2024年9月30日
2024年5月に公開された「1on1ミーティングガイド(以下、1on1ガイド)」。これまで1on1に関する情報は「どのような質問をするか」「どんな手順で進めるか」といった形式的なノウハウが中心でしたが、1on1ガイドでは現場でよくある状況と問題を24パターンにまとめています。「今どんな状況か」に応じて辞書を引くように解決のヒントが得られるという実践的な内容が話題になりました。
メインエディターとして執筆を担当したのは、1on1に関するコミュニティのメンバーとして活動する3人。職業も立場も異なるメンバーが議論を重ねながら制作を進め、約3年かけて、今回のβ版の公開に漕ぎつけました。
1on1ガイドは、なぜ、どのような視点から制作されたのか。職場で1on1を実践する人や受ける人はどのように活用すればいいか。そもそも自分たちの1on1はうまくいっているかどうか、どう判断すればいいのか。執筆者の3人に詳しく聞きました。
まなみん:1on1ガイドの制作を企画したとき、たとえるならスクラムにおけるスクラムガイドのような、どんな職場でも、どんな立場の人も使えて、1on1における原典に帰れるものをつくりたいと思っていました。
現状、1on1に関する情報や書籍には「私は/私の会社はこうしている」という個別のテクニック集が多くみられます。一方で私自身、社外の立場から1on1を行う中で「1on1には一つの正解があるわけではなく、職場の環境やその時々の状況によって、ベストな選択は変わる」と感じます。ある会社ではうまくいったテクニックが、別の会社でもうまくいくとは限らないのです。
そこで、今までの経験から、1on1を有意義にするヒントとなるであろう情報をまとめ、現場ごとに取り組み方を模索していくお供となれるものをつくりたいと考えたのです。
eroccowaruico:まなみんさんが社外の視点からアプローチする立場なら、私は社内の視点から制作に関わる立場です。
私は1on1が広まる前からエンジニア組織のマネジメントをしていたので、正直に言うと「そもそも1on1って本当に必要なの?」という疑問がありました。実際に以前勤務していたSIerでは、1on1を実施しなくても良いチームをつくることができました。きちんと利益を出し、クライアントからのオファーも途切れず、協力会社との関係性も良好で、コロナ前でしたがリモートワークで成果を出せる仕組みもできていると感じていました。その経験から、チーム内のコミュニケーションがうまく回るようになれば、より良いプロダクトやサービスを生み出せる組織をつくれるという実感があります。
だからこそ1on1をやるのであれば、「月に何回実施するか」「どんな質問をするべきか」といった形式にこだわるのではなく、組織づくりに必要なコミュニケーションの本質に目を向けて考えてみたい。その要素を1on1ガイドに盛り込めば、多くの職場で行われている1on1をより良いものにできると考えました。
ちゃちゃき:私はお二人とは少し異なる2つの文脈で、1on1ガイドの制作に参画しています。1つはコミュニティで学び、仕事で実践してきたUXデザイン・UXリサーチの経験を活かすことです。UXデザインの実践者として、個々の人間に向き合う際に、「個人がどんな文脈でどんな言葉を使っているのかに向き合い、何を大事にしているのかを、調査者としていかに捉えるか」を考え続けてきたので、その観点から1on1について捉えてみたいと考えました。
もう1つは、1on1を実践する上での「コツ」をうまくまとめてみたいというものでした。まとめていく中で、今回の1on1ガイドのコアな部分の形式に、私が学んできた「パターン・ランゲージ」がフィットすると思いました。「パターン・ランゲージ」は、繰り返しみられる行動や振る舞いを「パターン」として名前を付けて、「状況」「問題」「解決」などのセットにして、言語化する知識共有の手法です。ソフトウェア分野では、20年ほど前から取り入れられています。この手法を参考に、1on1にまつわるあれこれをまとめてみたかったのです。
まなみん:1つは、ちゃちゃきさんから説明があったパターンランゲージの活用です。この手法に基づくことで、理論ではなく、私たち3人の生きた経験則に基づいて書くことができると考えました。
1on1をやることになった人の中には、コーチングやカウンセリングなどの理論まで学ぶ余裕がない方も多いはず。そうした人でも、1on1の現場でよくある状況が経験則としてパターン化されていれば、読む人それぞれが自分のケースに当てはめやすいのではないかと考えました。
困ったことがあればガイドを開き、自分の状況に近いパターンをつまみ食いする感覚で使えるので、汎用的なツールとして役立つものになったと感じています。
ちゃちゃき:今回リリースしたβ版では24通りのパターンを記載しましたが、ここに記載されているパターンと、今の自分の状況がどれだけ近いかを測ること自体が、1on1でもっと深い情報を得られるようになっていくことにつながると考えています。
例えば「対話の間合いを近づける」「対話の間合いを遠ざける」という全く逆の2つのパターンを、両方を同時に満たす状況はほぼあり得ないですよね。そうなると、1つ1つのパターンに対して「今の自分の状況に近いな」とか「遠いな」という距離感が必ずあるはずです。こうしてパターンごとに距離感をはかっていくことで、今の状況を俯瞰的に捉え直すことができます。
その上で、自分の状況に近いものを参考にしたり、「なぜこのパターンは遠いと感じるのか?」と考えたりもできます。パターンランゲージでまとめたことによって、今の状況から辞書を引くように、汎用的に役立てやすくなっているのではと思います。
eroccowaruico:汎用的に使うための工夫がもう1つあって。それは読む人が上司か部下か、メンターかメンティーかといった立場を限定しない記載をするように気をつけていること。1on1では閉じた場所で二人きりで対話するので、その場を有意義にするためには、どちらか片方だけでなく、お互いに歩み寄る必要があるでしょう。
1on1ガイドに記載した内容も、どちらか一方だけが知っていればいいものではありません。執筆にあたってはメンターとメンティーなど立場が異なる場合でも、状況や問題を捉えられるよう意識しました。
まなみん:最初に1on1ガイドを見るときには、「1on1にはこんなに色々なパターンがあるのか」と認識してざっくりと各パターンを読んでみるのもおすすめです。
1on1の難しさの1つに、同じ相手でもセッションごとに反応や考え方が変わる点があります。例えば、前回は「将来に向けてこの技術を学びたい」と話していたのが、次の回では「別の分野に興味が移った」と話すなど、発言に変化が生まれたりします。そこで「なんで前回と違うことを言うんだろう?」と混乱し、1on1に前向きになれなくなってしまうこともあるでしょう。
そんな時に1on1ガイドのパターンを見てみると「その時のコンディション(振れ幅)をお互いに見る」「自分の感情を言葉にする」あたりが該当するかな、と自分なりに納得できる。自分が悩んでいることが、「よくあるパターンのうちの1つ」とわかるだけで気持ちが楽になりますし、どんなネクストアクションをとるべきかも考えやすくなるかもしれません。わからない言葉があった時に辞書を引くような感覚で、気軽に使って頂けたら嬉しいです。
ちゃちゃき:まずは、今の状況に近いものをいくつかピックアップして、そこにある内容を試してみるだけでもいいと思います。ガイドを読むだけでなく、実践して、その結果から新しい示唆を得ることにつながっていくはずです。
まなみん:1on1で対話する当事者同士が、1on1ガイドを見ながら「自分たちはこの状態だね」と現状把握に使ってみるのもいいと思います。また、マネジャー同士が、各々の1on1でよくあるパターンを共有して、お互いが持っている改善策を持ち寄ったり、案を出し合ったりしてみてもいいですね。
チームで行う勉強会などのテキストとして使って頂いても構いません。私たちも「1on1ガイドを深読みする会」を主催していて、毎回2つずつパターンを取り上げ、集まった人と議論しながらお互いの経験や知見を共有しています。
eroccowaruico:このガイドには、明確な解決策や「こう対処すれば状況がよくなる」といえるような答えがあるわけではありません。
1on1を有意義にしていくためには、「コミュニケーション」という答えのないものに向き合う姿勢が欠かせません。コミュニケーションに向き合おう、というとすごく難しく感じるかもしれませんが、日頃の仕事でも、答えのないものに向き合い続けているはずです。アジャイル開発がまさにそうで、「顧客はどんなプロダクトを求めているのか」「近い将来、技術的にどんな不都合が発生するのか」といった、答えのない不確実性と向き合いながら、最終的に利益を出せるプロダクトやシステムをつくらなければいけない。
答えがないものに向き合うのはつらい部分もあるのですが、1on1はそれを小さく試せる場でもある。日々の開発と向き合うように、コミュニケーションという不確実なものと向き合うための手がかりとして、1on1ガイドを使ってもらえたら嬉しいです。
eroccowaruico:個人的な見解を言えば、コミュニケーションの成果は一律の指標で測れるものではないような気がしますが、お二人はどうですか?
まなみん:効果の測定が難しいのはその通りだと思います。自分なりの指標としては「お互いに1on1を続けたい、話してよかったと思えているかどうか」を意識しています。ただしセッションのたびに一喜一憂してはいけないとも思っていて、たとえ今回はうまくいかなくても、次回はどうするかを常に考えています。
また、1対1のコミュニケーションである以上、相手がどう感じているのかを確認することも大切です。そのため私は、相手と一緒に振り返りをしたり、時には私との1on1に対する感想をストレートに聞いてみたりもしています。
ちゃちゃき:私も定性評価・質的評価がより重要だと考えています。仕事でユーザーインタビューを重視しているのもそれが理由です。、何が正解かわからない不確実な時代には、例えば「このサービスは100点満点で何点か」を聞くのはあまり意味がなくて、「なぜそのような評価になったのか」など理由を知るのが重要だと考えています。
1on1も同じで、コミュニケーションを通じてお互いを知ろうとする過程にこそ意味があり、お互いプラスな気持ちで続けられているのであれば、それだけで「うまくいっている」と言ってもいいんじゃないでしょうか。
まなみん:あまりうまくいっていないかも、と感じたら、まずは「この1on1はどんな目的でやっているのか、価値はあるか」を、相手と話して確認すると良いと思います。
1on1が、組織と従業員個人にとって長期的にwin-winなものであり続けるには、1on1の目的やその価値を相手と共有し、同じ目的に向かっていける状態をつくっておくことが重要です。私もセッションの最初に1on1の目的と背景を伝えて、この場が持つ価値を相手と共有しています。意味を理解しないと、雑談だけで終わってしまうことや、「何のための時間だったんだろう?」と疑問や不満が残ることにつながる可能性があります。
まなみん:1on1がつらくなってきてしまう理由の1つに、1on1を実施することが目的となり、意義が感じられなくなってしまうという点が挙げられるのではないかと思います。その場合は、話してくれた人に守秘義務など配慮しながら、「個人/チーム/会社」の3つの視点で、得られた情報を整理してみるのがおすすめです。
個人視点では、相手の考えや思いを理解し、信頼関係を構築するために、得た情報を役立てていけるでしょう。
チーム視点では、得た情報をきっかけに「Aさんはゆっくり考えるタイプだから、時間をとったうえで決断ができるように意識しよう」といった次の配慮やアクションにつなげられます。
会社視点では、「経営方針が現場に浸透していない状況を伝え、会社から再度発信するかなど検討してもらう」など、より高い視座で、次にとるべき行動を検討できます。
この3つの視点を意識すると、情報の活かし方も見えてきます。「今日聞けたこの話は、チームマネジメントに役立てられそうだ」というように、1on1で集めたパーツがつながり、やがてパズルが出来上がって全体像が見えてくるような感覚が得られるようになっていくはず。すると次第に、1on1が大事な情報源であり、次につなげていく場として必要な時間だと前向きに捉えられるようになっていくのかなと思います。
eroccowaruico:そもそも、何らかの成果につながる開発をしたいのであれば、1on1で培う「人と人」のコミュニケーションを甘く見ることはできないと考えています。
プロダクト開発は、チームビルディングにおいても、実際の開発においても、ディスカッションの連続。フラットで質の高いディスカッションは、立場問わず「人と人」として話せる関係性があるからこそできることだと思います。こうした関係性をつくっていくのは、少人数のチームでも簡単ではなく、チームの人数が多くなればさらに難しくなる。
でも1on1によって、個々人が対話する機会を確保できていれば、関係性を徐々に深めていけますし、メンバーの特性を把握してチームづくりに活かすこともできます。
1on1はチームで成果を出すために種まきをする場であり、一人一人を活かして伸ばしていくために準備できる場でもある。そう考えると、1on1の意義を実感しやすいんじゃないでしょうか。
ちゃちゃき:もし上司やマネジャーが1on1を面倒に感じるとしたら、おそらく1on1のやりすぎなんだと思います。
実際、会社の方針で週に1度、1人につき1時間の1on1を実施することが決まったとして、自分に10人の部下がいたら計10時間。準備も含めればそれ以上の時間がかかります。これでは自己評価やふりかえりをする余裕もないので、ただ回数をこなすだけになってしまいます。その場合は頻度を下げるとか、1セッションあたりの時間を短くするとか、場合によってはしばらく休止するといった判断があっていいはずです。
これがよくある状況であることは私たちも認識していて、今回のβ版には残念ながら入れられませんでしたが、次の更新では「1on1の頻度を下げる・止める」というパターンも加えようかと検討しているところです。
eroccowaruico:β版はひとまず24パターンを記載しましたが、私たちもこれで必要な情報を網羅できたとは思っていません。1on1の手札として使えるようにするには、トランプのカードよりは多くできないとしても、追加すべきものはまだあると考えています。
まなみん:今後もコミュニティメンバーで議論を継続し、実際に活用した人たちからもフィードバックをもらいながら、1on1ガイドを進化させていきます。
取材・執筆:塚田 有香
編集:光松 瞳
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