最新記事公開時にプッシュ通知します
2026年1月28日


株式会社ビットキー エンジニアリングマネージャー
新卒でWEB・iOSエンジニアとしてキャリアをスタート。マネージャーを経て、2社目ではスクラムマスターやエンジニアリングマネージャーの育成も経験。
現在は株式会社ビットキーのエンジニアリングマネジメント室(EMO)に所属する。組織開発、技術広報、採用をミッションに掲げるEMOでは、スクラムマスターとしてのチーム支援、技術広報の評価・計画・業務プロセスの立ち上げ、開発者採用の推進、業務改善、評価指標の作成など、その時々で組織の成長に最も貢献する役割を柔軟に担う。
X: @pauli_agile
第1回では「なぜ引継ぎがうまくいかないのか」、第2回では「引継ぎの準備と計画」についてお伝えしました。最終回となる今回は、いよいよ実践編。
「後任者が自走できるようになるためのコミュニケーション」について深掘りします。
引継ぎ期間中、前任者である私たちはつい「先生」になってしまいがちです。
しかし、目指すべきは「先生と生徒」の関係ではなく、後任者が一人で判断し、行動できる状態(自走)です。
そのためには、フェーズに応じて「教える」から「支援する」へと、関わり方をグラデーションのように変化させていく必要があります。
今回は、その具体的なコミュニケーションの場づくりと、後任者の心理的ハードルを取り除く実践的な対話のアプローチをご紹介します。

▲本記事で解説する引継ぎプロセス
第2回で作成した「Risk-Effortマトリクス(業務の難易度とリスクによる分類)」は、単なる業務整理のツールではありません。これは「今、どのようなコミュニケーションを取るべきか」を判断する羅針盤になります。
多くの人が引継ぎでやりがちな間違いは、すべての業務を一度に「やってみて」と任せたり、既にこなせる業務にも事細かに口出ししてしまったりすることです。
マトリクスの象限に合わせて、以下のようにサポートの深度を変えていきましょう。
※ 以下行動指針として The Five Steps of Leadership Development から引用
ここはいきなり任せてはいけません。「私がやり、君が見て、話し合う(I do. You watch. We talk.)」のスタンスです。
単に見せるだけでなく、「なぜその判断をしたのか」という思考プロセスを口頭で実況しながら作業を行います。
そして作業後には「どう見えたか」を話し合い、認識のズレを埋めます。
ここでのコミュニケーションは「レクチャー(実演と解説)」が中心です。
ここが引継ぎの主戦場であり、「君がやり、私が手伝い、話し合う(You do. I help. We talk.)」に移行する部分です。
ここでは「答え」ではなく「問い」を投げかけるコミュニケーションが重要です。
後任者がつまずいたとき、すぐに正解を教えるのではなく、「このエラーが出た時、どこを確認すべきだと思う?」「以前のあのケースと似ているけど、違いは何かな?」と問いかけ、後任者の思考のナビゲーションを行います。
またストレッチゾーンであると整理したとしても、蓋を開けてみたら想像以上の負荷だった。なんてこともあります。
そのため、ストレッチゾーンなタスクを実施中は、「期日のN日前に中間報告をする」や「毎週〇曜日に相談時間をとる」などして、SOSを出しやすい環境にしておくことで、過負荷になることを防ぎましょう。
「君がやり、他の誰かが見る (You do. Someone else watches.)」、つまり完全な委譲です。
報告も「完了しました」だけで済ませ、信頼して任せます。
ここで細かく口出しをすると、後任者のやる気を削いでしまうので注意が必要です。
ただし、この領域のタスクばかりでは成長が止まってしまいます。
慣れた業務で空いたリソースを「2. ストレッチゾーン」へ振り向けるよう促し、後任者の継続的な成長を後押ししましょう。
方針が決まったら、次は具体的なアクションです。
サポートの深度を決めて業務を渡すだけでは不十分であり、後任者に適切な距離感で関わることが必要です。
私が実践して効果的だったのは、以下の3つの場をセットすることです。
配属から最初の1ヶ月間は、毎日の夕会を設定します。
前任者の会議が多い日であっても、少なくとも1日1回は同期的な時間を確保することで、業務の進行状況だけでなく、感情や体調の微細な変化をキャッチアップするためです。
ここでは、一般的な振り返りフレームワーク「YWT(※)」を拡張した「YWWT」を用います。あらかじめ後任者にMiroなどのホワイトボードツール上で、「やったこと(Y)」「わかったこと(W)」「わからなかったこと(W)」「明日以降試したいこと(T)」の4つの項目を埋めてもらい、対面で15分程度、話します。
※YWT…日本能率協会コンサルティング(JMAC)が開発した振り返りの手法。YWTは「やったこと」「わかったこと」「次にやること」の頭文字をとった略称。
ここでのポイントは、あえて「わからなかったこと」を項目化している点です。
私はいつも、「オンボーディング資料も未完成だから、『わからないこと』は資料を改善するための貴重なフィードバックとして教えてほしい」と伝えています。
こうすることで、後任者は「自分の理解不足」を責める必要がなくなり、「チームへの貢献」として堂々と質問ができるようになります。
この習慣は、引継ぎ期間が終わった後も「困った時にすぐに声を上げられる」健全な関係性の土台となります。
また「明日以降試したいこと」は改善の第一歩です。これが更新されない = 対応できていない状況というのは、業務過多で本人の自律的な向上意識を封じてしまっているシグナルとして捉えられます。
前任者としては、「わからないこと」をなくし、「明日以降試したいこと」が日々更新されるような環境づくりを意識しましょう。
2つ目は、日々の業務とは別に、第2回で設定した「〇〇’s Story(期間内での到達目標)」の進捗を確認する場です。期間は四半期や半期など、会社の評価期間と合わせると管理しやすく、かつ長期的な視点でキャリアを語りやすくなります。
この場では、達成できたかどうかの点数や完了率を確認するだけでなく、「過去の自分との比較」を行います。
ホワイトボードツール上に、期間開始時の状態(Risk-Effortマトリクスやスキルマップ)のスナップショットを保持しておき、現在の状態と横並びにします。
「3ヶ月前はここが『パニックゾーン』だったけど、今は『コンフォートゾーン』になったね」と視覚的に確認することで、後任者は自身の確実な成長を実感し、次の挑戦への意欲を高めることができます。
引継ぎが進むにつれ、後任者の「Will(やりたい)」や「Can(できる)」や、環境の変化による「Should(すべき)」は変化していきます。
そこで、月に1回程度、整理した業務群を見直し、タスクの整理とともに後任者の本音( Will や Will not )を拾い上げます。
「やりたくない( Will not )」けれど「やるべき(Should)」業務を見つけた場合、私は「一緒にAIやRPAで自動化する」という選択肢をとります。
特に引継ぎ初期の段階で、単に「これ、自動化しておいて」と突き放してしまうと、後任者はもやりたくない業務に向き合う時間を負担と感じることから意気消沈したり、技術的なハードルにつまずいて孤独感を深めてしまったりしかねません。
そのため、あえてペアワークの時間をとり、ワイワイと会話しながら一緒に自動化の仕組みをつくります。
これにより、後任者の心理的負担(退屈な作業への嫌悪感)を取り除くだけでなく、「一緒に課題を解決した」という成功体験をつくり、後任者が本当に注力したい「Will」の領域に集中できる環境を整えます。
最後に、良かれと思ってやってしまいがちですが、後任者の成長を阻害する4つのアンチパターンを紹介します。これだけは絶対にやらない、と心に決めておきましょう。
引継ぎのゴールは、前任者の完璧なコピーをつくることではありません。
後任者が、その人自身の強みを活かして、「役割のミッション」を達成できるようにすることです。
そのため 、「私ならこうするのに」という思考に陥らず、後任者のやり方を尊重しましょう。
そもそも「私ならこうする」という考えは、相談を受けた際、その課題に対する前任者の価値観、現在の状況、保有スキルといった前任者個人の変数によって導き出された解でしかありません。
かといって、もちろん、業務の品質を落として良いわけではありません。
達成すべき品質レベルは明確に合意した上で、そこに至るプロセスは後任者の裁量に任せる勇気が必要です。
私はこの点を非常に重視しており、後任者にも必ず伝えるようにしています。
例えば、技術広報業務の後任者であったひらったー氏へは、私からも私の上司からも「あなたはパウリ(筆者)にならなくて良い」と明確に伝えました。
これは、それまでの技術広報の業務プロセスには、私個人の特性が多分に含まれていたからで、これをそのまま他者へ強要することはストレスを与えかねないと理解していたからです。
結果として、現在は彼の興味関心の変遷を元に業務調整することで、常に期待する成果を出し続けることができています。
ただし、例外もあります。
もし後任者本人が明確に「教えてほしい」と言っており、かつ対話の中で「当人が当該領域の専門性をまだ有していない」とお互いが認識している場合です。
このような時に、本人の中にまだ存在しない答えをコーチング的な手法で引き出そうとすることは、時に後任者へ過度なストレスを与えかねません。
「早く自走してほしい」「全体像を把握してほしい」という善意から、ついつい持っている業務をすべて一気に渡そうとしてしまいます。
しかし、整理されないまま大量のインプットを浴びると、後任者は「過学習」のような状態に陥ります。
その結果、本来なら判断できる簡単な局面ですら「他にも考慮すべきことがあるのでは?」と、変数が多すぎるあまりに逡巡してしまうのです。
この問題は、第2回で触れたRACI図やRisk-Effortマトリクスで考えるとわかりやすいでしょう。
「一度にすべての業務を任せた状態」とは、RACI図でいうところの実行責任(R=Responsible)と説明責任(A=Accountable)を、いきなり全て後任者のボックスに移した状態を指します。
前任者としては「任せてみて、失敗したらフォローすればいい」と考えがちですが、後任者からすると、どの領域は相談(C=Consulted)し、どこは実行責任(R=Responsible)だけで良いのかの境界線も曖昧なままになっているかもしれません。
もちろん失敗を許容する文化は大切ですが、任せすぎた結果として「本来回避できたはずの失敗」を経験させ、挑戦に対する苦手意識を植え付けてしまっては本末転倒です。
したがって、まずはRisk-Effortマトリクスなどに頼りつつ意図的に範囲を絞ることが重要といえます。
成功体験こそが、次の意欲を生み出します。
あえて「合意の上で徐々に渡す」ことで、後任者は迷いなく目の前の成長に集中できるようになるのです。
説明しづらいスキルにおいて、つい「これは経験を積むしかない」 と言いたくなる瞬間、ありますよね。
しかし、その言葉は往々にして「自分でも言語化できていない」という事実に蓋をするための便利な言い訳になってしまっているかもしれません。
スポーツで例えてみましょう。短距離走の指導者は、ただ「走って慣れろ」とは言いません。速く走るためのフォームや重心移動の理論(形式知)を教え、選手はそれを意識しながら走り(経験)、その結果を振り返って改善します。
ビジネスの引継ぎも同じはずです。形式知の伝達がないままの「経験」は、ただの「非効率な手探り」でしかありません。
私が学習していく中で痛感するのは、「自身がぶつかっている問題は、世界のどこかの誰かが既に解決策を見つけている」という事実です。
真に「経験するしかない」人類未踏の問題など稀であり、ほとんどは自身の調査、思考力、言語化いずれかが不足しているに過ぎません。
では、思わずこの言葉を使いそうになった時、どうすればいいのでしょうか。
それは以下の3ステップで「誠実な対話」へと転換することです。
まずは、「すみません、今この部分は自分も上手く言語化できていませんでした」や「正直に言うと、この領域の専門知識は不足しているので即答できません」と素直に伝えます。
後任者に「頼りない先輩」だと思われる恐怖があるかもしれません。
しかし、専門性の弱さや知識不足をオープンにすることは、心理的安全性を高め、結果として「弱さを共有できる強いチーム」をつくります。
まずは、AIの壁打ちなどを活用してでも言語化を試み、それでも難しければ正直に開示しましょう。
その場で答えられないことを恥じる必要はありません。重要なのは、共に学ぶ姿勢を見せることです。
「この領域について一緒に考えたいので、少し時間をください」「どう伝えれば良いのか明日までにまとめてきます」と伝え、解決に向けた時間を確保します。
時間を置いて調査ができたら、その成果を共有します。
「調べてみたところ、こういうプラクティスが見つかりました。これを私たちのチームで試してみませんか?」
前任者自身が学習し、その結果をチームに還元して具体的なアクションにつなげる。
このサイクルを見せることこそが、後任者への最高の手本となり、あなた自身の成長にもつながるのです。
これは特にマネージャーやリーダー層が陥りやすい罠です。私自身、過去にこれで苦労した経験があります。
かつて「うーん、そこはバランスだね」や「視座が低い」と言われ、どう改善すれば良いかをひたすら提案し続ける暗中模索の日々が続いたことがありました。
また、「難しいね」とだけ言われ、結局どういう方針にすれば良いかわからないまま施策を進めたこともあります。
おかげで「よしなに進める」力はつきましたが、あれが適切なコミュニケーションだったとは今でも思えません。
しかし、いざ自分がマネージャーになり、メンバーから頼られる存在でありたいという心理が芽生えると、「わからない」の一言が言いづらくなる気持ちもわかりました。
その結果、「うーん、そこはバランスだね」とお茶を濁したくなる衝動に駆られたことがあります。
また、具体的な作業よりも抽象的な思考の方が高尚であると錯覚しやすい環境下では、危うく引継ぎの際に、後任者へ「『バランス』の正体」を探らせるような無駄な時間を使わせるところでした。
それはすなわち、メンバーに「言語化の下請け」を押し付けることと同義です。
こうした事態を防ぐために、ついつい使ってしまう「雰囲気言葉」は、以下のように脳内で変換してから伝えるようにしています。
このように、「どの時点で(When)」「何が優先されるから(Why)」判断が変わるのかを伝えることで、後任者は迷いなく自走できるようになります。
本文では「アンチパターン」と強めの表現を使いましたが、この章で本当に伝えたいことは、引継ぎとは、「相手と自分自身を探索し続けるプロセスである」ということです。
ワークショップや業務、対話を通じて後任者を理解する。
その人が自身で把握している側面と、まだ把握していない可能性の両方を探索する。
そして一度「理解した」と決めつけず、絶えず「今」のその人を把握し続けること。
このように、後任者の理解を解像度高くし続けていくことで、当人にしかできない活躍につなげられます。
また同時に、自分自身への探索も必要です。
特定の専門性について、なぜ自分はそう判断するのか? その思考プロセスは言語化されているか?
もし自分の中に「伝える力」が足りないと感じるなら、常に世の中にヒントがあるという前提で本や論文、他者から学びを得る。
引継ぎに本気になるということは、後任者が自走できることを目的としつつも、その過程で前任者自身が引継ぎそのもの、専門性の言語化、運用の設計を通した「メタ的な視点」を鍛錬する機会でもあります。
新たな役割を獲得したとき、その日から引継ぎを意識することで思考プロセスを言語化していきます。そして自身が新たな挑戦をする機会になったら、その資料を元に先述のプロセスで後任者へ引継ぎをする。
すると、引継ぎ内容が後任者にとっての挑戦となっていく…。
あなたから始まるこの営みが組織内で定常化すれば、そこには個々人が挑戦し続ける強い組織が生まれるはずです。
関連記事



人気記事