「情報 I・II」を学んだ高校生の技術レベルってどのくらい? 元エンジニア校長にホントのところを聞きました【フォーカス】

2024年5月22日

工学院大学附属中学校・高等学校 校長

中野 由章

芝浦工業大学大学院工学研究科修了(電気工学専攻)。日本アイ・ビー・エム大和研究所を経て、1993年から教職の道へ。三重県立尾鷲工業高等学校や大阪電気通信大学など、多様な機関で教鞭を執り、教育と情報科学を専門分野として研究を重ねる。2021年より現職。情報処理学会の初等中等教育委員会委員長も務める。愛称は、日本IBM時代に同僚に付けられた「ジョニー」。明確な由来はない。
工学院大学附属中学校・高等学校

高校における情報教育のあり方が、大きく変わろうとしています。2022年度から高等学校の共通必履修科目として新設された「情報 I 」は、2025年度からは「大学入学共通テスト」や一部大学の入試で選抜に用いる科目として選択可能になります。また、2023年に選択科目として新設された「情報 II」は、これまでとは比較にならないほど高度な内容だとしてネット上でたびたび注目を集めています。

実際のところ、その教育レベルはどの程度のものなのでしょうか。ひょっとすると、普通科高校で情報の授業をしっかり受講するだけで、「基本情報技術者試験」や「応用情報技術者試験」を突破できる、なんてこともあるのでしょうか?情報処理学会の初等中等教育委員会委員長であり、工学院大学附属中学校・高等学校では現役校長を務める中野由章さんに、ズバリ「情報 I・II」の真価について聞いてみました。

社会のデジタル化に呼応して高度化した情報教育

――本日はよろしくお願いいたします。結論から、現行の学習指導要領で定められた「情報 I」と「情報 II」を履修することで、高校生が達する技術的知識や水準はどの程度のレベルだと思いますか?

中野:これはあくまで僕個人が各社の教科書や教育現場を見て得たイメージです。そして、「情報 I」と「情報 II 」は本来、特定の試験に合格することを目的とした科目ではありません。

その上で、あえて国家試験に例えてわかりやすく言うならば、まず必履修科目の「情報 I」を履修すると「ITパスポート試験」はかなりの確率でクリアでき、さらに「基本情報技術者試験」に受かる生徒も一定数出てくるレベルだと思います。

また選択科目「情報 II」を履修した場合は、基本情報ぐらいなら安定して合格可能で、さらに授業に加えて自主学習にも力を入れている場合は、応用情報も合格できる生徒が出る水準ではないでしょうか。

――なんと、高校ながら高いレベルの学習内容なのですね。このような水準の情報教育は、昔から行なわれてきたのでしょうか?

中野:まず、高校の新しい教科として正式に情報科が設置されたのは、2003年度の「情報 A ・ B ・C」※1にまでさかのぼります。

20年以上の歴史があるわけですが、ここまで成熟するまでの過程は、決して平坦な道のりではありませんでした。なぜなら、情報教育の現場では、長らく、論理的思考力、実践的なプログラミングスキルを育むための授業というより、市販ソフトの使い方と、情報化社会における倫理的な振る舞いを学ぶ授業が跋扈していた時代が続いたからです。

情報科で教員が教えてきたのは、専らMicrosoft Excelで表計算をする方法といった基礎的なパソコンの使い方や、「インターネット上に個人情報・悪口を書き込んではいけませんよ」といったネットリテラシー。情報技術の表層的な利用の部分に、教育内容が留まってしまっていたわけです。

(※1)
「情報 A 」:情報を主体的に活用する学習を重視
「情報 B 」:情報の科学的な理解を深める学習を重視
「情報 C 」:情報社会に参画する態度を育成する学習を重視

――そのような時代が続いたのはなぜですか?

中野:実際問題として、2000年代には、そもそも情報科の内容をきちんと指導できる教員の数が不足しており、他教科の教員が任されるケースも多かったです。何より、日常生活で人々が情報端末に触れる機会がいまよりは断然少なく、教員と生徒双方のITリテラシーが、データ分析やプログラミングを学べるレベルに届いていなかったのが最大の理由です。

その後、急速に進んでいった社会のデジタル化の流れを受け、2009年に、新たな改革がありました。科目編成がそれまでの「情報 A・B・C」から、IT社会における心構えや倫理を教える「社会と情報」と、プログラミングのさわりも少し含まれた「情報の科学」※2へと改められました。

が、それまでの教育内容とあまり大きな変化は起こらなかったのが実態です。スマートフォン黎明期ですし、SNSによるトラブルが社会問題として注目されるような時代だったので、結局、学校は「社会と情報」の方を、選ぶケースが多かったんです。

知っての通り、その後はスマートフォンやパソコン、高速な光回線が各家庭に浸透し、誰しもがデジタル技術に親しむようになりました。また産業界からは、高度なデジタル人材を必要とする声も多く聞こえるようになりました。こうした背景から、2022年度から実施されている新学習指導要領に基づいて今回の「情報 I」と「情報 II」が設置されるようになったのです。

(※2)
「情報の科学」:「情報 B 」の内容を柱として再編
「社会と情報」:「情報 C 」の内容を柱として再編

――「情報 I 」と「情報 II」の設置は具体的にどのような変化をもたらしたのでしょうか?

中野:「情報 A・B・C」にしても、「社会と情報」「情報の科学」にしても、それぞれの科目は「横並び」で設置されていました。学校側がそれぞれからどれかひとつを選んで生徒に履修させるようになっていました。ということは、情報の科学的な理解やプログラミングなど、高度な領域は学校側が自由に避けられるし、実際そうなるケースが多かったんです。

その点、現在の科目設置では「情報 I」が生徒の誰もが受ける必履修科目でありつつ、その指導領域はプログラミングにまで及んでいます。ネットリテラシーの学習に留まらない高度なPC活用を、皆さんが必須で勉強することになったのです。

さらに、より高度な知識の習得を目指す生徒は、情報システム構築に必要な実践的手法などが学べる「情報 II」を、選択科目として履修できるようになりました。

現役エンジニアは来たる「情報 I・II履修世代」に備えよう

――では教育上の観点から、生徒にとって、「情報 I」を必履修科目として学ぶ意義は何だとお考えですか?

中野:「情報 I」は、コンピュータの仕組みを知り、初歩的なプログラミングにチャレンジしてもらうことで、社会で役立つ基礎的な素養を培う教科ですが、単なるシステムエンジニアやプログラマの養成教育科目ではありません。

この科目の本当の意義は、物事を深く学ぶための「基礎」を強固にできることだと、僕は考えています。

——どういうことでしょうか?

中野:あらゆることを学ぶには、前提となる能力というのがあります。その点で、物事を考えるのに必要な、根本的な思考力を身に付け鍛えられる「国語」こそが基盤となる教科だと僕は考えています。いわば、他の科目を学ぶための「地盤」です。

この国語という「地盤」の上に、学習を効率よく進められる基礎的なスキルを固められるのが「情報I」だと思うんです。

単純な計算はもちろん、理科で行った実験の結果を自分なりにまとめてプログラムで分析してみたり、社会科を学ぶ過程で生まれた疑問を自分で解決するべく実践的な調査ができたりする、そんなスキルが身に着けられるわけです。

つまり、「情報I」をマスターすることは、生涯にわたってあらゆる知識をもっと効率的かつ深く学べるようになることだと考えています。

――だとすると、「情報 II 」を学ぶ意義はどう捉えればいいですか?

中野:まず「情報 II」は、より高度な情報工学やコンピュータサイエンスを学ぶための教科です。もちろん、技術者の道を志す生徒にとっては有用な科目ですが、そうでない人にとっても、教養として学ぶ価値があります。

エンジニアを目指さなくても、社会において重要な位置を占める情報分野について高度な知識を身に付け、自ら体験し、「こんな世界もあるんだ」と理解するだけで、多角的な視点から物事を考えられるようになり、人生が豊かになりますから。

――「情報 I 」や「情報 II 」を学んだ生徒が、近い将来、社会へ羽ばたいていくことかと思います。現役エンジニアは、どんな心構えで彼らを迎え入れるべきでしょうか?

中野:高校の話ばかりしていましたが、昨今は中学生でも計測制御プログラミングやネットワークプログラミングを学ぶ時代です。そして高校で高度な内容を理解した生徒が、大学や専門学校に進み、やがて社会に出てくる。

従来珍しくなかった「社会に出てから初めてプログラミングを学んだ人」に比べると、やがて社会にやってくる人材の、情報知識に関する土台の強固さは段違いですから、「所詮新卒1年目だから」と侮れなくなります

必然的に新人研修の内容はレベルアップが求められるでしょうし、講師役を務める現役のエンジニアも、心して指導に当たらなければならなくなる。

また手厚い基礎教育を施された若者が世に出ることによって、現役エンジニアの成長意欲が刺激されるのであればそれはそれで素晴らしいことでしょうし、引いては現場経験を積んだベテランと、基礎教育を学んだ若手が、連携して切磋琢磨する環境が生まれるといいでしょうね。

長年IT教育の充実に尽力してきた者のひとりとして、彼らがともに手を携え情報社会の未来を築いてくれたら、と願っています。

「情報 I・II」の教科書が企業の新人教育にもうってつけ?

――ネット上では、「情報 II」の指導教材が想像より優れているとたびたび評判になるのを見かけます。現役のエンジニアにお勧めできる活用法はありますか?

中野例えば、新卒1年目のエンジニアや技術営業の新人教育に「情報 I 」や「情報 II 」の教科書を活用するのはかなりお勧めできます。教科書を通読すると、情報社会の進展を俯瞰的に学べるのはもちろん、プログラミングやデータサイエンスの基礎、さらに情報システムのありようまで体系的に学べるからです。

また「情報 II 」では、システム要件の定義やプロジェクトマネジメント手法など、実務に直結するノウハウにも触れられているので、かなり実践的な内容といえます。特にSEやSIer営業として活躍するためには、実務経験や業界や業務知識に加え、顧客の要望を踏まえた課題提案も必要です。「情報 I 」や「情報 II 」の教科書を学ぶだけでは一人前の技術者にはなれませんが、そこに至る事前準備としてはかなり使えるものだと思います。

――文系学科出身などで、専門教育を受ける機会がなかった現役エンジニアが、「情報 II」の教科書を読むことで、何らかの気づきが得られることもありそうですね。

中野:そうですね。エンジニア自身の学び直しにも有益だと思います。教科書は、執筆に1年、検定に1年、採択までに1年と、完成まで少なくとも3年は要するので、最新情報こそ掲載されていませんが、複雑な内容をわかりやすく伝えるノウハウが詰まった「叡智の結集」であるのは間違いありません。

カバレッジが非常に広く、体系的に学べる設計が行き届いているので、実務で養った知見を整理するのはもちろん、誤った理解を正したり、抜け落ちていた知識を得たりする上でも有益に作用すると思います。

――ちなみに「情報 I 」「情報 II 」の教科書は一般に市販されているんですか?

中野:はい!教科書の取扱店や販売サイトを通じて一般の方でも購入できます。送料別で、おおむね1000円前後で入手できます。教科書取扱会社から構成される「全国教科書供給協会の公式サイトから、お住まいの地域にある各取扱企業のサイトに飛べますよ。

出版社や教科書ごとに、図解の多さが変わったりと、細かい内容は異なりますが、学習指導要領に準拠しているので、カバーしている内容自体は変わりません。

また、文科省が無料で公開している各種「教員研修用教材もかなり上質なコンテンツなので、ぜひ参考にしてほしいです。

中野校長お勧め 教科書以外に、「情報 I・ II」 を学べる教材

教科書副読本
教材名解説(編集部)
『キーワードで学ぶ最新情報トピックス 2024』(日経BP)教科書には記載できない具体的なサービスを挙げた解説が充実。毎年更新されるため最新トレンドを押さえることも可能。(中野さんも監修として編纂に参加)

文部科学省による公開教材
教材名解説(中野校長)
高等学校情報科「情報Ⅰ」教員研修用教材文部科学省が特定の教科・科目のためにここまで支援してくれているのは異例。
【情報Ⅰ】授業・解説動画聞き手と話し手に分かれて、Q&A形式で解説されるので、とても理解しやすい。
情報Ⅱ解説動画(同上)
実践事例高校での授業実践事例がわかるので、企業内研修計画にも大いに役立つ。
生徒用コンテンツ新入社員の導入自習教材としてもそのまま使える、便利なコンテンツが勢揃い。

取材・執筆:武田敏則(グレタケ)
編集:田村今人・王雨舟
撮影:赤松洋太

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