2022年12月13日
株式会社マネーフォワード CTO室 グローバル部 部長
小牧 将和
大学卒業後、ワークスアプリケーションズに入社。COMPANY会計ERPや財務会計・管理会計・経費管理等の開発を担当後Works Applications Singapore Pte. Ltd. に出向、英語話者チームでエンジニアリングマネージャーを経験。その後、FreakOut Pte. Ltd. で海外エンジニア拠点の立ち上げに従事、Rakuten Asia Pte. Ltd.(楽天シンガポール)を経て、2021年2月にマネーフォワード入社。「Team Nikko」を立ち上げる。
株式会社マネーフォワード CTO室グローバル部
西村 由佳里
小学生のころ自作PCにハマりエンジニアの道へ。大手化学メーカー情報システム子会社でインフラエンジニアとしての経験を積んだのち、マネーフォワードにコーポレートエンジニアとしてジョイン。 2021年に「Team Nikko」へ異動し、『マネーフォワード クラウド会計』の開発に従事。
家計簿アプリなどを手がける株式会社マネーフォワードでは、2024年度中を目途にエンジニア組織を完全英語化することを発表しました。その第一手として、仕事上のコミュニケーションの完全英語化を実践する「Team Nikko」を2021年秋に発足させています。
今回はその「Team Nikko」から、チームの立ち上げを担い、現在はリーダーとしてチームを率いる小牧将和さんと、立ち上げ当初からメンバーとしてジョインし、英語の習得に励んだ日本生まれ日本育ちの女性エンジニア、西村由佳里さんの2人にインタビュー。それぞれの立場から、エンジニア組織の英語化の課題や可能性、1年間の実践を通して得た知見を教えていただきました。
小牧:最大の理由は、エンジニアの採用拡大です。当社は今非常に成長しており、英語化に踏み込むまでは、すでにいくつか手は打ってきました。国内においては、日本語が話せることを条件にベトナム人エンジニアの採用を開始し、2018年にはベトナムに現地法人を設立しました。2019年にはホーチミンに拠点を設置し、ここでの公用語を英語とすることで多くのベトナム人エンジニアが入社しました。
その後事業成長に伴い、2021年には「日本語を話せる」という条件を撤廃。現在はアジアのみならず、中米、南米、アフリカ、ヨーロッパなど世界各国出身のエンジニアがジョインしてくれています。
小牧:はい。ただ、本当にやりたいのは、マネーフォワードのグローバル化です。そこには英語化も含まれますが、異文化理解やダイバーシティも推進して、GAFAのようなテックジャイアントに近づきたい。世界の第一線で働くエンジニアが入社後すぐに活躍できるような土壌をつくりたいと思っています。
英語化はあくまでグローバル化のためのステップです。そのための第一歩として、2021年秋にコミュニケーションを英語にした先行チーム「Team Nikko」を立ち上げました。
西村:私は約3年前に中途でマネーフォワードに入社しました。当時、転職活動でいろいろ企業研究をしているうちに、長くキャリアを積み活躍している女性エンジニアのほとんどが、外資系企業に在席していることに気づいたのです。女性としてこのまま日本語圏だけで勝負していては、いつかキャリアが頭打ちになるかもしれないと危機感を抱き、転職を機に英語の勉強をはじめました。ただ、マネーフォワード入社後は「これは男女関係なく、エンジニアとして今後英語が必要になるのでは?」と感じ、さらに英語の勉強に熱が入るようになったんです。
3年ほどCIO室(Chief Information Officer)に在籍し、そこでもベトナムのエンジニアと英語のやりとりをする機会はありましたが、Slackなどがメインで話す機会は少なくて。「Team Nikko」の発足を知って、「これはチャンスだ!」と思い、社内異動制度を利用して応募したんです。
小牧:「Team Nikko」はマネーフォワード初の英語組織で、エンジニア組織全体の公用語英語化に向けて設立したモデルチームです。実は英語をコミュニケーション言語にしていること以外、「Team Nikko」はほかのエンジニア組織と変わりません。現在は『マネーフォワード クラウド会計』のバックエンド開発などをしています。
メンバー構成としては、外国籍のメンバーが4分の3程度。中には日本語をまったく話せないメンバーもいます。日本人の割合を少なくしたのは、日本人が多いと、日本人同士のコミュニケーションがどうしても日本語になりがちだからです。日本語を話せない外国籍メンバーの立場で考えると、知らない言語に囲まれてどういう会話が交わされているのかわからない状況は、非常にストレスが溜まります。英語話者のエンジニアの従業員体験を重視してこのようなチーム構成にしました。
ただ最近は、日本人メンバーも意図的に増やしています。組織全体の英語化に向けて、日本人メンバーにスムーズに施策を展開できるように、モデルケースを多くつくりたいと考えています。
西村:英語の使用状況に関して、「Team Nikko」内はほぼ100%英語です。会議も英語だし、Slack上の会話も英語で行っています。日本人同士なら、ふとした会話は日本語ですることもありますが、会話の内容をドキュメントに残すなら英語です。ほぼ100%の英語環境なので、自分も周りの日本人メンバーも、ジョインしたばかりの頃は慣れるのに苦労しましたね。
小牧:日本語話者でない人も、初見で正しく発音できるように、私の大好きな観光地「日光」から取りました。余談ですが、私はいま同じ栃木県の宇都宮に住んでいるので、一瞬「Team Utsunomiya」も考えたんですが、文字数が多く外国籍メンバーから発音しにくいとの声があったため、却下されました(笑)。
小牧:私は特にないですね。前職でシンガポールにて英語話者チームのエンジニアリングマネージャーを務めた経験もあったので、大きな苦労はありませんでした。「Team Nikko」には10カ国籍以上の外国籍メンバーが在席していて、皆さん英語が流暢です。「Team Nikko」の結成前からジョインしていたベトナム人メンバーの中には、日本語よりも英語の方が得意な方もいたので、英語公用化によって彼らのパフォーマンスが向上するという副次的効果も得られています。
ただ、西村さんが話しているように、チームにジョインしてくれた日本人メンバーの皆さんは、最初は結構苦労したのかもしれません。
西村:英語だけのコミュニケーションについていくのに、最初はかなり大変でした。私は日本生まれ日本育ちで語学は独学、その上英語圏の国に滞在した経験もありません。なので、日本語で話すときは脳のCPU使用率が10%で済むのが、英語になった途端に一気に100%に上がります。毎日ぐったり疲れていました(笑)。
文法や単語を理解するのも難しかったのですが、それより大変だったのはアクセントに慣れることです。日本の学校教育や学習教材などは、アメリカ英語がベースになることが多いので
小牧:コミュニケーションでいうと、英語中心の「Team Nikko」と日本語中心の他のエンジニアチームとどう意志疎通を図るべきかは、現段階の課題の一つですね。今は、社内にある、通訳や翻訳を通じてグローバルメンバー間のコミュニケーションをサポートするGPP(Global People Partners)組織の力を借りながら、より良い解決策を模索しています。
小牧:通訳や翻訳ツールだけでは、伝えられないことがあるからです。同じ内容を伝えようとしても、日本は聞き手が空気を読む「ハイコンテクスト文化」なのに対して、欧米はすべてを伝える「ローコンテクスト文化」なのも大きな違いですね。
日本人同士だったら、やりたいことをふわっと伝えたら、具体的に何をやってほしいかは相手に空気を読んでもらうだけで伝わるときもあります。一方、ローコンテクスト文化だと、1を聞いて10を推測する習慣がなかったり、非効率だと思われたりするんです。そこで、ハイコンテクストの日本語をそのまま英訳してしまうと、意図が伝わらない。逆にローコンテクストの英語をそのまま日本語にすると、ドライで詰められているように聞こえてしまう。このようなアンマッチの状態が長く続くと、必然的にメンバー間に壁が生じてしまいます。
西村:例えるなら、データベース移行の際、移行先では必須のカラムが移行元にないようなものです。自分の伝えたいことが100%正確に相手に伝わるように、英語で直接話すしかないですね。私の仕事上の例でいうと、日本語ではよく「パスワードをリセットする必要があります」と、「だれが」の部分を省略します。しかし、英語なら主語を明確に求める傾向があるので、パスワードをリセットするのは、「I(私=システム管理者)need to reset the password」か「you(あなた)need to reset the password」かをはっきりさせる必要があります。
小牧:ハイコンテクストのコミュニケーションに慣れている日本人にとって、すべて伝えるとなると、シンプルに話す量が3倍くらいになるので、話し手の負荷が確実に高くなります。
ただ、ローコンテクストの会話は話者によりロジカルに考えて発言することを求めていて、「本当は何を伝えたいんだろう」と、自分の思考の整理にもなることが多いですね。
西村:あとは、英語話者のエンジニアたちは「ありがとう」を積極的に伝え合う文化があるので、その中にいると私もポジティブな気分になります。
小牧:日本人からすると、少し過剰に思えるくらい「ありがとう」を言い合っていますね。ただ、「些細な感謝もしっかり言葉で伝える」ことは、当たり前のように聞こえますが、意外と見落とされがちですよね。
西村:言語面だけでなく、「Team Nikko」にきてから、日本の考え方や価値観は必ずしも世界の常識ではないことを強く意識するようになりました。
例えば働き方ひとつにしても、ミーティングの時間に数分遅れる程度なら気にしない文化圏があったり、熱心に残業することをよしとしない文化圏があったり。このような考え方の違いがあることは、「Team Nikko」にジョインする前から知識として持ってはいましたが、実際にチームメンバーから「こういう考え方なんだよ」と聞くと、カルチャーギャップの衝撃はありました。
小牧:生活面でいうと、外国籍のエンジニアは宗教などの理由で、ビーガンやハラールの食事をとる人も珍しくありませんが、日本はまだまだそういった対応ができるレストランが少ないと感じています。本社の周辺も例外ではないため、そういったサービスを提供するレストランが増えて、ランチ交流しやすくなると嬉しいですね。
小牧:まずはTOEIC®やPROGOS®といった英語力のテストを受けてもらい、各個人のレベルに応じたカリキュラムを提供します。
オンラインレッスンやグループレッスンもあれば、本やアプリを使うこともあり、総合的に英語を学べる環境を整えています。英語研修中は1日数時間程度、就業時間を英語学習に使ってOKです。
小牧:通常業務への影響はゼロではないですが、それでも将来的にはペイできる投資になっていると判断しています。
西村:そもそも英語に触れる時間を増やすことが、英語力アップへの一番の近道だと感じます。個人的にも英語のドキュメントを優先的に読んだり、パソコンやゲームの言語設定を英語にしたり。暇つぶしのYouTubeも英語で面白い動画を探すようになりました。
小牧:「日常的に英語を使っている組織って、どうなっているの?」ということを知っていただくことは大事だと思います。具体的には、「Team Nikko」で行われている日々の英語ミーティングの動画をほかチームに共有して、仕事風景を実際に見ていただくようにしています。スクラム開発だと、ほかのチームに転用できる定型的な表現も多い。なにより、文字だと伝わりにくい言葉のニュアンスなども、動画を見るとすぐに実践に活かせると好評です。
西村:求められるレベルやゴールがわからないと、「自分ならどれぐらい勉強すれば対応できるだろう」と、不安でなかなかチャレンジできないこともあるはずです。そんな方には、実際の開発現場をみていただくことで、求められるレベル感を把握していただけるんです。開発用語など専門性の高い部分を除いては意外と平易な表現を使っているので、動画を見ると「これくらいでいいんだ」と安心する人も多いと思います。
西村:日本では英語を使って海外に出て働くのは、特別なチャレンジのように語られますが、それが呼吸することのように当たり前の国もあるんですよね。「Team Nikko」で多くの外国籍エンジニアと働いてそれを実感しました。毎日良い刺激を受けています。
小牧:グローバルな環境で働くことは、新しい考え方や文化に触れられるため、とても刺激的です。なんとなく仕事に閉塞感を抱いている人には、ぜひ仲間に加わってほしい、グローバルな環境で働く楽しさを知ってほしいと思いますね。
IT業界で世界的な成功を収めている企業は、ほとんどがグローバル企業なんです。そこにチャレンジするなら、日本企業はグローバル化の第1歩を踏み出さないといけません。「Team Nikko」である程度成果が出て、英語化やその先のグローバル化への道筋が見えてきた今、マネーフォワードは、まだまだ強くなる余地があると確信しています。
取材・執筆:古屋 江美子
撮影:赤松 洋太
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