頭蓋骨に「透明アクリルカバー」。その上から手軽に脳スキャンし、高精度モニターを実現【研究紹介】

2023年6月27日

山下 裕毅

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米カリフォルニア工科大学、米南カリフォルニア大学、米カリフォルニア大学リバーサイド校、米ハワード・ヒューズ医学研究所に所属する研究者らが発表した論文「A window to the brain: ultrasound imaging of human neural activity through a permanent acoustic window」は、頭蓋骨の一部を取り除き、そこへ透明なアクリルカバーを設置して、その上から超音波スキャンをする手法を提案した研究報告である。頭蓋骨が邪魔にならず、高精度スキャンによる脳モニタリングが可能になる。

▲(A)頭蓋骨の一部を除去して、アクリルカバーを設置し、その上から超音波スキャンする。(B)覚醒中でもスキャンできる非侵襲的なアプローチ

研究背景

脳活動を記録する既存手法の頭蓋内脳波計と皮質脳波計は、時間分解能が高く、空間分解能も優れているが、侵襲性が高い。頭蓋内脳波計は脳内に電極を挿入する必要があり、皮質脳波計は頭蓋骨や硬膜の下に埋め込む必要がある。

一方で、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)は、全脳にアクセスできるが、感度と時空間分解能に限界がある。また、患者は狭い空間に横たわり、動きを最小限に抑える必要があるため、実施できるタスクが制限される。

機能的超音波イメージング(fUSI)は、侵襲的手法と非侵襲的手法のギャップを埋める新たな神経画像技術である。高感度で脳を広範囲にカバーする新しいプラットフォームであり、さまざまな新しい応用が可能だ。

fUSIは、赤血球の後方散乱エコーを検出することで脳血液量(CBV)の変化を測定する。fUSIは、100μm程度までの空間精度と10Hzまでのフレームレートで、神経細胞の小さな集団の機能を感知することができる。fUSIは、脳組織を侵さず、脳を保護する硬膜の外側に位置するため、造影剤を使用する必要がないのも利点だ。

さらにfUSIは、非放射線性で持ち運びが可能であり、複数の動物モデルにおいて実証されている。最近の研究では、fUSIのデータから霊長類の意思や目標を解読し、その後、ブレイン・マシン・インタフェース(BMI)の基礎として使用したものもある。

しかし、fUSIはヒトの頭蓋骨を通して行うことができない欠点を持つ。頭蓋骨は高周波数で音響波を減衰・収差させ、信号感度を大幅に低下させる。そのため、ほとんどの臨床アプリケーションでは開頭手術が必要であり、数少ないヒトのfUSI研究では、頭蓋骨を取り除く必要があった。手術室以外で覚醒した成人の脳活動をfUSIで記録することは、現在のところ不可能である。

研究内容

そこで本研究では、減圧頭蓋切除術(頭蓋骨の一部除去)後に、開いた穴を塞ぐように透明カバー材料を設置するアプローチを提案する。減圧頭蓋切除術は、外傷性脳損傷、脳卒中、くも膜下出血などによる高い頭蓋内圧を下げるために一般的に行われている外科手術だ。

頭蓋切除術後、頭蓋形成術が行われ、欠損した頭蓋骨を様々な再建材料のうちの1つで置き換える。再建材料には、自家骨、チタンメッシュ、ポリメチルメタクリレート(PMMA)などがある。近年、カスタマイズド・クレニアル・インプラント(CCI)は、その無菌性、強度、外観の美しさにより人気が高まっている。CCIの材料の一つであるPMMAは、いわゆるアクリル樹脂であり、超音波に対して透過性が高い特性を持つ。

研究チームは、頭蓋骨の一部を除去した箇所にアクリルカバーを取り付けることで、頭蓋骨を介すことなくfUSIを行えるのではと考えた。

アクリルカバーを通してfUSI信号が検出できるかどうかを調べるため、まず、人間の脳の血流を模した流路を持つ模擬血管ファントムを作成する。比較するため、カバーなし、厚さ1m、2m、3mのアクリルカバー、チタンメッシュの5つの条件を用意する。

リニア超音波アレイで撮像した結果、アクリルカバーの厚みが増すにつれて信号強度が低下し、チタンメッシュによって最も強く画質が劣化することがわかった。これらの結果から、アクリルはチタンメッシュよりも優れており、アクリルカバーをできるだけ薄くすることで最高のイメージングパフォーマンスを提供できることが示された。

▲減圧頭蓋切除術後の無傷の頭皮から超音波で血管撮影が可能

実証実験

これらの知見を踏まえ、次に30代男性に同様の実験を行った。男性は頭蓋骨再建の約30ヶ月前に外傷性脳損傷を受け、左半分の減圧頭蓋切除術を受けた。特注で厚さ2mm、34mm×50mmのアクリルカバーを作成。これは一次運動野、一次体性感覚野、後頭葉皮質の上に位置する。このデザインは、永久的な頭蓋骨の代替品として十分な機械的性能を発揮するよう、メーカーが計算したものである。

▲男性は特注のアクリルカバーで再構築された

男性の頭蓋骨再建後、アクリルカバー上から脳を撮影して血管系を観察したところ、溝ひだの曲線に血管や、隣接する皮質を灌流する小さな血管が観察された。人の脳でもアクリルカバー上からfUSIによる脳のモニターが可能であることが実証された。

次に、男性が何かしている最中に機能的な脳信号を検出できるかの実験を実施した。椅子に座り、目の前にスクリーンがある状態で2つの運動課題を行うように指示した。1つはビデオゲームコントローラーのジョイスティックを使用し、コンピュータのモニターに映し出された「点つなぎパズル」を行ってもらった。

▲ゲーム中の非侵襲的なfUSIイメージング

もう1つは、男性にギターを弾いてもらいながらfUSIデータを記録した。結果、どちらのタスクも活性化される領域がいくつか確認され、脳信号の取得ができるとわかった。この結果により、手術室以外の外来環境で、ビデオゲームやギターの演奏などの視覚運動タスクを行いながらでも、脳機能信号を非侵襲的に記録・復号化できることが実証された。

▲ギターを演奏中の非侵襲的なfUSIイメージング

研究結果

これらの結果から、fUSIのためのアクリルカバーは、既存の高精度だが高侵襲な神経記録技術と非侵襲だが低精度な神経記録技術とのギャップを埋めることが示された。また実験により、再構成されたヒトの脳活動への前例のないアクセスが可能になった。このアクセスは、脳損傷患者に利益をもたらし、神経科学の発見や改善された治療法およびBMIの開発への新たな扉を開く可能性を秘めている。

Source and Image Credits: Claire Rabut, Sumner L. Norman, Whitney S. Griggs, Jonathan J. Russin, Kay Jann, Vasileios Christopoulos, Charles Liu, Richard A. Andersen, Mikhail G. Shapiro. A window to the brain: ultrasound imaging of human neural activity through a permanent acoustic window. bioRxiv 2023.06.14.544094; doi: https://doi.org/10.1101/2023.06.14.544094

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