
ITエンジニアのキャリアパスは、「プレイヤーからマネージャーへ、そして経営レイヤーへ」という一直線だけではありません。「マネジメント職を経て、再び現場に戻る」といったキャリアも、選択肢の一つです。
松木雅幸(Songmu)さんと小田中育生(いくお)さんは、まさにそんな生き方を体現されています。松木さんは、株式会社ヘンリーでVPoEを務めた後、GitHubのシニアソリューションズエンジニアとして活躍されています。一方の小田中さんも、株式会社カケハシでのHead of Engineeringを経て、KDDIアジャイル開発センター株式会社(以下、KAG)でスクラムマスターとして挑戦を続けられています。
マネージャーとプレイヤーを柔軟に行き来する意義について、お二人にお話を伺いました。
松木 雅幸
中国でのIT起業、SIer、ソーシャルゲーム開発を経験後、スタートアップのCTOやVPoE、フリーランスなどを経て、2025年12月にGitHub Japan入社。シニアソリューションズエンジニアとして技術営業に従事する。ISUCONでは過去3度の優勝経験あり。

小田中 育生
『エンジニアのための自己管理入門』著者。他の著作に『アジャイルチームによる目標づくりガイド』など。 現在はKDDIアジャイル開発センター株式会社に所属。以前は株式会社ナビタイムジャパンでVP of Engineering、株式会社カケハシでHead of Engineering を歴任。
大切にしたのは「役職」ではなく「今、何に関わりたいか」
――お二人はこれまで、開発組織をマネジメントする要職を務めてこられました。そこから現在の役割へと移られた背景について、まずはお伺いできますか。
小田中:今回の転職の理由として、生成AIの波が押し寄せている今の時代に、「AI×アジャイル」の領域で価値を創出したい、そして人を育てたいという思いが強くありました。
前職のカケハシは魅力的な会社でしたが、どちらかといえば若手よりも即戦力の採用が中心でした。数年が経てば若手を採用する時期が来るかもしれませんが、「自分の年齢を考えると、挑戦は早いほうがいい」と思ったんです。AI技術の進歩で業界のあり方が変わろうとしている今、現場で試行錯誤を重ねるならこのタイミングしかない、と転職を決意しました。
転職先のKAGとは以前からご縁があり、会社としての特徴と自分の思いが重なる部分が大きかったです。音楽性が合うといいますか(笑)。例を挙げると、「型通りのスクラム」を各クライアントに当てはめていくのではなく、現場の前提条件や制約に合わせて柔軟に適用していこうというマインドがある*と感じました。
そのうえで、一度マネージャーの帽子を置いて、スクラムマスターとして働くというチャレンジをすることが、自分の実現したいことによりマッチしていると考えました。
*…KAGは、アジャイル開発の組織導入支援を行っています。

――特定の肩書に縛られるのではなく「今、何に関わりたいか」を大切にされたのですね。松木さんはいかがでしょうか。
松木:私の場合は、計画的にキャリアを組み立ててきたわけではなく、その時々の節目や直感で動いてきたところがあります。
これまで、はてなやNature、Launchableなどを経て、ヘンリーでVPoEを務めていました。ただ、プライベートの事情もあり、一度フルタイムのマネジメントから離れることにしたんです。ヘンリーのフェローを務めつつ、1年ほどフリーランスとして活動していました。
そのままフリーランスを続ける選択肢もあったのですが、そんな折に、友人がSNSで「GitHubのソリューションズエンジニアのポジションが空いた」と投稿しているのを見かけました。GitHubは私自身が大好きなサービスですし、エンジニア人生を支えてくれた存在でもあります。「ここで働けたらすごく素敵だな」と思い、応募したのが直接のきっかけです。
また、このポジションの業務は、日本のエンタープライズ企業への提案が中心です。Web系の開発現場では「GitHubがあって当たり前」ですが、日本の大企業を見渡すとまだまだ浸透していません。そうした企業にGitHubを届けることで、日本の開発プロセスや業務フローを根底からより良いものに変えていけるのではないか、と感じたことも大きかったですね。
「挑戦する怖さ」を乗り越え、キャリアの振り子を楽しむ
――お二人はよい意味で、肩書や職種へのこだわりがないように感じられます。
松木:私はそもそも「偉くなりたい」という欲求があまりなかったんですよね。昔から、面白そうなことに首を突っ込みたいとか、みんなでものづくりをするのが楽しいとか、仲間が増えていくのが嬉しいといった感覚で走ってきましたから。
それから、「さまざまな役割を行き来することで、発揮できる価値がある」とも思っています。Honeycombの共同創業者兼CTOであるチャリティ・メジャーズさんが「The Engineer/Manager Pendulum(エンジニアとマネージャーの振り子)」というブログ記事を執筆されているのですが、この内容に通じるところがあります。
異なる役割へ飛び込むことへの怖さは誰しもあります。ですが、あえて大きな変化を受け入れていくほうが、キャリアの振れ幅も大きくなって楽しいのではないかなと感じています。

――小田中さんは、最初から役職へのこだわりがなかったのでしょうか。
小田中:私の場合は真逆で、昔は明確に「役職に就きたい」と考えていたんです。
新卒で外資系の半導体企業に入ったのですが、2年目の時にリーマンショックが起きて、所属部署が消滅してしまって。やむなく転職活動をした中でご縁があったのがナビタイムジャパンでした。
前職は、外資ということもあり日本企業の平均よりだいぶ給与が高かったです。それもあり、ナビタイムジャパンでは実力に見合った給与を提示していただいたものの、前職と比べると金額が下がってしまったんですよね。人間はどうしても過去の給与水準に生活を合わせたくなるものですから、「もっと給料を上げたい」という気持ちがありました。当時の自分にとって、給与を上げるための最もわかりやすい道筋が、マネージャーのような役職を目指すことでした。
ただ、肩書がついて給与が上がり気持ちが満たされた時に、「自分が本当に求めていたのは、肩書そのものではなかったんだ」と気づきました。
その後、もともと社内にはなかったVPoEのポジションが新設され、私が担うことになりました。さまざまな経験を積む過程で「肩書はあくまで、自分の実績に対して後からついてくるものだ」「役職がなくても物事は成し遂げられる」と実感したんです。こうした経験を経て、特定の肩書に固執することがなくなりました。
「AIへの指示は、メンバーへのコーチングと同じ」マネジメント経験は現場でどう活きる?
――現在の役割において、過去のマネジメント経験が活きているポイントはありますか。
小田中:私の場合、開発組織全体を俯瞰してきた経験や、開発以外のビジネスサイドをはじめとするステークホルダーが「何を期待しているか」という勘所が、今のスクラムマスター業務に非常に役立っています。
そうした経験や視点がないと、教科書通りのスクラムを、現場に当てはめようとしてしまうかもしれません。ですが、現場が型通りに動けていない背景には、必ずと言っていいほど事業上の制約や、組織固有の歴史・慣習といった理由が存在するんですよね。
マネジメントを経験していると、ステークホルダーの目線に立って状況を捉えられるようになります。「相手が何に困っていて、どうアプローチすれば組織を変えていけるか」を考えながら対話を進められる点は、強みになっていると感じます。

松木:私が感じるのは「マネージャーと現場、お互いの立場や思いがわかる」という点ですね。マネージャーの大変さや葛藤を知っていれば、現場に戻った際、仮に上からの指示になんらかの情報が欠けていても対応できます。「きっとこういう背景や意図があるのだろう」と想像し、こちらから先回りで建設的な提案ができるようになります。
もう一つ、最近強く実感しているのが「マネジメントの経験が、AIを使いこなす上でそのまま活きている」ということです。
組織のマネージャーは、メンバーが書くすべてのコードに目を通すことはできませんし、そもそも全部の仕事を監視すべきではありませんよね。重要なのは「何を目標とし、何をもって完了とみなすか」という目線をしっかりと合わせ、相手を信頼して任せることです。
これは、AIとの協働とまったく同じなんですよ。AIが生成したものをすべてゼロから細かくチェックするのではなく、事前に満たすべき前提条件や制約を的確に握ってハンドリングすることが求められます。
さらに面白いのが、LLM自体の性能向上に伴う変化です。以前のLLMは、人間が詳細まで指示しないと期待通りのアウトプットが出ませんでした。しかし最近の高精度なモデルでは、細かすぎる指示を与えると、かえってLLM自身の推論プロセスと衝突して精度が落ちる現象が起きています。
AIに対しても、大枠の文脈とゴールを共有して自律的に考えさせることが重要になっています。メンバー育成における、本人の自律性を引き出す「コーチング」の手法と似ているんですよね。マネジメントで培ってきたコミュニケーションの勘所が、そのまま最新技術の活用に直結しているのは面白い発見でした。
キャリアは片道切符ではない。「正解がないこと」を歓迎する生き方を
――複数の役割を行き来しながら振り子のようにキャリアを重ねることは、人生や仕事においてどのようなプラスをもたらすでしょうか。
小田中:何より純粋に楽しいですし、経験の掛け算によって「思いもよらないキャリアの可能性」が拓けます。
以前『RANGE 知識の「幅」が最強の武器になる』という本を読んだのですが、「多様な分野を経験した末に花開く人も世の中にはたくさんいる」と書かれていました。
私自身、振り返るとまさにその通りだと実感しています。キャリアの初期は半導体のテストエンジニアでしたし、その後はアルゴリズムの研究開発などを担当していました。当時は「社外に出て人前で話すなんて絶対に嫌だ」と言っていた人間でした。それが今では、いろんな場所で話すような人になりましたが(笑)。さまざまな領域へ振り子を振ってきたからこそ、昔の自分では想像もできなかった場所にたどり着けました。
松木:私が一番恐れているのは、思考や立場が硬直化してしまうことなんですよね。同じ場所、同じ思考の枠組みに留まり続けていると、「自分はこうあるべきだ」「仕事とはこうでなければならない」という固定観念が凝り固まってしまいます。
だからこそ、自分のスタンスを大切にしつつも、「そのスタンスを常に疑い続けること」を心がけています。問題に直面し、「こうするべきだ」と強く思ったときほど、「これは自分自身のとらわれや思い込みではないか」と立ち止まってみる。ときには、これまで強みとしてきたやり方をあえてやめることも大切だと思っています。
複数の役割を行き来することは、そうした固定観念を手放すきっかけになるのではないでしょうか。それに、キャリアの変化は、後戻りできない片道切符ではありません。小さく試してみて、合わなければまた戻ればいいんですよ。

――最後に、キャリアに漠然とした悩みを抱えるエンジニアやマネージャーに向けて、お二人からメッセージをお願いできますか。
小田中:今回こうしてお話しさせていただきましたが、読者の中には「二人は業界でも認知度があるし、特別だから柔軟に行き来できるのだろう」と感じる方もいらっしゃるかもしれません。
ですが、私たちも最初から何か特別な強みを持っていたわけではありません。キャリアの初期は何者でもなくて、目の前の仕事に向き合いながら、その過程でたくさんの人と出会い、経験を重ねてきただけなんですよね。そうして残してきた成果を、周囲の方々が後から認めてくださった結果が今につながっています。
新しい挑戦に飛び込むとき、失敗を恐れてしまう気持ちはよくわかります。ですが、失敗の経験は、必ず次につながります。あまり深刻に捉えすぎず、ぜひ今まで経験したことのない領域へ気軽に飛び込んでみてほしいです。
もし、大きなチャレンジをするのが怖い場合は「半歩だけ、いつもと違うことをやってみる」でもいいんですよ。実際にやってみると「あ、意外と大丈夫だな」とか、逆に「これは自分には合わないかも」というのがわかってきますから。
松木:私からは、「キャリアにおいて明確な正解がないこと」は、決してネガティブなことではなく、むしろ歓迎すべきことだと伝えたいです。もし「これが唯一の正しいルートだ」と決まっている世界があるとしたら、その道はいずれ先細っていきますし、AIなどによって代替されてしまう可能性が高いはずです。
だからこそ「この通りに歩めば間違いない」という固定的なロールモデルを探すのではなく、様々なキャリアを参考にしつつ、もっと柔軟に自分だけのスタンスを模索していくほうが、変化に強い本当の安定につながるのではないでしょうか。
取材:中薗 昴、王 雨舟
執筆:中薗 昴
編集:王 雨舟
撮影:山辺 恵美子

