株式会社野村総合研究所
AI生産革新推進部長
綿引 健二(わたひき・けんじ)
日本ヒューレット・パッカードでeXtreme Programmingやオブジェクト指向設計・開発の経験を積み、2006年にNRI入社。以来、チーム開発環境や方法論の研究開発に従事。現在は、主にAI技術を活用したシステム開発技術の開発とシステム開発現場の変革を推進。最近のマイブームは散歩。
株式会社野村総合研究所
IT基盤技術戦略室 チーフストラテジスト
長谷 佳明(ながや・よしあき)
独系ソフトウェアベンダーのSAPジャパンでテクニカルコンサルタントを11年務めた後、2014年にNRI入社。以降ITアナリストとして、先進技術の調査・コンサルティングに従事。専門は人工知能、ロボティクス、IT基盤技術。年次技術予測『ITロードマップ』の執筆陣であり、共著に『AI(人工知能)まるわかり』(日本経済新聞出版)などがある。趣味は釣り。マイブームは昨年お迎えした柴犬。
生成AIの進化により、システム開発の風景は数年で一変しました。AIがコーディングを一定担えるようになり、専門家でなくても「動くもの」がつくれる時代になりつつあります。
では、これまで数多の企業のシステム開発を支えてきたSIer(システムインテグレーター)は、この先どうなるのでしょうか?
気になる発信をしているのが、野村総合研究所(NRI)です。同社は中期経営計画(2026-2028)フォローアップ説明会において、AIによるコーディングが進んでいくことで「SIerにおける必要人員数が減少し、成長が縮小するのではないかという懸念」が一部にあると指摘。
一方で、同社が主業とする大規模・ミッションクリティカルなシステム開発においては、「非機能要件の整備・実装や複雑な合意形成は汎用AIのみでは実現が困難」とし、今後も売上を伸長させていく考えを示しています。
AIによって、いずれはあらゆる企業が自社でシステムを開発できるようになるかもしれない——。そんな見方もあるなかで、なぜ、そう言えるのか? 同社AI生産革新推進部長・綿引健二さんと、IT基盤技術戦略室チーフストラテジスト・長谷佳明さんにお話を聞きました。
「非機能要件は汎用AIに代替されない」の意味
――生成AIが登場して数年が経ちました。NRIのエンタープライズ開発の現場では、どのような変化が起きたのでしょうか。
綿引:PoCの段階は過ぎ、AIの開発への組み入れはもう前提として、「では、品質を保ちながらいかに生産性をさらに引き上げるか?開発業務をどう最適化できるか?」を考えるフェーズになっています。
本来、生産性向上の取り組みというのは、年に数%の改善を少しずつ積み上げて、何年もかけて大きな成果を刈り取る、というような世界でした。ところが、生成AIが現場に入ってくると、コーディングやテストの領域を中心に、工程によっては生産性が2倍、あるいは10倍という事例が実際に出てきた。こうした結果に私自身も驚いています。
――逆に、「意外と変わらなかった」ことはありますか?
綿引:エンジニアリングの基礎体力の重要性です。
「AIが開発を担うようになれば、従来のエンジニアのスキルは要らなくなる」と語られることもあります。しかし、実態は逆だったと実感しています。社内でAIを使って大きな成果を上げているプロジェクトを分析すると、その背景には共通して、高いスキルを持つエンジニアや成熟した開発組織の存在があるからです。
AIが出力したコードの妥当性をその場で見抜けたり、要件を破綻なく構造に落とし込めたりといった地力のある人ほど、AIによって成果が何倍にも増幅されているのです。こうした土台がないとAIの出力が正しいのかどうかすら判断できず、かえって振り回されることがあります。
特に力の差が出るのは、個別のタスク能力というより「開発プロセス全体の、どこにAIを効かせるか」という勘所ですね。
――では、AIが不得意な領域をどう捉えているのか、お聞かせください。NRIは中計で「非機能要件の整備や複雑な合意形成は、汎用AIのみでは実現困難」と説明していました。しかし、例えばデータベースのインデックス設計や、インフラ構成をコードで定義する作業など、AIにも非機能要件は一定こなせるのでは? との見方もありそうです。
綿引:その疑問は、よく分かります。ただ、我々が言う非機能要件というのは結局、さまざまな事情や要件のうち「何に重点を置くか」という意思決定に近いものなんですね。
そもそも私たちが手がけるのは、基本的に「ミッションクリティカルで、大規模・複雑なシステム」です。
ミッションクリティカルというのは、単純に言えば、「失敗が許されるかどうか」。ひとつの障害が、そのまま社会的な事故につながってしまう領域ですね。例えば証券会社のバックオフィスや銀行の勘定系のように、止まれば取引や決済に直接影響が及ぶようなシステムです。
そしてそこには、いろんな人、いろんな組織、いろんなビジネスが複雑に絡み合っています。
――と、いうと?
綿引:非機能要件というのは、えてしてトレードオフの世界だからです。
例えば、可用性を極限まで高めようとすれば、その分コストも期間もかさむ。セキュリティの統制をきつくすれば、今度は現場での使い勝手が落ちる。大量のアクセスをさばくために処理を並列化してスループットを上げれば、その分メモリやCPUを消費してコストが膨らむ。逆にコストを絞れば、ピーク時の応答性能が犠牲になる。
あちらを立てればこちらが立たない、という関係があちこちにあるんです。
そのトレードオフを、どの水準で折り合わせるか? ここは、人間が関係者の間に立って調整しないと、なかなか決まらない領域です。
――ひるがえって言うと、そのあたりの要件の前提を定式化してAIに渡せれば、ある程度任せられるのではないでしょうか。
綿引:そこが難しいところでして。現場のエンジニアはお客様がその事業で将来どんな姿を目指しているのか、あるいは、対象となるマーケットが今後どう動いていくのか、といった、どこにも明文化されていない背景を踏まえて、日々の意思決定を行います。明文化されていない以上、現状ではAIには渡しきれない情報ばかりです。
だから「この条件で最適な答えを出して」と丸ごと委ねるのは、今の段階では難しい。
仮にそれらをすべて定式化して渡せるとしても、膨大かつ時系列で変化していく暗黙知を一つひとつ言語化していく作業のほうが、AIに任せて浮くコストよりも、よほど大きくなってしまうかもしれません。こうした壁があります。
長谷:構造的に言うと、背景にあるのは「多目的最適化」というキーワードだと思います。
長谷:最適解が1つに決まる問題なら、AIは比較的スムーズに解決策を導けます。
ですが、世の中の問題は、いざ解こうとすると、今出たようなトレードオフの壁が立ちはだかるものが多い。そこで「では、今回はどれを優先するか?」を関係者と会話しながら決めていく能力は、今の時点では、やはり人間のエンジニアのほうが長けている、というのが我々の認識です。
――あくまで「今の時点では」なのですね。
綿引:そうですね。当然ながら、AIの進化速度はすさまじく、どんな進化を遂げるかを正確に予想するのは困難ですから。
例えば、非機能要件の中でも、すでに要件が固まっていて「このテーブルはこの検索が多いから、どうインデックスを張るか」といった、範囲が限定されて答えの筋がある程度見えている設計であれば、今でもAIで効率化する手はいくらでもあります。そのようにしてAIに任せられる範囲は、今後さらに広がっていくと思いますし、私たち自身も期待しています。
ただ、大規模でミッションクリティカルなシステムの非機能要件が、丸ごとAIで代替できる未来が近いうちに起こるかというと、今は考えにくいという所感です。
長谷:例えばデータベースにも、以前から自動でチューニングする機能はありますよね。クエリの実行計画を見て、統計情報をもとに最適なインデックスや実行経路を選ぶ、といった機能です。
フロンティアモデルの汎用AIが、既存の製品やサービスを丸ごと置き換えるのではなく、日々用いているデータベースやミドルウェアといった基盤に、AIが少しずつ溶け込んでいき、ツールとして高度化していく、というのが現実的な未来ではないかと見ています。
綿引:もし今後、AIがさらに発展を遂げ、今回議論した課題をも解決しうる能力を獲得するのであれば、大規模でミッションクリティカルなシステムを扱ってきた我々こそが、先んじてそのようなAIエージェントを開発し、実用化したいと思っています。
内製化が進み得る時代に「需要は減らない」と言える理由
――とはいえ、AIの普及により企業側の内製化は進んでいくのではないか? というのが気になります。
長谷:まず、内製化するかどうかの意思決定は、当然お客様が判断されることです。
その上で考えを申し上げると、仮に内製化が進むにしても、私たちの事業にとって不利な状況になるとは捉えていません。
――それは「内製化はそれほど進まない」と考えている、ということでしょうか。
長谷:いえ。例えば、ひとつの部門の問い合わせ対応をAIで自動化したり、これまでExcelで手作業していた集計や資料づくりをAIに任せたりする。こうしたスポット単位での開発は、ユーザー企業側の手でどんどん実現されていくでしょう。
綿引:それはお客様のビジネススピードの加速にもつながりますし、私たちとしても歓迎すべきことだと考えています。
――では、なぜそれが事業にとって逆風にならないとお考えなのでしょうか。
長谷:そうしてつくられたものが大規模化していくと、どこかの段階で「これを既存の基幹システムとつなぎたい」「一部門だけでなく、全社で本格的に使いたい」というお話が出てき得るからです。
それは、先ほどの4象限における「小規模・シンプル」な領域から、「大規模・ミッションクリティカル」な領域へと、少しずつ近づいていく、ということでもあります。
すると、お客様だけで担いきるのが難しい部分が出てきます。
例えば、いち部門の便利ツールだったものを、全社の基幹データにつなぐ場合。「権限のない社員が、機微なデータにアクセスできないようにする」といった、セキュリティや統制の設計が欠かせません。長年動いてきた既存システムと、矛盾なく連携させる必要もある。止まれば取引や決済に響くため、簡単には止まらないつくりにしなければならない。顧客のシステムならではの癖や特性があり、無論、日々の大切な業務がある。この背景を解き明かし、システムに実装する非常に人間臭い作業が必要です。これは、汎用AIだけでは解きにくい領域です。
綿引:要は、領域が違うと思うのです。これからお客様がご自身で担う範囲が広がっていくであろう領域と、私たちが従来得意としてきた領域は、4象限で見ると位置が異なる。
長谷:また、お客様がAIの進化を受けて「これもシステムにできるのでは」と考え始める領域というのは「そもそもこれまでシステム化の需要が見込めなかった」不定形な業務であることが少なくありません。つまり、発生する頻度が低かったり、進め方の形が定まっていなかったりして、あえて仕組みに落とすまでもなかった部分です。
それらを本格的にシステム化しようとすると、「まず、どう整理すればいいのか」という壁が立ちふさがることがあります。長い時間をかけて積み上がった業務プロセスやフローにおいては、どの業務がどこにどうつながっているのかが、全体像を見通しにくくなっていることが少なからずある。
そこを解きほぐすには、相応の経験が要ります。実際、「DX」という言葉が広まり、内製化に取り組む動きが増えた時も、そうしたご相談を数多くいただきました。ですので、AIによって内製化が進むのは、お客様にとって良いことである。同時に、大きな課題が見えてきた際には、私たちにとってもご一緒できる場面が出てくるのではないかと考えています。
工数が減る=人月モデルで売上が減る、ではない?
――NRIは中計で、FY2030へ向け、AI駆動開発によって工数を最大50%削減するとも掲げています。他方で、工数の分だけ対価を得る……いわゆる「人月モデル」を念頭に、「実装をめぐる工数が減ることで、SIerの売上は減るのでは」との声を耳にすることがあります。こうした向きについて、どのように考えていますか。
お客様と、どんなビジネスをつくるかを考えるという「川上」の部分。そして堅牢で長く使えるものをどう設計し、どう品質を担保し、どう安全に運用し続けるかという「川下」の部分。市場から評価いただいている要素としては、むしろこれらのポーションが大きいという認識です。
つまり、純粋にコードを書くという作業の比率は下がるかもしれませんが、お客様のシステムが動き続けるよう、企画から運用まで伴走し続けるという一連のスパン自体は変わりません。
むしろ、AIエージェントが高速でコードを生み出すようになるほど、単位時間あたりに向き合う複雑さや、それらに対処していくことへの需要は増していると感じます。こうした複雑さを引き受けて大規模なシステムをつくり、動かし続けるという我々の提供価値は、今後も変わらないと考えています。
――では、工数が減ることと、売上が増えること。この2つは両立する、と考えているのでしょうか。
綿引:両立すると思います。いちプロジェクトにかかる工数は減っても、プロジェクトの総量という意味で、システム開発の需要はこれまで以上に増えていく。むしろ、増えていく需要をさばくために、一つひとつの開発にかかる作業を減らしていかないと追いつかない、というのが実感です。
長谷:また、AIにより開発効率が上がることで、システム化できる領域そのものが広がっていく、というインパクトは、とても大きいと思います。
加えて言うと、従来型のコーディングのように、期待どおり自動化が進んで工数が減っていく領域がある一方で、AIを背景として新たに増えていく開発の需要は、より高難易度で付加価値の高い領域です。
売上として減っていく分よりも、増えていく分のほうが大きく、しかも価値が高い。そのような事業構造になっていくのではないかと捉えています。
――最後に、その価値を担う「人」についてお聞かせください。コードを書き、エラーと格闘しながらアーキテクトとしての勘を養っていくという、これまでNRIのエンジニアが辿ってきたであろう「育ち方」が、この先の「コードを直接書かない」世代で失われることはないのでしょうか。
綿引:難しい問いですね。
例えば、大規模システムの刷新プロジェクトに戦略的にアサインするなど、経験を積める場を組織的につくる工夫が必要ではないか、といった議論は、現在行われているところです。
ただ、個人的には、AIがあるから人が育たない、というわけでもないのでは? と感じています。むしろAIを使って実装に臨むと、トライ&エラーを高速で回せます。結果として、1〜2年目で驚くほど伸びる若手も出てきています。
長谷:私自身は、取り組むことの中身が変わるだけではないか、と考えています。コードや設計の多くはAIが担うようになっても、代わりにエンジニアの専門性は「AIをどう使いこなし、成果を出させるか」という部分が問われるようになっていくのでは、と。
私は数年前のレポートで、今後は幅広い知識でAIをマネジメントする、「シン・ジェネラリスト」という人材像が求められてくるのではないか、と予想したことがあります。それが、いよいよ現実になりつつあると感じています。
――今は大きな過渡期かと思いますが、お話を聞いていると、皆さんは未来について特に悲観していない?
綿引:すっかりと、数か月先も読めないVUCA(将来の予想が困難な状況のこと)の時代に突入していますが、私自身はワクワクもしていますね。
特に、やりたいことがある人には、本当にいい時代になったと思います。社内では、エンジニア以外の部門でも「これをつくりたい」という声が、次々と形になり始めている。ものづくりのハードルが、それだけ下がったということですね。
長谷:今の時代は、求められたものだけを成果物として納めるに留まらず、「こんなことができるんじゃないか」というアイデアを試すことが、許容されやすい空気感があると思います。自分で考えるエンジニアほど、面白がれる時代になっていく——私はそう信じています。
取材・執筆:田村 今人
編集:王 雨舟
撮影:赤松 洋太

