しんざき

システムエンジニア、PM、ケーナ奏者、三児の父。南米民族音楽の演奏が趣味。仕事・育児・演奏活動の傍ら、レトロゲーム雑記ブログ「不倒城」を20年程運営している。

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こんにちは、しんざきです。

流行に対するアンテナがだいぶ鈍い方でして、皆さんがきゃっきゃと楽しみながら遊んでいたゲームを、数年経ってからようやく始めたりします。「いつ始めても遅過ぎることはない」を合い言葉に、日々頑張って生きています。

この記事で書きたいことは、大体以下のようなことです。

 ・『オーバークック2』を予備知識ゼロで遊び始めたとき、「並列思考が必要な、パズルに近い高難度のタスク管理ゲーム」だと思っていました ・長女と二人で遊び始めた瞬間、「どのようにタスクを手分けするか、可能な限り速く意思疎通で解決していくコミュニケーション・ゲーム」に激変しました ・このときの頭の切り替えの感覚が、プレイングマネージャーとして、特にトラブル対応をしていたときの頭の切り替え方によく似ていました ・大事なのは「相手の視点と自分の視点の差分把握とすり合わせ」でした ・『オーバークック』のおかげで、昔考えていたプレイングマネージャーの強みについて、明確に言語化できるようになりました ・ところで、人類は足元が滑る場所で料理をするべきではありません ・『オーバークック』界の人たちは、「調理をする前にはまず作業環境を整えるのが大事」ということを覚えるべきです。食品衛生法は偉大

よろしくお願いします。

さて、書きたいことは最初に全部書いてしまったので、あとはざっくばらんにいきましょう。

大変遅ればせながらですが、先日、『オーバークック』で初めて遊びました。購入したのはNintendo Switch2版の『オーバークック 王国のフルコース』で、1と2がセットになっており、追加DLCまで全部入りになっているお得版です。私は初プレイだったので1から始めました。

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元々有名なゲームなのでご存知の方も多いと思いますが、一応説明させてください。

『オーバークック』のオニオン王国は“ブラック職場”で超激務

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『オーバークック』を一言で言うと、 「次から次へとハイスピードで料理を作っていく、忙殺系料理アクションゲーム」です。

客を満足させるために、ただひたすら料理やデザートをつくりまくる。つくっては配膳、つくっては配膳。そこに休憩時間などという生ぬるいものはありません。「どこのブラック職場だよ」ってくらいの超激務です。

料理には、それぞれつくる工程があります。例えば、キャベツを刻む、肉を焼く、それらをお皿に盛り付ける、そのお皿を配膳口に持っていく、食べ終わった皿を洗う。他にもさまざまなギミックがありまして、それらを決められたフィールド内でテキパキとこなしていかなくてはいけません。

1つの面では何十皿も何百皿も料理を作らなくてはならず、上記のような工程をちんたら1つずつ進めていたら、到底ノルマを達成できません。

画面上には、デフォルトでは2人のコックがいて、その二人を適宜切り替えながら操作できるので、例えば「こっちのコックで野菜を刻んでいる隙に、あっちのコックで肉を焼いて、すぐさまもう1人に切り替えて皿に盛り付ける」というような、段取りのリアルタイム処理が非常に重要になってきます

ステージの配置によっては2人のコックそれぞれの移動可能な範囲が分かれていて、「こっちのコックには料理器具があるが料理の材料がないので、あっちのコックが材料をとって下処理して渡さなくてはならない」なんてことも発生するので、2人のコックがそれぞれどういう動きをすればいいかはかなり複雑で、しかも素早い判断が必要とされます。

まあ私は漫画『鉄鍋のジャン』(西条真二)と『中華一番』(小川悦司)を全巻読破しているので、料理に対する理解がマリアナ海溝だし、大体の料理ゲームは楽勝だろうと舐めてかかっていたんですが、これがめっっっっっっちゃくちゃ難しかったんですよ。最初、マジで「高難度過ぎんか」と思いながら遊んでました。

これは後から、勘違いとまではいかないまでもこのゲームの一側面でしかなかったことが判明するんですが、私、最初このゲームのことを「並列思考タスク処理パズルゲー」だと思っていたんですよね。

1人で2人分の操作をしなくてはならない。次から次へとタスクが発生する。左右で最適な動きを同時並列で考えながら、与えられたタスクを最適な順番で、可能な限り待ち時間を発生させずに処理していく。

自分の中で組み上げたタスク表を、2つの回路でいかにスムーズに、最適な手順で処理していくか。そういうゲームだと思ってました。私自身の感覚としては、昔のファミコン・ゲーム『バイナリィランド』左右対称に動くペンギンを操作しながら進むアクション・パズル)に近いものを感じていました。ゲーム自体は全然違うのですが。

長女の一言「パパ何で1人で遊んでるの?」でゲームが激変

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ところで、しんざき家の子どもたちはみんなゲーム好きでして、長女が元々『オーバークック』を知っていました。どこで知ったかって、どうもYouTuberさんのゲーム配信で見たようで、私が氷面や溶岩面で悪戦苦闘しているのを見ると、

長女「あれ、パパ、そのゲーム何で1人で遊んでるの?」

と言ったんです。実を言うと私、その瞬間まで、このゲームで複数人プレイができることを知りませんでした。

「1人でって? 2人でも遊べるの?」
長女「2人っていうか、みんなで話しながら遊ぶゲームでしょ? 見たことあるよ、実況で」
「(もしかしてこれ、マルチプレイ前提の難易度だったのか……!?)長女もやってみる?」
長女「うん、やりたい。面白そう」

で、2人で遊び始めてびっくりしました。何がって、全くゲームがちがう

「野菜切って! やばい野菜足りない! 切って野菜!」
「あー肉落ちた落ちた! もったいない! フードロス!」
「置いていいの!? え、料理って床に置いていいものなの!?」
「滑る滑る滑る、あ、池落ちた!! ちょっと何で池の横に台所があんの!?」
「火着いた! え、これ何!? この火どうやって消すの!?」
「皿!  皿足りない! 洗っていこう、皿! 衛生管理!」

こんな感じでぎゃーぎゃー騒ぎながら遊ぶのは、確かに滅茶苦茶楽しかったのですが、いざゲームを進めようとすると、「誰が何をやるのか」の意思疎通が極めて、極めて重要になるんですよ。

1人でプレイするより2人でプレイする方が簡単かというとそんな単純なものでもなく、ソロプレイのときなら問題にならなかった「タスクの段取り」が、いきなり大きな障害になります。料理をするために皿と刻んだキャベツが必要→まず皿を洗う→キャベツを取りに行く→キャベツを刻むといったタスク優先順は、自分だけなら無言のうちに整理できますが、2人だとそうはいきません。

自分に見えている状況を相手も認識しているとは限らないため、「今はとにかく皿が足りないからまず皿を洗うタスクを優先しよう」とか、「こっちのフィールドには包丁が無いから野菜を切れない、野菜はそっちで切って、切った野菜をどんどんこっちに渡して」といった自分発信の要求をすべて言葉にして伝えないといけませんし、しかも「相手にちゃんと伝わっているかどうか」を都度確認して、その場で最適な内容に言語化しなくてはいけません。逆に、「相手は何を優先して欲しいと思っているのか」も常に確認する必要があります

「並列処理の高難度パズル・ゲーム」が、「どのようにタスクを手分けするか、可能な限り速く意思疎通で解決していくコミュニケーション・ゲーム」に激変した瞬間です。『モンスターハンター』のジエン・モーラン戦でもこんな極端には変わらんだろってくらい、ソロプレイとマルチプレイで、ゲーム遊んでるときの感覚が変わりました。この「感覚の変わり方」はかなり新鮮でした。

このとき、上でも書いた、「自分に見えている状況を相手も認識しているとは限らないという認識が特に重要だなー」と思いまして、タスクを割り振るにしてもまず「何でそのタスクが必要なのか」という状況認識をすり合わせないと、ほとんどの場合やり取りが上手くいかないんですよ。

「包丁が片方のフィールドにしかなく、野菜を受け渡さないとタスクが進まない」という状況認識が共有できていれば、ただ「野菜お願い!」の一言でスムーズにタスクが進む。けれど、一方がその状況を理解していないと、「え、何? 野菜をどうすれば良いの?」となっちゃう。急ぎのときこそ、まず状況共有、視野の統一が大事なわけです。

で、この感覚、何か覚えがあるな?って後から振り返って、「そういえば、昔仕事でトラブル対応してたときの感覚に似てるかも」と思い当たったんです。

「プレイングマネージャーの強み」を言語化できた

以前から何度か書いていますが、しんざきはシステム関係の仕事をしています。マネジメントもするが自分で色んなタスクも持つ、いわゆるプレイングマネージャーという立ち位置で、何回か職場を変えながらも、大体20年ちょっと働いています。まあ、プレイングマネージャーと言えば聞こえは良いですが、雑用兼現場監督みたいなものです。

で、ちょうど『オーバークック』と同じように、ただひたすら状況収束に集中して最適解を選択し続けないといけない、という場面が時々ありました。トラブル発生時の緊急対応です。

しんざきが昔担当していたシステムには、24時間365日稼働の金融系システムなんかもありまして、何かトラブルがあると即時解決しなければいけませんでした。もちろん対応のためのチームやシフトも組んでいたんですが、うっかりすると当局からお叱りを受けて会社が潰れたりするので、緊急で呼び出されてその場にいたメンバーでどうにか対応、なんてこともちょくちょくありました。

こういう「みんなが滅茶苦茶焦ってるとき」こそ、まず「見えているものの共有、統一」が物すごく大事なんですよね。

緊急対応に慣れた方ならよくご存知かと思うんですが、緊急時に一番やっちゃいけないことって何かと言うと、「対応ミスをトリガーとした二次トラブルの発生」です。何かを直そうとして焦って作業をしてしまうと、そのときの対応が原因で被害が広がってしまったりするんですよ。サーバーが止まってしまったから慌てて再起動しようとしたら、コマンドを間違って大事な設定を壊してしまってほかのサーバーまで止まってしまったとか、よくある話ですよね。

この二次被害を最も招きやすいのが、まさに作業者相互の視点の違いなんですよね。ある人が知っている設定について、ほかの人が知らないまま作業を始めてしまうとか、トラブルの性質や緊急度についてそれぞれ認識が違うとか、そういう状況を放置していると、物すごくあっさり二次被害が起きるわけです。

で、私、プレイングマネージャーの一番の強みって、ただ「作業者とマネ―ジャー、両方の仕事ができる」ことだけではなく、「異なる立場の人間が、それぞれ何を見ているのかを想像しやすい」ことだと思っているんです。

例えばの話、現場のメンバーは「ただのサーバートラブル」としか認識していない。マネージャーは「システムトラブルによって、顧客にはどういう影響があって、経営上どういう被害が発生し得るか」を考えている。プレイングマネージャーは、その両方の視点を行き来できる

舵取りをする立場だけれど、自分でも作業をするし、作業の中身について知っている。だからこそ、現場に立つ人間が何を知っていないといけないかが分かっているし、「あ、今、視点が統一できてない」ってことに気付きやすい。普段から起こりうる話だけど、特にトラブル時の緊急対応では、それが可視化されやすい。

この辺、『オーバークック』をプレイしていると、「プレイヤーAは野菜が足りないと認識している」「プレイヤーBは皿が足りないと認識している」みたいな視点ずれが非常に起こりやすくて、まさに「プレイングマネージャーってこういう状況での視点を統合できる能力が求められるんだな」って認識ができたんですよ。

また、「人間は、自分が見えていることが、相手にも見えていると思い込みやすい」という点も、『オーバークック』をプレイする上での重要な認識でした。プレイヤーAには「野菜が足りない」ということが既に見えていて、それを前提として行動しているから、プレイヤーBが違う前提で動いていることに気付かず、「何で野菜切らないの!?」となってしまう。こういうすれ違いも、緊急対応あるあるですよね。

『オーバークック』をやっていて、「あ、俺今、トラブルの緊急対応のときと同じ脳の使い方をしてる」と感じたので、上記のようなことを言語化したくなりました。タスクとマネジメントを手軽に両方経験できるゲームとして、『オーバークック』がある種エンジニアにとっても良い教材になるのではないか、と思った次第です。

それはそうと人類は足元が滑る場所で料理をするべきではない

最後にちょっとだけ『オーバークック』の話に戻るんですが、氷面が個人的にめっっっちゃ苦手でした。これ、ファミコン時代からの話なんですけど、私「滑る」ってギミックにやたら苦手意識があるんですよ。『ロックマン』におけるアイスマン・ステージとか、『くにおくんの時代劇だよ全員集合』におけるえぞとか、ああいうのです。

『オーバークック』にも氷ステージがありまして、ダッシュをすると床を滑ったりするんですが、まあ上手く操作できない。単に私が不器用なだけなんですが、普通に水に落ちまくる。氷の上でやむなく料理をするならまずスノー・ブーツを履けと、そう思うところ大なわけです。というかまず氷の上で料理するな。危ないだろ。

『オーバークック』、あまり説明なく突如として極限環境下で料理が始まることでも特徴的なゲームだと思うんですが、厨房にネズミが出るのは当たり前、いきなり通行人が割り込んできたり、コンロが定期的に上下に動いたり、厨房が溶岩の上に浮いていて食材が溶岩上のテーブルに乗って運ばれてきたり、「お前らはまず料理をする前に環境を整えろ」と思わざるを得ない。食品衛生法の偉大さを痛感しました。

今日書きたいことはそれくらいです。