【「スゴ本」中の人が薦める】上司の評価をハックするために読む3冊

2024年12月17日

Dain

古今東西のスゴ本(すごい本)を探しまくり、読みまくる書評ブログ「わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる」の中の人。自分のアンテナだけを頼りにした閉鎖的な読書から、本を介して人とつながるスタイルへの変化と発見を、ブログに書き続けて10年以上。書評家の傍ら、エンジニア・PMとしても活動している。
わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる

はじめに

人事評価の攻略シリーズの最終章は人事制度のハッキングの続きで、上司の評価をハックする方法を伝える。

「なぜ、あの人が出世するのか?」「どうして、私は評価されないのか?」など、人事にまつわる様々なモヤモヤがある。もちろん運の要素もあるが、会社が社員を出世させるルールは確かにある。このルールをハックすることで、「同じ仕事をしても出世しやすくなる」「結果が報いられやすくなる」行動様式を炙り出す。

前回は、人事「制度」に着目し、上手くいっている会社の人事制度の構造の共通項である「目標管理シート」や「MBO(Management by Objectives and Self Control)シート」における脆弱性を炙り出した。さらに、Chat-GPTの支援で、より評価されやすいシートに改善し、半期~1年後に結果を出す方法を具体的に記した。未読の方は、上述のリンク先をご覧いただきたい。

今回は、人事「評価」に着目し、実際に評価する「人」を攻略する。
あなたを評価するのは上司だ。だから、上司がどのように評価するのかを分析し、その脆弱性を洗い出すことで、ハッキングすることができる。

人事評価のバイアスから攻略する


▲『この1冊ですべてわかる 人材マネジメントの基本』三坂健 編著、日本実業出版社

人には何かしらバイアスがある。そこから、あなたを評価する人が犯す過ちが生まれる。『人材マネジメントの基本』では、そうした評価エラーのうち、代表的なものを7つ挙げ、注意を促している。

  • 1. ハロー効果
  • 2. 期末効果
  • 3. 逆算化傾向
  • 4. 中心化傾向、極端化傾向
  • 5. 寬大化傾向・厳格化傾向
  • 6. 対比誤差
  • 7. 論理的誤謬

こうした認知バイアスは、言い換えるならば、評価者を攻略する弱点だともいえる。バイアスを逆手にとって利用することで、自分の評価にゲタを履かせることだってできるかもしれぬ。
評価する人は、特別な能力を持っているわけではない。「評価者」としての立場にいるだけで、「上司」という役をしているにすぎない。

また、評価者は、対象となる人の行動をすべて把握しているわけでもない。見落としもあるだろうし、過大評価や過少評価の可能性だって大いにある。さらに、人事制度に則って評価はするものの、評価者がその制度に納得していないかもしれぬ。
そうした中で行われる評価は、どうしても歪みを生じさせることになる。システマティックに運用しようとすればするほど、制度と人事評価の間に立つ「人」に負担がかかり、評価者が持つバイアスが、そのまま評価の歪みにつながりかねない(←ここが脆弱なところ)。

ハロー効果の利用法

評価エラーの中で最も多いのが、ハロー効果だという。

ハロー(halo)は英語で後光・降臨の意味で、まばゆい光が差してくると、目が眩んで光の前にあるものが正しく見えなくなってしまうことを指す(ハローエラーとも呼ばれる)。
よくあるのが、評価対象の目立つ特徴に注意が奪われ、他の箇所の評価もそれに引きずられてしまうことだ。例えば、社交的な一面にフォーカスしてしまうと、営業力もあると誤認してしまうことだってある。

学歴や資格のグレードなど、「ハロー」に相当するものはいくつかある。幸運にもそうした要素を持っているならば、そうした要素が今の仕事にどのようなプラスをもたらしているかを強調するのはアリだろう(ただし、時と場合に気を付けつつだが……また、学歴や一部の資格は賞味期限があるため、いつまでも使い続けられるカードではないことを肝に銘じておこう)。
重要なのは、「この人はできる」と上司に思われることだ。これは、本当に仕事ができるかどうかよりも重要かもしれぬ。
では、そうした分かりやすい「ハロー」がない人はどうするか?

自分をプラスに印象付けるやり方は色々ある。きちんと整った身だしなみや、自信のある態度、ポジティブに取り組む姿勢を見せることで、「この人はできる」印象をもたらすことになる。同僚や上司との交流を積極的に行い、普段から良好な関係を築くことで、仕事の実力以上に「良く」見られることだってできるだろう。

「その通りかもしれないが、見てくれるとは限らない」というツッコミがあるだろう。オンラインのご時世、身だしなみや態度は伝わりにくいだろうし、ポジティブな姿勢をきちんと見てくれる上司は少ないかもしれぬ。

そんな場合は、「良い」という点を明確に言葉にして、上司に覚えてもらう。1on1で過去の実績を説明する際に、定量的で具体的な箇所を「数字で」強調するといい。

例えば、「AIを用いたアドインを試験的に導入し、コード補完やエラーチェックすることで、前回よりもバグの発生を10件減らし、リリースまでの期間を4日間短縮できた」と述べる。単純に「コーディング作業をAIで効率化しました」というのではなく「10件減」や「4日短縮」といった実績を数値にする数字にすることで、覚えられやすく、思い出されやすい形にするのだ。

これは、「マクナマラの誤謬」とも呼ばれる。ベトナム戦争時のアメリカの国防長官ロバート・マクナマラが、あらゆる戦果を数値だけで評価したことに由来する。測定可能なデータを重視するあまり、重要な要素や質的側面を無視する誤謬を指しており、「ミスが全くない仕事を目標にすると、ミスが報告されなくなる『測りすぎ』」で解説した。

ここでは、この誤謬を逆手にとって、「この人は実績を出した」と上司に思わせる。重要なのは、本当に実績を出したことを自分で納得しているかよりも、「上司にそう思わせる」ことであり、そのための数値なのだ。
どんなに良い製品でも、宣伝しないことには売れない。同様に、自分の成果を上司や上司の上司に分かる形で見せないことには、評価されるはずがない。「こんなに頑張っているんだから、上司は見てくれるはずだ」なんて自己満足に過ぎぬ。上司は見ちゃいない。

「10件減」や「4日短縮」など、分かりやすい数字で見える形にして、「これだけ会社に貢献したのだ。だから自分は優れた人材だ」ということを印象付けよう。

期末効果の利用法

実績の数値化は、上司の上司にも効く。

あなたの上司はさらにその上から、「なぜこの人を評価するのか?」と問われることだろう。その根拠として、定性よりも定量が効いてくる。上司から上司への伝言ゲームでは、数字が伝えられやすい(「この人の改善によりリリースを4日も前倒しできたんです」ってね)。
前提条件が無視された数値が、あたかも絶対値のように議論される「数字の独り歩き」という言葉があるが、これはそれを「悪用する」やり方だと言っていい。

「実績が上司に覚えてもらいやすい」という観点からだと、期末効果バイアスも利用できる。
期末効果バイアスは、最後に示された情報の方が印象に残りやすく、結果、意思決定や評価においてその情報が強く影響を与えるという認知バイアスのことだ。これにより、後から得た実績の方が、より評価されやすくなる。
例えば、面接の場面では、最後に面接を受けに来た候補者の方が印象に残りやすく、その人を有利に評価してしまうことがある。プレゼンやスピーチにおいても、最後のメッセージが聴衆に強く印象を残すことがあるため、結論やまとめの部分を効果的に伝えることが重要だという(いわば「シメの言葉」)。ディベートで後攻が有利だと言われるのも、期末効果バイアスによるものだ。

このバイアスを逆用するなら、評価されやすい実績を期末の近くで形にする。具体的には、上司が評価しやすい実績を期末に出せるようにコントロールする。人事制度のハッキングで示した目標管理シートの「期末」の欄に、定量的な数字の形で表しやすい実績を記述する。

プロジェクトのスケジュールの都合上、期首や期中に実績が数値化されるのであれば、上司との1on1の振り返りの最後に、その数値を伝える。
あるいは、最後の1on1にしてもらう。上司は、振り返りの期間で、メンバー全員と1on1をする必要がある。その中で最後の面談にしてもらうようにするのだ。そうすることで、他のメンバーと比べ、あなたの実績をより覚えてもらいやすくなる。

こんな風に、評価エラーを逆用したり、評価者の罠を回避することで、同じ仕事をしても、より良い実績を残したのだと思ってもらう。認知バイアスをうまく活用して、効率的に高評価を得よう。

注意していただきたいのは、本書は、あくまでも「人事マネジメント」のお話であって、その「悪用方法」までは書かれていない。バイアスを逆援用するのは、これを参考にする「あなた」が工夫すべきことになる。

上司と戦略的に交渉する

友人や家族での会話でやるとドン引きされるが、ビジネスの現場では許されるどころか推奨される交渉術がある―――それが、戦略的交渉術だ。この交渉術を援用して、上司を攻略するのだ。
例えば、打ち合わせの席でこんな風に切り出されたことは無いだろうか。

「その価格では厳しい、30%下げられますか?」
「できるのか、できないのか、答えてください。できないなら議論は終わりです」

価格交渉や要件定義の場で、高圧的な態度で話す人がいる。相手を説き伏せ、自分の思い通りの結論に持っていきたがる。一方的にまくし立てて、質問に質問を重ね、相手に話す機会を与えない。
典型的なパワープレイ、二分法、アンカリングの交渉術である。これらはビジネス上の技法であることを、そもそも知らなかった若いころは、さんざんやられたものだ。顧客だけでなく営業や上司からもやられたことがある。

そして、交渉の「術」だから対策がある。『戦略的交渉入門』には、こうした交渉「術」への対策がふんだんに盛り込まれている。

▲『戦略的交渉入門』田村次朗、隅田浩司 著、日経BP

ハーバード・ロースクールで培われた、交渉による問題解決能力の入門書。痛い目に遭った人ほど「あるあるwww」と頷きながら読むに違いない。そして、幸いにもこれから交渉に臨む人であれば、「これ進研ゼミでやった」というガイド本になるだろう。

「なぜ30%下げられないの?」という質問に対しては、「質問に質問で返す」という対策がある。具体的には、「どうしてそんな質問が出てきたのか、その理由や背景を教えてください。そうすることで、あなたの質問の意図をつかめますから」と返すのだ。

一般に、「質問に質問で返す」ということは、失礼なことにあたる。しかし、ビジネスの現場では、お互いが初対面ということも多々あるため、相手の質問の意図を汲み取るために質問をするというのはアリだ。相手が欲していることの背景や内容を具体的に掘り下げ、論点を明確にするためのコミュニケーションだ。

この返し方は、「説明を押し付ける技術」として、『議論の技術』とともに解説している。「なぜ30%下げられないのか?」という議論の前に、そもそもの言い出しっぺが「なぜ30%下げてほしいのか?」を説明する必要がある(立証責任のルール)。そこを端的に聞くことで、押し付けられた立証責任を相手に打ち返すことができる。

最初に出てきた主張に対して、「なぜその主張なのかを明確にする」という質問返しは有効だ。そしてこれを、人事評価における上司の攻略で逆利用する。
具体的には、1on1 の面談の場で用いる。あなたと上司の間には、「目標管理シート」があるだろう。期末評価の時期であれば、そこにはあなたの自己評価が記入されているに違いない。

そこで論点となるのが、「なぜその評価だったのか」になる。例えば、「なぜ3(目標どおりの成果)ではなく、5(目標を大幅に上回る成果)にしたのか」について、あなたが立証しなければならない。
そこではロジカルな説明が求められる。ロジカルな説明とは、主張と、主張を支えるエビデンスと、両者の論理的整合性によって成り立つ。

「10件減」や「4日短縮」などの数値は、エビデンスになる。この成果が、プロジェクトひいては会社にどのように貢献したかを組み立ててやればいい。

そして、組み立てが面倒ならChat-GPTに任せよう。

▲Chat-GPTが組み立てた、仕事の成果を評価するロジカルな説明

あまり長くしないために「500文字程度で」と制約を入れたが、自分でやるときは好きなだけ長くすればいい。「箇条書きで」「骨子だけを」といった条件をつけることで、より簡単にすることだってできる。
この主張について、上司は、エビデンスの価値を低くしたり、プロジェクトへの貢献度への疑いを示すといった反論をするかもしれない。そうした反論を、質問の形で示すだろう。その質問を予測しておき、答えを準備しておこう。

準備が面倒?私もだ。だからGPTに任せよう。

▲Chat-GPTが導き出した、想定される反論とそれらに対する答え

もちろん、GPTの回答がそのまま使えるとは限らない。あなたが携わったプロジェクトの特性や環境に応じて、回答をカスタマイズする必要があるかもしれぬ。必要であれば、そうした特性もGPTに伝えて、回答をブラッシュアップすればいい。
重要なのは、上司の反論→再反論までを準備しておくことだ。上司が質問してくると想定されるポイントについて、何かしらの答えを考えて、シミュレーションしておく……GPT任せとはいえ、そうした準備そのものが大切なのだ。

「ああ言えばこう言う」のが上手な人がいる。頭の回転が良いのか、口達者なのか分からないが、あなたがそうとは限らない。だから、できる限りはやっておこう。
あなたの成果を説明し、上司の質問についてもうまく返せたとしよう。その後、上司に残るのは、裁量の箇所だけになる。つまり、「どの程度にするのか」という議論だ。

あなたの成果がプロジェクトないし会社に貢献したことは、上司も認めざるを得ない(なぜなら、そうロジカルに説明したから)。では、その程度は「4(目標を上回る)」なのか「5(目標を大幅に上回る)」なのか。

おそらく上司は、程度を低く見積もろうとするかもしれぬ。その時、「成果が出たことは分かるけれど、大幅にじゃないんじゃないの?」と質問してくるだろう。

そういう時こそ、「質問に質問を返す」を用いよう。例えばこんな風に。

私の成果によって、単に品質や納期に寄与するだけでなく、次プロジェクトで使えるテスト技法の確立や、顧客満足度の向上にも貢献したことは、先ほどご説明した通りで、あなたも認めていただいたと思っております。
これは目標を「大幅に」上回ることだと考えています。ですが、なぜそれが「大幅ではない」といえるのでしょうか?「大幅」を決める根拠を教えてください。

ここまで論点を煮詰めていくと、後は裁量の話になる。上司の胸先三寸で決まるから、心証が良いかとか、どこまでゴマスリしているかに左右される。上手なゴマのスリ方はこの後に解説しているので、どこまでやり切るかは、お任せする。

もう一つ。1on1 では、あなたに有利な点がある。それは時間だ。

あなたの上司は、評価期間という決められた時間内に、あなたとディスカッションし、評価について一定の合意に達しなければならない。だから、期間の後半になればなるほど、結論を急ごうとするだろう。
だからあなたは、GPTでシミュレートした問答を、じっくり時間をかけて説明してやればよい。「4(目標を上回る)」なのか「5(目標を大幅に上回る)」なのか、あなたが納得の行くまで話し合えばいい。あなたの上司の性格にもよるが、タイムオーバーを危惧して、「5」で妥協してくるかもしれぬ。

『戦略的交渉入門』は、ビジネスの現場における交渉ノウハウと、その対応の仕方が紹介されている。自分の業績をいかに高く評価させるか―――これは立派な交渉だ。そのためのテクニックを本書で磨こう。

 

人を蕩(たら)す

「蕩し」という言葉がある。

「たらし」と読む。巧みな言葉や行動で、相手の心を魅了し、自分のことを好きにさせてしまうことを意味する。甘言を用いて女性を誘惑する「女たらし」という言葉もある。

『人蕩し術』は、ターゲットが人になる。自分を好きにさせる原理と実践が書いてある。「思いのままにヒトを虜(とりこ)にする」という宣伝文句がちょっとアヤしいが、中身といえば、まっとうというか王道そのもの。

▲『人蕩し術』無能唱元 著、日本経営合理化協会出版局

企業や社会で成功する人には、共通したところがあるという。それは、「自分の周りに良い味方がいる」という点だ。本書は、豊臣秀吉や本田宗一郎の例を挙げ、人心の機微を察して魅了する「人蕩し術」に秀でたものこそが、成功のカギだという。

確かにその通りかもしれぬ。周囲を見回してみると、出世する人や成功する人は、人望が篤く、社内外の強力なネットワークがある人ばかりだ。もちろん「仕事ができる」は必須だが、そこからさらに上に行ける人は、何かしらの魅力(オーラ?)のようなものがある。
これは、あなたの人事評価を直接的に上げるというよりも、あなたという人そのものの評価を底上げする術なのだ。

この「人を惹きつける力」というものは何か?それはどうしたら身に着くのか?

魅力は与えることで生まれる

答えはシンプルだ。

魅は与によって生じ求によって滅す

「人を惹きつける魅力は、相手に与えることによって生まれ、相手に求めると無くなる」という意味になる。例えば、タダでお金を配る人がいたら、その人の所に人は集まってくるだろう。そんなウマい話はあるはずないし、「魅力」と呼ぶのに抵抗はあるものの、人は集まる。
しかし、お金はいずれ無くなってしまう。だいたい豊臣秀吉や本田宗一郎はたたき上げの人で、配るような大金は持っていなかったはずだ。

では、配るようなお金を持っていない庶民は、何を渡せばよいのか?

本書では、人の本能的な衝動である「自己生存」「群居衝動」「自己重要感」から考える。どんな人であれ、次の3つの欲求があるという。

  1. 自己生存:生きていきたい
  2.  群居衝動:コミュニティの中に居たい
  3.  自己重要感:自分を重要だと感じたい

最初の「自己生存」を満たすのはお金だ。お金があれば衣食住を賄うことができる。お金を配る人に人が集まるのは、自己生存を満たすから。これはお金持ちしかできないやり方だ。

配るほどのお金を持っていない庶民は、「群居衝動」と「自己重要感」を満たすものを相手に渡せという。
人は社会的動物であり、一人では生きられない。友人、学校、会社、町内会から、スポーツチームのサポーター、趣味の集まりなど、常に何らかのグループをつくり、その中に居ることで安らぎを見出す。

しかし、世の多くの人たちは、この群居衝動をうまく充足できずに悩んでいるという。他人との接触において、ある種の気まずさや違和感のようなものが生じて、安らぐことが難しいというのだ。
そして、群居衝動をうまく満たすのが、自己重要感になる。グループの中で、自分が重要だという気持ちを満足させてあげればよい、というのだ。本書では言及されていないが、いわゆる「承認欲求」の強化版だと理解した。「ここにいてもいい」「あなたを受け入れる」という承認だけではなく、「あなたこそが必要だ」「あなたにここに居てほしい」という強い表明だ。

相手の自己重要感を満たす

本書では、項羽と劉邦の例を挙げている。

美丈夫で、武芸と智謀に優れた項羽と、胴長短足でヤクザの親分上がりである劉邦、古代中国で覇を競った対照的な二人だ。二者が戦えば、項羽は百勝し、劉邦は百敗したというから、武将としてどちらが優秀かは、火を見るよりも明らかだ。

しかし、どちらが生き残ったかは歴史の示す通り。両者の違いは何か?劉邦は人心を魅了する一方で、項羽は人心を離反させたという。無教育であることを自覚している劉邦は、訪れた遊説者の言葉に耳を傾け、必要とあらば師として遇したという。対する項羽は自らの才覚に頼み、傲慢な態度を持って臨んだという。結果、優秀な人は項羽から離れ、劉邦に付き従ったというのだ。

劉邦の「相手を立て、相手の言うことに真摯に耳を傾ける」、これこそが食客たちの自己重要感を満たす行為になる。自分のことを理解し、評価してくれる人のためには、命を惜しまないことを、「士は己れを知る者のために死す」という(司馬遷のはず)。
多かれ少なかれ、人は誰しもプライドを持っている。このプライドを大事にしてくれる人がいたならば、その人に惹きつけられるのは当然だろう。

さらに、自己重要感を満たす例として、田中角栄を挙げている。最終学歴は小学校で、叩き上げで総理大臣にまで昇りつめた。人の名前を覚える名人で、議員全員の顔と名前はもちろん、主な官僚たちの名前、出身校、入省年次まで把握しており、事あるごとに名前で呼びかけていたという。

「金脈政治の権化だからカネとコネの力だろ?」とツッコミたくなるが、「自分のことを下の名前で呼んでくれる」のは、なかなか魅力的だと思う。というのも、私自身、似たような経験があったから。

年齢は一つ下で、めちゃめちゃ仕事ができる後輩がいた。ン十年前、少し一緒に仕事をしただけで、あれよあれよと出世して、取締役に収まっている。そんな彼とたまたまオンラインで同席したとき、「〇〇さん、お久しぶりです」と下の名前で呼ばれたのには驚いた。他の人は苗字で呼び捨てなのに、私にだけ「さん」だったので、くすぐったくて面はゆい気持ちになった。

この他にも、相手の自己重要感を満たす方法が紹介されている。「あいさつと笑顔と話しかけはセットで」「愛語施(お世辞)の使いどころ」など、知っておいて損はない技術だ。
多くの人は、自己重要感でもって自分のプライドを守っている。だから、プライドを高めてくれた人には心からの友情を抱き、反対に、自分のプライドを低めた人には強い憎しみを覚える。
出会う人が味方になるか敵になるかは、「相手のプライドをどう扱うか」の一点にかかっている。

天上天下唯我独尊のススメ

しかし、である。

やみくもに相手を立て、おべんちゃらを使い、傾聴する。お金はかからないものの、虚しくなったり疲れたりしないだろうか。

そうならないよう、本書では、まず自らを愛せ、と説き、本田宗一郎の「自惚れのすすめ」を紹介する。曰く、

まず自画自賛をしろ。人間というのは「オレはダメだ」と本当に思ったら、もうどうしようもない。鼻もちならない。うぬぼれがないと、他人にも けっして惚れてもらえないものだ。「自惚れもやめれば他に惚れ手なし」だ。

つまり、相手の自己重要感を満足させる前に、自分自身の自己重要感を満足させることが肝要だという。自分のプライドは自分で満足させるのだ。
その方法として、自己暗示を紹介する。目を閉じて深呼吸をして、「自分は優れた人間である」「自分は価値のある人物だ」などと呪文のように自分に言い聞かせる(お薦めは、天上天下唯我独尊だそうだ)。
自分が目にするもの、耳に聞こえ、鼻でかぎ、舌で味わうあらゆるものを尊いと感じろという。そういう自分が最高の存在だと、たとえフリでもいいので呟けという。そうやって自分を好きになることで、他人に魅力を分け与える余裕が生まれるというのだ。

ただし、重要なのは、自分の内のみに留めよと釘を刺す。自分の中のプライドは、決して外に示すなと説く。なぜなら、誰かのプライドを誇示されるのは、誰だって嫌だから。自分の内にのみ、自画自賛をするのだ。
自分のプライドは自分で面倒を見て、相手のプライドを高めるために何を渡せるかを考える。
具体的には、相手のことに耳を傾け、相手のことを理解し、誉めるポイントを衝く。挨拶と笑顔と話題の提供は先手必勝で、常に相手の自己重要感を満足させることを気遣う。お金は配れないけれど、気遣いは無料だ。

そうすることで味方を増やし、敵を作らないようにしていく。「人蕩し」というと怪しそうな文言だが、まっとうなことを言っている。

おわりに

今回は、「人」に着目して、人を攻略することで、あなたの評価を底上げする3冊を紹介した。

記事の内容を簡単におさらいすると、はじめに『人材マネジメントの基本』を取り上げ、人間ならば必ず持っているバイアスが、人事評価の時にどのように働いているかを解説した。これを逆用することで、自分にとってプラスになるように仕向けることができる。特にハロー効果は絶大で、うまく利用することであなたの価値は雪だるま式に膨らんで見えることになるだろう。

次に、『戦略的交渉入門』を用いて、1on1でどのように振舞えば、自分の実績を上司に響かせることができるかを解説した。これは、ミーティングを始める前の準備が全てといっていい。Chat-GPTをうまく活用して、想定問答集を練っておこう。

最後は、『人蕩し術』を用いて、あなたの味方を作る方法を紹介した。同僚や上司の「自己重要感」を満足させてあげることで、相手はあなたのことを気に入るようになるだろう。まずは自分のプライドを(こっそり)高めた後、好きなだけ相手のプライドを高めてあげればいい。

ここで紹介した例は、ほんの一部だ。実際には書籍を読んで攻略法を探ったり、GPTと問答を繰り返して、あなたの状況や立場に応じたシミュレーションを練ると良いかもしれぬ。
同じ仕事をして、同じ結果を出しても、「評価のされかた」一つで、大きく変わってしまうことがある。それが給料に響くのであれば、上手な評価のされ方になるよう、工夫していきたい。

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