2023年12月18日
GMOペパボ株式会社 取締役CTO
GMOペパボ株式会社取締役CTO、日本CTO協会理事。情報処理安全確保支援士(登録番号:013258)。東京都立大学法学部政治学科卒業後、奄美市役所勤務を経て、2008年より株式会社はてなでソフトウェアエンジニアとして勤務。2012年よりGMOペパボ株式会社勤務。現在、同社取締役CTO。技術経営および新技術の研究開発・事業創出に取り組む。2020年より北陸先端科学技術大学院大学に在学する社会人学生としても活動。
こんにちは、作家の栗林健太郎です。作家活動のかたわら、GMOペパボ株式会社取締役CTOや一般社団法人日本CTO協会理事を務めています。最終回(連載3回目)の本コラムでは、不確実性にいかに処するかという観点から、本を読むことを「キャリアを創る」ことに活かすにはどうしたら良いかについてみていきます。
私は年間に約200冊程度の書籍を読んでいます。正確にいうと、読み切った冊数がそのぐらいであるということです。この10年以上、読み切った本は「ブクログ」というサービスに記録しています。記録するに至らない、さらっと目を通しただけのものもたくさんありますし、買う量でいうと読み切った量の3倍はくだらないでしょう。正確にはわからないですが、これまでに1万冊以上は買ったのではないでしょうか。
本を読むことの効用について書くことも多く、「どうやってそんなにたくさん本を読んでいるのですか?」「いい速読法はありますか?」などというご質問をいただくこともあります。簡単な話で、他の人が別のことをしている間にも本を読んでいるだけです。特に秘訣はありません。ただ読んでいるだけなのです。暇なわけでもありません。
1日に7時間睡眠をする人と、5時間睡眠をする人とでは、使える時間に毎日2時間の差があります。2時間あれば本を1冊読めますから、単純計算すると1年で365冊分の差ができるわけです。また、起きている時間でも人はさまざまな活動をするわけですが、そうした時間も可能な限り本を読むことに費やしていれば、その差はもっと広がります。
もちろん、私はいわゆる「ショートスリーパー」などという特性を持っているわけではありません。ただ、自分が必要だと思う知識がない状態で頭がスッキリしているよりも、毎日眠くてつらくても、やるべきことをやっている方が相対的にストレスが低く、成果を出しやすいと考え、命を削っているだけなのです。もちろん、本を読む時間は捻出した時間の数分の1なので、実際にはほとんどの時間で作家としての制作活動全般をやっています。
慢性的な睡眠不足は、将来のアルツハイマー型認知症の罹患リスクを高める等、多くの不健康状態の要因となり得るようです。ただでさえ不足している記憶力が損なわれるととても困ります。そのあたりはAIが発展して、致命的にマズい状態になる前に何らかの形で解決されるのを期待しています。記憶やアルツハイマーについてはリサ・ジェノバ『Remember 記憶の科学』(白楊社、2023年)を、テクノロジーの発展についてはケヴィン・ケリー『テクニウム』(みすず書房、2014年)を読みながら、そんなチキンレースを生きています。
さて、先に「2時間あれば本を1冊読めます」と書きました。「そんなことはない。2時間では読めない。速読をしているのではないか?」と思われる方もいらっしゃるでしょう。もしそのように思うなら、本を読むことについて何か無意識に自明であるとして疑わずにいる前提があるのではないかと、自らを振り返ってみる必要があるでしょう。どういうことでしょうか。
最初のページから読み始め、最後のページに到達するまでにかかる時間を本を読む時間だとみなす習慣は、広く見受けられます。それはそれで何の問題もありません。一方で、たとえば仕事をするときに、やり始めて終わるまでがタスクにかかる時間であるという前提で物事をすすめると、たいていの場合うまくいかないのではないでしょうか。仕事には多くの場合、期限があるからです。
効率の良い働き方を指南するビジネス書などでは、違う考え方をすることがしばしば勧められています。すなわち、最初に使える時間を確保して、それに合わせてやるべきタスクを当てはめていくという方法です。具体的には、カレンダーの空き時間をあらかじめ特定のタスクに取り組む時間としてアサインして、その時間内に終わらせるようにするというやり方が多く見られます。いわゆる「時間を作る」といわれる方法です。「2時間で読む」というのもそれと同じです。
何か新しいことに取り組むことになったとしましょう。ソフトウェアエンジニアであれば、新しい技術を用いた開発をすることになったというような場合です。そういう時に私がするのは、その分野の入門書を5〜10冊ほど買い込んで、1冊1時間で読むと決めてパーっと目を通していくことです。メモなどはしません。入門書ですから、大体同じような内容が書かれています。5〜10冊ほど読めば全体像が頭に入るでしょう。
ここで言いたかったのは「本を読む」ことについての自らの常識をまず疑い、変えていく必要があるのではないかということです。読書猿・著『独学大全』(ダイヤモンド社、2020年)では、実に多様な本の読み方が紹介されています。本の読み方というと、普通に読むか速読するかぐらいしかイメージを持ってない方は、「そんな読み方があるのか!」と驚くことでしょう。ぜひ一読されたいと思います。
このように、「本を読む」という、広く実践されていることにすら未知があるのですから、その他のことについてはいうまでもありません。本連載の第1回「私がキャリア戦略をもたない理由と、結局は一番大事だと思う3つの考え方の話。」では、そのような不確実性に対してどう処するかが、キャリアを考える上でとても重要なことである旨を述べました。ここで改めて本記事の趣旨に立ち戻ると、この場での主張は、本を読むことでそのような不確実性にもっと上手に対応できるようになれるといいよね、ということになるでしょう。
さて、ここで第1回目で取り上げた「不確実性」について、もう少し深掘りしていきましょう。不確実性とは何か?あらためて別の言葉で言いかえると、「未知であることについてそもそも未知であるところの未知」ということになります。これだけでは意味不明ですね。どういうことなのか、わかりやすくするために表にしてみました。縦軸は、ある対象について知っているかどうかです。横軸は、自分がそれを知っている・知らない状況を自分自身で知っているかどうかを示します。
Known | Unknown | |
Known | 知っていることを知っている | 知らず知らずに知っている |
Unknown | 知らないことを知っている | 知らないことをそもそも知らない |
(この表はさまざまなところで言及されていますが、私は正確な初出を詳らかにしません。「Wikipedia: 知られていると知られていることがある」をご参照ください)。
左上は馴染み深い状態です。「知っている」という時、普通はこういう状態をいうでしょう。ここで大事なのは、ある対象について知っているかどうかだけでなく、それを知っているかどうかについての自己認識についても、知っているかどうかの対象にしているということです。といっても難しいことではありません。左下は、「あの技術について勉強しないとなあ」と思う時の状態で、ある対象について知らないことを知っていることです。よくありますよね。
右側が少しややこしいかもしれません。右上は、いわゆる「暗黙知」といわれる状態です。自転車に難なく乗れる人であっても、どのようにして乗っているかを教える段になると、うまく説明できるとは限りません。会社で知見をドキュメント化するのが大事というのも、暗黙知を形式知にすることが、組織を再現性高く運営する上で必要なことだからです。右下は連載第1回目で問題にした不確実性のことです。そもそも、知らないことを知らないから不確実なわけです。
効率的な情報収集法は、ビジネス書の定番ネタです。それはそれで必要ですし、身につけるべきスキルではあるでしょう。それはこの表でいうところの左下を左上に効率的に持っていくことであるといえます。しかし、キャリアを切り開くための読書にとって最も重要なのは、右下の領域にインパクトを与えるような読書です。将来を切り開くためには、そもそも未知であることが未知である領域を既知にしていくことが必要なのですから。
本を読むことを、私たちが議論してきた意味においてキャリアに活かすためには、不確実性に処するようなやり方で本を読む必要があります。すなわち、「知らないことを知らない」対象について、少なくとも「知らないことを知っている」状態に引き上げる必要があるわけです。知らないことを知ってさえいれば、あとは勉強すれば「知っていることを知っている」状態に持っていけます。逆にいうと、知らないことすら知らないと、どうしようもないわけです。
では、どうすればいいのか?知らないことを知らないというのは、言葉を変えていうと「視野が狭い」ということです。自分の目に見える範囲外のことは、どうやったって見えません。それならば、視野を広げるほかありませんよね。本を読むという活動についていえば、自分にとって未知かどうかすらわからないような領域の本を読むことが一番です。
どうすればそんなことが可能なのか?個人的に最も効果的だと思うのは、これと決めた新書レーベルの新刊を毎月全部買って読み通すことです。新書にはたくさんのレーベルがありますが、毎月必ず3、4冊ほど刊行されます。それをすべて買って読むわけです。レーベル数は1つか2つで良いでしょう(私は一時期、岩波、中公、ちくま、講談社、平凡社あたりをすべて買って読むことをしていました)。
刊行される新書には、さまざまなジャンルが含まれます。興味をまったく持てなくてもかまいません。とにかく目を通しましょう。興味を持てないということは、知らないことを知らないということなのですから。もっと簡単な方法だと、新聞もよい場合もあろうかと思います。たとえば「日経新聞」に書かれていることすべてについて、興味津々な人はあまりいないでしょう。だからこそ読む。そうすると自然と視野が広がります(「日経」なら仕事にも普通に役立つでしょう)。
東浩紀・著『弱いつながり』(幻冬社、2016年)は、まさに視野を広げることについて書かれた本です。この本では、便利なはずのパーソナライズされた検索エンジンによって逆説的に視野が狭められてしまう現代社会の宿痾を逃れるために、旅をすることで検索エンジンの結果を変えることが勧められています。現在では、ChatGPTを始めとするAI技術によって、膨大な知識に触れられる反面で、知らず知らずのうちに視野が制約されるリスクも高まっています。今こそアクチュアルな課題だといえるでしょう。
連載3回目の本コラムでは、キャリアを創るためには不確実性=未知を切り開いていく必要があるという観点から、どのように本を読んでいけばいいのか、いくつかの参考書を紹介しながら述べてみました。本連載はこのコラムを持って最終回です。この連載が、皆様の今後のキャリアにとって少しでも役に立つものになることを願います。
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