2023年8月21日
株式会社iCARE 代表取締役CEO 産業医・労働衛生コンサルタント
1979年生まれ、大阪府出身東京育ち。金沢大学医学部卒業後、2008年より公立久米島病院で離島医療に従事。「持続可能な地域医療の在り方」に疑問を持ち、一旦医師を辞め、MBA取得のために慶應義塾大学大学院経営管理研究科に入学。在学中に、心療内科・総合内科で医師として従事しながら、iCAREを創業。2016年に企業向け健康管理システム「Carely」をローンチ。厚生労働省の検討会において産業医の立場から提言し、2018年から同省の検討会委員も務める。iCARE代表を務めるとともに、現役の産業医としても活動している。プライベートでは四児の父。
今回は「エンジニアの睡眠」について取り上げます。エンジニアの仕事は繁忙期やプロジェクトのリリース直前になると、デバックやバグの修正などタスクが増え、十分な睡眠時間が取れないことが続きます。また、そもそもの勤務体系として夜勤がある場合は、睡眠時間が不規則になりがちです。なかには夜の時間帯のほうが集中できるからと、作業時間が夜型になっているエンジニアの方もいるかもしれません。このように、理由はさまざまですが、エンジニアという仕事の特性上、睡眠の問題はどうしても付いて回るものだといえそうです。
睡眠の質は、パフォーマンスにも大きな影響が出ます。また睡眠不足や睡眠障害は大きな病気につながる場合もあります。仕事の質を高く維持し、これからの自身のキャリアを形成していくためにも、睡眠に関する問題はなるべく早く対処するようにしましょう。
一般的な認識として睡眠と健康、睡眠と業務効率に関係性があることはすでに知っている方も多いでしょう。ここでは、実際の研究調査のデータなどを引用し、その影響について詳しく紹介していきます。
肥満のリスクが高まる
睡眠時間が短い場合、食欲を抑えるホルモンの分泌が少なくなり、食欲が増大します。加えて激務によって食事が不規則になることで、肥満のリスクが高まります。
高血圧症のリスクが高まる
睡眠不足が続く場合、交感神経が優位となり血圧が高い状態が続くため、高血圧症のリスクが高まる恐れもあります。
糖尿病のリスクが高まる
睡眠不足は血糖値のコントロールを担うインスリンの働きも阻害するため、糖尿病リスクも高まります。
こうした睡眠不足に起因する様々な体の不調が蓄積されることで、結果的に生活習慣病の罹患リスクが高まってしまうのです。
睡眠とパフォーマンス健康リスクだけでなく、慢性的な睡眠不足は集中力不足や倦怠感、記憶障害などを招き、著しく業務のパフォーマンスを落とすことが分かっています。世界経済フォーラムの調査によれば、平均睡眠時間が長い国のほうが一人あたりのGDPが高いことが分かってきました。
この図で見ると日本は一番下に位置しており、生産性の低さが分かります。日本は世界と比較しても睡眠時間が短く、かつ生産性の低い国なのです。
実際、睡眠時間がどのくらい生産性に影響するのかについて、アメリカのシンクタンクが調査を行っています。その結果、7~9時間睡眠の人に比べると、6~7時間睡眠の人は生産性の損失が1.5ポイント高く、6時間未満の人は2.4ポイント高くなることが分かりました。
これは、労働時間に換算すると6時間未満の人は年6日、6〜7時間の人は年3.7日分の労働時間を失っていることになります。
この事実は従業員を雇っている企業にとっても、従業員本人にとっても良い結果をもたらしません。
では、どのように睡眠によるパフォーマンスの低下や健康悪化を防げばよいのでしょうか。睡眠不足による体調やパフォーマンスの悪化は睡眠負債とも言われ、なかなか解消できないと言われています。ここからは睡眠負債の解消について、紹介していきたいと思います。
業務が忙しい場合は、入眠の時間を調整することは難しくなります。しかし、その他の生活習慣を見直すことで睡眠の質を高めていくことができます。
一見すると寝る前の飲酒は、寝つきが良くなるためよさそうですが、実際は意識を失っているような状態になるだけで、睡眠の質を悪化させる習慣といえます。睡眠が浅くなるだけでなく、利尿作用の影響で早朝に目が覚めてしまうことも多く、睡眠の中断は質をさらに悪化させてしまいます。寝る3時間前くらいまでにお酒を飲むのを終えるようにするのがよいでしょう。
参考:「お酒を飲むとぐっすり眠れる?」国立精神・神経医療研究センター病院
仕事に熱中するあまり、食事の時間が遅くなったり、寝る直前になってはいませんか?睡眠の質を妨げないようにするには、就寝前3時間までに食事をしておく必要があります。夜が長い場合は間食などをうまく利用し、空腹すぎず満腹すぎないお腹の状態を作りましょう。
睡眠に影響すると言われている環境として、明るさや温度・湿度などが挙げられます。眠るときの明かりは、周りが薄ぼんやりと形が分かる程度がよいとされています。真っ暗にしなければ眠れないという人もいるかもしれませんが、一度試してみてください。遮光カーテンなどを使用している場合は、室内灯などで調整しましょう。
室度は、夏場は28度以下、冬場は10度以上がよいとされています。エアコンなどの空調に加え、寝具を掛けるなど最適な室温で入眠できるよう調整しましょう。また、湿度は通年で50%程度がよいとされています。
これまでと違い、従業員の健康に対して、企業には大きな責任が求められている時代になっています。ここからは、睡眠障害を自覚している人が上司や会社へ提言したい、労働環境の改善に繋がる取り組みについて紹介していきます。
これらの制度は、睡眠時間の調整に役立つものです。フレックスタイム制はコアタイムを定めて、コアタイム以外の時間については本人の希望に応じて自由に調整できる制度です。残業で夜が遅くなった場合、従業員自身の判断で翌日の始業を遅らせることで睡眠時間を担保できます。
一方のインターバル制度は、退社から始業までの時間を一定時間開けることを定めた制度で、残業が発生した場合、翌日の出社時間が強制的に遅くなります。勤務間インターバル制度は働き方改革関連法案で企業の努力義務となりました。
パワーナップ制度やシエスタ制度も、いわゆる昼寝の時間を定めた制度のことです。業務時間中に15〜30分程度の昼休憩を取ることが可能です。睡眠時間の調整はもちろん、残業していないタイミングでも、昼寝をすることで業務効率の上昇に寄与するとされ、推奨されています。米国ではGoogleやナイキなど世界的な企業で取り入れられています。
睡眠負債を抱えている場合、身体的にも精神的にも疲労が解消されないことからメンタルヘルスに影響が現れます。繁忙期などで一時的な睡眠不足・睡眠障害を抱えている場合、うつ症状になる前に産業医との面談をすることが推奨されています。
面談で問題があるとされた従業員個人に対しては、睡眠セルフケアの項で紹介したような衛生指導を行うほか、症状が重いと判断した場合、睡眠外来など医療機関の紹介を行います。このように産業医の指導は、睡眠不調による生産性の低下を未然に防ぐことが可能となります。
一方、企業側には従業員の睡眠環境をよくするために、職場環境や業務環境、インターバル制度をはじめとした制度に対するアドバイスなどを行います。また、睡眠に関する健康教育を実施することで、企業全体の睡眠リテラシーを高めます。
このように現在は、睡眠負債に対するさまざまな制度が用意されています。労働環境が残業続きである場合、積極的に労働環境の改善やこうした制度の導入を上司や企業側に掛け合ってみてもよいでしょう。
これまで述べてきた通り、睡眠は健康面はもちろん、仕事の質にも大きく関わります。睡眠不足の状態を放置せず、しっかりと対策を講じることが、仕事の質を高めることに繋がるといっても過言ではありません。ただの寝不足だと放置せず、良質な睡眠を取るために自ら変えられることから始めていきましょう。
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