2023年2月1日
サイボウズ株式会社 開発本部副本部長 兼 New Business Division 副本部長
岡田 勇樹
2007年に新卒でサイボウズに入社。エンジニアとして「サイボウズ Office」や「kintone」の開発に参画。2014年に東京から地元大阪にUターンし、マネージャーとして大阪開発拠点の立ち上げを主導。現在はエンジニア採用に携わりつつエンジニア組織のマネジメントに注力。阪神タイガースのファン。
3年前、「kintone」や「Garoon」などを手掛けるサイボウズの開発本部が発した「マネージャーをなくす」宣言。多くのエンジニアを抱える大所帯で、業界でも先駆けとなる組織階層の撤廃は、大きな驚きをもって受け止められました。職能ごとに整理された組織から、プロダクトごとにアジャイルで開発できる組織へ——そんな方針のもと、フラットな組織づくりへと舵を切ったのです。
ところが2022年5月、サイボウズは再びマネージャーポジションを置くことに。11月に公開されたテックブログ「マネージャー、いないと無理だったので、またつくりました」にもその詳細が書かれています。2回の大きな組織変更の裏では、一体何が起きたのでしょうか?
15年以上サイボウズの組織変遷を見届け、二度にわたるエンジニア組織改革の仕掛け人でもある開発本部副本部長の岡田勇樹さんに、サイボウズが「マネージャー廃止」の3年間で学んだ、フラット型組織のメリットと限界を伺いました。
――改めて、なぜ3年前に「マネージャーをなくす」ことに踏み切ったのですか?
最大の理由は、従来の職能型組織を見直したかったからです。よりユーザーの求めることにフォーカスし、スピーディにプロダクトの価値を創造して届けられる組織にしていくことが、主な目的でした。
そもそもサイボウズでは、2016年に一部のプロダクトチームでアジャイル型開発に転換を図ったものの、組織体制は職能ごとに分かれたままで、品質保証部、開発部、プロダクトマーケティング部と、部署が別々だったんです。
その結果「いったん部に持ち帰ります」「マネージャーと調整します」といったやり取りがよく発生していました。
――それでは開発スピードが落ちてしまいますね。
アジャイル型って、「ユーザーがこの機能をいま強く求めているから、早くリリースしよう」「このプロダクトはちょっと過剰品質かもしれないね」とか、現場で柔軟に意思決定して、開発スピードとクオリティを上げられるところが良さじゃないですか。
しかし、当時はその良さを活かせるような組織体制ではありませんでした。
例えば、開発チームの「早くリリースしたい」気持ちと、品質保証チームの「どんな時も十分にテストしたい」気持ちが対立することもありました。
――部署ごとのミッションが異なり、コンフリクトを起こしていたわけですね。
ええ。そこで2019年に行ったのは、現場で柔軟に意思決定ができるように、職能ごとの組織から、プロダクト単位の組織へと組織変更することでした。
マネージャーが担っていた役割を洗い出して、現場に委譲できるものとできないものを整理した結果、多くのものは委譲できることに気づきました。そこで、担うべき役割がほとんどなくなったなら、思い切ってマネージャーをなくしてしまおうと考えました。
実際は、マネージャーをなくした、というよりは、開発スピードを高めるにはどうすべきか真剣に考えた結果、「マネージャーがいらなくなった」という方が正しいですね。
——実際にマネージャーをなくしてみて、どんな変化がありましたか?
メンバー一人ひとりが能動的に動けるようになりました。プロダクトチーム内で重要な意思決定や判断ができる場面も増えましたね。これは大きな変化だったと思います。
例えば、それまでプロジェクトの予算は品質管理、開発など職能ごとのマネージャーが決定していて、現場のメンバーはそれほど関われませんでした。プロダクトごとの組織に変更した後は、「いまチームにはこういった動きが必要だから、そのための予算を取れるようにアクションしよう」と、メンバーが自発的に予算について考えて動くようになりました。職能の枠を取っ払って、プロダクトチーム全体が同じ方向を向いて動けるようになったと実感しています。
——エンジニアのマインドや行動が変わったわけですね。他に「仕組み」として変わった部分はありますか?
職能ごとの目標が廃止され、プロダクトごとのミッションやビジョンを各メンバーが意識するようになりました。つまり、「ソフトウェアエンジニアのミッションはこれ、QAエンジニアのミッションはこれ」と分けるのではなく、「プロダクトで達成したいことをチーム全体で決めた上で自分たちの活動目標を設定する」というふうに変えたんです。
またマネージャーの役割を整理する中で、評価や採用決定などのピープルマネジメントの一部は、権限委譲が難しいことがわかりました。そこで、このようなピープルマネジメントに関しては、プロダクト単位の組織と切り離して「組織運営チーム」に集約したんです。組織運営チームには、元々マネージャーを担っていた人たちを集めました。
——開発の意思決定が早くなって、メリットの方が大きいように見えます。一方で、マネージャー不在のデメリットって、何だったんですか?
マネージャーポジションをなくした結果、採用や給与評価、健康管理など難易度の高いタスクが組織運営チームに一気に集中したんです。これは想定していた通りの役割分担ですが、その負担は想像以上でした。チームのメンバーを増やそうと考えても、組織内で適任する人がなかなか見つからず。プロダクトに触れられず、ひたすらピープルマネジメントばかりをこなす仕事内容に疲れ、離職者も増えてきました。結果、わずか6名で約200名のピープルマネジメント業務をこなす状況になってしまいました。
このような体制では、当然ながらメンバーとも十分にコミュニケーションができませんでした。困ったことがあっても誰に相談すればいいかわからない、チームでトラブルがあった時に話は聞いてくれるけど解決はしてくれない。メンバーからは不安や不満が噴出しました。
——その中で、もっとも困ったことは何だったんですか?
給与評価がもっとも困りましたね。そもそも人を評価することは、心理的にも時間的にも負担の大きいタスクです。それを組織運営チームが、1人あたり50〜60名分担うので、相当大変でした。
しかも、チーム内でのトラブルや個人の健康に関する突発的な相談は日常的に発生します。各プロダクトチームから寄せられる目の前の依頼や、評価業務をさばくのに精一杯で、組織戦略や、未来の組織ビジョンを考える余裕はありませんでした。
——6名で200名ってかなり大変そうです。それを改善するためにどんなことをしましたか?
組織運営チームができて1年ほど経ってから、チームの負担を軽くするためにいろいろな施策を行いました。たとえば、面談時間を削減するために評価面談を希望制にしたり、効率的に情報が集められるよう、テキストで1年の活動内容を共有してもらったりしていました。
これらの施策によって、組織運営チームの負担はたしかに軽減されました。ただ同時に、開発現場との距離がさらに遠くなってしまい、メンバーとの信頼関係構築が難しくなってしまったんです。普段の業務で関わりのない人に評価されても納得感が薄い、といった不満も聞こえるようになりました。抜本的な組織変更をしない限り、根本的な解決は難しいと感じました。
——それでマネージャーを再び置いたというわけですね。どんな風に組織を変えたんですか。
2022年の始めに組織改善プロジェクトを立ち上げて、まず一度サイボウズにあるべきマネジメントの形について責任者を集めて考え直しました。話し合う中で出てきたのが、1人がマネジメントできるメンバーの数は、せいぜい5〜8人程度だということ。となると、200人の組織には、できれば40名くらいマネージャーが必要な計算になります。そこで、階層型のマネジメント組織をつくることに舵を切りました。
——具体的にどのような組織体制ですか?
まず、職能ラインを15に分けて、各職能ラインのピープルマネジメントを統括する「人材マネージャー」を4名、その下に「サブ人材マネージャー」を16名配置しました。さらには、プロダクトチームの一員として働きながら、メンター的な役割を担う「アシスタント人材マネージャー」も32名アサインしました。
正直、新たにトータル50人にマネージャーをお願いするのはかなり苦労しました。同僚を評価するという、誰もがやりたいタイプの仕事じゃないですし。最後は頼み込むような形で、引き受けてもらいました。
——この3年を経て、岡田さんの中で「マネージャー」の役割について、考え方変わりましたか。
プロダクトマネジメント、プロジェクトマネジメント、ピープルマネジメント、いろんな言葉があるように、「マネージャー」という言葉は曖昧で、認識の齟齬を生まないためにもマネジメントする対象が何なのかをまず明確にする必要があります。
マネジメント対象を大きく「業務(プロダクトやプロジェクト)」と「人材(ピープル)」に分けたときに、組織規模が大きくなればなるほど業務も人材も同時に高いレベルでマネジメントできる「スーパーマン」頼りの組織運営は難しくなります。そのため2022年の組織変更では、まず人材マネジメントの役割だけを定義し、人材マネージャーのポジションを新設することにしました。
一方、業務と人材のマネジメントはセットの方が良いという考え方もあります。そもそも業務のことが分かっていなければ、成果評価やキャリア支援などの役割を担うことができませんから。その場合、マネジメントの質を担保するためには、両方を担いつつマネジメント対象の範囲を限定する方法も考えられますね。
サイボウズでは、いったん人材マネジメントまわりは整理できて、これから業務マネジメントの改善に取り組もうとしているところです。
——紆余曲折を経て、マネージャーのいなかった3年間がサイボウズに残した一番の財産は何ですか?
一番は主体性の向上です。マネージャーが担っていた役割をチームに委譲することで、自分たちで考えて決めなければいけないという意識が生まれました。2022年の組織変更でマネージャーが再び担うことになった役割もありますが、予算作成などの役割は引き続きチームで担ってもらうようにしています。
加えて、組織運営チームメンバーのマネジメントスキルは飛躍的に向上しました。わずか6名であらゆる課題を解決し続けた環境はとてもハードだったけれど、結果として得られたマネジメントへの知見はかけがえのないもので、今後のマネージャー育成にも活かしてくれることを期待しています。
──これからフラット型組織を取り入れようと考えているマネージャーがいたら、意思決定する際に気をつけてほしいことはなんですか。
「トレンドだから変えてみよう」と考えないことですね。
理想的な組織のあり方は、メンバーの自走度合いや組織文化、ビジネスのあり方など、さまざまな要因によります。組織の形を変えるにはかなりの労力が必要ですし、効果が出るまで時間もかかります。組織の形を変えるという手段を取る前に、まずは今起きている問題にしっかり目を向けて、「なぜやるのか」を徹底的に考え抜いてみてください。
いまの組織にはどんな課題があって、その中で一番解決したいのはどれか。そのために取り得る手段はどんなもので、そのうちもっとも実現可能性の高いのはなにか。これらを明確にしたうえで意思決定しましょう。
——最後になりますが、もし3年前に戻れたら、再び「マネージャーをなくす」という意思決定をしますか?
しないです。これは断言できますね(笑)。
3年前は、マネージャーをなくしさまざまな役割をチームに任せることで、チームがより自走できると考えていました。そのためにピープルマネジメントを切り出した結果、メンバー側にもマネジメント側にも、これまで以上に負担がかかることになってしまいました。
ピープルマネジメントというのは専門性の高い役割であり、専門家がいないチームに任せても上手くはいかない、という当たり前のことに気づいたんです。さらに、組織運営チームをつくるように、ピープルマネジメントの機能を一箇所に集約することは、かえって組織のスケールを妨げてしまうことを学びました。
責任をもってピープルマネジメントにあたり、各メンバーに伴走してくれるマネージャーがいてこそ、メンバーが安心して働ける。手痛い失敗を経験してこそ得た学びですね。
取材:石川香苗子
文:夏野かおる
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