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AIに「ゲームの面白さ」を任せるのはまだ早い。それでもスクウェア・エニックスがAI研究を推し進める理由

2025年10月17日

スクウェア・エニックス AI&エンジン開発ディビジョン ジェネラル・マネージャー

荒牧 岳志

2002年に旧スクウェア入社。『ファイナルファンタジーXV』ではメインプログラマーを務め、PC版ではディレクターを担当。その後、株式会社Luminous Productionsにて『FORSPOKEN』のディレクターなどを歴任。現在はスクウェア・エニックスにて、AI活用に最適化された新たな開発基盤の構築を指揮している。

『ファイナルファンタジー(FF)』や『ドラゴンクエスト』など、数々の名作RPGを世に送り出してきた株式会社スクウェア・エニックス。同社は今、AI技術の研究開発と全社的な普及に力を入れています。

キャラクターの挙動を制御するAIから、ゲームバランスを調整するAI、そして昨今注目を集める生成AIまで、その活用範囲は多岐にわたります。しかし、AIはゲーム開発の現場、そして私たちが愛するゲームの「面白さ」を、これからどのように変えていくのでしょうか。

今回は、『FF15』でリードプログラマーを務め、現在はAI研究と内製ゲームエンジンの開発を統括する荒牧岳志氏に、スクウェア・エニックスが目指すAI時代のゲーム開発のビジョンについて伺いました。

AIに「面白さ」の判定はまだ早い。それでも前に進むための挑戦

――まず、荒牧さんの現在のミッションについてお伺いできますでしょうか。

荒牧氏: 『FF15』の時はメインプログラマーをやっていました。その後、子会社のLuminous Productionsでスタジオヘッドを5年弱務め、『FORSPOKEN(※)』のディレクターなどを担当しました。今はスクウェア・エニックスに戻り、エンジン開発ディビジョンで内製ゲームエンジンの開発と、AIの全社的な普及というミッションに取り組んでいます。

――AIの活用というと、具体的にはどのようなことから始められたのでしょうか。

荒牧氏: まずは個々のキャラクターを動かすAIから着手し、その次の段階として、ゲーム全体を俯瞰して制御する「メタAI」の開発にも取り組んできました。プレイヤーが置かれた状況から「どのようなゲームバランスにすべきか」「どのようなイベントを起こすべきか」を動的に判断し、ゲーム内の環境を調整したり、キャラクターに指示を出したりする司令塔のようなAIです。

そして最近では、やはり生成AIの流れがあります。LLMやアセット生成の技術を使い、いかに業務効率化できるか、そしていかにゲームを面白くするために活用できるかという研究を進めています。

――その「ゲームを面白くする」という点について、詳しく聞かせてください。その究極的なゴールは、AI自身が「面白さ」を創造できるようになることなのでしょうか?

荒牧氏: そこが一番難しいところで、現状のAIは、コンテンツが面白いかどうかをまだ判断できません。ゲームの面白さには絶対的な正解がなく、人によって感じ方はバラバラですし、時代やトレンドによっても変わります。

だからこそ、もしある程度コンテンツの面白さを判断できるAIが出現すれば、創造的にも商業的にもパラダイムシフトが起きると思います。例えば「このゲームは1万人にはウケるけど、100万人規模のヒットはしないだろう」、と。

――AIに「面白さ」の判断を委ねられない以上、当分の間は、ゲームの根幹をデザインするのは人間のクリエイターであり続けるわけですね。では、人間が使う「ツール」としてみたときに、従来のルールベースAIと生成AIにはどのような違いがあるのでしょうか。

荒牧氏: やはり一番の違いは、プレイヤー一人ひとりにとっての予測できない「ゆらぎ」を生み出せる点です。

従来のRPGは、レベルを最大にすれば誰もが同じような結果に行き着くことが多かった。そこに、プレイヤーの期待や行動に寄り添う形で、偶発的なハプニングや出会いをAIが生み出す余地があると考えています。 決められた体験をなぞるだけでなく、プレイヤー自身がクリエイトするわけでもない、第三の新しいゲーム体験。それを実現する上で、生成AIは欠かせないツールになります。

しかし、その一方で大きな課題もあります。昨今のディープラーニングを用いたAIは挙動がブラックボックス化しやすく、なぜそういう結果になったのか、時として開発者でさえも完全には理解できないことです。

そうなると、ゲームクリエイターは当然不安になります。「挙動を予測できないAIによって、プレイ中に突然ゲームバランスが崩れてしまうかもしれない」というリスクは到底受け入れられず、「制御できない技術は安心して使えない」という意見も出てきます。

だからこそ私たち技術開発サイドは、AIの挙動を分かりやすく可視化したり、クリエイターが直感的にコントロールできるツールを開発したりと、AIを「制御可能」なものにしていくことが今の重要な課題だと感じています。

――そうした課題がある中で、AI活用をさらに推進するために、どのような構想をお持ちですか?

荒牧氏: ①生成AIでゲームデータをつくり、②そのデータをAIが検索しやすいデータベースとして蓄積し、③そのデータを使ってゲームエンジンが素早くゲームを組み上げる、この3つの要素はこれからのスクエニのゲーム開発に密接に絡んでくると考えています。

(※)FORSPOKEN:スクウェア・エニックス社より、新規IP作品として2023年に発売されたオープンワールドのアクションRPG。

「ドラクエ3のパーティ」のような“ゆらぎの衝撃”を

――生成AIの発展によってゲーム開発がどう変わるのか、具体的にお聞かせください。

荒牧氏: 一番の目的は、ゲームのプロトタイプを高速でつくりたい、これに尽きます。

ゲーム開発には、数年という時間と大きな予算をかけたにもかかわらず、完成してみたら「あまり面白くない」という結果に終わってしまうリスクが常にあります。そうした課題を解決し、ゲームの「面白さ」や「新しさ」に根本的にチャレンジし続けるためには、数多くの試作(プロトタイプ)をつくることが不可欠であり、その仕組みを生成AIで構築したいと考えています。

こうしたAIによる開発プロセスの革新は世界的な潮流で、例えばMicrosoftさんは、ゲームエンジンを介さずにプレイ画面そのものをAIが生成する「Muse」という先進的なモデルを発表しています。

プログラマーの手を借りる前段階で、ゲームデザイナー自身が頭の中のアイデアを即座にプレイ可能な形にできる、そんな開発環境をつくりたいですね。

――AIによって具体的にどのような新しいゲーム体験が生まれるとお考えですか?

荒牧氏: 私がAIで挑戦したいのは、プレイヤー一人ひとりにとっての予測できない「ゆらぎ」をゲーム体験に組み込むことです。

ただ、どんなゲームにも闇雲に「ゆらぎ」を入れれば良いというわけではありません。私たちが大事にしているのは、「このゲームでは、この部分で新しい体験を提供するんだ」と決めた箇所に、集中的かつ局所的に「ゆらぎ」という深みを持たせることです。

たとえば『ドラゴンクエストIII』ではキャラクターに戦士や僧侶などの職業を設定でき、ここにはかなりの自由度がある。これにより、物語の大筋は一本道であるにもかかわらず、プレイヤーごとに異なる旅の体験が生まれたのです

また、AI技術を活用することで、プレイヤーの行動によって人それぞれまったく異なる形に変化する「生きた町」を作り出すことが可能かもしれません。AIがプレイヤーの行動に応じてサブクエストを動的に生成し、その結果が町の状況やNPC同士の人間関係に影響を与える。そうして生まれる無数のつながりによって、プレイヤーの旅の記憶はより色濃いものになるはずです。あるいは「プレイヤーが呪文を自由にクラフトできる」といった、遊びのシステムそのものに「ゆらぎ」を組み込むことも可能になるでしょう。

――一方で、そうした「ゆらぎ」がゲームの面白さを損なわないよう、バランスを保つことも重要だと思います。AIを制御する上での、具体的なアプローチについて教えてください。

荒牧氏: はい。最終的にはゲームプレイ中にAIの挙動をリアルタイムで制御することが理想ですが、まずはその前段階である「開発プロセスにおけるAIの制御」に注力しています。そのためのアプローチには大きく2つの方向性があります。

一つは、AIの挙動に明確な「制限」をかけるアプローチです。例えば、不適切なセリフが生成されないよう「禁止ワード」の辞書をあらかじめ用意しておく、といった方法がこれにあたります。

もう一つは、AIが生成したものに「人間が後から介入できる」構造にすることです。AIに100%を任せるのではなく、あくまで叩き台をAIにつくらせて、最終的な仕上げはクリエイターが手を入れる。現時点では、主にこの2つの方法を併用している形です。

AI時代のゲーム開発と、クリエイターに求められる勘所

――AIの活用が当たり前になる時代、ゲーム開発者にはどのようなスキルが求められるようになるでしょうか?

荒牧氏: 新しい技術に対する感度、という点では、今の若い人たちは非常に優れていると感じます。彼らは新しい情報のキャッチアップが早いですし、何事にもチャレンジしていく。

その上で、これからは、「AIは今どこまでできて、次に何ができるようになるか」という勘所を持っていることが、すごく貴重なスキルになるでしょう。特に、しばらくは「今のAIをいかにうまく使うか」が非常に大事なフェーズになっていくと思います。

――人材育成の面では、どのようなことを意識されていますか?

荒牧氏: 新卒のエンジニア研修では、あえて最初はゲームエンジンを触らせず、ゲームがどう動いているかを基礎から理解してもらう工程を組んでいます。Unreal Engineや生成AIから入ると、「なぜこう動くのか」が分からないままになってしまうことがあるからです。そうなると、例えばトラブルが発生した時に自力で原因を特定できなかったり、応用が利かなくなったりするといった問題が起きてしまいます。

抽象化されたレイヤーだけでなく、その根底にある具体的な仕組みを理解した上で、最先端のツールを使いこなしてもらう。基礎と実践の両方が備わった人材の育成を目指しています。

――ありがとうございます。最後に、荒牧さんご自身が、AIを使って究極的に実現したいゲームがあれば教えてください。

荒牧氏: 世界を丸ごとひとつ、つくりたいですね。その中に国や町があり、一人ひとりが生きている。そうした世界の中で物語が進んでいくようなゲーム体験をつくってみたいです。

特に私が興味があるのは、NPCたちが自らつくり出す「文化」です。AIキャラクター同士のコミュニケーションの中で、独自の社会や文化が自動的に生まれて、発展していく。旅行で未知の文化に触れるような驚きや発見を、ゲームの中でも体験できたら面白いなと思っています。

取材・執筆:戸部 マミヤ
撮影:赤松 洋太

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