【EMのセルフ評価】EMの評価はなぜ難しいのか? アンチパターンとおすすめの評価指標を解説

2024年1月12日

合同会社エンジニアリングマネージメント 社長 兼 流しのEM

久松 剛

2000年より慶應義塾大学村井純教授に師事。動画転送、P2Pなどの基礎研究や受託開発に取り組みつつ大学教員を目指す。博士課程(政策・メディア)修了。その後高学歴ワーキングプアを経て、2012年に株式会社ネットマーケティング入社。マッチングサービス SRE・リクルーター・情シス部長・上場などを担当。2018年にレバレジーズ株式会社入社。開発部長、レバテック技術顧問としてエージェント教育・採用セミナー講師などを担当。2020年より株式会社LIGに参画。海外拠点EM、PjM、エンジニア採用・組織改善コンサルなどを担当。現在は合同会社エンジニアリングマネージメント社長 兼 流しのEMとして活動中。X(@makaibito

EMの評価はなぜ難しいか

私はこれまで複数社でEMポジションを経験してきましたが、EMの評価とその先の給与は上げづらい、という印象を持っています。以下では、クライアントワークの場合と自社開発の場合に分けて、EMの評価はなぜ難しいのかについて整理していきます。

クライアントワークの場合、顧客請求が困難

SIerやSESのような場合、そもそもEMの立場を維持することはかなり難しいです。私も以前、オフショアをまとめるEMとして入社したのですが、とてもやりにくかったです。

顧客に対して工数請求を行うスタイルの場合、開発に直接かかわっているプロジェクトマネージャーやプログラマと違って、EMはある意味存在の合理性が低いです。請負契約やチーム入場で「プロジェクト管理費」などとして載せられるケースもありますが、採用業務にメインに関わる場合、工数申請で採用業務は別に扱われることもあります。

ひと月の労働時間から採用業務に関わる時間を差し引いたとき、顧客に請求する時間が削られるような事態になると売上が下がるために理解を得難いという側面もあります。

私が抱える顧客の中にもクライアントワークをしている企業があります。そこでは採用が主要業務ということもあり、人事部付きで動くようにしています。人事部の一部として動くことで販管費として経理しやすいという側面があるようです。評価制度や給与制度の見直しも、人事部の一部として動くことができそうな感触があります。

自社サービスの場合、売り上げへの貢献説明はエンジニア以上に難しい

エンジニアの評価でいつも話題になりやすいのは、自社サービスにおいてエンジニアのアウトプットがどこまで事業の売上に貢献したか、という話です。EMの場合、これが他職種以上に説明しにくいものがあるかもしれません。

例えば売上が上がったとして、エンジニアが良いものをつくって人気が出た、営業が頑張って優良顧客を見つけた、マーケターが金脈を見つけて流入を増やした、など、わかりやすく仕事の成果と事業の売上がつなっているようなケースもあります。一方EMは業務の性質上、「誰のおかげで売上が上がったのか」という問いに対して、残念ながら答えとして名前が上がりにくいことになっています。

自社サービスの場合、しっかりと粗利を十分に確保できている組織であれば、組織拡大の役割を担うポジションとして理解を得られやすい傾向にあります。しかし粗利が不十分な場合、EMの肩身は狭くなります。

中途採用が中心のため、高い給与からの「お手並み拝見ムード」が起きやすい

最近でこそ、新卒から自社内で成長してEMになる方を見かけるようになりましたが、多くの場合組織づくりの実績を買われて中途入社者が勤めています。

マネージャーという立場もあることから、組織の給与水準よりも上振れることが多々あります。特にピープルマネージメントが求められるEMでは、周囲の協力が不可欠です。年収高めの中途入社者全般に言えることですが、その場合周りが「お手並み拝見ムード」となりやすく、あまり周囲の協力が得られないまま、成果だけ期待されるという苦しい展開になりやすいです。

EMの評価をどうするか

次にEMの評価をどうするべきかについてお話ししていきます。

内定承諾人数・入社者数を目標に置くのはリスクが高い

内定承諾人数や入社者数を目標にした場合、「あと数名で目標が達成できる」となったときに採用ハードルが急に下がる現象が起きやすいです。スキルに伸びしろがある人材の育成を前提とした採用なら問題ありませんが、そうでない場合、スキルアンマッチな採用は現場からの苦情につながります。

採用というものは会社が候補者を選ぶだけではなく、候補者が会社を選ぶ側面も大きいものです。待遇や制度面のアンマッチだったり、出会った(EM以外の)面接官の態度が悪かったりと、EMひとりでコントロールできないところで、選考中辞退が発生する場合もあります。これらすべての要素を考慮したうえで人数目標を設定するというのは、無理があります。

注意したい「退職率低減」という指標

レンタルEM業をしていると「エンジニア組織の退職率が高いので何とかしたい」というご相談を頂くことがあります。EMの評価指標も「退職率の低減」と置かれたことはあるでしょう。

そもそも退職率はどの程度のものが問題になるのでしょうか。厚生労働省の資料を基に企業規模別退職率を出したものが下記となります。

▲厚生労働省「雇用動向調査 企業規模別離職率」のデータを元に作成したグラフ

これによると、10%台であれば平均的であり、特段問題視するものではないと考えています。ただ、20%台や30%台となると、かなり重篤な問題なので早急な対応が必要です。

一方で、必ずしも辞めない組織が良い組織とは言い難いと考えています。人が辞めない組織のネガティブなパターンとしては下記のものがあります。

  • ・いわゆる「ぬるま湯」の状態であり、負荷もパフォーマンスも低いが待遇は高め
  • ・転職が考えられない程度にスキルが低い人が揃っている
  • ・転職が考えられない程度に社内で恐怖政治が起きている(スキルも伸び悩み)

直接これらのパターンを見たこともありますが、おおよそ健全とは言い難いものです。「エンジニアが辞めないこと」が企業価値に直接貢献するのであれば、目標としては良いでしょう。しかし多くの場合は、内製化する費用対効果に問題があります。自社の開発生産性の観点や、引き止めコストの観点からむしろEXITマネジメントを検討した方が建設的な組織はあります。

おすすめの指標は「リーダー育成数」

1-2年単位での目標となりますが、リーダー育成数は前向きでお勧めします。リーダー不在の組織はツリー型にできないためスケールしにくいのですが、リーダーを増やすことで組織のスケールに直接貢献できます。

「リーダー育成数」をEMの目標に置くためには、リーダーの定義をまず明確にする必要があります。たとえば、すでに評価制度が整備されている場合、一定のグレード以上をリーダーとすることが多く、そのグレードに到達した人数で評価しやすいです。グレードの達成に向けて対象者が足りないところを補足していくように誘導していくことになります。

私がかつて在籍していた組織では、正式なリーダーになるには試験を突破する必要がありました。その前段階として組織図上のリーダーに据えることはできたため、まずは名目上のリーダーに据えました。そこでリーダーとしての適性を見つつ、部下を持たせながら視座を上げていきます。そして当人と上長が行けそうだというタイミングで試験への推薦を行っていきました。

リーダーを定義する制度がない場合、目標設定段階で「どのような条件を満たすことができればリーダーと定義するか」を言語化し、上長と合意しておくことで達成しやすくなります。

2023年現在のEMが評価される組織の形

過去のコンテンツでもお話しましたが、2023年はエンジニアバブルが収束した年でした。採用という観点でいくと求人票は世間に溢れていますが、下記のような状況になっています。

  • ・良い人がいれば取るという放置型の求人票
  • ・採用しているが選考ハードルが高く、内定が出ない
  • ・内定が出た場合、提示給与がふるわず現職より低い・変わらない・微増であることから内定承諾に至らない
  • ・上記のことから現職へのステイをする候補者が少なくない

このような状況下、採用に割くリソースを削減している企業が多く見られます。採用に強みを持ったEMや、人事部採用専任者が転職市場に動いていることも確認されています。現在、純粋なピープルマネージャーとしてのEMを求めている層を整理すると下記のようになると考えています。

▲純粋なピープルマネージャーとしてのEMを求めている層

2022年以前は、シード期スタートアップにもVPoEやEMを置くという状況でした。しかし不景気な現在では、そうした余裕がある組織も少なくなりました。強気で資金調達ができている企業や、PMFが達成できて資金的に余裕がある企業の方が、純粋なEM業務ができる人材を求める傾向があります。財務経理の余裕を見つつ、余裕がない組織であればプロジェクトマネージャーやプロダクトマネージャー、BizDev、プログラマといった業務を受けることも視野に入れながら活動していくことも検討しましょう。

関連記事

人気記事

  • コピーしました

RSS
RSS