アイキャッチ

山下(Seamless)

2014年から幅広い分野の研究論文をピックアップして解説しているメディア「Seamless」を個人運営。 X(@shiropen2)でも更新情報を発信中。

@shiropen2 Seamless(シームレス) 著者記事一覧

米ハーバード大学などに所属する研究者らが英国学術誌Nature誌で発表した論文「Human brain organoids record the passage of time over multiple years」は、ヒトの大脳皮質を模した脳オルガノイドを5年以上にわたって長期培養し、脳の成熟プロセスを生体外で再現した研究報告だ。

脳オルガノイドが脳の加齢と並行して生物学的な年齢重ねる

ヒトの脳は、完全に成熟するまでに20年近くという極めて長い時間を要する。この人間特有のゆっくりとした脳の発達プロセスを、マウスなどの動物モデルで研究することはこれまで困難であった。

研究チームは、ヒトの幹細胞から作製した「脳オルガノイド」(培養皿の中で作られた立体的なミニチュアの脳組織)を5年以上にわたって培養し、実際のヒトの脳と同じように時間の経過を記録しながら成熟していく様子を再現することに成功した。

これまでも脳オルガノイドは、胎児期のような、ごく初期の脳の発達段階を再現するにとどまっていた。しかし本研究では、最長で5.8年という長期間の培養を行い、細胞内の遺伝子の働きやDNAの変化を詳細に解析した。

その結果、DNAに刻まれる加齢の目印である「DNAメチル化」から年齢を推定する「エピジェネティック時計」で予測される細胞の年齢が、培養下で過ごした期間と相関することが判明した。つまり、オルガノイドは生体内の脳の加齢と並行する形で、生物学的な年齢を重ねていた

シナプスの発達などの構造的な成熟も

このような数年単位の培養において障壁となっていたのは、神経細胞(ニューロン)を健康なまま長期生存させることであった。従来の培養液では時間とともに神経細胞が失われてしまうが、研究チームは神経細胞の自発的な活動を促す「Activity-Permissive Medium」(APM)を採用することでこの問題を克服した。

オルガノイドは、神経細胞の寿命が延びただけでなく、シナプスの発達など構造的な成熟も確認された。さらに、少なくとも2年間にわたって、複数の神経細胞が同期して電気信号を発する機能的なネットワーク活動を維持できることも示されたという。

また、オルガノイドの細胞は経過した時間を記憶しているという。研究チームは、長期間培養した古い前駆細胞と、培養を始めたばかりの若い前駆細胞を混ぜ合わせてキメラ状態のオルガノイドを作製した。

通常、若い細胞は初期の発生段階から順を追って成長していくが、古い細胞は初期の段階を繰り返すことなくスキップし、ただちに後期の成熟した神経細胞を生み出したという。これは、細胞が培養下で過ごした時間を記憶として保持しており、周囲の若い細胞から影響を受けても、すでに終えた初期段階の細胞を作り直すことなく、自身の年齢に見合った振る舞いを選択できることを示している。

Source and Image Credits: Faravelli, I., Antón-Bolaños, N., Wei, A. et al. Human brain organoids record the passage of time over multiple years. Nature (2026). https://doi.org/10.1038/s41586-026-10877-x