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2026年3月10日


1979年福島県相馬市生まれ。相馬市在住。タイトルにある「ミジンコ」は、サインに添えて素早く描けるシンプルなイラストとして採用したものであり、同時に「常に初心を忘れない」という自戒も込めています。2001年に『ハッカーの教科書』(データハウス)を上梓。情報・物理的・人的の観点から総合的にセキュリティを研究しつつ、執筆を中心に活動中。その集大成として2026年1月に『サイバー忍者入門』(翔泳社)を刊行。主な著書に『ハッキング・ラボのつくりかた 完全版』『暗号技術のすべて』(翔泳社)、『ホワイトハッカーの教科書』(C&R研究所)などがある。
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Blog:「Security Akademeia」
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はじめまして、IPUSIRON(@ipusiron)と申します。
本連載「ミジンコの読書案内」では、私がこれまでに読んできた書籍からテーマごとのおすすめ本を厳選して紹介します。記念すべき第1回のテーマは「暗号技術」です。
暗号と聞くと「難解」「高度な数学」という印象を持つかもしれません。しかしその本質は、暗号をつくる者と破る者の知恵比べにあります。歴史と人間が交差する、極めて刺激的な分野なのです。
私は大学院で現代暗号を研究してきましたが、近年は歴史を学ぶ過程で古典暗号の奥深さにも強く惹かれるようになりました。理論と歴史の両面から暗号を捉え直したいという思いが、本テーマの出発点です。
今回紹介するのは以下の5冊です。現代暗号が2冊、古典暗号が3冊になります。
ちなみに、最近の私は、生成AIを駆使して古典暗号文を解読することに没頭しているため、古典暗号寄りの選書になっています。それもまた暗号の楽しみ方のひとつの形として受け止めていただければ幸いです。
読む順番に決まりはありません。効率よりも「面白い」と感じる本から始めてください。ワクワク感こそが、やがてぶつかる技術の壁を越える原動力になります。
本書は、「読める」「使える」「見える」「楽しめる」の観点から、古典暗号から現代暗号まで、暗号技術の全体像を体系的かつ丁寧に解説した一冊です。
特筆すべきは、暗号技術の解説において、一貫してまず処理の入出力に注目し、次の段階で内部処理を解説するスタイルを採用している点です。内部処理をブラックボックスとすることで、議論の見通しがよくなります。必要に応じて内部の数学的な仕組みを理解すればよい構成になっています。そのため、高校生レベルの数学があれば十分に読める内容です。
さらに、特典PDF「もっと知りたい暗号技術」では、エニグマについても詳しく解説しています。エニグマの仕組みは非常に複雑ですが、ペーパーエニグマやエニグマシミュレーターを活用しながら、暗号化の過程をわかりやすくトレースしていきます。
教科書として読むのもよし、辞書として傍らに置くのもよし、親子でペーパーエニグマを自由研究にするのもよし、さまざまな楽しみ方ができるはずです。

▲『現代暗号入門 いかにして秘密は守られるのか』神永正博 著、講談社
本書は、まず「まえがき」から強く引き込まれます。
暗号は数学技術の塊だ。だが、いわゆる純粋数学者が好むような格調高い領域ではなく、なんでもありの雑多な世界である。(p.3)
著者はこのように述べています。さらに、この分野には数学出身者、電気工学を学んだ人、ハッカー、技術オタクの会社員、政府諜報機関の役人、さらには犯罪者まで、「多種多様な蛮族」が棲んでおり、暗号業界には混沌とした魅力があると、主張しています。
本書は、ブルーバックスらしく平易で読みやすい構成が魅力的であり、自然と現代暗号とその攻撃手法について理解が深まります。とりわけ注目すべきは第5章「サイドチャネルアタック」です。ICチップの消費電力など副次情報から鍵を推定する手法は、理論だけでは守れない現実を突きつけます。
私は10代の頃からブルーバックスの愛読者でした。ブルーバックスの暗号本としては『暗号の数理』が有名ですが、本書はより現代暗号寄りの内容で、実際に発見された弱点の解説も充実しています(耐量子暗号には触れていません)。
本書を通じて現代暗号に関心を持ったなら、より専門的な書籍や論文に挑戦してみるのもよいでしょう。理論と現実が交差する暗号の世界を知るための、格好の入門書です。

▲『暗号解読 実践ガイド』Elonka Dunin, Klaus Schmeh 著、Smoky 協力、IPUSIRON 翻訳、マイナビ出版
本書は単なる技術書を超え、読み物としても深い面白さを持っています。暗号解読の歴史には数々のドラマがあり、未解読暗号の謎は今なお多くの人を惹きつけます。
本書を読み進めることで、暗号がどのように使われ、どのように破られてきたのかという物語に没入できるはずです。
翻訳の依頼がきた当初、私は原書『Codebreaking: A Practical Guide』というタイトルに惹かれながらも、「なぜ今、古典暗号の本なのだろう?」という率直な疑問を抱きました。しかし、実際に読み始めてみると、原書は読みやすい文体で書かれており、翻訳を進めるうちに古典暗号に強く惹かれていきました。
本書では、絵はがきに書かれた暗号文、教会の祭壇に刻まれた碑文、タバコケースの暗号、NSAマンデー・チャレンジなど、多彩な暗号文が登場します。
特にゾディアック・キラー暗号は未解決暗号文で有名でしたが、初版出版直後に解読され、その顛末が後刷り版の付録として収録されました(※)。古典暗号が現在進行形の分野であることが実感できます。
※日本語版はその後刷りの翻訳ですので、付録に「2番目のゾディアック・キラー・メッセージであるZ340はどのように解読されたのか」が掲載されています。

▲過去の登壇資料「古典暗号のビジュアル解読法 ー生成AIツールで挑む暗号文の謎解きー」より。Z340暗号文の画像出典はFBIによる捜査資料「The Zodiac Killer Part 05」
ページをめくる手が止まらなくなる体験を、ぜひこの本とともに味わってください。暗号の歴史と実践を同時に楽しむ知的冒険へと、あなたの好奇心が解き放たれるはずです。

▲『名探偵コナンの暗号博士: まんがで学べる!コナン博士シリーズ』青山剛昌 原作、小学館
本書は、古典暗号を学ぶ入口として極めて優れた一冊で、児童向けという枠に収めてしまうには惜しい内容です。
老若男女に愛される「名探偵コナン」の物語に登場する暗号が提示され、読者はコナンとともに読み解く体験を重ねていきます。分置式暗号、シーザー暗号、単一換字式暗号、書籍暗号、隠語、スキュタレー暗号、上杉暗号など、主な古典暗号が自然な導線で整理されています。
特筆すべきは、その徹底した「かみ砕き方」です。複雑に見える暗号の本質を、子どもでも理解できる水準まで丁寧に分解しています。しかし単なる簡略化ではありません。専門家ほど「そこを押さえるのか」と気づく、本質を射抜いた視点が随所に織り込まれています。
さらに重要なのは、マンガ内の犯人やトリックは明かしておらず、ネタバレにならない点です。コナン本編を読んでいない人でも安心して楽しめます。

▲『コードブレイカー――エリザベス・フリードマンと暗号解読の秘められし歴史』Jason Fagone 著、小野木明恵 翻訳、みすず書房
暗号史を語るとき、「近代暗号学の父」として知られるウィリアム・F・フリードマンがしばしば取り上げられます。しかし、その陰で同時代を切り拓いていた存在こそ、妻のエリザベス・スミス・フリードマンでした。彼女は夫に引けを取らない実績を残し、分野によってはそれ以上ともいえる成果を残しています。ただし、その多くは国家機密に関わるものであり、長らく機密指定されていたため、一般にはほとんど知られてきませんでした。
本書は、そうしたエリザベスの足跡を丹念に掘り起こした一冊です。フリードマン夫妻の一風変わった、しかし知的で魅力に満ちた生活が、単なる伝記的記述にとどまらず、生き生きとした臨場感をもって描かれています。
以下の写真は、私の蔵書から本書(左)と関連する一冊を並べたものです。

▲(左から)エリザベス視点の『コードブレイカー』とウィリアム視点の『暗号の天才』(ロナルド・クラーク 著、新庄哲夫 翻訳、新潮社)
帯文からもわかる通り、『暗号の天才』はウィリアム・F・フリードマンの伝記です。奥付を見ると1981年1月刊行、同年4月には早くも5刷となっています。発売直後に増刷を重ねたことを示しています。現在は絶版のため中古での入手となりますが、もし手に入るなら、ぜひ2冊を読み比べてみてください。同一分野を別視点から描いた本を読むことは、立体的な理解につながる有効な読書法です。
私は長年、古典暗号から現代暗号までを追い続けてきましたが、技術だけでは歴史は語れないと痛感しています。
本書は、その人間的側面を真正面から描き出しています。暗号を学ぶ人にも歴史に関心のある人にも、強くおすすめしたい一冊です。
定番書や絶版本は今回の選書から外しました。とはいえ、触れないわけにはいかないので何冊かピックアップして紹介しておきます。
暗号をテーマにしたミステリーは、推理の楽しさを存分に味わえる人気ジャンルです。なかでも、これから読む方にぜひおすすめしたい「定番作品」がいくつかあります。
これらの作品はいずれも古典的名作のため、入手しやすいという特徴があります。文庫本は比較的安価です。青空文庫でも無料公開されています。また、原作を英語でも読みたい場合は、Project Gutenbergで探してみてください。
なお、「踊る人形」暗号については私自身、「DancingMen CipherLab」というツールを自作し、公開しています(※)。作品の中でシャーロック・ホームズが解読した「踊る人形」暗号をWebブラウザー上で体験できますので、小説を読みながら体験してみてください。
※このほかにも、私のWebサイト内の「生成AIで作るセキュリティツール100」で暗号に関するツールを多数公開しています。
以降に紹介する本は、いずれも現在は絶版となっています。そのため、新刊での入手は難しい状況です。もし古書店やフリマサイトなどで安価に見かけたら、迷わず手に取ることをおすすめします。

▲(左から)『暗号解読事典』(フレッド・B・リクソン 著、松田和也 翻訳、創元社)と『暗号事典』(吉田一彦 著、友清理士 著、研究社)
『暗号解読事典』と『暗号事典』は、古典暗号について日本語で読める、いわば百科事典的な存在です。『暗号解読事典』は暗号の種類ごとに分類したうえで解説しています。つまり、調べたいキーワードがある場合は索引から辿ることになります。
一方、『暗号事典』は、項目が「あいうえお」順に並んでいます。つまり、本当の辞書のような構成です。特定の用語を調べたいときにすぐ引けるため、リファレンス(参照用)として非常に使いやすいつくりになっています。

▲(左から)『暗号の話』(田中潤司 著、徳間書店)、『暗号の秘密』(長田順行 著、星雲社)
『暗号の話』と『暗号の秘密』は、一般向けに書かれた暗号の入門書です。発行は1970年前後です。当時はまだ現代暗号(コンピュータを前提とした暗号理論)が広く知られておらず、書籍の中心は古典暗号でした。つまり、これらの本は「古典暗号が主流だった時代」を反映した一冊といえます。
現在でも比較的入手しやすく、古書店やフリマサイトなどで見かけることがあります。専門書というより、暗号の面白さを広く伝えることを目的とした内容なので、読みやすい構成になっています。
また、実際に読んだ本を見ると、付箋を数多く貼っています。これは、それだけ気づきや発見が多く、印象に残る箇所があったということです。

▲表紙のイラストが印象的な『基礎暗号学Ⅰ』『基礎暗号学Ⅱ』(いずれも加藤正隆 著、サイエンス社)
最後に紹介する『基礎暗号学』は、古典暗号を学術的な立場から解説した専門書です。これまで紹介してきた物語作品とは異なり、暗号の面白さをストーリーで味わうのではなく、その仕組みや構造を理論的に理解することを目的としています。
表紙には、ポルタ連字暗号の暗号表が描かれています。20×20のマトリクス(行と列で構成された表)になっており、本書が古典暗号を体系的・数学的に扱っていることを象徴する、印象的なデザインです。
今月は「暗号」をテーマに5冊を選びました。
理論やアルゴリズムだけでなく、その背後にいる人間や時代背景まで視野に入れると、暗号は単なる技術ではなく、知性と歴史が交差する営みであることが見えてきます。
今回の選書が、暗号を単なる技術としてではなく、その構造と背景まで含めて理解する視点につながれば幸いです。
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