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「宇宙はシミュレーションだ」説を数学的に否定する研究登場。ゲーデルの不完全性定理など活用【研究紹介】

2025年11月5日

山下 裕毅

先端テクノロジーの研究を論文ベースで記事にするWebメディア「Seamless/シームレス」を運営。最新の研究情報をX(@shiropen2)にて更新中。

カナダのブリティッシュコロンビア大学オカナガン校(UBCO)などに所属する研究者らが発表した論文「Consequences of Undecidability in Physics on the Theory of Everything」は、我々の宇宙がコンピュータシミュレーションであるという仮説を数学的に反証した研究報告である。

▲宇宙シミュレーション仮説のイラスト(絵:おね

「万物の理論」を構築しようとするが、「ゲーデルの不完全性定理」などの数学的定理にぶち当たる

物理学の究極の目標は、宇宙のすべての現象を説明できる「万物の理論」の構築である。この理論は、量子力学と一般相対性理論を統合し、素粒子の振る舞いから宇宙の大規模構造まで、あらゆるスケールの物理現象を一つの枠組みで記述することを目指している。

現代物理学は、この目標に向けて着実に進歩してきた。弦理論やループ量子重力理論などの量子重力理論は、時空そのものを基本的な存在ではなく、より根源的な量子的自由度から創発する構造として扱う。これは物理学者の故・John Wheeler氏の「it from bit」(物質は情報から生まれる)という発想に通じるといえる。

今回研究者たちは、この万物の理論を数学的に厳密な形式システムとして構築しようとした。しかし、ここで壁が立ちはだかる。1931年にクルト・ゲーデル氏が証明した不完全性定理である。

ゲーデルの不完全性定理の第一不完全性定理は「どんなに完璧に見える数学体系でも、真偽を決定できない命題が存在する」ことを示し、第二不完全性定理は「数学体系が矛盾していないことを、その数学体系自身の中では証明できない」ことを示している。

例えば、「この文は証明できない」という命題を考えてみよう。もしこれが証明できたら内容と矛盾し、証明できなければ主張自体は真実だが、「証明」はできない。このように「真実だが証明できない」ものが数学には必ず存在するというわけだ。

さらに、「タルスキの定義不可能性定理」と「チャイティンの不完全性定理」も加わる。これらの定理は、理論内部での真理の完全な定義の不可能性と、一定の複雑さを超える命題の決定不可能性を確立している。

実際、物理学の様々な領域で計算不可能な問題が発見されている。量子系の熱化やエネルギーギャップ問題、超対称性の破れの判定、テンソルネットワークの特定の性質の計算など、これらは技術的な困難ではなく、原理的・論理的な不可能性である。

「メタ万物理論」という解決策から、宇宙シミュレーション仮説への反証

この根本的な限界を克服するため、研究者たちは「メタ万物理論」(MToE)という新しい枠組みを提案する。

人間の数学者がゲーデルの定理で示された「証明できない真実」を理解できるように、この論では、純粋な計算では到達できない真理にも、理論の枠組みの中で矛盾なく位置づけ、説明できるように拡張した。現実世界では存在している計算不可能な現象を統合したというわけだ。

そして、このメタ万物理論が結果として宇宙シミュレーション仮説を論理的に否定する。

前提として、コンピュータシミュレーションは本質的にアルゴリズム的(計算可能)である。コンピュータは基本的に「もしAならBをする」というような手順(アルゴリズム)に従って動く。宇宙シミュレーションという複雑な計算になっても同じである。

今回研究者らは、メタ万物理論を構築することで、実際の宇宙には非アルゴリズム的(計算不可能)要素が本質的に必要なことを論理的に示した。具体的には、まず量子系の熱化やエネルギーギャップ問題など、物理学には原理的に「計算不可能な」問題が実在することを指摘した 。その上で、我々の現実の宇宙は、計算可能かどうかとは無関係に、それらの問題の「答え」を実際に体現しており、この事実を説明するには計算可能な理論だけでは不完全であると論じた 。

これにより、「計算不可能な要素を含む宇宙を、計算しかできないコンピュータで完全にシミュレートすることは論理的に不可能である」という結論に至った。

Source and Image Credits: Faizal, M., Krauss, L., Shabir, A., & Marino, F. (2025). Consequences of Undecidability in Physics on the Theory of Everything. Journal of Holography Applications in Physics, 5(2), 10-21. doi: 10.22128/jhap.2025.1024.1118

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