2024年8月19日
Jammsworks プログラマ
Asahi Hirata
群馬県大泉町出身。高校を卒業後、住宅部品工場へ就職。その傍ら2016年からアプリ開発に着手する。2017年、Jammsworksを法人化し代表に。当初は謎解きアプリを主に手がけヒットをさせていたが、Saitoさんの誘いで現在では脱出ゲームを制作している。今回は赤いメガネをかけたウサギのアイコンで出演。
スマートフォンアプリの定番ジャンル「脱出ゲーム」。閉じ込められた部屋や建物から出るために、散りばめられたアイテムや手がかりを集めて空間内のオブジェクトと組み合わせ、謎を解いていくという流れが一般的です。この脱出ゲームというジャンルで特に大きな人気を誇るゲームスタジオが「Jammsworks」。2016年10月から2024年8月までに49作もの脱出ゲームをリリースし、累計ダウンロード数3000万を超えています。
開発メンバーは、プログラマのAsahi Hirataさんと、デザイナーのNaruma Saitoさんの2人組。どちらも群馬県大泉町生まれ大泉町育ちで、小学校時代からの幼馴染。実家も近所で、長らく家族ぐるみの付き合いがある仲だそう。
そんな幼馴染コンビはなぜ「脱出ゲーム」づくりに行き着いたのか。無料アプリの定番としてライバルも多いジャンルで、どのようにして「支持されるアプリ」をつくり続けてきたのかをお聞きしました。
Hirata:アプリ開発は、最初に僕が1人で始めました。もともと高校卒業後、工場で働き始めたのですが、流れ作業ばかりの仕事が思ったよりも性に合っていなかったようで、ぼんやりと将来に不安を抱えてしまっていました。
Hirata:そんなある日、勤めていた工場を辞め、アプリ開発会社にエンジニアとして転職した中学校時代からの友人と話す機会がありました。新しい仕事の様子について聞くと、「フレックスタイム制で、毎日会社に居る時間は3~4時間程度、月給が35万超え」なんて話すんです。すべて本当の話かはわかりませんが、「テック業界には、自分の知らない働き方があるらしい…」。そう思うと、無性に憧れてしまいまして。
「よし、僕もIT企業に行こう。そのために何かポートフォリオをつくろう」という単純な動機で、働きながらアプリ開発に取り組みはじめました。
しかしプログラミング知識はゼロだったので、まずはアプリ開発の教本を購入。平日は工場への出勤前、出勤後で計5時間、休日は8時間、ひたすら勉強と実装を繰り返していました。
Saito:当時は、地元の仲間同士で集まって深夜のファミレスでご飯を食べていたなか、よくHirataはMacBookを広げて黙々と作業していました。
Hirata:で、半年後にようやく、簡単なゲームをつくれる程度のスキルが身に着きました。さっそく、なぞなぞクイズなどを解いていく謎解きゲームを何作かつくってリリース。すると運よく、アプリ内広告で月数十万円は稼げるほどにヒットしまして。このまま食べていけるんじゃないか?と思い、転職活動はせずに仕事を辞め、そのまま個人開発者の道へと舵を切りました。
Saito:脱出ゲームをつくろうと持ちかけたのは僕です。
Saito:Hirataのアプリ開発がうまくいきはじめていた時期、僕はデザイン専門学校を卒業し、設計事務所で働いていました。これが、月100時間は平然と達するような残業の日々で。ある日、県外出張から帰る新幹線の中で、「もう無理…体が持たない」と思ってしまい、上司に電話をかけ、「辞めます」と。そのまま退職してしまったんです。
無職の幼馴染2人で作ったアプリが
3000万ダウンロードされるとは
何も知らない22歳社会人1年目
①~漆黒の洗礼編~#猫ミーム pic.twitter.com/EdpHRGmOvl— Jammsworks (@jammsworks) January 29, 2024
▲Saitoさんは活動初期のエピソードを「猫ミーム」動画化し、XやTikTok上に公開している
Saito:当時は水没事故で廃車にしてしまった自動車のローンに追われていたり、直近でバイクも買っていたりで、お金も全然ないのに仕事を辞めてしまった。自分への情けなさで「これからどうしよう」と車内で泣いていたところ、突然Hirataの顔が脳に浮かびました。
以前に会ったとき、「いま何してるかって?…もう工場をやめてアプリをつくってる。月収?…40万円」と語っていたのを思い出したんです。
我々の地元・大泉町は、大きな自動車工場のすぐ近く。僕らの周りでは、働ける年齢になったらその工場に就職していく人が多かったんです。
そんな世界観で育った僕にとっては、自分が建築の現場回りで疲弊している間にも、工場を辞めた幼馴染がクーラーのきいた部屋でなんだか先進的なことをして稼いでいる、というのは結構衝撃的な事実でして。
気がつくと、僕は彼に電話をかけていました。自分にできることはデザインしかないけど、Hirataの力を借りて僕もアプリをつくってみたいと思ったんです。
つながるなり、「ちょっと一緒にアプリつくんない?」「いいよ。いつから?」「明日から」と、トントン拍子に話が進みまして。何をつくるのかは全然決まらないまま、とりあえず翌日、2人で集まりました。そこで2016年当時にアプリ市場で盛り上がりを見せていた、脱出ゲームというジャンルに目をつけたんです。
Saito:まず、僕は設計事務所でデザイナーをしていたので、静止画の背景を軸に進む脱出ゲームでは、僕の知見を画像制作に生かせると考えました。
Saito:あと、両親からは「2か月以内にアプリ開発で結果を出せなければ、再び会社員として働け」といわれていたのも大きかったですね。技術的ハードルが高く、短期間でつくれないようなジャンルのアプリは避けなきゃいけなかったんです。その点で、ユーザーに人気のジャンルなのに開発コストは大きくない脱出ゲームが、僕らにはちょうどよかった。
Hirataもまだまだプログラミング初心者でしたし、複雑なゲームロジックのいらない脱出ゲームは開発に無理がなかったのです。
Hirata:作品の世界観やデザイン、謎解きのプロットまで、ゲームの核となる部分は全部、Saitoが担当。そして、彼が用意したプロットとCG画像をプログラマの僕が受け取り、C++環境あるいはUnityでゲームとして仕上げていきます。後は2人でデバッグ作業を行い、リリースするという流れです。この役割分担は、いまも変わりません。そうして1作目の『脱出ゲーム 1K』(以下1K)を1か月で制作し、公開しました。
Hirata:収益源は、ゲーム内のバナー広告。それから、謎解きに詰まった人に向けて、ヒントも用意しているのですが、ヒントを見る前には動画広告が流れてきます。これらを通して6万円ぐらい稼げればいい方かなと思っていたら、この『1K』だけで初月には100万円の売上を達成しました。
完全に予想外の大ヒットになったんです。
Saito:あたりまえのように聞こえますが、とにかくユーザーが不満を感じてしまうようなポイントを極力ゼロにしようとしてきたことが大きいのかなと思います。
まず『1K』のリリース前には、ユーザーが既存の脱出ゲームのどこに不満を抱えているのかを探りました。AppStoreのランキング上位100作ほどの脱出ゲームを片っ端からとにかくダウンロードして、2~3週間かけてほとんど寝ずに全部プレイし、レビュー欄のユーザーコメントにも一語一句、血眼になって目を通したのです。
各ゲームの低評価レビューを観察していると、フィードバックの傾向は大まかに2種類。「ゲームの雰囲気が不気味、怖い」もしくは「難易度が高すぎる」という反応が多いことに気づきました。
「じゃあ、その逆をつくれば低評価がつかないゲームになるじゃん!」と考え、「閉鎖感が薄く、謎解きが簡単なゲーム」というコンセプトを決めました。すると目論見通り、『1K』がヒットしたんです。
Hirata:ただ、2作目では欲をかいて、レビュー分析で得たはずの学びをふいにする過ちを犯してしまいました。「謎を解くヒントの閲覧時に流れる動画広告」のビュー数を増やすために、ゲームの難易度をかなり上げてしまったんです。すると期待とは裏腹に、プレイ途中での離脱率がかなり高まってしまい、2作目の収益は『1K』の半分になってしまいました。
Saito:「難易度が高すぎる」「謎解きのロジックがわかりづらく、爽快感がない」「もっとゲーム内のオブジェクトを増やしてほしい」。ユーザーの不満が爆発したためか、難易度以外にも言及した大量の低評価レビューも付いていきました。
それはつまり、改善の余地がいっぱいあるということ。収益半減で落ち込んでいたところ、何をなすべきかが見えて「このレビューで書かれている不満を全部解決したら、『星5』を付けてくれるんだな!?」と逆に燃え上がってきました。
それで3作目では徹底的に、低評価の原因となった点を潰したんです。難易度は下げ、仕掛けを増やし、謎解きの内容は「あ、わかったぞ!」との気持ちよさが得られるものになるまで何度も試行錯誤してみたんです。
そうしたら、前作は評定平均が星3.5ほどだったところ、3作目では星4.6にまで上向きました。狙い通りに増えた「星5」の数を見てまず思ったのは、「やっぱりレビューってすげえ!」ということ。「レビューを参考にしてゲームをつくるだけでこんなに良い結果が出るのだったら、これほど楽なことはないな」と。
以来、僕は毎日、休日だろうと起床後にはまず、アプリの新着レビュー全てに目を通すようにしています。新たな不満や、改善希望の声が届いていないか見ていて、ほんとうに”脱出”について考えない日はないくらいです。
Hirata:レビューで謎解きのプロットへの不満をキャッチして、アップデートですぐに対応したケースもありましたね。たとえば、ゲーム内の「糸」に、アイテムの「クワガタムシ」を組み合わせると、糸が切れる…という仕掛けを用意したときのこと。糸を切るのは、そのゲームの進行に必要なギミックでして。
遊び心で、大あごをハサミに見立て、「糸を挟んで切る」とのイメージで本物のハサミではなくクワガタムシを仕込んだんです。
これに対し、「クワガタで『切る』のは突飛でわかりづらすぎる」と指摘する星1レビューが2件ほど、付きました。やっぱり謎解きの爽快感は大事ですから、ごく一部の指摘だろうと、すぐに対処したい。慌ててSaitoと相談して改修し、翌日にはクワガタムシのアイテムをカッターナイフに差し替えたバージョンを配信しました。
Hirata: やたらと本数が多いのは、創業当初から1、2年間、朝から夜中までがむしゃらに開発をしていたからです。ゲームごとの内容のボリュームも、いまよりは短かったので、月1作のペースで配信していました。制作時間は次第に落ち着いていき、現在は平均して1年に4作ほどのリリースとなっています。
Saito:はい。「不気味じゃない脱出ゲームをつくろう」というねらいも原点にはあるので、どこかかわいらしさやキャッチーさがある雰囲気になるよう仕上げているんです。結果として、楽しい年中イベントや、「かぐや姫」「シンデレラ」といったおとぎ話など、さまざまなテーマを試してきました。
2021年からは、海外の観光地をモチーフにするゲームも増えました。きっかけは、コロナ禍による外出制限。「ちょっとでも旅行の雰囲気が味わえるようなゲームをつくれないかな」と思い、ギリシャ・サントリーニ島を舞台にした『脱出ゲーム サントリーニ』を制作してみたところ、とてもユーザーからの反応が良かったので、そのまま続けています。
Hirata:今年7月時点で累計、6億円を突破しました。
Hirata:でも、アプリビジネスというのはアプリ配信や広告プラットフォームの都合次第で、明日、いきなり収益がゼロになってもおかしくない世界です。「これでJammsworksは安泰だ!」との楽観視はまったくしていません。
実際、過去にAppStore側から、「同じような内容のゲームを、短期間に何本も出すな」と言われてしまい、3か月間、配信しようとした新作が全部リジェクトされてしまう時期があったんです。脱出ゲームばかりつくっていたのが、同じコンテンツの粗製乱造だとみなされてしまったようです。
Saito:この時期僕は求人情報誌を読んで過ごしていましたね。「これはもうダメかもな」と本当に焦っていましたから。
でも、3か月が経過したら、突然再び、アプリが審査を通るようになったんですよ。プラットフォーム側の内々でコンテンツポリシーに変化があったのか、実情は不明なままです。
Saito:最初は正直、「脱出ゲーム」は好きでもなんでもなかったんですけどね(笑)。
あくまで、生きるため、涼しい部屋でお金を稼ぐための手段でしかなかった。でも、いつの間にかJammsworksのゲームにファンができて、リリースするたびにすごく喜んでもらえるようになって。うれしいことに「いつも素敵なゲームをありがとうございます」と、手書きのファンレターが郵便で届いてくることもあるんですよ。
新作を待ち望む声も聞こえてくるようになるうち、気がつくと2人とも、「脱出ゲーム」づくりそのものが好きになっていた。だから、可能な限り新作をつくり続けていきたいんです。こんな思いを抱くようになるとは、当初、想像もしませんでした。
Saito:次に脱出ゲームを公開すると、ちょうど50作目になります。そのままキリよく、リリース数「100」を目指していきます。「Apple Vision Pro」など最新のMR・VR端末向けに、没入感の高い脱出ゲームもつくってみたいですね。
Hirata:僕は、もっといろんな人に遊んでもらいたいです。いまは、8割のユーザーが日本の方。海外でもヒットさせることができたら…と思っています。
Saito:脱出ゲームというジャンルの良いところをひとつ挙げると、せりふが一切なくとも作品が成り立つんですよ。特に僕らのゲームで日本語が出てくるのは、UI内の短い文言やヒントの説明だけ。
ローカライズの手間がほとんどなく、世界中の人から遊んでもらえるチャンスがありますし、老若男女誰でも楽しめるジャンルなので、まだまだプレイヤー数を増やしていきたいですね。
取材・執筆:白石 倖介
編集:田村 今人、王雨舟
撮影:曽川 拓哉
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