2024年1月31日
キャディ株式会社 CTO
小橋 昭文
スタンフォード大学・大学院にて電子工学を専攻。世界最大の軍事企業であるロッキード・マーティン米国本社で4年超勤務。ソフトウェアエンジニアとして衛星の大量画像データ処理システムを構築、JAXAやNASAも巻き込んでの共同開発に参画。その後、アップル米国本社にてハードウェア・ソフトウェアの両面からiPhone、iPad、Apple Watchの電池持続性改善などに従事した後、シニアエンジニアとしてAirPodsなど、組み込み製品の開発をリード。2017年11月に、キャディ株式会社をCEOの加藤勇志郎氏と共同創業。
キャディ株式会社 DRAWER事業本部 VPoE
藤倉 成太
株式会社オージス総研に入社し、ミドルウェア製品の導入コンサルティング業務に従事。赴任先の米国・シリコンバレーで現地ベンチャー企業との共同開発事業に携わる。帰国後は開発ツールやプロセスの技術開発に従事する傍ら、金沢工業大学大学院(現・KIT虎ノ門大学院)で経営やビジネスを学び、同大学院工学研究科知的創造システム専攻を修了。2009年にSansan株式会社へ入社し、クラウド名刺管理サービス「Sansan」の開発に携わった後、開発部長に就任。16年からはプロダクトマネージャーを兼務。18年、CTOに就任し、全社の技術戦略を指揮。その後VPoE、Sansan Global Development Center,Inc. のDirector/CTOを歴任したのち、2024年1月にキャディ株式会社に入社。
製造業を舞台に、金属加工製品の受発注プラットフォームを展開するMANUFACTURING事業と、図面データSaaSアプリケーション「CADDi DRAWER」を展開するキャディ。 創業から5年経ち、2つの事業が同時並行でスケールし続けるいま、組織は拡大期を迎えようとしています。
2024年1月、そんなキャディのDRAWER事業本部に元Sansan CTOの藤倉成太さんがVPoEとしてジョインしました。藤倉さんは名刺管理アプリケーション「Sansan」のアーリー期から開発に携わり、Sansan初のCTOを務めるなど様々な立場でエンジニアリング組織の拡大を支えてきました。
15年にわたってBtoB SaaSプロダクトを手掛け、エンジニアリング組織を300人超までスケールさせた藤倉さんに、キャディのエンジニアリング組織はどう映ったのか。就任間もない藤倉さんと、CTOの小橋昭文さんに率直に語り合ってもらいました。
藤倉:もともと、50歳になったらリタイアしようと思っていたんです。でもいざ50歳が近づいてきて、リタイア後の生活を想像してみたら「いま隠居しても、かなり暇だぞ」と。ならばあと10年、思いっきり新しいチャレンジをしてみたいと思うようになりました。
そんな中で複数社からお声がけいただいたうちの1社がキャディでした。大学では精密機械工学が専門でしたし、子どもの頃からビデオデッキが壊れたらパカッと開けて自分で直していたくらい、ハードウェアやものづくりに憧れがありました。
それに、僕は「エンジニアは事業にインパクトを出すべき」だと思っていて。製造業をドメインとするキャディなら、インパクトを現実世界にまで広げられるんじゃないかと考えたんです。エンジニアは、いまやWebサービスやアプリケーションなど情報を伝えるタイプのテクノロジーを通じて、社会に十分にインパクトを出せるようになってきたんじゃないかと思います。ならばこの先、エンジニアは物理的なモノや現実世界にまで、インパクトの範囲を広げるべきじゃないかと感じています。これも新しいチャレンジなんですよね。
しかもキャディの場合、MANUFACTURING事業と、SaaSプロダクトであるDRAWER事業という2つの柱があります。SaaSプロダクトで得た知見を製造業に還元し、2つの事業でシナジーを出していくというのは、もう一段階難しいだろうなと。
もちろん、前職のSansanを嫌になって辞めたわけではありません。ただ、キャリアの中で最後のチャレンジになるだろうこれからの10年を、長年関わってきたプロダクトがあって、メンバーとの関係値もあるこれまでの延長線上の環境で行うのか、まったく何もないところでイチから試すのか、というのは考えました。
一度きりの人生なんだから、どうせやるなら難しい方を選びたい。10年あれば、「難しいことを思いっきりやりきった」という経験をキャリアの中にねじ込めるかもしれない。そういう「チャレンジ」がテーマの転職でした。
小橋:2年前、製造業で培った知見をもとに「CADDi DRAWER」というSaaS型のWebアプリケーションを始めて、わかったことがあります。
それは物理的なモノをつくる製造業とSaaS型のWebアプリケーションでは、提供する顧客価値が根本的に異なるということです。
製造業では、お客様が発注したモノをつくって届けることが顧客価値であるといえます。天才肌の職人が1人いて、力技ですごいクオリティのものをつくって納品すれば、価値提供ができてしまいます。
ところがSaaSプロダクトの場合、1人の天才が瞬間風速的にすごい価値を提供するだけでは、事業が続かない。プロダクトを安定的に稼働させ、ユーザーに価値を提供し続けることが顧客価値になります。
つまり、サステナブルな体制をつくり、組織を強くすることが、プロダクト自体の価値に直結する。モノをつくりきるための組織と、継続的に価値を提供していく組織は、組織が果たすべき目的が違うからこそ、望ましいあり方も違うんです。
藤倉さんは、SaaSプロダクト開発におけるエンジニアリング組織づくりに精通していて、BtoB事業にも幅広い知見と経験を持っています。そんな彼にDRAWER事業部のエンジニアリング組織をお任せして、SaaSとして継続的に価値提供していく土台をつくってもらうことで、CADDi DRAWERとMANUFACTURING事業のシナジーをさらに大きくしていけるのではないかと考えました。
藤倉:そもそも、僕はポジションにはあまり興味がなくて。役職としてのラベルは何でもいいんですよ。一人でできることには限界があるし、会社という組織に所属していく以上チームで成果を出していきたい。その時、僕にとっては「自分が何をしたいか」よりも、「チームに何を求められているのか」「どう貢献できるのか」ということの方が大事なんです。CTOじゃなきゃ嫌だとか、全社のVPoEじゃなきゃダメだみたいなこだわりは全くありませんでした。
それに、僕は技術をプロダクトの価値に転換する方法を考えるのと同じくらい、組織を設計したり、グロースさせたりするのが好きなんです。
藤倉:組織に向き合っているときって、ソフトウェア全体のアーキテクチャを設計しているときと、同じ脳みそを使っている気がするんですよ。
それぞれのチームに得意分野があって、どう連携すればいいか考える。連携がうまくいかなかったときは、それを解消できるような組織構造を設計する。そうやって組織全体がうまく機能したら、「よし!」と思います。
それって、いろんなライブラリやコンポーネントを持ってきて、モジュール間で責任の範囲やコミュニケーションを設計するといった、プロダクト開発におけるアーキテクチャ設計に似ていると思っていて。僕にとって組織設計は、アーキテクチャ設計と同じような楽しさがある仕事なんです。
藤倉:それに、組織を構成している「人」のことも好きなんですよね。
人間は感情を持った生き物なので、ギスギスしているより、相手のことを「好きだ」「信頼している」と思って仕事をした方が楽しいじゃないですか。感情ひとつで、仕事は楽しくもつまらなくもなる。であれば僕は楽しく働いていたいから、同じ職場の人は全員、とくに理由もなく、とにかく絶対的に信頼するって決めて生きています。
とくにマーケティングやセールスチームなど、僕たちと違う役割を担う人々に対しては、「ちゃんと売れるものをつくって、彼らの背中を守りたい」と思っています。そもそも僕らエンジニアは、マーケティングやセールスチームに全面的に「背中を預けて」いて、彼らのおかげで生活できていますしね。
何ていうんですかね……チームみたいなものが好きなんですかね。
小橋:今回、藤倉さんにDRAWER事業本部のVPoEをお願いしたことで、僕はCTOとして技術とものづくりに集中できるようになりました。これまでCTOとして背負うべきものは全て背負ってきたつもりですが、やっぱり製造業のドメインに特化したプロダクトを開発することと、ソフトウェアの価値提供を続けられる持続可能な組織づくりの両立は、かなり難しかった。
製造業でいうと、社内では現場で溶接まで経験しているのは自分くらいで、ドメインへの知見・経験や、そこにソフトウェアでどんな価値を提供していくのかを考え、実行していくことについては、私の得意領域だと思います。一方で、人と向き合って組織全体を高めていくとか、カルチャーを醸成して組織の練度を上げるというのは、藤倉さんにエッジがある領域だと思います。
藤倉:そうですね。(小橋)アキさんとは、「僕ができることは全部やるので、空いた時間で新しいことをやってください」という会話をよくしています。アキさんも僕も、得意な領域に集中して、よりインパクトの出しやすい状況をつくれたらいいなと思っています。
小橋:そうですね……技術的負債という言葉があるように、「組織負債」が溜まったままにしてしまっていたと思います。
CADDi DRAWERが0→1のフェーズから、1→10へと大きくグロースするフェーズへ入った時、組織設計が追いつきませんでした。
立ち上げ当初はフルスタックな少人数のメンバーでやっていて、どのエンジニアもお客様の声や営業からの情報をキャッチできているハイコンテキストな状況でした。そしてありがたいことによく売れて、2023年の6月頃に「CADDi DRAWERにエンジニアの力を集中させるのが一番レバレッジを効かせられる」と意思決定しました。
その後、プロダクトのスケールに備えて、MANUFACTURING事業部からの異動や新規採用によって一気に組織を拡大したんです。もともと十数人の組織だったのに、急に今までの倍以上の規模にスケールしたので、既存の組織構成のままでは歪みが出てしまいました。
本来ソフトウェアの設計は組織設計と連動するのが望ましいですが、そう上手くもできず、DRAWER開発に異動した後も前の事業部の業務を持っていたり、誰がどの機能に責任を持っているのかといった責任の所在が曖昧になってしまったりということが相次ぎました。
そして人が増えれば、全員が同じ濃度の情報を把握することもできなくなります。情報の非対称性が生まれ、システムと組織の状態に乖離が起こってしまい、その過程で、退職という決断をするメンバーをたくさん生んでしまいました。
これを「成長痛」と言ってしまうのは簡単ですが、それでは済まされないというか。いろんな会社が直面している課題だと思いますが、例外なく僕たちも現在進行形で、かなり苦労しています。
藤倉:ジョインして間もないので、まだ全体像を把握しきれていないという前提でお話します。僕が感じたのは、これだけ変化が激しく、掲げている目標がアグレッシブなのだから、うまく咀嚼できなかった人もいるだろうな、ということです。中には、想像と違う方向へ組織が一足飛びに変わってしまったと感じた人もいるんじゃないでしょうか。
もう少しメンバー1人ひとりに、組織が変化する意図や期間、これからどうなるのかを、わかりやすい言葉で丁寧に伝えることができていたら、また違った結果になっていたかもしれません。
もっと「いまこういうことに取り組んでいて、こんな未来を目指しているので、3年待ってください」と言葉を尽くして、実際に組織が良い方へ変化していると感じられたら、1年とか3年とか待ってくれた人もいるんじゃないかな、と。そこに、製造業というドメインの難しさが拍車をかけていたかもしれないですね。
藤倉:1人ひとりのエンジニアが、自分で仕様を考えチームでディスカッションし、つくりあげた機能が周りに認められてリリースできるという、嬉しい成功体験を重ねられる組織にしたいと思っています。
ただ、そのためにはチームをリードするマネージャーがもっと必要です。キャディに限らず、エンジニアリング組織にはマネージャーになりたい人がそれほど多くないですよね。
僕はマネージャーってとてもクリエイティブな仕事だと思っています。自分1人で気持ちよくコードを書いているときよりも、10人、20人、50人で心地よく働いた方が、圧倒的にできることが増えるし、プロダクトのスケールも大きくなる。それは結構、楽しい世界なんですよ。
藤倉:「マネージャーの仕事は、お金と人の管理だけじゃない」と伝えることでしょうか。マネージャーの仕事は「お金や人の管理でしょ」とか「ものすごい忙しいのに、上と下の板挟みになってつらいよね」などとよく言われますが、それって、マネージャーの仕事のごく一部なんです。
「チームの力でプロダクトへのインパクトを最大化できる」ということこそ、マネージャーの仕事の醍醐味です。1人じゃ到底できないことも、チームでやればできるはず。じゃあどうやって「できる」に変えられるチームをつくるのか。これを考え実行する段階で、自分なりのやり方、つまりクリエイティビティを発揮できます。その結果、やりたかったことを達成できると、1人で目標を達成するのとはまた違った大きな喜びを感じられるはずです。
こうした「マネージャーの楽しさ」を伝え、ちょっとでも興味を持ってくれた人がチャレンジできて、成功体験を積める環境を整えたいですね。
まずはマネージャーに求められる成果と達成すべき目標を言語化し、どういう考え方でどんなアクションを起こせば成果を出せるのかを、一緒に考えていくことからかなと思います。マネージャーの成果の出し方って、コツがあるので。会社の規模や事業が変わっていくときに、「要(かなめ)」となるマネージャーがうまく機能していたら、現場のエンジニアも安心して仕事ができると思います。
小橋:いまのDRAWER事業部にとって理想のエンジニアリング組織は、先ほどお話ししたような「継続的に顧客価値を提供していける状態」だと思います。
プロダクトを取り巻く環境が変われば、必要な組織は変わりますし、その組織が整うまでどうしてもタイムラグが生じてしまいます。その変化に伴う「成長痛」を「成長痛だよね」という言葉で片付けてしまわず、できるだけ早く解消できる組織にしていきたい。それから、個々のエンジニアが必要なドメイン知識を適切に身に付け、そのドメイン知識を拠り所に意思決定していける組織にしたいですね。
組織と技術のアジリティは、プロダクトのアジリティに直結します。システムと組織、技術は連動しているので、システムのスケールに組織だけついていけないって、本来ありえないと思っています。システムと組織・技術が連動できれば、事業のアジリティにもつながります。藤倉さんと一緒に、組織と事業のアジリティを高めていきたいですね。
取材・執筆:石川香苗子
編集:光松瞳、王雨舟、石川香苗子
撮影:赤松洋太
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