2023年10月18日
ITジャーナリスト
生活とテクノロジー、ビジネスの関係を考えるITジャーナリスト、中国テックウォッチャー。著書に「Googleの正体」(マイコミ新書)、「任天堂ノスタルジー・横井軍平とその時代」(角川新書)など。
日本で自動運転「レベル5」の無人運転が実現するのに、あとどのくらいの時間がかかるのだろうか。「ほぼ自動運転」であれば、テスラとHUAWEI、百度がすでに実現をしており、車の販売も始まっている。この「ほぼ自動運転」というのは、「レベル5」の無人運転を目指すのではなく「レベル2+」というカテゴリーで、ほぼ自動運転を目指すとする新しいアプローチだ。
自動運転車の時代はすでに始まっている。米国ではテスラ、中国ではHUAWEIが開発をした自動運転ができる車が市販され、個人が自動運転を楽しめるようになっている。
自動運転というとアメリカのテクノロジー企業、Alphabet Inc.(アルファベット)傘下のWaymo(ウェイモ)が有名だ。2016年にGoogleから独立をしたWaymoが自動運転の世界を切り拓き、Waymoを追従する無数の企業が登場した。
Waymoは2017年、アリゾナ州フェニックス市で無人運転ロボタクシーの試験営業を開始。その後、試験走行を重ねて今年の夏にはカリフォルニア州が営業走行の開始を承認し、いよいよ実用化が始まろうとしている。
しかし、一般車両にWaymoの自動運転システムを実装するのに、約18万ドル(約2600万円)かかるといわれている。このような高価な車両で、通常のタクシー料金を得ても、ビジネスとして成立をしないということが大きな課題になっている。
中国では、バイドゥが、北京市や上海市など9都市で無人運転ロボタクシーの正式営業、または試験営業を始めている。ただし、指定された地域内に設置されたステーション(停留所)間の移動に限定されており、通常のタクシーのように家の前で降ろしてもらうというわけにはいかない。百度は、このロボタクシー運営により得られる実測データを、自動運転プラットフォーム「Apollo」の学習データに再利用をしている。そのため、採算性はある程度無視できるものの、無人運転といっても技術的にはまだまだ課題を抱えているのが現状だ。
自動運転の先駆者たるWaymoより、ブレイクスルーを達成したのがテスラだった。車にオプションで、自動運転ソフトウェア「FSD」(Full Self Driving)をダウンロードすることで、購入した車が自動運転車になるというものだ。
そして、テスラに刺激をされた中国のHUAWEIや百度も、同様の自動運転技術の開発を始めた。HUAWEIは中国で発売しているスマートカー「AITO M7」などにオプションで自動運転ソフトウェア「ADS 2.0」を搭載。テスラと同じく購入した車を自動運転車として使えるようにした。このように、米国と中国では、一定数の人がハンドルを握らないハンズオフ運転をしている。
なぜ、テスラはこうした自動運転の商品化に成功をしたのだろうか。これは自動運転の実用化を目指すアプローチの仕方に他社との違いがあった。自動運転には「レベル0(完全手動運転)」から「レベル5(完全自動運転)」までの6段階がある。目指すのは「レベル5」の完全自動運転、つまり無人運転だ。この段階に達すると、車にハンドルやペダルなどの運転装置は必要がなくなる。
テスラは「レベル2」から知見を積み上げていくルートを選んだのに対し、Waymoは、最初から「レベル5」を目指す直登ルートを選択した。「レベル2」であっても、自動駐車や車線維持といった部分的な自動運転技術は確立をしている。このように確立した技術パーツを組み合わせていき、例えば市街地での通勤のための走行、休日での高速道路を使ったドライブなどというシナリオのすべてのシーンをカバーできれば、ほぼ完全な自動運転が実現できる。自動運転が利用できない状況も残るが、それが非常にレアな状況であれば、ユーザーにとっては大きな問題にはならない。
このようにテスラは「レベル2」の技術を地道に積み上げていき、「レベル4」相当の自動運転体験を提供する戦略を選んだ。そのため、テスラのFSDは「レベル2+」、同様のファーウェイのASD 1.0は「レベル2.9」と呼ばれている。
この「レベル2+」は、あくまでも運転主体は人間であり、いつでも運転に介入できるように状況を監視しなければならない。そのため、スマートフォンを見たり、よそ見をしたり、寝たりすることはできない。それでも、運転のほとんどを自動車に任せられるというのは、運転体験を大きく変えてくれる。
自動運転の5つのレベル。「レベル2」までは運転主体が人間で「レベル3」以上は運転主体がAIという違いがある。従来は「レベル5」を直登するアプローチだったが、テスラは「レベル2」で自動運転を狙う新しいアプローチを採用した。
テスラのFSDはすでに30万台近くにインストールされているため、多くのオーナーが走行映像をYouTubeなどで公開している。
ファーウェイのADS2.0を搭載した「AITO M5」を上海で走行させた映像。こちらもほぼすべて自動運転で走行できている。
多くの方が気になるのは、自動運転の能力だろう。ガレージを出発して目的地まで、すべての運転を車まかせにできるのであれば素晴らしいことだ。しかし、ちょくちょく手動運転を求められるのなら、最初から自分で運転した方がいいという人もいるはずだ。
自動運転がどの程度の能力であるかは、すでに多くの個人やメディアなどによって無数に上げられた路上走行の動画を見ればおおよそ理解できる。このような動画を見る限り一般的な市街地の走行であれば、ほぼすべて運転は自動運転にすることができている。人間が介入しなければならないのは、交通規則よりも、人間の慣習的な規則に従わなければならないような状況だ。
例えば、テスラのFSDを例に挙げて解説しよう。T字路に差し掛かった場合、一時停止をして、左右の車を見て、タイミングを図って右折または左折をする。これで交通ルール上は何の問題もない。しかし、これでは他車の迷惑になることがある。人間は車線がひとつしかなくても、右折車は右によって一時停止をし、左折車は左によって一時停止をする。すると、ひとつの車線に2台が並ぶことができるのだ。
ところが、FSDはあくまでも交通ルールに厳格に従う。車線を占有して一時停止してしまうため、後ろの車に迷惑をかけることになり、場合によってはクラクションを鳴らされたり、睨まれてしまうことになる。テスラ車のオーナーはこれがわかっているために、運転介入をして、端によって一時停止させ、再び自動運転に戻すということをしているようだ。
HUAWEIのADS2.0でも、このテスラ車と同様の問題が生じている。車線変更をする時は、当然変更先の車線に後ろから別の車が来ていないかどうか、一時停止をして譲ってくれているかを確認する。後ろから来る車のなかには、意地の悪いことをする人がいて車線を譲るのにぎりぎりまで詰めてくることがある。ADSはこうした車の挙動が理解できない。そのため安全停止をしたままになり、人間が介入をして運転しなければならなくなるのだ。
このような問題は残しているものの、それ以外の走行ではほぼ自動運転が可能になっている。
こちらは、百度の自動運転「ANP3.0」の公式ビデオ。百度はロボタクシーで培った学習結果を利用して、一般車両向けの「レベル2+」自動運転を開発中。年内には市販の車に搭載される予定だ。
興味深いのは「レベル2+」の自動運転は、日常シーンではほぼ自動運転が可能になっているのに、人間的な慣習ルールに対応ができていないという点だ。もちろん、そのような慣習ルールまで学習することがいいことなのか議論の余地がある。
前述したとおり、テスラのT字路での一時停止の問題はいわば人間同士の暗黙の了解に基づいたものだ。センターラインをはみ出したり、停止線の前に出て一時停止をすることが多く、厳密にいえば交通規則に反している。大型トレーラーなどが対抗車線を曲がってきた時などは、スペースが不足をして曲がれないなどの問題が生じることもある。
HUAWEIのADSの問題も同じことがいえる。多くの人は道を譲り合うが、全員がそうだとは限らない。なかには「譲りたくない」と車を前に進める人もいる。だから譲ってくれるものだと思って運転すると、接触事故が起きてしまうのだ。
つまり、自動運転は人間の慣習ルールが理解できない、学習できていないのではなく、自動運転の方が正しい運転をしているといえる。人間のほうが交通規則にはない独自ルールを自然に作ってしまっている。こうしたことはあくまでも暗黙の了解であり、多くの人が理解をしていれば事故にはならない。だが、理解しないふりをして、この暗黙の了解に従わない人が現れると事故が起きる。
自動運転社会を望むのであれば、このような暗黙の了解についても考ねばなるまい。ひょっとしたら、自動運転の普及を阻んでいるのは技術の問題ではなく、人間かもしれないのだ。
自動運転ソフトウェアは、どの程度普及しているのだろうか。テスラFSDは2022年末で28.5万台にインストールされているという。買い切り価格で1.5万ドル(約220万円、車両別)、サブスクで月199ドル(約2.9万円)となっていて、決して手の届かない金額ではない。また、HUAWEIASDは、買い切り価格で3.6万元(約73万円、車両別)、サブスクで年7200元(約14.6万円)となっている。
中国では百度も「レベル2+」自動運転ソフトウェア「ANP」を搭載した自動車を協力メーカーから年内にも発売する予定だ。
完全自動運転に直登するルートを選んだ企業より早く、「レベル2」から積み上げて「レベル4」相当の自動運転を提供するというアプローチを選んだ自動運転の車が、すでに続々と街中を走り始めている。自動運転は、今や遠い未来の技術ではなくなったといえるだろう。
人気記事