2023年10月23日
BASE株式会社 上級執行役員 SVP of Development
藤川 真一
Web制作のベンチャーを経て、2006年にGMOペパボ株式会社に入社。2007年から携帯向けTwitterクライアント「モバツイ」の開発・運営を個人で開始し、その後法人化。2014年8月、BASE株式会社 取締役CTOに就任。2021年3月から上級執行役員SVP of Development
ネット上に飛び交う、エンジニアやエンジニアと関わるビジネスサイドのグチや不満。そんな悩める彼らに丁寧かつ飾り気のない言葉でアドバイスを贈る人がいます。ネットショップ作成サービス「BASE」等を運営するBASE株式会社の上級執行役員であり、現在SVP of Developmentを務める「えふしん」こと藤川真一さんです。
そんな藤川さんに「見ず知らずの人に、なぜアドバイスをするのか」と聞いてみたところ、「視野が狭くなっている人を見ると放っておけない。もうすこし違う角度でものを見られれば、今不満に思っていることも感じ方が変わってくるのに」とのこと。
彼が語る「視野」に、エンジニアの多くが悩んでいる「スーツ(ビジネス側)」と「ギーク(エンジニアリング側)」の対立やすれ違いを解決する鍵があるのではないでしょうか? 詳しく聞いてみました。
理由は大きくわけて2つあります。1つは、多くの方々に私の発言を通じてBASEの存在を認知していただき、サービスの利用やエンジニア採用につながったらいいなという思いです。
2つ目はビジネスとはまったく関係なく、単純にネット上のコミュニケーションが好きだからです。ブログやSNS、ナレッジサイトで質問に答えるのは仕事の一環であり個人的な趣味でもあるんです。
ネットを眺めていると、偏った考え方をしている人や、表面的な事象を捉えて一刀両断で切り捨てるような発言をしている人たちがいるじゃないですか。そんな発言を目にすると「こういう考え方もできますよね」とか「こういう見方もできるのでは?」とか一言伝えたくなってしまうんです。
もちろんその人の非をあげつらい、批判したいわけじゃありません。ただ「物の見方が視野狭窄に陥っていませんか」「違う角度から眺めるとまた別の風景が見えて、感じ方も変わるんじゃないですか」と、伝えたいだけなんです。
掘り下げたくなるのはテクノロジーに限らず、組織内での働き方や人間関係の悩みなどについても同じです。上司や会社に対するグチのなかに視野の狭さや捉え方の稚拙さが感じられると「多分そんなつもりじゃないと思いますよ」と返したくなる。これはおそらく性分なんだと思います。
たしかによく見かけますね。
たとえば「営業が顧客の要望をヒアリングしてきて、エンジニアに『こうしてほしい』と伝えたときに、画面から目を離さず『ムリです』と吐き捨てられた」みたいな話ですよね。
営業にしてみれば「ちょっとは前向きに考えろよ」と思うでしょうし、エンジニアにしてみれば「明らかにムリなのになぜ聞いてくるんだ」と、感情的になったりモヤモヤが募ったりというのは、よく目にする典型的な悩みのひとつです。
お互いが「自分の立場にとってどうか」という狭い視野に閉じこもってしまっているからでしょう。
先ほど例に挙げたすれ違いの場合、自分の経験で言えば、エンジニアは営業の話を聞きつつ実現方法を考えているでしょうね。エンジニアは程度の差こそあれ、現時点での技術の可能性や限界をある程度心得ています。話を聞きながら開発フェーズや開発工数、コストを鑑みて、すぐにできることなのかどうかの目星がある程度ついてしまうんです。そこから導いた結論が芳しくなければ、おそらく答えを聞かれる前に表情や口ぶりからそれがにじみ出てしまうのだと思います…。
これは、エンジニア側が営業側の立場や事情にまで視野が及んでいないからこその反応と言えるでしょう。ビジネス畑の人が話す「顧客の要望」とは、あくまでも議論の叩き台であり、解決に向けたアイデアであることがほとんどだと思います。それなのに、エンジニアはその要望を額面通りに受け取り、可否だけで判断してしまっている。相談を持ちかけた営業からすれば「なぜ顧客のためになるのに、頭ごなしに拒否するんだ」と思ってしまうでしょう。
でもこの場合、営業も、エンジニアの捉え方を視野に入れることはできていませんよね。「エンジニアも当然自分たちと同じようにアイデアベースで考えているはずだ」とどこかで思っているんじゃないでしょうか。
「エンジニアは自分たちとは違って、実現可能かどうかを考えているのかも」とは思い至っていないから「これから話す要望は、あくまでもアイデアであって、もっとうまい解決策があればそっちで進めたい」という、エンジニアと自分たちのスタンスをそろえるための一言が出てこない。これでは相談を持ちかけられたエンジニアにしてみれば「ソフトウェアやシステムの道理を弁えない的外れな依頼だ」と感じてしまってもおかしくありません。
そう思います。エンジニアも営業も、役割は違えど、同じプロダクトを同じ顧客のためにつくっている者同士です。その原点に立ち戻った上で、相手の立場や考えを想像できれば、コミュニケーションの取り方は自ずと変わるはずです。
多くの場合、営業は「顧客の要望を正確に掴み、課題解決につなげる役割」、エンジニアは「つくったもので顧客の課題を解決する役割」を担います。この役割に則れば、営業がエンジニアに顧客の要望を伝えるときは「こういう要望があるが、どう課題解決するか相談したい」と働きかけるべきで、逆にエンジニアは、営業から聞いたことに対してイエスかノーで即答する前に「なぜこの機能が必要なのか」「どんな経緯でその要望が持ち上がったのか」「開発することでどんな課題を解決したいのか」と問い直すべきでしょう。
そうして相手の役割を視野に入れた上で意見を引き出し合って理解を深めるべきなのに、自分はどう感じたかという狭い視野に閉じこもったままコミュニケーションをとっていてその過程がなかったとしたら、非常にもったいない話です。
エンジニアは総じて技術に対して真面目だし、自分の技術力で自社や顧客の成長に貢献したいと考えるものです。ただ、ビジネスとして価値を提供し利益を生み出すためには、エンジニアの予想を超えた変化を要することも少なくありません。むしろ、会社が次のステージに進むために、過去の成功体験はもとより、システムそのものを壊して前に進まなければならない局面がいずれ訪れます。
ビジネス側とエンジニアリング側の間の断絶は、既存の制約を壊しながら前に進むことを前提とするビジネス側の志向と、すでにあるシステムや技術を前提にどんな手を打つべきかを考えるエンジニア側との違いと言い換えられるかもしれません。
立場も役割も異なる相手に、誤解なく伝わる言葉を選べる人が組織を率いていると、こうしたすれ違いはかなり減りますね。
BASEを例に挙げると、当社の創業者である代表の鶴岡裕太は、とくにそうした言語化が上手なんです。BASEを立ち上げる際にも「自分の親が使いやすいと思えるサービスをつくろう」と、誰でも理解できる明確なイメージを打ち出して、ビジネス側とエンジニアリング側のメンバーを鼓舞しました。ビジネス側、エンジニアリング側の立場を越え「この状態だとうちの親には難しく感じるかもね」「確かに」といった会話が成り立つのは、目指すべき方向性を共有できているからなんです。
もちろん言葉選びだけでなく、「専門外だから」と諦めずお互いを理解しようと歩み寄ることも重要です。
私はいま、G’s ACADEMYという起業家育成スクールのメンターを務めているのですが、Webサービスで起業を目指す人たちには必ず自分でコードを書いてもらうようにしています。思い描いたビジネスアイデアをソースコードで表現しきることがいかに難しいかを知ってもらうためです。
ChatGPTは非常に優れていますが、プロンプトに正しい指示を入力できない人は、的確なアウトプットを手にすることはできません。それと同じように、真に求められるシステムを顧客に提供したいなら、要望をエンジニアに正しく言葉で伝える能力を育むべきです。
想定される労力に対してメリットを感じられていないことや、無駄になるのがわかっていることに時間を割きたくないのがエンジニアというもの。ビジネス側はエンジニアのそうした志向を踏まえた上で、人の役に立ちたいというエンジニアの志を刺激するよう働きかけるべきだと思います。
営業の言葉を「真に受けるな」ってことですね。
聞き流せと言っているのではないですよ。顧客の課題を伝えられたときに、聞いた話だけで即断するのは一旦やめ、一通り話に耳を傾けた後、わからないこと、引っかかることがあればスルーせず、しつこく掘り下げてみてください。本当に解決すべきものはどこにあるかを知るためにも、エンジニアからも積極的に働きかけるべきです。営業も顧客も適切な解決策を持っているわけではありませんから。
あとは、「あの人が言うなら」と思ってもらえるような信頼関係を築くというのも大事なポイントです。
信頼は過去の実績がすべてです。
たとえば「目の前にある技術的課題を率先して解決してくれた」という経験が積み上がれば、おのずとエンジニアへの信頼も高まります。そうして信頼の貯金が貯まれば「あの人がリニューアルに2年かかると言うなら、それは妥当な見積もりだろう」となり、無益な衝突も減るでしょう。
だから日常のトラブルや緊急事態って、エンジニアが信頼を積み上げる絶好のチャンスなんです。
もちろん、信頼を得ようと努力するわけではなくても、いつでも期待以上の成果を出す職人的なエンジニアもいます。でもそれは人並み以上に秀でたスキルがなければ選べないキャリアです。
実際、ビジネス側と協調しながら成果を出せるエンジニアを求める声のほうがはるかに大きいです。技術力に加えコミュニケーション力や言語化能力に磨きをかければ、チャンスはさらに広がるでしょう。
逆にビジネス側も、顧客や外部パートナーとの交渉の際などに、エンジニアが妥協すべきでないと考えるポイントを死守すれば評価が高まり「この人はわかっている」と思ってもらえるはずです。
時代の変化は速くなり、かつ不確実性も高まっています。ビジネスとテクノロジーの距離が縮まるなか、ビジネスや経営に対する技術の価値が高まっています。そんなタイミングだからこそ、かつては離れていたエンジニアとビジネスサイドの距離がどんどん近くなり、コミュニケーション課題も顕在化しているのでしょう。
どうにもうまく意思疎通できないときは、少し視野を広げ、相手の事情や考えを掘り下げてみましょう。今まで隠れていたお互いの事情をすり合わせ、コミュニケーションの基盤となる共通認識をつくることができるかもしれません。相手の立場や役割に目を向けつつ、腹を割って思いの丈をぶつけ合ってみることをおすすめします。
取材・執筆:武田敏則(グレタケ)
撮影:曽川拓哉
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