技術力の証明と知名度向上の両輪で進め。技術発信をキャリアに活かす戦略とは

2024年7月4日

フロントエンドエンジニア

うひょ

TypeScriptとReactが得意なフロントエンドエンジニア。株式会社カオナビ所属。ウェブ上の技術記事や雑誌を通じて技術的な情報発信を続けている。実はJavaScript歴19年。
著書『プロを目指す人のためのTypeScript入門』(技術評論社)
X(@uhyo_
個人サイト(uhy.ooo

皆さんこんにちは。前々回前回までのコラムでは、技術発信に興味がある方に向けて、技術記事や登壇資料を作る際の考え方やテクニックをお伝えしてきました。

今回のテーマは、技術発信とキャリアの関係についてです。というのも、私のキャリアはまだそこまで長いものではないですが、それでも技術発信のよい影響を受けてきました。それがなぜなのか、技術発信をキャリアに活かす戦略とはどのようなものなのか考えてみましょう。

もっとも、「好きこそものの上手なれ」とはよくいったもので、結局のところ好きでやっている人が一番うまくいくというのがある種の真理でもあります。

私もどちらかと言えば好きで技術発信をやってきた方ですから、必ずしも戦略が先行していたわけではありません。

とはいえ、結果的に技術発信がキャリアに活きているということで、今回は改めて振り返り、技術発信とキャリアについて分析してみました。

技術発信がキャリアに与える2種類の影響

技術発信がキャリアに与える影響は、2種類に分けて考えられそうです。ひとつは、発信内容によって自分の技術力を裏打ちする、すなわち技術力の証明です。もうひとつは、単純な知名度です。

両者はどちらか一方だけあればいいというものではなく、バランスよく両方あるのが望ましいというのが私の考えです。

素晴らしい技術力があり良い記事を書いていたとしても、それが知られなければキャリアに影響は与えられません。もちろん、その人の職場では優れた人として知られているでしょうが、技術発信でキャリアに影響を与えるということにはならないでしょう。

逆に、技術力に比して知名度が先行しているケースもあります。それ自体は悪いことではなく、目指すキャリアによっては知名度だけあれば良いということも考えられますが、技術力が求められるキャリアを築きたければ技術力のアピールはあったほうが良いでしょう。

また、知名度をいいことに、実際の実力を上回る技術力を持っているかのような振る舞いをしてしまう人もいるようです。そのようなことをしてしまう場合はキャリアの観点では悪影響といえます。実力があるエンジニアからは真の技術力を見抜かれてしまいます。

目標として技術発信で技術者としてのキャリアを助けることを掲げるなら、やはり技術力と知名度という両輪で進んでいくことを目指すのがよいと思います。

技術発信をすると何が起こる?

キャリアというのは、必ずしもエンジニアとしてよい仕事を得るだけの話ではありません。技術発信そのものもキャリアの一部となります

執筆や登壇に報酬をいただく機会もあるでしょうし、そうでなくても技術発信の規模や機会を増やして、より多くの人に発信を届けられるようになれば進歩したといえます。例えば大きなカンファレンスにトークのプロポーザルを出して通すことができれば、進歩を実感できるでしょう。

そして、技術力と知名度は独立したものではありません。良い発信をすれば知名度に多少なりとも貢献するし、知名度が高まれば、技術発信の機会を得ることに繋がります

私は技術発信がもたらすキャリアとして、このようなサイクルにも価値を感じています。単純に、技術発信を通じて多くの人に良い影響を与えることができるのは楽しいし、幸せなことだからです。その意味でも、この2つを育てることが、技術発信によるキャリアの柱だと言えます。

もっとも、よい仕事という意味でのキャリアに関しても技術発信は有効です。高度な内容を発信すれば単純に難しい仕事をこなせることを証明できるし、知名度そのものも有利に働きます。今は多くの会社が技術広報を頑張っていますから、それに貢献するような仕事も可能でしょう。後で紹介しますが、私はこちらの意味でも技術発信の恩恵を受けています。

技術発信の方向性を決めよう

本当に熟練のエンジニアはあらゆる分野で力を発揮するものですが、いきなりそれを目指すのはおすすめしません。少なくとも技術発信によるブランディングという観点では、特定の分野に強い「〇〇の人」というブランディングの方が有利です。

技術者の成長戦略としては、一点特化ではなく広く浅くという戦略もありますが、技術発信の観点では不利です。浅い記事をたくさん書いてもキャリアに活かしにくいからです。何でも並のレベルでこなす人というのは、現場では重宝されるでしょうが、知名度の向上には向きません。

それが全くだめというわけではなく、あらゆる分野で並のレベルの記事を書けたらそれはそれで凄いことです。就職にも役立つかもしれません。しかし、技術発信を通じたブランディングにはならず、技術発信で有名になるのは難しそうに思います。

第一人者を目指す

ブランディングにおいて、特定の技術に強いというのは分かりやすく、かつ効果的です。人によっては、技術ではなく、特定の開発手法とか特定の設計手法というのも良いでしょう。

できることなら、その分野の第一人者を目指したいところです。情報の受け手としては、せっかくならその分野で一番の人の話を聞きたいと思うはずです。しかし、それは並大抵のことではありません。第一人者というのは普通はひとりしかいないのです。

私がここで思い出すのは、大学生時代に小耳に挟んだ話です。曰く、卒論を書くためにはその研究分野について研究室内で一番詳しくなければならず、修論を書くためには大学内で一番詳しくなければならず、博論を書くためには世界で一番詳しくなければならないのです。つまり、研究対象がより限定され高度になるほど、分野が細分化されることもあって、自分は第一人者に近づきます

狭くて特定のトピックでも良いので、これについては自分が一番深く考えていると思えるものを見つけて良い感じにその内容を発信できれば、それは自分の強力な武器になるはずです。特定の技術に詳しいというブランディングはもちろん、この機能をうまく説明することにかけては右に出る者がいないとか、そういう個性があるとよいでしょう。

それをアイデンティティの核として成立させれば、周辺領域に応用して技術発信の幅を広げていくことができます。ここは応用力の見せどころです。

独自性を出していきたいときに頼りになる指標が「新規性」です。ベストなのは、自分と全く同じことを説明している既存記事がまだ世に無いことです。新規性のある技術発信ができれば、その領域にライバルがいる可能性はぐっと下がり、第一人者に大きく近づきます。

最初から新規性のある情報発信をするのは難しいですが、虎視眈々と機会を狙いましょう。

自分らしい主張や理念を備える

とはいっても、技術発信であまりに話題のスコープを狭くしすぎるのは需要の低下にも繋がりますから、よいことばかりではありません。

そこでおすすめなのが、自分の主張や理念を備えることです。同じ技術を扱っている人でも、考え方が全然違うということは良くあります。それらはどちらが優れているということもなく、別々の考え方として並立するものです。自分の主義主張を明確にすることで、自分の個性を出すことができます

また、技術発信の内容を十分に論理的なものにするためにも、自分はどのような主張を持っておりどんな前提を置くのかを明確にすることは不可欠です。

逆に、自分の芯が無く、記事ごとに異なる前提・異なる方向性の主張をしてしまうと、八方美人のように見えますし、記事の内容が結論ありきで浅いものになりがちです。鋭い読者には記事の浅さを見抜かれてしまうでしょう。そのような記事では知名度はともかく、キャリアに与える影響という面では良い恩恵は得にくいと考えられます。

第1回でも「自分の思想を発信するのが技術的な情報発信の集大成」だと述べましたが、その背景には自分のブランディングという背景もあったのです。技術発信を楽しむという観点でも、主張を戦わせるのは楽しいことです。自分の考え方が広く受け入れられるのはとても嬉しいですしね。

理念の例:理想論

以上で述べたことは私も例外ではなく、自分の個性となる理念を持っています。

私の場合は、技術発信においては「理想論」を重視しています。つまり、実際の現場の事情といったことは一旦無視して、純粋に技術的・あるいは理論的に考察したらどうなるのかということを尊重し、アウトプットします

業務の現場においては理想論だけを振りかざしても上手くいくとは限らず、必要に応じて妥協しながら意思決定を行う必要があるわけですが、私が書く技術記事にはそういった内容はあまり出てきません。適切に妥協するのもまた技術力ですが、それは私の技術発信のスコープからは除外しているのです。

この場合、中核となる私の主張は「理想論は基礎にあたるものであり、実際の仕事は応用である」ということです。基礎をおろそかにした状態では、応用的な問題を解く力にもキャップがかかります。理想的な状態が何なのかを正しく・深く理解することで、実際の現場でもより適格な意思決定ができるというのが私の考えです。私は技術発信を通じて、読者がより解像度高く「理想的な状態」を理解できるようにしたいと思っています。

明確な芯を持ち、的確な技術発信を続けることで、自分の信頼を蓄積する方向性を、すなわちキャリアの方向性を決めることができます。実際、私は執筆やトークの依頼を頂くこともありますが、多くは純粋に技術的な内容です。組織論とかチーム開発に関する依頼は来ません。それは私の方向性ではないからです。ありがたいことに、今の私の仕事も、技術的観点からちゃんと最適解を導くことで価値を発揮できる仕事です。

自分の方向性を決めるために

では、これから技術発信をしようと思う人は、方向性をどう決めれば良いのでしょうか。

理想をいえば・・・・・・自分の得意分野を活かすべきです。得意な分野のほうがクオリティの高い技術発信ができるからです。私はこのパターンで、論理的に考えることがどちらかといえば得意なので、それを活かすような記事を書いています。また、キャリアに活かすという観点でも、(人によるかもしれませんが)得意なことを仕事にできるのは悪くありません。

もしくは、より戦略的な考えとして、やりたい仕事があるのであればそれに合わせた発信にするのも良いでしょう。結局はやりたい仕事に合わせた技術力を付ける必要があるので、どちらもあまり変わらないのかもしれませんが。

とはいえ、自分が何が得意なのかもよく分からないという人もいることでしょう。これから技術記事を書き始めようとしている人に、最初から方向性を確立しろというのも無理な話です。

ですから、最初は試行錯誤するところから始めても構いません。とりあえず技術記事を書いてみて、自分はどんなスタイルが得意なのか探ってみましょう。その際は、私が以前公開した記事「技術記事の3類型」が参考になるかもしれません。

技術記事を書く練習をしているうちは、読者への価値提供を無理に意識しなくても構いません。どんなジャンルの記事だったら書きやすいのか、自分の得意分野を探りながら色々書いてみるのがおすすめです。

主義主張に関しては、無理に主張をつくろうとせず、普段考えていることをベースにするのが良さそうです。技術者として技術を扱っていれば、何かしらの考えや、好きなやり方というのが生まれるものです。そのようなことをとりあえず書いてみて、書きやすかったり読者の評判が良かったりしたら育てていけばいいのではないかと思います。

注意しなければいけないのは、「自分の考え方が正しく、ほかが間違いである」などといった考えを持ってしまうことです。自分の主張を持つということは、異なる考え方に対して攻撃的になるということではありません。前提条件が変われば結論も変わるものです。あくまで自分の考え方として主張を持ち、他の人の考え方も尊重すべきです。

何にせよ、主張や思想を交えた記事というのは、書く難易度がやはり高くなります。主張を支えるだけの技術力や著者に対する信頼が必要で、それらが無いと説得力が出にくいからです。

ですから、最初のうちは無理に主張を出さずに、まずは技術における得意分野の確立に集中したほうが良さそうです。

まとめ

今回で、全3回にわたってお送りした私のコラムは終わりです。第1回では技術発信に必要な能力について述べ、第2回ではより具体的なテクニックを紹介しました。そして今回は、技術発信をキャリアに活かすための戦略について述べました。

キャリアという観点では、技術発信のクオリティが高いことは前提としながら、知名度や独自性も必要になります。執筆やトークを依頼される立場になったり、大きなカンファレンスでトークする機会を得たりといった成果を上げるためには、知名度を育てるとともに、自分ならではの独自性を持つことがとても有効です。

技術力と知名度をともに向上させながら自分の技術発信の影響力を向上させ、あわよくば仕事に繋げられれば文句なく成功といえるでしょう。

全3回でお伝えした内容を活かして、ぜひ技術発信に挑戦してみてください。

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