2022年10月3日
株式会社メルペイ Experts Team
上田 拓也(@tenntenn)
Google Developer Expert(Go)。一般社団法人Gophers Japan代表。Go Conference主催者。大学時代にGoに出会い、それ以来のめり込む。人類をGopherにしたいと考え、Goの普及に取り組んでいる。複数社でGoに関する技術アドバイザーをしている。マスコットのGopherの絵を描くのも好き。※プロフィールは発表時の所属
2022年8月23日~8月25日に開催した技術カンファレンス「Merpay Tech Fest 2022」では、一般社団法人Gophers Japanの代表も務めるtenntenn氏(Twitter:@tenntenn)が、Go Conferenceを例に、オンラインカンファレンスを成功させる方法論と技術コミュニティのスケールの仕方について発表を行った。
「Design and lead the scalability of tech communities for all」をテーマに掲げて活動するメルペイエキスパートチーム。このテーマには、「技術コミュニティをスケールさせるすべての人のために、技術コミュニティをつくりあげていこう」という思いが込められている。
メルペイエキスパートチームの所属メンバーは、業務の50%以上を技術コミュニティの貢献に充てているという。通常、企業が技術的なコミュニティ運営のサポートに工数を割くことは難しい。しかし、メルペイでは業務の一環として取り組むことで、継続的な技術コミュニティへの貢献ができている。
具体的な取り組みとしては、技術コミュニティの運営や、社内エンジニアの社外イベント登壇へのサポート、OSSへの貢献などが挙げられる。さらに、コミュニティで得られた知見をフィードバックとして社内に持ち帰り、勉強会を開くことで社内に浸透させる役割も担っている。このように、社内の開発組織と技術コミュニティの間に、ポジティブな相互作用が生まれるのだという。
参考資料:【書き起こし】技術コミュニティとの相互作用 – 上田拓也 @tenntenn【Merpay Tech Fest 2021】
ちなみに、tenntenn氏は個人活動として「人類Gopher化計画」を進めており、Goスキルやその他のコンピュータスキルに応じて適切なコミュニティ・勉強会の場を提供する活動を行っている。その活動内容として、一般社団法人のGophers Japanの設立と運営、Go ConferenceやGopher道場、Step up goの運営など、よりGoの輪を広げるために様々なコミュニティ活動に勤しんでいる。tenntenn氏は「Go Conferenceや海外のカンファレンスで登壇できるGo人材を育成することを目指す」と話している。
「Goに精通した人が集まるコミュニティ」として位置づけられているGo Conferenceは、Go関連の技術カンファレンスとしては最も歴史のあるもので、2013年の第1回から数えて10年近く運営されている。初回は参加者129名だったが、2022年には事前登録者ベースで参加者が1,100名を超え、35社のスポンサー企業を持つ大規模なものへと成長した。
新型コロナウイルス感染症の流行の影響もあり、最近はGo Conferenceもオンラインでの開催に移行している。オンライン化により、登壇者も視聴者も、時間や居住地を問わず参加できるようになった。事前に収録した映像で登壇したり、配信録画を後日の隙間時間を利用して倍速で視聴したり、興味のあるところだけ見返したりすることも手軽にできるのだ。(注:実際、本セッションにおいても、tenntenn氏は事前収録した動画で発表を行っていた。筆者は、発表後のQAタイムで違う服を着たtenntenn氏が画面に登場したことで初めてその事実に気づいた。それほどまでにリアルタイム登壇と遜色なかったことを、主観として付け加えておきたい)。
一方、オンライン開催が主流になったことで、主催者・参加者ともに、いくつかのデメリットにも直面している。「聞く予定のなかったセッションを聞いたら意外と面白かった」という偶発的な体験が発生しない。会場での没入感がつくりにくく、登壇者と視聴者のインタラクティブ性が低い。さらに、参加者もオフラインのように周りに声がけしてコミュニケーションを取ることが難しい。
では、オンラインカンファレンスのデメリットを極力減らすためにどうすればよいか。tenntenn氏はGo Conferenceの実践に基づいて、カンファレンスをより盛り上げていくための方法を紹介している。
まずはStreamYard。これは、特別な機材無しで簡単に配信を行えるツールだ。高度な設定はできないが、配信に際して必要最低限の機能は備わっている。誰でも使えるようなツールを使い、属人性をなるべく排除することが、カンファレンスを継続的に運営するためのコツなのだという。
Go Conference 2022 Springの場合、StreamYardから出力された映像は、一旦YouTube Liveを挟み(アーカイブ動画を残すため)、最終的にはRemoというツールを使って配信される。これは、オンライン上に擬似的な配信会場を作成できるもので、視聴者はパブリックビューイングを見ているような感覚で配信を楽しめる。
これにより、オフライン開催時と同様に「複数の会場を覗き見しつつ、試聴するセッションを選ぶ」という体験が可能になる。また、オンライン上で席の配置もできるので、参加者同士の偶発的な会話が発生することも期待できる。
また、SNS上でもカンファレンスを盛り上げるために、Goに関するビンゴ企画「ビンGo」を実施した。ビンゴゲームにならってクイズに正解すると列が揃うもので、海外のカンファレンスで出会ったクイズゲームを参考に、Go Conference用にカスタマイズしたという。運営やスポンサー企業が出題し、企業ブースにいくと正解がわかるようにしたり、正解後にSNSシェアポタンが現れてそれをシェアできたりすることで、より参加者がイベントに参加する実感を得られるように取り組んでいる。
ほかにも交流のあるコミュニティメンバーを招いてコードラボ形式のワークショップを開いたりするなど、参加者にその場でイベントに参加する魅力を提供している。
このように可能性にあふれたオンラインカンファレンスであるが、「オンライン開催が増えたことにより、現地開催を行っていたときに比べてタスクが複雑化している」とtenntenn氏は指摘する。
それに加え、カンファレンスやコミュニティの規模が大きくなるにつれて、内部の属性が変化していくこともある。
たとえば、コミュニティの初期フェーズにおいては、その言語や技術が好きな人たちだけが集まってくる。しかし、規模が大きくなってくるにつれて、企業が採用目的で参加したり、それに伴って転職目的で参加する個人も多くなったりする。これにより、「コミュニティの雰囲気が変わってしまった」と感じる人も出てくるだろう。
「この流れは不可避であるが、忌避すべきものでもない」とtenntenn氏はいう。企業がコミュニティに参加することで、その企業の持つ技術的知見が積極的に共有されるようになる。また、コミュニティに参加している人からの採用が増えれば、その分コミュニティに知見が増えることにつながりやすいからだ。
ただし、企業は発注するのではなく、あくまでも「支援」という形でコミュニティに関わるのが良いというのがtenntenn氏の見解だ。企業が「発注」という形でコミュニティに明確な役割を求めるのは避けたい。なぜなら、コミュニティはボランティアベースで運営されており、個々人がそこまで多くの時間を割けない場合もあるからだ。仕事と同等レベルの質やスピードを求められれば、運営メンバーがモチベーションを崩すきっかけとなりかねない。コミュニティと企業のパワーバランスが崩れることは、持続可能な運営を行うことを妨げる要因になる。
また、コミュニティの規模がある程度大きくなってきたら、さらなるスケールを図るために法人化も視野に入れたほうが良いという。法人化によって、資金の流れが透明化され、税金の支払いなども行いやすくなることが挙げられる。規模が大きくなるにつれてお金のやり取りは複雑になっていくので、これは大きな利点になるだろう。
もう一つに、信頼性の向上というメリットがある。個人や任意団体だと行えなかった契約を行えるようになり、たとえばスポンサー契約などの面で役に立つという。
tenntenn氏は「ある分野において単一のコミュニティが大型化し、『〇〇に関わる人は全員参加すべき』というような風潮が発生するのは良くない」と語っている。
もちろん、大きなコミュニティにも利点はある。登壇者が発表した際のインパクトは大きくなり、企業の支援なども受けやすくなるだろう。ただ、「ここは自分のための場所ではない」と感じる人の割合も増えていく。
一方で、小さいイベントだと初学者でも登壇しやすいし、ダイレクトに参加者からフィードバックを受けやすい。同じ地域に住む人のコミュニティなど、自分の属性に合ったカンファンレンスに参加すれば、より密な交流ができたり、自分にあった情報を得やすかったりという利点もあるという。
学ぶ人がいること、学ぶ場所があることは大事なことである。だからこそ、住んでいる地域・属性・技術レベルによる多様なコミュニティが提供されたほうが良いのだという。これは、メルペイエキスパートチームのテーマである「Design and lead the scalability of tech communities for all」のうち、「tech communities for all」の部分に現れている姿勢だろう。
技術コミュニティが提供するのは、技術的な知見だけではない。「参加して楽しい!」と思えるような居場所を提供したり、仕事が見つかる場として機能したりすることが求められる。そのためには、個人・コミュニティ・組織が相互に良い関係を築くことが欠かせない。
セッションの最後には、tenntenn氏は個人の目標を3つ語っている。
1つ目は、国内のGo導入事例を整理すること。Googleの提供するGo開発者向けサイトgo.devには、すでに英語でのケーススタディが掲載されているが、それの日本版をつくりたいという。
2つ目は、技術レベルによって学びやすい環境をつくること。これは、主に初学者/中級者が上級者へとステップアップしていくことを目標とする。そのために、メルペイエキスパートチームとしては、Gopher道場やStep up Goなどの学生・第二新卒向けのイベントを行っていくという。また、インターンシップという形で働きながら学ぶ場も提供したいとしている。
3つ目は、視覚障がいを持った人が参加しやすい勉強会の開催だ。これは「tech communities for all」にもつながる視点で、具体的な方策としてはスクリーンリーダーで読みやすい資料などをつくることなどが考えられる。
セッションの最後にtenntenn氏は「メルペイエキスパートチームのミッションは、みんなのための技術コミュニティを考え行動すること。組織や個人が参加する意義を感じられる技術コミュニティを継続的につくり上げていきたい」と話し、セッションを締めくくった。
文:伊藤祥太
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