

中国アジアITライター
山谷 剛史
1976年生まれ、東京都出身。2002年より中国やアジア地域のITトレンドについて執筆。中国IT業界記事、中国流行記事、中国製品レビュー記事を主に執筆。著書に『中国のITは新型コロナウイルスにどのように反撃したのか?』(星海社新書)『中国のインターネット史 ワールドワイドウェブからの独立』(星海社新書)『新しい中国人 ネットで団結する若者たち』(ソフトバンククリエイティブ)など。
世界で6万店規模、うち中国本土だけで55,000店超。年間売上高はおよそ8000億円。しかも主力商品は2元(約40円)のソフトクリームや4元(約80円)のレモン水である。この「桁違いの店舗数」と「桁違いの低価格」を両立させながら、味と品質を全店でほぼ均一に保つというのは、そう簡単な話ではない。原材料の産地から店頭のカップ一杯まで、需給予測・在庫管理・品質監視という3つのレイヤーをどう自動化し、どう人手の限界を超えるかという、純粋にエンジニアリングの問題である。
その主役が、中国で大人気の激安ミルクティーチェーン「蜜雪冰城(MIXUE、ミーシュエ・ビンチェン、以下MIXUE)」だ。日本での知名度はまだ高くないが、中国のどこにでもあると言ってよいほど浸透したドリンクチェーンで、学生や若年層だけでなく、地方都市や末端の町までも広く日常消費に入り込んできた。2025年末時点では、グループ全体の世界店舗数は59,823店、中国本土は地方都市を中心に55,356店、海外は4467店まで拡大し(※1)、日本でも関東関西で店舗がオープンしてその安さで客を引き寄せる。

さらに中国の省都クラスの都市では旗艦店も登場し、同社の雪だるまのマスコットキャラクター「雪王(スノーキング)」グッズが店内に並びIPとしても育ち、各店で流れるオー・スザンナをアレンジしたMIXUEのテーマ曲は、まるで日本の家電量販店の音楽のように誰もが忘れられない曲となっている。
本稿で見ていきたいのは、このMIXUEが、極端な低価格・低マージンというビジネス上の制約を、どのように需要予測AI・画像認識AI・LLMベースの学習/接客システムで補強し、「どこでも安くて変わらない品質」というスケールの課題を解決しようとしているのか、という技術面での取り組みである。
(※1)新華網「蜜雪集团2025年营收335.6亿元同比增长35.2%」(参照日時:2026年7月27日)
急拡大の裏で表面化する衛生管理問題
国民的なブランドとなったMIXUEは、価格と規模で市場を制した勝者に見える。世界最大級のドリンクチェーンになったと報じられている一方、繰り返し衛生管理問題を起こしてきた。
2025年には3月中旬に湖北省宜昌の加盟店で、切ったレモンやオレンジを常温で翌日まで持ち越して使っていたことや、厨房の衛生状態が悪いことが報道され大きく拡散した。地元の市場監督当局が調査に着手している(※2)。6月上旬には、香港の店舗で販売された冷凍スイーツサンプルから、法令上限を超える大腸菌群と細菌数が検出され行政指導を受けている(※3)。MIXUEの衛生管理問題は、2025年に突然始まったわけではなく、2021年5月には、複数店舗で開封後の食材の期限偽装やドリンクの常温長期保存、虫の混入などが相次いで報道され、ブランドの急拡大と食の安全管理の弱さが早くから問題視されていた(※4)。2024年6月には、店主の父親が店舗のシンクで足を洗う動画が拡散し、本部は当該店舗の閉店、消毒、従業員への再教育を発表したが、世間の反発は小さくなかった。
(※2)観察者網「蜜雪冰城一门店被立案调查」(参照日時:2026年7月27日)
(※3)新浪財経「香港蜜雪冰城大肠菌群超标遭通报」(参照日時:2026年7月27日)
(※4)網易「蜜雪冰城回应员工在水池洗脚!此前多次曝出食安问题」(参照日時:2026年7月27日)
これは「中国だから」「低価格ブランドだから」で片付けてしまうと、本質を見誤ってしまう。むしろ注目すべきは、この課題が表面化した後にMIXUEがどう動いたかだ。同社はここからAIを活用した業務改革に舵を切っており、そこが技術的に興味深い。以下では、その安さを支えるシステムがどこで摩耗し、どうAIで補強されようとしているのかを具体的に見ていく。
教育・研修プラットフォームをAIで標準化する
MIXUEの強みは、自社工場・原材料供給・物流網・加盟店ネットワークを組み合わせた、圧倒的にコストの低いビジネスモデルにある。ところが、その強みの裏返しである店舗数の多さが、そのまま弱みにもなる。展開店舗数が多い分、本部からの店舗チェックや研修・監査だけで均質に統制するのは現実的に難しい。実際、利益率の低さやコスト圧縮プレッシャーの中で、一部加盟店では「原料の交換周期を延ばす」「清掃・消毒頻度を落とす」「ラベルを貼り替えて賞味期限を誤魔化す」といった逸脱が起きていると報じられてきた。本部の運営ルールと加盟店の現場実態との間に生まれるこのギャップこそが、品質管理の可視性の欠如や問題発見の遅さ、教育不足と絡み合い、衛生管理問題の温床になっている。
こうした問題に対して、MIXUEはAIをいくつかの方向から導入し始めた。その最初のレイヤーの一つが、教育・研修の高度化である。確認できた範囲では、2025年3月に企業向けのオンライン学習・人材育成・営業支援をAI×SaaSで提供するXuanxing Smart Technology(絢星智慧科技) と提携し、AIベースの学習プラットフォームを立ち上げた。 これは単なるオンライン講座サイトではなく、膨大な店舗スタッフ・加盟店オーナー向けに、標準作業、品質管理、店舗運営の学習支援を効率化するシステムとして位置付けられている。
なぜ教育から入るのかといえば、数万店規模の巨大チェーンでは問題の多くが「理解不足」と「実行ばらつき」から生じるからである。SOPを紙で配るだけでは意味がない。日々の運営を均質化するためには、新人スタッフから、地方店のオペレーター、店舗オーナーまでを対象に、繰り返し学べて、理解度を測れて、更新内容を即時反映できる学習基盤が必要になる。
需要予測から店舗監視まで、供給網をAIで支える
続いて2025年12月にはアリババの物流企業「菜鳥(Cainiao)」とのテクノロジー提携を発表した(※5)。菜鳥はMIXUEに対し、販売予測をコアとする食材の追加補給と、原材料のEtoEサプライチェーン管理システムを構築するという。これは単なる物流効率化ではない。菜鳥が目指しているのは、AIによる需要予測を起点に、調達、倉庫在庫、配送、輸送手配といった一連のプロセスを連動させることにある。 つまり「どの店舗で何がどれだけ必要になるか」を先読みし、その情報が食材補給計画と在庫配置に直結する仕組みである。
これは衛生管理問題とも無関係ではない。店頭で日を跨いだ持ち越し原料が使われる背景には、店舗在庫の積みすぎや、売れ行き変動に対する材料供給の粗さがある。需要予測の精度が上がり、必要以上の原材料が店舗に滞留しなくなれば、「もったいないから明日も使う」という誘惑は減らせる。衛生管理そのものは別の問題だが、在庫の不備と不衛生は連動する場面が少なくない。加えて、地域ごとの需要変動をモデルが学習するほど発注精度が上がり、ロス削減は加盟店のキャッシュフロー安定にも直結する。低マージンで薄利多売のこのチェーンにとって、AIによる需要予測はコスト構造そのものを支える基盤技術と言える。
ちなみにアリババの物流企業が菜鳥なら、ライバルの京東(JD)物流もまたAIを導入したスマート物流を磨いている。京東物流は世界に約3600の倉庫を抱え(※6)、大規模モデルによって数秒以内に最適な輸送経路を組み立て、倉庫内の保管・ピッキング・搬送・仕分け・中継をロボットと連動させている。
物流だけでなく、店舗の衛生管理についても、ネットワークカメラの映像をAIで解析する形で改善が進められている。数万店を巡回し、映像を目視し、違反を見つけ出し、是正状況を追跡するのは人間だけでは不可能だ。そこでAIがライブ映像を画像認識し、手洗いや手袋着用などの衛生動作が守られているか、食材の保管場所や調理器具が適切に管理されているか、ドリンクの作り方が原材料の投入順序や量などルール通りになっているかなどをチェックする。人による品質管理における可視性の欠如と、問題発見の遅さを補う技術と言える。
つまり供給側の菜鳥AIが「原料の流れ」を制御するなら、こちらは「店舗のふるまい」を制御するAIだ。MIXUEは2024年以降、AI識別技術を導入したネットワークカメラによる店舗チェックを進めている。その最新テクノロジーで注目されるのが、アリババのデリバリー「淘宝閃購」の食品安全AI大規模モデル「白沢(Ostrakon-VL)」である。 白沢はQwen3-VL-8Bをベースにしたマルチモーダル大規模モデルで(※7)、厨房のライブ映像を24時間分析し、台や壁の清潔度、ゴミ箱の状態、生の食材と調理済み食材の混在、帽子・マスク着用、さらには店舗が本物かどうかまで監視できるとされる。現時点でMIXUEが白沢を正式導入した日時は公開されていない。ただし店舗内チェックのAIをブラッシュアップした後に、白沢相当になるのではないかと言われている。
(※5)新浪科技「菜鸟与MIXUE达成合作,涉及AI以及物流供应链科技」 (参照日時:2026年7月27日)
(※6)証券時報「京东物流2025年营收达2171亿元 海外业务连续高速增长」(参照日時:2026年7月27日)
(※7)騰訊新聞「淘宝闪购开源食安治理AI大模型"白泽"」(参照日時:2026年7月27日)
マスコットキャラクター「雪王」を軸にした顧客接点AI
さらにMIXUEは、それらとは別に顧客接点向けのAIも導入している。2026年6月、アリババの大規模モデルQwenは第三者向けエージェント/スキルの全面開放を公表し、ラッキンコーヒー、ケンタッキーフライドチキン、MIXUE、中国東方航空などを初期接入ブランドとして発表した(※8)。アリババの地図・配車・ショッピング・デリバリーなどアリババの複数サービスのエージェントを束ねる「スーパーエージェント」の上にMIXUEやケンタッキーフライドチキンのエージェントが乗る形となる。企業はQwenのアプリ内で自社ブランドエージェントを運営し、人格設定やサービス範囲を定義したうえで、会話形式で商品提案、注文、クーポン、会員サービスなどを提供できる。
自社ブランドエージェントは人格設定を自由に定義できるとされており、MIXUEであれば、マスコットの雪王を顧客接点のフロントに立たせ、雪王らしい口調で商品を紹介し、クーポンやキャンペーンを案内し、最寄り店舗の検索やメニュー提案を行う、といった設計になっている可能性が高い。マスコットキャラクターが語る以上、LLMのアウトプットもキャラクターらしいロールプレイになることが期待される仕組みであり、同様にケンタッキーフライドチキンであればカーネル・サンダースを模したキャラクターが演じることになりそうだ。ただし、雪王やカーネル・サンダースが実際にどこまで人格として実装されているかの詳細は、現時点で公開情報からは確認できていない。

なお、中国国内のAI擬人化サービスを巡る規制は2026年に入って急速に動いている。中国のネット監督当局「国家インターネット情報弁公室(网信弁)」など5当局が定めた法案が2026年7月15日に施行されたのに合わせ、千問(Qwen)や豆包(Doubao)は7月4日に相次いでユーザーが自作する擬人化・陪伴系エージェントの停止を発表し、7月10日から15日にかけて段階的に停止した(※9)。
ただし報道によれば、これはあくまでC向けのユーザー作成型・陪伴型エージェントを対象にした整理であり、MIXUEやケンタッキーフライドチキンのような企業向けブランドAgent(6月3日に開放されたばかりの枠組み)は対象外とされている。むしろC向けの野放図なUGCエージェントを規制で絞り込んだ分、B向けのブランドAgent開発にリソースを振り向ける動きだとも報じられており(※10)、雪王のロールプレイ機能が今回の規制で直接影響を受けるとは考えにくい。
またAI広告制作会社「即夢AI」とコラボレーションを行った際もAIを活用した。新商品のキャンペーンで、プロモーション映像の多くをAI生成でまかなうテストを行った。雪王の一貫した外見・動き・表情を生成し、飲料の質感や果肉を組み合わせた多数のパターンを生成し、その中からベストカットを選ぶプロセスをAIモデル側に担わせた。制作期間はおよそ10日とされ、従来手法に比べて圧倒的に短い(※11)。このようなプロジェクトでは、雪王に関するデザインや過去のCMやアニメ動画のカットなどをモデルが学習し、実現した。
以上を踏まえると、MIXUEはAI業界から見て次のように位置づけられる。MIXUEは販売予測などを軸に、原材料から配送までをAI前提で再設計する「AIネイティブなサプライチェーン企業」であり、AIによる厨房チェックシステムと外食産業向け大規模モデルを組み合わせ、数万店規模のオペレーション標準化と食品安全ガバナンスを実装した「AI監査付きの大規模飲食チェーン」であり、マスコットキャラクターの「雪王」を媒介に、AI広告、ブランドエージェント、将来的なデジタルヒューマンなど、ブランドとAIの接点を拡張する「有力IP×大規模モデル活用企業」でもある。
「4元のミルクティーを大量に売る店」とだけ見ていると、この変化は捉えきれない。実際には、極端なスケールと低マージンを前提に、「どこまでAIで組織のエントロピーを抑えられるか」を試す、きわめて野心的な実験の場になっている。AIベンダーやクラウド事業者にとって、MIXUEは単なる1社の顧客ではなく、大規模リアルチェーンにおけるAI活用の「ベンチマークケース」になりつつある。ここで有効だったソリューションや契約モデルは、そのまま他の飲食チェーン、小売チェーンに横展開されていく可能性が高い。
(※8)観察者網「千问向第三方Agent、Skill全面开放,肯德基瑞幸MIXUE将首批接入」(参照日時:2026年7月27日)
(※9)騰訊新聞「告别"赛博恋人"?AI拟人化互动服务新规施行,豆包、千问切割"智能体"」(参照日時:2026年7月27日)
(※10)網易「千问、豆包同时下线智能体背后的商业逻辑」(参照日時:2026年7月27日)
(※11)捜狐「MIXUE与即梦AI携手推出AI广告,重塑营销效率与创意质量」(参照日時:2026年7月27日)
