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「イベント行こう」のやらされ感をなくす。ゼロから技術発信文化を組織に根付かせた方法【ログラス飯田意己】

2025年10月21日

株式会社ログラス Head of Engineering

飯田 意己

2015年に株式会社クラウドワークスに入社。エンジニア、スクラムマスター、プロダクトオーナーを経て、2019年から執行役員として開発部門の統括を行う。2020年に株式会社ログラスにソフトウェアエンジニアとして入社。プロダクト開発に携わったのち、1人目のエンジニアリングマネージャーとして組織設計、マネジメント体制の構築、エンジニア採用、採用広報・ブランディングの推進を行う。シニアエンジニアリングマネージャー、プロダクト開発部長を経て、2024年11月より開発本部長/事業執行役員VPoEに就任。2025年8月よりHead of Engineeringに就任。

X: @ysk_118

もっと自社のエンジニアリング組織を社外に知ってもらいたいものの、チームのエンジニアに働きかけても乗り気になってくれない。「社外登壇したら評価に反映する」とインセンティブをつけても、「やらされ感」が強く結局1回きりになってしまう。社外発信の強化といえば、EMの悩みは尽きない。

そんななか、ログラスではエンジニア組織がプロダクト開発のノウハウを発信するイベント「Loglass TECH TALK」を定期開催し、大型テックカンファレンスにもいつもログラスのエンジニアの姿が見えます。ログラスの発信文化をほぼゼロから育ててきた飯田意己さんに、技術発信の文化を組織に根付かせる具体的な方法を伺いました。

文化を創る第一歩は、「わかりやすい実績」を見せること

――ログラスは以前からエンジニアのコミュニティ活動が盛んなイメージがあります。そんなログラスでもエンジニアの発信を促すことに課題を感じたことはありますか。

飯田:もちろんあります。実は私がログラスに入社した2020年当時は、周りに登壇経験のあるエンジニアは少ない状態でした。私は1人目のエンジニアリングマネージャーとして、ほぼゼロの状態から、エンジニアが自主的に技術コミュニティに参加する文化を育ててきました。

――組織に文化を仕掛ける第一歩としてまず何をされたのでしょうか。

飯田:とにかく私自身が先陣切って登壇することにしました。しかし、当時のログラスには外部登壇する文化が社内になかったため、まずは自分がコミュニティ活動をしやすい環境を整えることからはじめました。それに、スタートアップ初期で、全員手を動かして開発を前に進めることが最優先とされているなかで、開発の手を止めてコミュニティ活動に時間を割くことが社内でどう受け取られるかは大きな懸念でした。

そこで、とにかく社内に説明するための「分かりやすい実績」をつくることを意識しました。自分でカンファレンスにプロポーザルを通して登壇し、イベント後のSNS上での反響をエビデンスとすることで、技術コミュニティにログラスの名前が出ることの価値を示していったのです。

この実績により、社内から発信への興味を持ってもらえるようになったので、今度は組織に対しコミュニティ活動がもたらす長期的な価値を訴えかけていきました。一般的に、イベントの登壇者の所属組織として名前が出る企業や、カンファレンスにスポンサーブースを出している企業に対し「技術への理解があり、投資にも積極的である」というイメージが持たれます。そういった企業としてエンジニアの中での「第一想起」になることが、長期的にはきっと採用促進の効果があるのだ、と。

――「分かりやすい実績をつくるために、いきなりカンファレンスに登壇する」ことはかなり難しいことのように思いますが…。

飯田:おっしゃるとおりかなり時間がかかりました。大きなカンファレンスで初めてプロポーザルが採択されたのは「Regional Scrum Gathering Tokyo 2022」でした。大規模なカンファレンスでの登壇への憧れがあり、前職にいた2018年からプロポーザルを出し続けており、採択まで計3年かかりました。しかも近年は業界全体が盛り上がっており、採択される難易度も年々上がっていると感じます。

――採択されるまで長い時間がかかる場合もある中で、飯田さんが登壇へのモチベーションを維持する方法はなんですか。

飯田:シンプルに頑張りすぎないことです。個人のスキルアップのためであっても、義務になるとしんどくなり、続かなくなってしまうんです。まして採用やブランディングという、組織の短期的な課題ばかりを目標に置いていると、心が折れてしまうこともあります。

そこは割り切って、プロポーザルをつくる時間を「この1年の仕事を総括する機会」として捉え自分のキャリアのマイルストーンとして考えるのです。「来年こそはこのイベントに登壇する」という個人成長の目標としておく。そのほうが負担なく継続しやすいと思います。

本気の「参加してよかった!」は周りを巻き込む

――最近、スポンサーとしてカンファレンスにブース出展したり、スポンサーセッションで登壇する企業も多く見かけます。一方で、それで登壇数は一時的に増やせたものの、その後の活動にはつながらず、文化の醸成には役立たないケースもよく聞きます。それはなぜでしょうか。

飯田:発信活動が続かないのは、個々人の動機づけの欠如に尽きると思います。それは「やらされ感」が強く、参加者にとってのメリットが実感しづらいこと。そして、誘い手自身の熱量が欠けていることに起因するかと思います。そうなると結局、発信文化が組織全体にまで広がらず、いずれ立ち消えてしまう。

――ではまず、「参加者にとってのメリット」について詳しくお聞かせください。

飯田:まずスポンサーセッションの登壇やスポンサーブースの出展が会社の採用宣伝のためだけだと感じてしまったら、「会社のために駆り出された!」というネガティブな感情だけが募り、なかなか次にはつながりません。

文化として浸透するためには、当たり前のように聞こえますが、イベントに参加するエンジニアに「やってよかった」と思ってもらうのが一番です。その経験が楽しいと感じ、自分にとっては有意義な活動だと思えてこそ、能動的に参加するモチベーションが生まれます。例えば、業務でやってきたことをプロポーザルとして出して成果を発表できる機会を得られたり、登壇しなくても同じチームの同僚の登壇を応援しに行って喜びを共有できたり、現地での話を聞いて「次は自分も登壇したい」という気持ちになったりもします。この参加者自身が主役となるサイクルが回りだして初めて発信文化が組織に生まれると思います。

――とはいえ「イベントに行こうよ」と誘っても、そもそも「業務が忙しいから行けない」と敬遠されるケースもあるかと思います。どう対処すればいいのでしょうか。

飯田:その場合は、いままさに困っている仕事上の課題に直結するような勉強会を提案します。仕事の課題解決という目的があれば、本人も参加しやすいはずです。そこで良いアドバイスをもらえたり、良い出会いがあったりすれば、次も別のイベントでヒントを探してみよう、という自主的な参加につながります。

実はこの場合、業務時間を使ってイベントに参加することに、周りの理解が得られないケースも多いです。特に、どういうリターンがあるのか?と言った問いに対して、答えにくいこともあるのではないかと思います。そう聞かれたとき私はいつも、「イベントはインプットの場として以上の価値がある」と説明しています。たとえば、コミュニティでは経験豊富な専門家と気軽に話せたり、自分たちのリアルな悩みを相談して多様な意見をもらえたりと、より実践的な学びが多くあります。自分が参加しているアジャイル界隈のコミュニティだと、経験豊富なアジャイルコーチが会場で気軽に雑談をしてくれることも多いです。

この考え方が浸透すれば、メンバーの意識も「忙しいから行けない」ではなく、「課題を解決するために行ってみよう」という発想に変わっていくはずです。

――そうしたメリットを具体的に提示することで、周りを巻き込みやすくなるのですね。

飯田:そうだと思います。ただ注意が必要な点として、結局、発信文化を浸透させようとしているリーダー自身がイベントに対する熱量をしっかりと有していないと、こうした試みは長続きしません。「イベントは楽しいよ!」とただ言っていても、説得力がないのです。

私も前職で、周りをコミュニティ活動に巻き込もうとして失敗した経験があります。その原因は、呼びかけた本人がまだコミュニティに馴染んでおらず、本気で活動を楽しめていなかったからです。周りを巻き込むためには、ただ言葉で呼びかけるのではなく、EM自身がコミュニティ活動を心から楽しんでいる姿を周りに見せることが大事だと思います。

――そもそも「自分以外に、組織内で技術コミュニティに興味のある人がいない」という孤独な状態から、EMはどのようにしたらコミュニティ活動に馴染めるようになるのでしょうか。

飯田:まずは、自分自身が参加しやすいコミュニティを見つけ、とりあえず飛び込んでみることだと思います。それを繰り返していくうちに、何か変化が生まれてくるはず。

私の場合、転機は「お世話になっているコミュニティをもっと盛り上げたい」という思いからでした。振り返ると、前職で組織課題について悩んでいたときに参加した「RSGT2018」が私の原点でした。登壇者の方々の発表にひたすら圧倒され、ネットワーキングでもさまざまな有識者とつながることができました。その場での経験は私にコミュニティの楽しさを教えてくれたし、よりコミュニティに馴染めるように自らキャッチアップし、登壇を通してコミュニティに還元するモチベーションもくれました。

このように、「今抱えている悩みを解決するヒントが欲しい」という目的で参加してみて、そこで「良いアドバイスをもらえた」「良い出会いがあった」からこそ、メンバーにかける「こんないいことがあったから、一緒に行かない?」という一言に説得力が生まれるのです。

「ぼっちは怖いしリソースもない」。イベント参加を阻むあるあるへの対処法

――これまでコミュニティ活動に参加したことのない人だと、興味が湧いたとしてもどこか気が引けてしまい、結局参加に踏み込めないことが多いです。そういったメンバーに対して、ログラスでは最後の一歩を踏み出せるよう、どのようにサポートしていますか。

飯田:参加に踏み込めない大きな理由の一つは、「会場に知り合いがいないと、みんなグループができていて自分だけが一人ぼっちになってしまうのでは」という孤独感への不安だと思います。たしかに「はじめまして」から関係性をつくっていくのは、心理的なコストが非常に高いことです。私自身もコミュニティに馴染むまで時間がかかった経験があるので、その不安はよく分かります。

そのため、ログラスでは、社内のエンジニアがよく行くコミュニティに、それぞれ長く活動している「キーマン」をつくるようにしていますそのキーマンが軸となり、コミュニティで新しいイベントが開催されたときは積極的に周りに声をかけます。新メンバーがイベントに来たら、登壇者に質問しやすいようにつないだり、懇親会でいろんな人と話しやすいように会話の輪に入れたりして、コミュニティへとオンボーディングする役割を務めます。「行っても話す人がいない」という不安が解消され、初参加で「楽しかった」という成功体験を積むことができれば、それが次の参加への安心感とモチベーションにつながります。

――そのキーマンをどうやって育てているのでしょうか。

飯田:意図的に育成するというよりは、日々の取り組みと採用の仕組みづくりを通してキーマンが自然と生まれる環境を整えています。

まず、最初のキーマンが起点となり、1人、2人と、少しでも興味を示してくれたメンバーを丁寧に自分が参加しているコミュニティにオンボーディングしていく。その2人目、3人目がやがてキーマンに育ち、またその周りの人たちをサポートするという地道な活動です。

そのうえで、コミュニティ活動に関心がある人がログラスに集まるように、採用時もアプローチしています。ログラスでは、採用初期のカジュアル面談でいつも「エンジニア全員で情報発信やコミュニティ活動を行う会社」というカルチャーを明確に伝えるようにしています。そのスタンスを伝えることで、発信活動に対して「経験はないけれど、やってみたい」と前向きな意欲を持つ人を採用しています。

――キーマンを自然と増やしていくことが重要なのですね。他には、「会社内で発信に積極的なチームはあるが、その文化がチーム内に閉じられていて、なかなか組織全体に広がっていかない」という事例を聞きます。チームの垣根を超えて、組織全体に文化を浸透させていくためにどうすれば良いのでしょうか。

飯田:参加者が同じチームに集中していては、コミュニティ活動の面白さがわかり、かつその恩恵を受けられるのは一つのチームに限定され、文化も結局そのチームでしか醸成されなくなります。

そこで新しいイベントがあった際に、意図的に複数チームからテーマに興味があるエンジニアを誘うようにしています。その参加した複数名がそれぞれのチームに戻ると、複数のチームに同じ熱量を持った人が存在する状態をつくれるので、コミュニティ活動の熱を組織全体へ効果的に伝播させることができます。 

――そうして文化が浸透していっても、営業日に現場のエンジニアがイベントに行くケースが増えるにつれ、開発リソースとの両立も課題になっていくかと思います。どのようにリソース計算をしていますか。

飯田:厳密に「コミュニティ活動にこれだけ工数を使うので、こういう風に補填します」というような計算はしていません。それよりも、「コミュニティ活動は重要なことなのだ」という空気感を組織内につくったうえで、コミュニティ活動のリソースを織り込んで計画を立てています。

ログラスは創業期から「コードを書くことよりも採用が優先される」と経営陣が言い切ってきたカルチャーがあります。コミュニティ活動と採用を直接紐づけているわけではないですが、創業初期からエンジニアが様々なイベントに登壇し、それを見た人がログラスに興味を持ってカジュアル面談に来るなど、結果的に採用につながる実績が積み重なって活動しやすい雰囲気が徐々に組織全体に浸透したものです。

最大のリターンは組織の「メタ認知」ができたこと

――現在のログラスのコミュニティ活動はどのような状況ですか。

飯田:嬉しいことに、私の手を離れて自走するフェーズに入っています。私が特に何かを言わなくても、メンバー主導で登壇を後押しする取り組みが進んだり、最近だと、「プロポーザルを書くのを手伝う会」が開催されたりするようになりました。様々なカラーを持つ多様なコミュニティへ、ごく自然に皆が参加するようになり、コミュニティ活動に取り組む人はマイノリティではなくなりました。

――飯田さんが感じる、こういったコミュニティ活動が組織にもたらす最大のメリットはなんですか。

飯田:社外からのフィードバックによって、自分たちの組織を客観的に知れる「メタ認知」の機会が増えたことだと思います。

社内にいるだけでは、自分たちの強みや課題を客観視することは難しいと思います。しかし、外に出て発信することで、社外からログラスはどう見られているかを、組織にいる一人ひとりが確認することができます。

例えば、「あの記事、すごく良かったですよ」という声で自分たちでは気づいていなかった強みを再認識できたり、逆に厳しい声で、自分たちで過大評価してしまっている部分に気づいて改善のきっかけを得られたりもします。「外からの視点」を組織として得られることが、コミュニティ活動がもたらす最大のリターンだと考えています

取材・執筆:光松瞳・古屋江美子
編集:王雨舟・田村今人
撮影:赤松 洋太

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