2024年10月22日
東北大学国際連携部特任教授 (名誉教授)
田中 陽一郎
工学者。1983年東北大学大学院工学研究科博士前期課程修了、2006年同博士後期課程修了。博士(工学)。1983年から2016年まで、東芝グループにて、HDDからフラッシュメモリを使ったSSDなど高密度ストレージ技術の研究開発や実用化に携わる。2005年には、垂直磁気記録方式を採用したHDDの世界初の製品化を主導した。山形大学大学院理工学研究科や東北大学電気通信研究所教授を経て2024年4月より現職。IEEEフェロー。好きなものはスキーと登山と芋煮会。
プロフィール(東北大学公式サイト内)
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1956年に初めて登場したハードディスクドライブ(以下HDD)と、1991年に初めて登場したソリッドステートドライブ(以下SSD)。データ転送速度に優れるSSDは価格低下にとともにシェアを伸ばし、2019年にはパソコンにおける搭載率がHDDを上回ったとされます。
それでも「少なくとも向こう20年、HDDは市場から消えない」と話すのは、東芝グループや研究機関で長年、磁気ストレージやフラッシュメモリの開発に関わってきた東北大学・田中陽一郎名誉教授です。なぜそう言えるのか?HDDの栄枯盛衰を振り返りつつ、SSDによる完全なリプレースが起きない理由を取材しました。
田中: 記憶媒体は時代の移り変わりとともに、その時々の「スイートスポット」にフィットする形で活躍の場を変えていくものです。HDDが家庭から姿を消したのも、スイートスポットの変化が背景にあります。
田中:あるハードウェアの、性能面や価格帯といった特徴がぴったりとハマる最適なユースケース領域のことです。
例を挙げましょう。今でこそ「SSD・フラッシュメモリに追いやられがち」とのイメージのあるHDDですが、スイートスポットの妙により、本来はフラッシュメモリが主であるプロダクトに導入された有名な事例があります。初代iPod(2001年発売)です。
スティーブ・ジョブズは、他のフラッシュメモリ型音楽プレーヤーのように小型で、なおかつ他の追随を許さぬほどに大量の楽曲が入る端末を構想していました。そして、実際の初代iPodには1.8インチ型の東芝製HDD(5GB)が採用された。
この条件は当時、音楽プレーヤーに入るほど小型でも1000曲分も入る大容量を実現できた、HDDにとってのスイートスポットだったからです。一方、それほどの容量を持ちつつ小型で安価なフラッシュメモリを用意するのは困難でした。
そして、2000年代時点で数百GBもの大容量を実現できたHDDは、PC用ストレージというスイートスポットにもフィットし続けました。
その後、状況は変わります。HDD主流容量帯は数TBにまで巨大化したのに、一般ユーザーにとってそこまでのボリュームに対する需要はなかったのです。今、PCやスマートフォンを使う分には、256GBで十分なことが多いですよね。
回線の高速化やクラウドサービスの発達により、わざわざ大量のデータを保存する必要が無くなったためです。動画や音楽はストリーミングで楽しめるし、オンラインで動くソフトウェアも多数ある。
こうして個人端末のストレージは、記憶容量ではHDDには勝てなくとも動作速度や静音性などで勝るSSDにとってのスイートスポットとなりました。SSDは比較的高価とはいえ、256GB程度なら今時3000円前後で購入できるから、コスト的にも問題ない。
田中:いえ、HDDはストレージデバイスとして完全に消えたわけではありません。
現在、HDDにとってのスイートスポットは、回線の「向こう側」にあります。データセンターです。世界中のデータセンターのデータ容量の約85%が、HDDに保存されているとする調査結果もあります。
AIや機械学習の進化、高解像度コンテンツのストリーミングサービスなど、さまざまな要因で世界に存在するデータ量は爆発的に増加し続けていますから、大規模なデータセンターの需要は極めて高い。そこにおいて、安価で大容量を実現できるHDDが活躍し続けているのです。
田中:遠い未来はわかりませんが、今後10~20年のスパンの話なら、全てのデータセンターでHDDとSSDの比率が逆転するとは考えにくいです。
まず、単純にSSDのコストが挙げられます。現在、データセンター向けSSDの容量1ビットあたりの単価は、HDDの7倍以上もします。また、そもそもSSDの生産体制が追い付いていません。2023年に出荷されたHDDの総容量は826.6EBだったのに対し、SSD総出荷容量は274.3EBとする報道もあります。世界中のデータセンターの全HDDをすぐにSSDに置き換えるには、例えるなら、日本有数の生産能力を誇るキオクシア社の四日市工場のような半導体工場をあと20軒は建てる必要があるとみています。
すると、半導体メーカーやSSD製造工場への莫大な投資が必要になるでしょう。すでにHDDで十分にデータセンターの運用が賄えているにも関わらず、誰がそのような投資をし、どうやってペイするのでしょうか。
だってデータセンター運用者がHDDをSSDに置き換えても、別に大きく儲かるわけではないですよね。だから、投資は生まれません。いま、スマホで動画を見たりアプリを動かしたりしても、サーバーからのレスポンスは割とストレスのないスピードで返ってきますし、別に不便はしていない。極端な仮定で恐縮ですが、事業者が「全部SSDに置き換えます。動作が2倍ほど速くなりますがサービス料金は7倍に値上げします」との方策を取ったとして、ユーザーは喜ぶでしょうか。
結局、経済合理性がある選択とはいえないため、SSDへの完全な置き換えがすぐに起きるとは思えません。
田中:確かに、SSDの単価は下がり続けており、データセンターにSSDが占める比率もじわじわ増えていくでしょう。でも、HDDを完全に駆逐するほどのコスト革命が近い将来起きるとは考え難い、というのが正直なところです。
単価を下げるには、SSDの大容量化か製造コストの削減が必要です。第一に、HDDに並ぶような低コストでの大容量化を遂げられるかは不透明です。
フラッシュメモリでは、高密度化のためにメモリセルの微細化が進められてきましたが、技術的な限界は近いとされています。なので、半導体・メモリ業界では、メモリセルを128層といった多層に積み上げる3次元化の方策がとられてきました。しかし、もっと層を積み上げるとなると、メモリセルの製造プロセスの複雑化や、データ保存の信頼性担保が課題となってきます。
他にコストダウンを図るなら、1枚の半導体ウエハーから取れるフラッシュメモリ用チップの枚数を増やすのが有効かもしれません。そのためにはウエハーをさらに大型化させる必要がありますが、現行の最大サイズである300mm以上のウエハーを使えるようにするには製造装置自体を大型化させつつ精密な製造技術を確立する必要もあり、やはり大きな投資が必要です。300mm以上のウエハーの製造に向けた明確なロードマップを発表しているメーカーは、この20年間見当たりません。
このように、HDDを駆逐するほどのコストダウンとなると、いまでは予想もつかないような大幅な技術革新が必要となります。
田中:う~ん、HDDはそうそう消えないでしょうね(笑)。新しいモノが世に出たとき、「既存品と取って代わるぞ」という論調は得てしてみられるものですが、なかなかそう単純にはいかないことが多いのです。
コスト、耐久性、性能などありとあらゆる全ての条件において、新しいモノが古いモノの完全上位互換となれば、すぐに置き換えが達成されるでしょう。ただ「安価で大容量だが低速なHDDと、高価だが高性能なSSD」というように、双方に一長一短あるうちは、リプレースは起きづらいのです。
そこで重要となるのは、それぞれの得意不得意を見極めつつ、うまく組み合わせて互いの欠点を打ち消すようなアーキテクチャをデザインすることです。制約ある状況においてどんな工夫を凝らせるかが、データセンターのシステム設計者の腕の見せ所でもあります。
動画サービスのデータセンターを例に挙げると、アップロードされたばかりでアクセスの多い動画は処理の速いSSDレイヤーに、公開から日が経ち閲覧数が減った動画は低コストのHDDに保存する。多くのデータセンターは、このようにアクセス頻度に応じてストレージを使い分ける「階層型ストレージ」を採用し、SSDとHDDを併用しています。さらに、適切な構成とネットワークインフラを備えたシステムでは、数十台のHDDを並列化させるとSSD単体に匹敵するデータ転送速度を実現できる場合もあります。当面の間、こうした併用が続くのではないでしょうか。
田中:直近でいうと、さらなる大容量化を実現できるMAMR(※1)方式が普及しつつあり、HAMR(※2)方式という技術の実用化も始まりました。東芝は2021年~2024年にかけ、両方式で30TBの3.5インチ型HDD製品を実証しています。HAMR方式の製品に注力しているシーゲイト・テクノロジー社は、数年以内に50TB以上のHDDの実現へ向けた開発を進めているとしています。
また、東北大学とシーゲイト社、ウエスタンデジタル社では、ハードディスクを2層にし、上の層と下の層にそれぞれデータを記録する「3次元磁気記録方式」という技術を共同研究しています。技術的には可能そうだとわかってきており、実現すればHDDの容量を倍にできる可能性があります。
(※1)MAMR: マイクロ波アシスト記録(Microwave-Assisted Magnetic Recording)。HDDの記録密度を上げるには、磁性体粒子を微細化しつつ、保磁力の高い材料を使う必要があるが、保磁力が高いと、記録は難しくなる。MAMRでは、マイクロ波を使うことで記録をアシストする。
(※2)HAMR:熱アシスト記録(Heat-Assisted Magnetic Recording)。MAMRと同じく、記録密度向上を実現する技術。こちらでは、書き込み時に記憶媒体へレーザー光を照射することで、局所的に保磁力を弱める。
田中:「コンピュテーショナル・ストレージ」という技術に注目しています。ストレージデバイスそのものに演算機能を追加してストレージ内部での計算を可能にし、データ処理を効率化するアーキテクチャです。
例えばペタバイトサイズのデータセットをスーパーコンピュータで解析するとして、ストレージからGPUへと移動させるだけでも十数時間はかかりますし、消費電力も大きいですよね。コンピュテーショナル・ストレージが実現すれば、あらかじめ解析に必要なデータの抽出や、解析しやすい形式への変換といった処理を内部で行い、スーパーコンピュータへのデータ転送量を大幅削減できるかもしれない。
このコンピュテーショナル・ストレージのように、SSDに高度な計算能力を備える仕組みが今後実現したら、事業者からの扱いが大きく変わる気がします。
田中:先ほど、データセンターを全てSSDに置き換えようにも、投資対効果が見合わないとの話をしましたよね。現状、ストレージは「必要だが極力コストを抑えたい」存在でしかないからです。逆に、莫大な投資を生むには、「データを保管できる器」という単純な役割から脱皮する必要があると考えています。
例えば、ユーザーがデータを預けるだけで、ストレージ内部でデータの自動分類やタグ付け、ノイズ除去といった前処理をし、機械学習を高速化できる。医療分野なら、患者のゲノムデータを入れておくと、病気のリスク予測や個別化医療のための分析が自動的に行われる、など。
では具体的にどんなサービスをどうやってつくればいいですか?と聞かれると、恐縮ながら明確な道筋を示せるわけではありません。ただ、このように大規模なデータを保管するストレージが新たな解析価値を生みだせるようになれば、大金を投じる人も出てくるだろうなと思います。
田中:ストレージというより、磁気に惹かれてこの世界に足を踏み入れました。
昔話をしますと、中学生の時の私は無線通信が大好きな電波少年でした。アマチュア無線機で受信する電波強度を強めようと、背の高いアンテナを自作したり、遠くの人と交信を楽しんだりするような日々を過ごしていました。
なので東北大工学部に進学した時は電波伝播やアンテナに関する研究を志していたのですが、在学中のある日磁気を使ったデータ記録に出会って考えが変わります。磁性材料というのは、少し組成を変えるだけでデバイスの性能が劇的に変化するんですよ。材料次第で発生する物理現象が変わり、物理現象によって新たなデジタルデバイスが生まれ、それが私たちの生活を変える。材料と基礎研究から、社会実装まで関わることができる。このスケールの大きさに強く惹かれたのです。
しかも当時はちょうど、後の恩師となる岩崎俊一教授が垂直磁気記録方式(※3)を発明した時期で、岩崎先生の研究室はすさまじい熱気。「これは面白いぞ!」と思って、すぐに先生に師事しました。
(※3)垂直磁気記録方式:東北大学名誉教授の岩崎俊一さんが1977年に提唱した、磁気の記録密度を飛躍的に向上させる技術。田中さんは垂直磁気記録方式を採用したHDD開発を東芝で推進し、2005年に実用化した。
田中:現在はCPUとGPUに大規模HDDとSSDを組み合わせたコンピュテーショナル・ストレージの研究をしていますが、ここ数年は、人間の脳の構造にも興味があります。
人の脳は記録から計算までできてしまう優れた器官ですよね。その構造を模した「ニューロモルフィックコンピューティング」という、新たな計算アーキテクチャの構想が現在、研究の世界で進んでいるのですが、まだまだ、脳の機能に追いつくような仕組みは生まれていません。私もこの分野の研究に取り組んでいこうと思っております。
素材や物理現象からアーキテクチャまで、いくら研究を重ねても、ストレージの世界には無限のように進化の余地があります。夢は尽きませんね。
取材・執筆:武田 敏則(グレタケ)
編集:田村 今人、光松 瞳
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