2023年3月28日
チームラボ株式会社・取締役/teamLabBody株式会社・代表取締役
堺 大輔
1978年、札幌市出身。東京大学工学部機械情報工学科、東京大学大学院学際情報学府修了。大学では、ヒューマノイドロボットのウェアラブル遠隔操作システムついて研究。2001年、チームラボ創業時から、主にソリューションを担当。02年から取締役に就任。
最先端のデジタルテクノロジーを駆使した大規模なアート作品で一般にも広く知られるチームラボ。同社は創業以来手掛けるクライアントワークだけでなく、自社開発プロダクトの運営にも力を注いでいる。
なかでも2022年12月に大幅アップデートを行った人体解剖学アプリ「teamLabBody Pro」は、医療業界やヘルスケア業界のみならず、一般ユーザーからも支持を集めている。
同社の取締役であり、開発チームを束ねる堺大輔氏に、同アプリが開発された背景や今回のリニューアルのポイントを聞いた。そこには、チームラボの「モノづくり哲学」があった。
「当時知人を介して、大阪大学の運動器バイオマテリアル研究室で整形外科教授を務めておられた菅本一臣先生(現・武庫川女子大学非常勤講師)とお引き合わせいただいたとき、先生から『人体版のGoogleをつくりたい』と言われたのが『teamLabBody』を開発するきっかけになりました」
チームラボの堺大輔氏は、世界初の3D高精度モーショングラフィックによる人体解剖学アプリ「teamLabBody」の開発を決めた理由をこう振り返る。
「詳しくお話を伺うと、“医学書にあるような文字や図、写真だけで、複雑な関節の動きをイメージできる人はそういない。筋肉や腱、骨が連動するさまを立体的かつ正確に表現でき、そこに内臓や神経、疾患の情報が加われば『人体版のGoogle』になるんじゃないか”と。
菅本先生には関節の三次元的な動きを捉え解析する技術があり、僕らには、その動きを3Dモデルで再現し、一般ユーザーにも使いやすいプロダクトにする技術がある。じゃあやってみましょうか!となったのが、12年ほど前のことでした」
teamLabBody誕生のきっかけになった菅本教授の研究とは、具体的にどのようなものか。
「被験者の全関節の三次元的な動きをCTとMRIで断続的に撮影し、解析した研究です。
菅本先生の研究が画期的だったのは、世界で初めて“生きた人間の関節の三次元的な動きを解析する手法を開発し、人間が自分の意思で動かした関節の動きは、従来の医学教科書に記載されている献体を用いた動きとは異なる”と明らかにしたこと。
そこに3Dモーショングラフィックス技術を用いれば、これまでにない、生きた人間の動きをリアルに再現した人体標本をつくれると確信し、アプリ開発に着手しました」
2011年6月に公開された「teamLabBody β版」に続き、2013年7月に発売された「teamLabBody」では、まだ3Dデータ化された全身骨格、関節と筋肉の動きしか見ることができなかった。以後、順次アップデートを重ね、2015年版の「teamLabBody 3D Motion Human Anatomy」では、血管や神経、リンパ、内臓を精緻なビジュアルで再現。
高精細なグラフィックスや動きの滑らかさなど、品質の向上に取り組んだ結果、開発当初から想定していた医療や医療教育の現場での活用に留まらず、整体師や理学療法士、人体の構造に関心を持つ一般ユーザーからも支持が集まるようになったと言う。
「医学書レベルの決定版であることを謳っている以上、医学的な裏付けがある動き、質感をリアルに表現することはteamLabBodyの生命線です。でも、正確さだけを追求すると、組織の境目がわからなかったり、隣り合わせの筋肉の色が同じだったりと、どうしても見分けづらいところが出てきてしまうんです。正確さと視認性をどう両立すべきか?10年のアップデートのなかでずっと向き合い続けてきた課題です」
また、2022年12月にリリースした最新版「teamLabBody Pro」では、人体の動きをアニメーションで表現する「運動解剖学機能」や、スライダーを動かせば、縦・横・斜めのあらゆる角度から、人体の断面を閲覧できる「断面図機能」を搭載した。
「前者の運動解剖学機能については、実際に人間が動くときと同じように、骨、筋肉、腱、関節が連動した動きを正確に再現することにこだわりました。
断面図機能は今回のリリースの中でも最も革新的な機能で、同種のアプリでは世界初の試みです。あらゆる角度からの断面を自由に切り取れることで、従来の横断面だけでは発見できなかった病変の発見につながるかもしれません」
さらに、このアップデートを機に、アプリの課金形態も買い切り型からサブスクリプション型に改めている。医療従事者や医学生、教員を対象としたPREMIUMプランに加え、一部機能を限定した整体師や理学療法士向けのSTANDARDプラン、お試し用のFREEプランを用意した。その結果、ユーザー数がかなり伸びたと堺氏は話す。
「以前からコンスタントにダウンロードしていただいていましたが、FREEプランを設けた効果で以前の数十倍のペースでダウンロードが増え続けています。ユーザーの中には、図鑑を買う感覚でちょっと家でも見てみよう、とダウンロードしてくれている方々もいるようです。医療関係者の皆さんはもちろん、人体の構造に興味を持っている方々にも広く使っていただくことが、結果的に世のためになるんじゃないかと思っています」
チームラボの事業の柱は3つ。広く知られているアート事業と、社内ではソリューション事業と呼ばれるクライアントワーク、そしてteamLabBody Proのような、チームラボが主体で開発・運営するプロダクト事業である。それぞれ独立した事業のようにみえるが、共通点は多いと堺氏は語る。
「これら全ての事業は、デジタルテクノロジーによって課題を解決する点では共通しているんです。単に目的と表現手法、お金の流れが違うだけであって、そこに垣根はないと思っています」
企画だけ、コンサルティングだけの依頼は請けない。どの案件も企画段階から携わり、RFP(提案依頼書)がなくても自らヒアリングと提案を重ねて要件定義をまとめるという。
「開発後も運用や改善に携わる機会も多いので、アートイベントや自社プロダクトを開発するのと同じようにクライアントワークにも携わるわけです。もちろん目的やアプローチ、プロセス、表現はプロジェクトによって異なります。しかし、これまでにない新しいものをつくる点ではすべて一緒。本質的な部分では大きな差異はないと考えています」
公式サイトには過去の実績として、映像制作や空間設計、銀行アプリや駅ナカ自販機、通販サイト、受付・会議室予約システムなど、大小さまざまなプロジェクトが並ぶ。そのほとんどは「漠然としたイメージやモヤモヤとした願望から検討を重ね、デジタルテクノロジーで具現化したもの」だと堺氏は振り返る。
「たとえば、JRの電車のホームにある、黒い液晶タイプの自動販売機です。いただいたオーダーは“イノベーション自販機をつくってほしい”のひとこと。“イノベーションって、何なんだ?”というところから考え始めました。
そのなかで、“エキナカの自動販売機は、売り切れてなければ儲かり続ける。それなら、売り切れないように予測できる自販機をつくればイノベーションになる”という考えにたどり着いたんです。そこで、アプリで注文した飲み物を駅で受け取れるシステムをつくり、そのアプリ内で溜めた販売データから売り切れ予測ができるようにしました。
また、できたアプリ内にプレゼント機能や月定額で飲み放題のサブスク機能などを導入して、ユーザーに新しい購買体験を提供することで、さらなるイノベーションに繋がりました」
あえてクライアントワークと自社プロダクト開発の違いを挙げるなら、「主体的に収益性や事業性を考える必要があるかないか」だと堺氏は話す。クリエーターはその違いを理解することで、大きな学びが得られるのだと言う。
「クライアントワークの場合、制作物の事業性や収益性を判断するのはお客様。自社でのプロダクト開発は、そうしたお客様目線の当事者としてプロダクトと向き合う機会をもたらしてくれます。私を含めteamLabBody Proの開発に携わっているメンバーはクライアントワークに携わることもありますから、自社プロダクト開発を通じていつもとは少し違った観点でモノづくりに携わることで、クリエーターとしての見識を広げ、新たなアイデアや発想を生むいい機会になっているのは間違いありません」
医学書並の信頼性を誇る人体解剖学アプリとして人気を集めるteamLabBody Pro。今後はどのような方向に進化していくのだろうか。
「最新版に搭載した断面図機能のような、類似アプリにはないコンテンツを拡充しながら進化させていくつもりです。それ以外の取り組みとしては、特定の用途に特化した派生バージョンのリリースについても前向きに検討したいと思っています。
たとえばすでにあるニーズとして、病気や怪我の解説に特化したバージョン。あとは、イラストレーターやアニメーター向けの人体ポージングに特化したバージョンなど、さまざまな切り口が考えられます。
医学の世界は、実はまだまだわかっていないことがたくさんあるんです。医師にもわかっていない“人体の不思議”に、このアプリを介してたくさんの方が気づき、興味を持ってくれたら、すごく面白いなと思います」
すでに動き始めている試みもある。スクール版の提供だ。
「2022年12月からteamLabBody Proを学習教材として都内の中学校向けに提供し始めました。
学校によくあるあの人体模型は、新しく購入するとかなり金額がかかるんです。物理的なモノがあるのは重要だと思う一方で、せっかく生徒たちがみんなタブレットを持っているんだったら、そっちで人体の構造を立体的に見られたほうが、便利なのではないかと思いました。
リリース当初は想定していませんでしたが、時代の変化とともにteamLabBody Proが持つ医学的に正確な人体コンテンツを必要とする場面はこれからも増えるはずです。ニーズがある分野に適宜参入していければと思っています」
社会のニーズに応え進化を続けるteamLabBody Pro。人体解剖学アプリの枠を越え、『人体版のGoogle』と呼ばれる日がくるのもそう遠い未来ではないのかもしれない。
取材・執筆:武田 敏則(グレタケ)
撮影:曽川拓哉
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