【石黒浩教授】ロボット研究の副次的存在だった「アバター」で、いま未来を変えたい理由【Developer eXperience Day 2024 レポート】

2024年9月3日

大阪大学 教授

石黒 浩

ロボット工学者。大阪大学大学院基礎工学研究科教授(栄誉教授)。1963年、滋賀県生まれ。二足歩行ロボットや、人間に酷似したアンドロイド「Geminoid(ジェミノイド)」の研究で知られる。2021年にAVITA株式会社を設立し、代表取締役CEOに就任。アバターによる、接客サービスやAIロープレ支援サービスを展開する。ATRフェロー。EXPO2025テーマ事業プロデューサー。

日本CTO協会が主催する、開発者体験をテーマとしたイベント「Developer eXperienceDay 2024」が、7月16日、17日に開催されました。

本レポートでは、7月17日に行われた大阪大学教授・石黒浩さんの講演「アバターと次世代技術が創る新しい未来社会」でのお話を再編成してご紹介します。

人に見かけが酷似したアンドロイド「Geminoid(ジェミノイド)」をはじめ、遠隔操作で動くアバター(分身)ロボットの研究開発で知られる石黒さん。2021年にはAVITA株式会社を設立し、CGキャラクターを使ったアバター事業にも注力しています。一体なぜ、熱心にアバターの研究に取り組んでいるのか。そして、どんな未来を目指しているのでしょうか

「アバター」研究のきっかけは“データ収集”のためだった

石黒:本日は、「アバターと未来社会」というタイトルでお話します。大阪大学の教授というよりは、今日はAVITAの代表取締役として、アバターがつくりだす未来社会について語っていきます。

私はこの3年間、アバターの社会実装に注力してきました。万博(EXPO 2025 大阪・関西万博)にも参加し、パビリオン内で多くのアバターを活用する予定です。

石黒:「人と関わるロボット」や「人間のようなアバター」の研究開発は、日本で独自の進化を遂げてきました。

研究者たちが、人と関わるロボットの研究に本格的に取り組みだしたのは2000年ごろのこと。私自身も1997年に研究を始め、2006年には自分の「コピー」(ジェミノイド)をつくるに至りました。

石黒:私が研究開発に取り組んできたロボットは、大きく2種類に分けられます。1つは、研究者の「夢」ともいえる「完全自律型」で、人と対話ができるロボットです。

ただ、いきなり完全自律型ロボットをつくるのはとても難しい。そもそも「ロボットは、どのようにして人と関わればいいか」という問題から探っていかなくてはならないからです。

その模索のためにつくりはじめたのがもう1つ、「遠隔操作型」のロボット、いわゆる「アバター」です。まずは、人によって操作されたロボットが人と関わるところから取り組んでいく。アバターは当初、あくまで自律型ロボットを開発するためのデータ収集手段として位置づけられていたのです。

しかし、研究の過程で、アバター自体が非常に有用な存在であり、むしろ自律型ロボットよりも先に実用化できそうだとわかってきたため、自律型と並行してアバターの開発も進めていくようになりました。

自律型ロボットの研究開発が進むと、アバターの半自律化も進み、アバターをより簡単かつ効率的に制御できるようになります。一方、アバターの開発が進むとデータが蓄積され、ロボットの自律化も促進される。このような好循環が生まれていきました。

近年ではAI技術の進歩により、アバターの定義が随分拡張されてきました。

当初は、「操作者の音声や動作をそのまま再現するもの」をアバターと呼んでいました。しかし研究の過程で、「こういう仕事をしてほしい」と操作者が意図を伝えて、ロボットが半自律的に動くという仕組みでも、操作者がアバターを自分の分身のように感じることができるとわかってきた。

現状アバターの定義は、「操作者が自分の『意図』を伝えて動かすもの」にまで拡大しています。そして、自律型ロボットとの境界は曖昧になってきました。

「人間らしいロボット」を通して“人間理解”を深めたい

石黒:話はやや変わりますが、私の研究開発の重要な側面に、「人間理解」というものがあります。「人間とは何か」というのは、明確な定義がありません。他方、人間という生き物は、常に新たな技術を取り込み、その能力を拡張しながら進化してきました。技術が人間の定義を変えている…という側面があるのです。

つまり私は、「人間らしいロボット」をつくる過程で、「人間とは何か」との問いに答えを出したいのです。

石黒:このようなアプローチが「構成的アプローチ」と呼ばれています。革新的な物や現象が社会に出現した後に、「どのようにして人々がそれを受け入れたのか」を研究し、説明を付け、人間や社会への理解を深めるアプローチのことです。

インターネットが生まれて世界に変革が起き、後から社会情報学という学問分野が出てきたように、工学や経済学においてはこのアプローチが取られることが多いように考えています。

我々は「人間がわからない」、「人間の定義ができていない」のに、ロボット研究を通して「人間らしいもの」をつくろうとしている。しかし、もしもそうしてできあがったロボットが、感情や意識の存在を感じさせてくれるものであれば、逆にロボットを通して、人間の感情のメカニズムの理解につなげられるわけです。

石黒:認知科学などの分野で多くの議論を呼んでいるテーマのひとつに、「意識」についての問題提起があります。ロボットは、意識を持てるのか。そもそも人間自身、意識を持っているといえるのか。明確な答えはまだ出ていません。脳と身体が生み出す非常に複雑な現象について、解析的なアプローチで綺麗に説明することは困難なのです。

そこにおいて、人と自由に会話できるロボットが出てくれば、人間の高次な認知機能に関する研究がもっと進む。同時に、人ともっと深く関われるロボットの開発も可能になるのではと思います。

こうしたロボット研究における最大のボトルネックは「対話」でした。が、ChatGPTをはじめとした大規模言語モデルの登場により、状況や目的に応じた自然な対話が実現可能になりました。

石黒:研究が進んでいくことで、将来的には人とロボットの関係がさらに変わっていき、高度な自動運転をはじめ、日常生活の中で人間を助けてくれる新しいプロダクトがたくさん出てくるのではないかと期待しています。

今後10年の間に、人の知能や、身体が知能に与える影響、「意図」や「欲求」とは何なのか、これらをどのようにしてロボットに搭載していくか、という研究が大きく進んでいくことかと思います。

これらは、とくに人間の「意図」や「欲求」に関する研究は、従来であれば哲学や道徳など「文系の研究」として扱われてきた問題です。今後は、技術者もこれらについて意識し、文系・理系の垣根を完全に超えて、人間の認知機能の理解に取り組んでいく。そんな時代になってきたかと考えています。

大規模言語モデルの可能性を示す例として、私が執筆した10冊以上の書籍や、メディアインタビューの内容を学習させたロボットをご紹介します。このロボットは、私の代わりに様々な質問に答えることができます。

(デモ動画を再生)

ジェミノイド(LLM): こんにちは、石黒浩です。今日はどんなことについて話しましょうか?

質問者: 石黒先生の研究について教えてください。

ジェミノイド(LLM):えっと、僕の研究は主にアンドロイドとロボットに関するものなんです。人間とは何かを探求するために、技術を使って人間に近い…

(再生終了)

石黒:まだまだジェスチャーに改善の余地がありますが、あらゆる質問に答えられます。それに、冗談にも対応可能です。

(デモ動画を再生)

質問者: 石黒先生はどうしていつも黒い服を着てるんですか?

ジェミノイド(LLM): 黒い服を着ているのは、識別されやすいからだ。

(再生終了)

石黒:…長くなるので、もう再生を止めますけど(笑)。私の本10冊をきっちりと覚えている分、質問に対しては私以上に正確に答えます。本物の私の方が、はるかに“ハルシネーション”が多いくらいです。

こうした技術が、教育の世界でも用いられていくようになると思います。学生は、一人ひとり、興味も能力も異なる。そこで、人間の教師でなく、アバターが勉強相手になれば、誰しもが自分のペースで自分の興味に基づいて勉強できるようになる。

もちろん全員にアンドロイドを用意するのはさすがに難しくとも、CG描画のアバターを授業に用いることは十分できますよね。実際、言語、語学教育の分野では、アバターが広く使われるようになってきており、これが、近未来の教育の姿になっていくかと思います。

▲参考動画。LLMを活用したジェミノイドの動作映像(動画は石黒さんの提供)

アバターで「人間以上」の能力を実現する

石黒:私は昔から、アバターの基礎研究に幅広く取り組んできました。その例をご紹介していきます。

まず、先ほどのジェミノイドに、ジェスチャー機能を搭載するという研究。人間が話しながら、きれいなジェスチャーを正確に行うというのは、実はとても難しいことなのです。

そこで、よりきれいなジェスチャーができる技術を目指しています。いまは、あらかじめ録音された音声を使って、ディープラーニング技術を用いて、適切なジェスチャーを付与する仕組みを実装しています。今後に向けて、リアルタイムの発話にも対応してジェスチャーを生成する研究にも取り組んでいるところです。

ポイントとして、人間がジェスチャーをする時に、基本的に発話より遅れることはありません。例えば、あいさつを行うときに、「こんにちは」と言ってから頭を下げるようでは、見ていて実は不自然です。実際には発話と同時に、頭を下げる動作が始まります。

ですので、アバターで自然なジェスチャーを実現するには、操作者が次に何を発するかを予測しつつ、発話より先に動作を生成しなければいけません。

この予測のために、現在は「BERT」などのニューラルネットや大規模言語モデルを用いた手法を研究開発中です。より自然で人間らしいジェスチャーの生成を目指しています。実現すれば、人間以上にきれいで正確な動きをつけたプレゼンテーションもできるようになります。

石黒:また、この画像のように、ジェミノイドの両脇にはAIカメラも装備し、画像解析により、話し相手の年齢や職業や健康状態を一定の精度で当てることもできる。このように、人間以上の知覚や表現能力を持てる、というのはアバターが持つ可能性のひとつかと思います。

また他にも、公共の場や家庭など、さまざまなシチュエーションに対応できるよう、いろんな形のアバターを考えてきました。さまざまなロボットが、アバターとして用いられ、我々の生活を支えていくようになるだろうと考えています。

石黒:政府は、大胆な発想に基づく挑戦的な研究開発を推進するため、「ムーンショット型研究開発事業」という研究プログラムを推進しています。このプログラムでは、2050年までに本気で実現しないといけない目標を複数、掲げています。その1つ目が、「2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現」するというもの。

石黒:この「目標1」内のプロジェクトとして、私は「誰もが自在に活躍できるアバター共生社会の実現」に取り組んでいます。では、どんな世界をつくろうとしているかを説明していきます。

アバターを通してあらゆる人々が社会に参加できる

石黒:1999年、いまでは世界最大級となっている国際ロボット学会「IROS」において、私は移動可能な台車とパソコンを組み合わせたようなアバターを提案しました。

その約10年後の2010年に、一度アバターブームが到来したことがあります。世界中で50社ほどの企業が、この移動手段とパソコンなどを組み合わせた遠隔操作型アバターを使い、従来の働き方を変えようとする動きが出てきたのです。

石黒:ただ結局のところ、日本でも世界でも、その当時は「リモートで働く」ということは認められなかった。「体がロボットのやつがどうやって人の仕事ができるんだ」というような批判が、真面目に噴出していたのです。

それが、コロナ禍をきっかけとして、リモートでの労働は広く受容されるようになりました。そして、「ロボットの姿やCGのキャラクターの姿で働く」ということまでも当たり前といえるような時代になってきました。こうした背景から、いまは本格的にアバターの活用を推進するために、様々な現場においてアバターの利活用をめぐって多様な実証実験を行ってきました。どれも、大きな成果をおさめています。

医者や病院のケース。もしも医師がアバターとして患者の家へ訪問するようになれば、ウイルス性の感染症などが広がる心配のない、安心な診療ができるでしょう。

小さな医院に、大学病院の医師が操作できるアバターを置いておく、という構想もあります。さまざまな専門医がアバターを操作すれば、小さな診療所でも、治療の幅が大きく広がる。

石黒:実際に、長崎県の久賀島でこの取り組みを行っています。ここは、島民200名以上に対して、医師は1人いるだけなんですね。専門領域外の症例も含め、すべての治療を請け負わなければいけないというのは、やや無理がある。

そこで、実証実験においては、この先生の隣にアバターロボットを設置。このロボットは、長崎大学病院の先生によって操作され、治療を手助けするのです。

石黒:保育園や放課後こどもクラブにアバターを設置し、高齢の方や、退職済みの教師の方などが、子どもたちのお話し相手をする、という実証実験も行いました。主婦の方が自宅に居ながらも、スーパーマーケットにてアバターによる接客の仕事をする、との試みもあります。

石黒:このように、アバターを通すと、誰しもが身体、認知、知覚の能力を拡張し、様々な活動に参加できるようになります。

そして、好きな場所で、仕事や学習ができるようになる。通勤や通学時間を最小限にし、自由な時間が増える。こんな世界を実現していきたいと考えております。

まずは「CGアバターで働く」ことの定着をねらう

石黒:「アバターの社会実装を進め、世の中を変えていきたい。」私はこの思いからAVITAを立ち上げました。

石黒:ではどうやってアバターを普及させるか?を考えたときに、手始めに「CGのキャラクターをアバターとして用いる」という形に至りました。この形式で、まずは「実世界でアバターが働く」という概念を定着させていく。

その後で、高い付加価値が期待できる場というのが見えてきたら、そこをCGからロボットアバターへと置き換えていく。そのような戦略のもとで、AVITAは事業を展開しています。

石黒:AVITAでは、様々なキャラクターデザインのアバターや、アバターの全身を指先まで制御できるようなソフトウェアを開発しています。家でパソコンを開いたら、すぐにアバターを使って、遠隔地で働ける。また、アバターを設置する事業者の側からすると、タブレット端末が置ける場所さえあれば接客サービスが展開できる。そのため、さまざまな業種・場所で使っていただいております。

生命保険セールスの分野でも、アバターが活躍しています。「人間よりもアバター相手の方が安心して話せる」という声が出ているのです。

石黒:コンビニエンスストア「ローソン」での導入事例もあります。

日本のコンビニというのは非常に複雑でして、店舗運営の完全な自動化は困難です。

ただ、お客さんのちょっとした質問に、人間でなくアバターが応じるようになると、非常に効率的に働けるようにはなります。ひとりのオペレーターが、約5店舗で同時にアバター接客を担当する事例もあります。

石黒:また、AIを搭載したアバターを、保険営業の接客トレーニングに用いるとの事例もあります。さすがに接客そのものに人工知能を用いると、ハルシネーションを起こさないか心配になりますが、お客さんがするような応答をAIにさせて研修する分には問題ないわけです。

他の事業展開として、アバターのオペレーターと企業のマッチングを行う仕組みづくりもいま取り組んでおります。またこれからは、そのアバターや操作者が本当に信頼できるのか、ということを担保できる認証制度をつくらなければいけないと考えています。

石黒:日本はこれから深刻な人口減少問題に直面していきますが、アバターで効率よく働けたり、従来であれば働くことが難しかった人でも、新しい仕事ができるようになったりする、そんな世界をつくっていきたいです。

アバターというのは、日本ならではのロボットやCGキャラクター技術、そしてこれらを受け入れられる日本の文化があってこそ成り立つものです。

アバターを通して、日本で新たなマーケットをつくり、世界に広げていけるといいなと思っています。ご興味がある方は、ぜひ一緒に取り組ませていただければと考えています。以上です。

編集:田村 今人、王 雨舟

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