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對馬哲平(つしま・てっぺい)

augment AI株式会社 代表取締役CEO 大阪大学修士課程終了後、2014年ソニー入社。入社1年目で「wena」事業を立ち上げ、最年少統括課長として約10年にわたり事業を推進。2025年、商標・特許を継承し、開発チームと共にaugment AIとして独立起業。翌年、新製品「wena X」でクラウドファンディング史上最速となる40分で1億円、累計6.2億円(2026年9月現在)を達成。

X:@wena_japan wena公式サイト 

クラウドファンディング開始40分で1億円、スマートウォッチwena X(第4世代モデル)は、そんな熱狂とともに2026年3月に世に出ました。

このwena Xの原点は、2015年に遡ります。ソニーの社内スタートアップとして開発をスタートさせた對馬哲平氏が掲げたのは、「お気に入りのアナログ時計をスマートウォッチ化する」という独自のコンセプト、時計のバンド部分に機能を集約するという発想でした。

それから10年、ソニーから商標や特許を継承して誕生したのがwena Xです。1.0インチ以上のフルカラーディスプレイを搭載した世界最小(同社調べ)のスマートウォッチで、腕時計スタイルとスマートバンドスタイルをワンタッチで切り替えられる新機構を打ち出しています。しかし對馬氏がこだわり続けたのは、機能を増やすことではなく、時計という主役を邪魔しないことでした。

本記事では、對馬氏へのインタビューを元に、wenaの10年間の歩みと大企業からのスピンアウトという決断、そしてwena Xに込められたものづくりの思想を紐解いていきます。

スマートウォッチの利便性とお気に入りの腕時計への愛着=wenaシリーズ

▲wenaシリーズの歴代モデル。本体はバックル部分で、左からwena wrist、wena wrist pro(二色)、wena 3、wena Xと並ぶ
▲wenaシリーズの歴代モデル。本体はバックル部分で、左からwena wrist、wena wrist pro(二色)、wena 3、wena Xと並ぶ

――2015年8月にソニー社内でクラウドファンディングを実施してwenaが生まれました。Apple Watchが発売された時期とも近いタイミングでしたが、当時、對馬さんは世の中のスマートウォッチとwenaをどのような感覚で見ていましたか。

對馬:Apple Watchが出てきたことで、スマートウォッチの利便性は拡大していくとは思っていました。でも、アナログ時計が持つ美しさや個性はスマートウォッチでは代替できないので、「第三の選択肢」を用意したかったんですよね。僕はApple Watchが出るずっと前からスマートウォッチが好きで、でも自分の気に入っている腕時計もあったので、自分の腕時計を付けながらスマートウォッチも両方付けていたんです。でも、やっぱり変な目で見られることも多かったんで、「1個にできないかな」といった考えからwenaのコンセプトを思い付きました。

――利便性や機能拡張を追いかけるほかのスマートウォッチとは、そもそも開発の出発点が違ったんですね。

對馬:そうですね、全員同じものを身に付けるのとは、ちょっと違う世界観になるんじゃないかなと思っていました。身に付けるものってやっぱり一人一人の服が違うように、多様性というか嗜好性があるモノだと思ってたので、そういうものづくりをした方がいいんじゃないかと考えていましたね。

――スマートウォッチ市場のシェアを大きく取りに行くのではなく、アナログ時計を愛する人々に寄り添うプロダクトとして必要なことを求めていたのですね。

對馬:ただ、スマートウォッチの利便性を知る人が増えれば増えるほど、「それだけでは満足できない」という層も同時に生まれる。Apple Watchなどを含むスマートウォッチ市場が伸びていくにつれて、僕らのお客さんも増えていくんじゃないかと思っています。

――ソニーのような大きな組織の中で、スタートアップとしてwenaを推進していくのは難しいことだったのではないですか。

對馬:大企業では、1個部署を作るために「売上いくら以上ないと成り立たない」みたいな壁があるんで、小さな市場とか小さな売上の商品は、作り続けていくのがなかなか難しいんです。ただ、ソニーには新しいものを作り、それを応援する文化があって、新規事業創出プログラムのオーディションに合格して、wena事業をスタートさせました。

――いきなり大きな投資判断を求めるのは現実的ではない中で、どのように周囲を説得して事業を推進していきましたか?

對馬:リーンスタートアップの考え方にならって、初めは数百万円だけ投資してもらって、その際に約束したことをきちんと果たす。それが上手くいったら次は1000万円、と段階的に投資額を増やしてもらいました。3か月に1回ぐらいのマイルストーンを置いて、クリアできたら次、みたいな感じです。

――上層部の方々に、對馬さんの作りたいもののイメージをどのように伝えていったのでしょうか?

對馬:「バンドの中に機能が入ったものを作りたい」って言っても、なかなか伝わらなかったです。上層部に限らず人やお金を集めるときは、やっぱり、物があったり、綺麗なデザインの絵があったりすると説得力が増すので、さまざまな試作品を作っていました。

▲3Dプリンターでつくられたwenaシリーズの筐体のモックアップ。色を塗って仕上げている。
▲3Dプリンターでつくられたwenaシリーズの筐体のモックアップ。色を塗って仕上げている。

――ここには複数の試作品が並べられて微妙に形状が異なっていますね。

對馬:まず自分一人でできるものをとにかく作るというのが、すべての始まりになるんですよね。最初は、発泡スチロールでつくったんです。市販のスマートバンドを分解して、その部品がバンドのバックル部分に収まるかどうかを物理的に検証し、3Dプリンターで筐体のモックアップを作り、色を塗ってみる。各駒の中に電池を入れて、配線でつなぐことで、厚みや大きさを探るんです。人もお金も集まっていない段階での、こうした地道な試行錯誤の積み重ねが、wenaの原型を形作っていきました。

――wena wristからwena wrist pro、wena wrist active、そしてwena 3へと新機種を作っていく中で、社内でのwenaの立ち位置はどう変わっていきましたか。

對馬:wena 3はすごい売れたんですけど、一番初めの第一世代から第二世代になるときに、思ったより伸びなくて。2倍ぐらいにはなったんですけど、もっといくかなと思ってたので、結構苦しい時期が続いた感じでしたね。スマートウォッチ市場の成熟度だけでなくて、シンプルにチームとしての経験不足もありました。どれぐらい売れるかは出してみないと分からないし、広告クリエイティブの作り方も、チャネルマージンの相場も、カスタマーサポートの費用感も知らなかったので。

――分からないことだらけだったのですね。

對馬:だから、今となっては、あの頃の事業計画には甘さがあったなと思います。でも、第三世代ぐらいまで作ると、そうした数字も見えてきましたし、技術も成熟し、ようやく「思い描いたもの」に近い形が実現できるようになったのがwena 3でした。

生産終了から独立。「もう大企業はいいかな」という決断の裏側

▲augment AI株式会社の代表取締役CEO、對馬哲平(つしま・てっぺい)
▲augment AI株式会社の代表取締役CEO、對馬哲平(つしま・てっぺい)

――wenaが生産終了になるとき、對馬さんの意見と会社の意見は重なっていましたか。

對馬: 会社の方針とちょっと違ったっていうのがあって。当時のソニーは、エンタメ領域などによりリソースを割くようになりつつありました。すると、僕らがwenaでより深掘りしたいと考えていた、スマートウォッチを通してのヘルスケア機能の方向性と、少しズレが生じてきた部分はありました。会社全体の戦略と個別事業の方向性が合致しなくなることは、他の会社でもよくあることなんじゃないかなとは思います。

wenaはスマートウォッチ市場全体のシェアで見れば小さな存在ですが、ニッチな市場ながらも深く刺さるユーザーを獲得しました。それでも、残念ながら事業終了となってしまいました。

――独立しようと決断できた原動力は何だったのでしょうか。

對馬:どうしても諦めきれなかった、というのが原動力です。あとは、大企業でなく、スタートアップとして起業してみたかったのもあります。元々大企業で安定した生活が欲しかったわけではなく、ハードウェアの作り方や量産を学びたいという気持ちがありました。3世代にわたる製品を世に出せましたし、一通りできたので次はスタートアップとしてチャレンジしてみたいなと思いました。

――wenaのサービス終了に伴い、wenaファンの声なども届いたのではないですか?

對馬:そうですね、「残念だ」というお客さんの声をたくさんいただいて、心に響きました。SNS上で直接メッセージをいただいたり、修理拠点に「終わらないでほしい」といったリクエストを数多くいただいたこともあって、独立起業を考えるようになりました。

「我が子のような存在」であるwenaを手放さなかった理由

▲wena X。手首に沿うように設計されたワイド型カーブAMOLED(1.53インチのフルカラー)を搭載
▲wena X。手首に沿うように設計されたワイド型カーブAMOLED(1.53インチのフルカラー)を搭載

――ソニーから独立する際に、wenaのブランドや商標を引き継ぐことにこだわった理由を教えてください。

對馬:僕が自分でつくったブランドなので、自分の子どものような存在なんですね。ほかの人から見ると、ただのイチ商品かもしれないですけど、僕にとってはとても大切なものなので「もらえませんか」とお話ししました。

――大企業の中で生まれた事業が、個人の手に渡るというのは一般的な話ではありませんよね。

對馬:そうだとは思います。でも、ソニー内に前例が全く無いわけではなかったので、過去にスピンオフを経験した方に話を聞いて回って、どのようなプロセスを経たのかを調べました。

――交渉決裂したら引き継げないけれど、それでも起業する覚悟で交渉しに行ったのですか?

對馬:そうです。もうやることは決めていたので、例え何ももらえなかったとしても、自分で起業するつもりでした。自分の中で決めたからこそ交渉できることがあると思っていて、「何々がもらえたらやめます」とか「もらえなかったらやめません」とか言ってたら、話は前に進まないんですよね。先に決めるからこそ会話できることがあります。結果的には、ソニーからwenaのブランドや特許を継承できることになり、出資も受けて、応援していただく形でaugment AI株式会社を2025年7月18日に設立しました。こういった事例は大企業側にはほとんど実利的なメリットはないのですが、温かく送り出してくれたソニーには感謝してもしきれません。

▲wena Xは3種類の異なるバンドを用意している。左から、loop rubber、leather、metal
▲wena Xは3種類の異なるバンドを用意している。左から、loop rubber、leather、metal

2度目のクラウドファンディングはプレッシャーの質が違った

――入社2年目のときもクラウドファンディングで1億円を達成されています。今回、開始40分で1億円という結果でしたが、当時と気持ちはどう違いましたか。

對馬:10年前の初めてのクラウドファンディングでは、「本当にニーズがあるのか分からないのでお客さんに問いかけてみる」市場検証の目的で行いました。結果的にお客さんがいることが分かったので、事業化の投資判断として使うこともできました。一方で、今回は会社も辞めて、投資家からお金を集めて、多額の借金もして、そういうリスクを自分で抱えた状態でスタートしていたので、プレッシャーの質が違いました。うまくいかなくて路頭に迷ってしまったらどうしようという不安はすごく強かったです。

――プレッシャーは大きくなったと思いますが、独立したからこそできたこともありましたか?

對馬:やっぱりスピードがすごく上がったというのはありますね。何かを決めるときに、誰かのお伺いを立てる必要が一切なくなったので、自分たちで全部決められる。そこはかなり楽になりました。大企業には、過去にこういうことがあったからという事例が積み重なってどうしてもさまざまなルールができます。もちろんそれがダメというわけではなく、ルールにより担保されている品質は確実にあります。ただ、全部ルールに則ってやろうとすると工数も費用もかかってしまいます。スタートアップだからこそ自分たちの責任で強弱をつけることでスピード感をもって進めることができるというのは確実にあると思います。

世界最小を叶えた独自のwena OSは、80mAhで最大1週間動く省電力設計

――wena Xは、世界最小クラス(同社調べ)のスマートウォッチなんですよね。これはどういったこだわりからですか?

對馬:色々なものを小さくしたいという、個人的な思いは持っています。手のひらに収まるガジェットが好きなんです。あと、小さいものを作るのって設計の難易度も上がって技術力が試されるんです。その点で振り返ってみると、ソニーは小さなものを作ることに長けているエンジニアの方々が多くいる環境だったので、そういった場所でwenaの開発に取り組めたのはとても良かったと思います。

――wena Xの開発で特にこだわり抜いた部分はどこでしたか?

對馬: 腕時計に取り付ける以上、一番重要なのは装着感だと思っていて。ただでさえ腕時計を着けているのに、さらにデバイスを付けるときに、より大きくなってしまったり重くなるのはよくないですよね。なるべく腕時計の世界観を壊さないように、小さく目立たないように作っていきたいと考えていました。

――wena Xでは独自のwena OSが開発されています。そのこだわりの理由はどこにあったのでしょうか。

對馬:筐体を小さく作ろうとしても、今のスマートウォッチって半分ぐらい電池のスペースなんです。だから、省電力のソフトウェアで動かして、電池サイズをいかに小さくするかが重要でした。wena Xではカーブした1.53インチのフルカラーAMOLED(アクティブマトリクス式有機EL)の搭載によってUIが大幅にリッチになりつつも、超省電力で稼働する wena OS を新たに開発しました。

――OSの独自開発で、一番ネックだったことは何でしたか?

對馬:消費電力が一番ネックでした。僕たちが実現したのが、わずか80mAhという超小型バッテリーでの最大1週間駆動です。ほかのスマートウォッチだと300mAhとかなので、4分の1ぐらいのサイズにもかかわらずフル充電で最大1週間持ちます。

――装着感の面で、他にこだわった点はありますか。

對馬:wena Xでは腕時計スタイルとスマートバンドスタイルを切り替えることができるので、バックルの着脱機構にもこだわりました。毎日行う操作だからこそ、微妙な感触の違いが使い勝手を大きく左右すると思っています。例えば、簡単に外れ過ぎると時計を落とすリスクがあり、固過ぎるとストレスになる。そのバランスを日々使いながら検証している段階です。

▲外装には低アレルギー性の素材、サージカルスチール(SUS316L)を採用。MIMとCNCを組み合わせた金属造形製法で成形し、DLC(Diamond Like Carbon)コーティングを施すことで、高い耐摩耗性を確保しているという
▲外装には低アレルギー性の素材、サージカルスチール(SUS316L)を採用。MIMとCNCを組み合わせた金属造形製法で成形し、DLC(Diamond Like Carbon)コーティングを施すことで、高い耐摩耗性を確保しているという

――ディスプレイのUIデザインも、日本的なミニマリズムを感じます。

對馬:普通のスマートウォッチを観察してみると、大きな文字とか太字のフォントで、ビビッドで派手な色をいっぱい使っています。でも、そのようなデザインだと、元の時計の世界観に合わなくなってしまいます。僕たちの考えでは、主役はあくまで時計の方なんです。そのため、なるべく使う色をシックにしたり、細い線を使ったりして、時計の繊細さに合わせる工夫をしています。取り付ける時計の方が主役なので、wenaは時計の世界観を邪魔しないデザインにするべき、それがテーマになっています。この設計思想は、日本らしいデザインなのではないかと思いますね。

――對馬さんがものづくりにおいてロールモデルとしていたり、魅力を感じている日本のハードウェア企業はありますか?

對馬:日本のハードウェア・スタートアップでBALMUDAのつくっている家電はめちゃくちゃ難しい領域で、ああいうモノづくりをしたいなと思います。

ハードウェアスタートアップが直面する部品調達の現実

――ハードウェアのスタートアップとして、円安やパーツの価格高騰は大きな逆風ではないですか。

對馬:本当に大変です。wena Xには約100個ぐらいの部品が入っているんですけど、そのうち1個でも無かったら物が作れないじゃないですか。でも、半導体不足で、リードタイム(発注してから実際に部品が届くまでの期間)も非常に長いんです。長いものだと9カ月後の生産を予測しながら先に部品を買わないといけないんですよね。

――ニッチな市場で戦っていく上では、資金繰りと在庫リスクを抱えながら努力するのはとても大変そうです。

對馬: 大企業が参入できないような小さい市場で、かつスタートアップからすると技術難易度が高いところは実はブルーオーシャンとして存在していると思うんです。弊社はそういう領域をやっていきたいと思っています。

「人間拡張」へ向かうaugment AIの未来

――今後はwena Xをどのような方向に進化させていく考えですか。

對馬:wena Xについては完成度の高いデバイスなので、マイナーチェンジが良いかなと思ってます。機能を増やすのではなくて、中身のセンサーとかCPUを変えて、より電池が持ちますとか、サクサク動きますとか、そういう方向に進化させていきたいです。「スマートウォッチの小さな画面で電卓を使いたいですか?」という話で、そういう機能って必要ないんじゃないんじゃないかと思っています。本当に必要な機能だけを突き詰めていきたいです。

――機能を足し算するのではなく、体験の質を磨きたいという発想ですね。ちなみに、会社名がwenaではなくaugment AIとなっていますが、これはwena以外のプロダクトの開発も今後の視野に入れているということでしょうか。

對馬:「augment human」、日本語では「人間拡張」という言葉があるんですけど、そこから取ってる名前で、最終的には人間拡張をテーマにした製品開発をしていきたいと考えています。ウェアラブルデバイスで色んなものをセンシングして、そのデータを活用して人の生活を豊かにしていきたいんです。

――wena Xも東京大学発スタートアップACCELStarsとの資本業務提携によって、AI睡眠分析機能を共同開発なさっていますね。

對馬:センシングによって睡眠を記録することと、そういった生体データをもとに、ユーザーの生活に介入できるかを今後追究していきたいです。年齢を重ねるとどうしても身体機能が落ちていくじゃないですか。augment AIは、そこをテクノロジーで補完するような会社にしていきたいと思ってます。wena Xは、その構想を実現するための最初の一歩です。

取材・執筆:鹿野水月
編集:鹿野水月、王雨舟、田村今人
撮影:曽川拓哉