果をだしつつ、従来どおりの広報としてのブランディングやマーケティングの取り組みを両立してポジションを作っている真っ最中です。本記事がソフトウェアによって世界を変えていく活動のひとつとして、技術広報への興味の入口となれば幸いです。

関連記事

人気記事

  • コピーしました

RSS
RSS