
特定の情報だけに触れ、それを信じ込み、陰謀論にのめり込んでいく原因として、SNSの推薦アルゴリズムが批判にさらされている。
これに対して、中国のショート動画SNS「快手(Kuaishou)」は、「脱フィルターバブル」の技術開発に取り組んでいる。本記事は、快手が開発した新しい評価方式「EMER」、脱フィルターバブルを可能にする検索アルゴリズム「CroPS」の2つの技術と、フィルターバブルの強さを外部から測定するAIエージェント「PersonaAct」の研究について紹介する。

ITジャーナリスト
牧野 武文(まきの たけふみ)
生活とテクノロジー、ビジネスの関係を考えるITジャーナリスト、中国テックウォッチャー。著書に「Googleの正体」(マイコミ新書)、「任天堂ノスタルジー・横井軍平とその時代」(角川新書)など。
ピザゲート事件が示す「認知の歪み」
SNSに陰謀論が濁流のように流れ込んでいる。
2016年に米国で起きた「ピザゲート事件」はその中でも深刻な一例だ。ある男性がアサルトライフルやショットガンで武装し、ワシントンDCにあるピザレストランに侵入し、発砲した事件である。幸いにも負傷者はいなかった。
この事件の背景にある陰謀論では、「民主党の議員たちがそのレストランの地下室に子どもたちを監禁し、ひどい虐待をしている」と主張されている。犯人の男性は、地下室から子どもたちを救おうとしたのだという。しかし実態は、その店のオーナーが民主党の熱心な支持者であり、流出した民主党幹部のメールに店名が登場しただけの話だった。しかも、そのレストランには地下室すらなかったのだという。
恐ろしいことに、この陰謀論はまだ終わっていない。現在は「秘密の地下室は存在しないと大衆を信じ込ませるために、民主党が仕組んだ自作自演の事件だったのだ」と、陰謀論を信じる人たちの間では語られている。
陰謀論は外から見ると、ばかばかしいほどに幼稚な話だが、中にいる人にはそれが真実に見えている。
「情報の偏食」を生み出す3つの罠
SNSを舞台に陰謀論が加速していく背景には、「フィルターバブル」や「エコーチェンバー」、「インフォメーションコクーン」といった複数の仕組みが複雑に入り組んでいる。これらは混同されがちだが、それぞれ異なる現象や歴史的背景を持つ。ここでいったん、これら3つの言葉を整理しておこう。
・エコーチェンバー (残響室)
2001年、法学者のキャス・サンスティーン教授は、著書『Republic.com(インターネットは民主主義の敵か)』の中で「エコーチェンバー(残響室)」という言葉を提唱した。当時のネットの交流の場は電子掲示板などが主流であり、ユーザーが自分でコミュニティを選択し、閉ざされた空間の中で同じ意見を持つ者同士が交流を繰り返すことにより、特定の思想が先鋭化していくという集団の現象を指す。
・インフォメーションコクーン (情報の繭)
ネット環境の主役がSNSへと移行し始める2006年、サンスティーン教授は著書『Infotopia』において、「インフォメーションコクーン(情報の繭)」という言葉を定義した。ユーザーが自分の意見に合う人ばかりをフォローし、都合のいい情報だけに接し、まるで繭の中にいるかのように心地のいい状態を自らつくり出すことを指す。
これら2つの罠には、まだ「ユーザー自身の能動的な選択」というステップが存在していた。
・フィルターバブル(泡のフィルター)
しかし2011年になると、ネットの活動家のイーライ・パリサー氏が「フィルターバブル」という言葉を提唱した。グーグル検索やYouTubeに代表されるプラットフォームは、膨大なユーザーの行動履歴を分析し、ユーザーが好みそうな情報をアルゴリズムで推薦するようになった。ここにおいて本人の選択というステップは消失したため、ユーザーは自分自身が偏った情報にばかり囲まれていることにもはや気づかない状態になっている。
これら3つの仕組みが多重的に個人を取り巻くことにより、「情報の偏食」が始まっていく。
ネットで見たい情報や心地よい意見だけを摂取していると、その行動を学習した推薦アルゴリズムが、見たい情報だけを推薦するようになる。そのろ過された空間の中で同類の人と交流し、特定の意見が肯定されるようになる。自らの選択でコクーンの中に入り、アルゴリズムによってバブルフィルターが固定され、同質な情報を残響として何度も摂取する。どこかで脱出しないと、陰謀論に絡め取られることになる。
単一評価指標がもたらす「コンテンツの画一化」
このような問題が起こる原因の一つは、多くのSNSの推薦アルゴリズムが、「たくさん再生されたものは優れたコンテンツである」という、再生数に基づく単一評価指標を使っているからである。
とにかく何でもいいからたくさん再生数を稼げれば、投稿者の報酬が増え、プラットフォーム側の広告収入も増えるという構造になっている。そのため、多くの投稿者は社会的に有用なコンテンツよりも、人々の目を惹く偏ったコンテンツを投稿するようになり、再生数を稼いでそれがアルゴリズムによって広く推薦されるという悪循環に陥っているのだ。
これはカレー店を「辛さ」という単一評価指標で評価するようなものだ。辛ければ辛いほど評価され、顧客が増えるのであれば、どのカレー店もとにかく激辛カレーを出すようになり、街から多様なカレー屋が消えていく。
一方で、ライスのおいしさやソースのコク、店内の内装といった多次元の満足度指標を総合的に評価すれば、各店はそれぞれに独自の工夫をするようになり、多様性が広がる。 これは動画の評価においても同じことが言えるが、ここで大きな壁となるのは、「そのような多次元の評価指標は開発できるのか」という技術的な問いと、「開発・運用のコストに見合う収益は得られるか」というビジネス上の懸念である。
ショート動画SNS「快手」が挑む、脱バブルの仕組み
この問いに挑んでいるのが、中国のショート動画プラットフォーム「快手」(Kuaishou)だ。快手は、TikTokの中国版である「抖音(ドウイン)」の影に隠れて、日本マーケットでの存在感はやや薄いものの、抖音の中国国内のMAU(月間アクティブユーザー数)約9.4億人(※1)に対して、約7.3億人(※2)と肉薄している。さらに、最近では映像生成AI「可霊(Kling)」が海外で大きな話題を集めるなど、AI領域で大きく台頭している企業だ。
快手はフィルターバブルから脱出可能な推薦アルゴリズムを構築するために、大きく以下2つの技術を開発した。
1)再生数などの単一評価指標ではなく、複数の満足度代理指標を使う新しい評価アルゴリズム「EMER」
2)フィルターバブルを解消する検索アルゴリズム 「CroPS」
当たり前だが、快手が脱フィルターバブルに挑むのは、ユーザーの心理的健康を守るという社会責任的な理由だけでない。中国のモバイルインターネット人口は約12.8億人(※3)に達してすでに頭打ちであり、快手のDAU(日間アクティブユーザー数)の伸びも前年比2%台にとどまる。新規ユーザーの獲得による成長が見込みにくい中では、検索アルゴリズムが精密になるとともに、「スクロールしても似たような動画しか出てこない」というユーザー体験が離脱につながってしまう。1人あたりの満足度と利用時間を高めることが、そのままビジネス課題になるのだ。
※1 「QuestMobile」、2025年9月調べ。
※2 「快手」、2025年第3四半期決算より。
※3 「QuestMobile」、2025年12月調べ。
「だらだら視聴」が生むサンクコストの罠
そこで快手の研究チームは、従来の推薦アルゴリズムが再生回数を基本にした単一指標で評価されていることに切り込んだ。
以下の表を見ていただきたい。この3つの動画のうち、どれが最も推薦すべき動画だろうか。

単純に考えると、視聴時間が長く、いいねがつく確率も高い1の動画が優れているように見える。従来の推薦アルゴリズムも同じように判定する。
でも実は、快手の研究チームが発表したEMER論文の分析データをみると、「視聴時間が長くなるほど、インタラクション(いいね、フォロー、シェアなど)の確率が無条件にあがる傾向があることがわかる。

この現象の背景にあるのは、「サンクコスト(埋没コスト)の罠」だ。
だらだらと動画を見てしまった時間は二度と戻らない。人間には、自分が費やした時間を「無駄だった」と認めたくない心理が働く。そのため、時間を費やして視聴したコンテンツを実際よりも価値が高いものだと思い込んでしまうのだ。これにより、だらだら視聴のコンテンツがより多くの「いいね」を獲得できるようになっている。動画の内容にかかわらずだ。
新指標「IPUT」とアルゴリズム「EMER」
快手が問題視したのは、この「サンクコストがもたらす、実態以上の過剰なインタラクション」をアルゴリズムが真に受けて学習し続けてしまう点だった。この歪んだデータをアルゴリズムが学習すると、システムはユーザーに対してインタラクションが生まれるだけのつまらない動画ばかりを推薦する可能性が高くなり、最終的にはユーザーの離脱を引き起こしてしまうのだ。
そこで快手は、動画の評価を総量ではなく、単位時間あたりのインタラクション率に切り替えた。この新指標をIPUT (Interaction Probability per Unit Time)と呼ぶ。
計算方法は明快で、いいねなどのユーザーのアクション率を視聴時間で割る。つまり、「その動画が1秒あたりに、どのくらいのインタラクションがつくか」を算出するのだ。
IPUTの導入により、サンクコストがもたらす過剰な評価を排除し、コンテンツの「面白さの密度」を測ることができるようになった。先ほどの3つの動画を比較した表では、IPUTに基づいた評価だと、本当に優先して推薦すべきなのは、短時間の中に圧倒的な面白さが凝縮されている「動画3」であるという結論が導き出される。
実際、この評価ロジックを組み込んだ推薦フレームワーク「EMER(End-to-End Multi-objective Ensemble Ranking)」を導入したA/Bテストでは、アプリ全体の滞在時間が1.39%、7日間のユーザー定着度を示す指標「LT7」が0.196%向上した。

AIエージェントでバブルの「強度」を測る「PersonaAct」
一方で、フィルターバブルを数値化するために外部から測定しようという研究も登場している。
2026年1月、中国科学院などの研究チームは、実際のユーザーの行動ログを学習し、その人らしい視聴行動を再現するAIエージェント「PersonaAct」を発表した。
研究チームは、このエージェントに「これまでの視聴傾向を維持する行動」と「途中で興味の対象を反転させる行動」の2つのパターンを想定させ、推薦されるコンテンツにどの程度の違いが出るかを測定した。これは先行研究で提案された「フィルターバブル脱出力(BEP=Bubble Escape Potential)」という指標を用いたもので、この数値が高いほど、ユーザーが自らの意思で行動を変えれば、フィルターバブルから脱出しやすいことを意味する。
実際に、2つのペルソナを用意して中国で3つのポピュラーな動画アプリ「ビリビリ」「抖音」「快手」でBEPの測定をしてみたところ、プラットフォームにより脱出力に差があることがわかった。

バブルを生む学習構造に切り込む検索技術「CroPS」
一方の快手自身は、フィルターバブルを抑制する推薦アルゴリズムの開発に乗り出した。
なぜ従来のアルゴリズムがフィルターバブルを生むのか。原因の一つは、従来の検索エンジンや推薦エンジンの学習範囲が「狭すぎる」ことにあるという。たとえば、アルゴリズムが提示をしたコンテンツに対してユーザーが興味を示さなかったとする。その理由は気まぐれによるものかもしれないが、アルゴリズムはこれを「ユーザーがこの系のコンテンツを好まない」=「不正解」としてネガティブ学習してしまう。また、SNSには大量のコンテンツがあるにもかかわらず、AIは「提示して反応があったもの」と「反応がなかったもの」だけで学習してしまう。ユーザーの希望に適っているのに、一度も提示されなかったコンテンツは学習に使われないのだ。
これを打破するために、快手の検索部門が開発したのが「CroPS」である。従来のアルゴリズムのうえに、快手は検索アルゴリズムに3つの革新的なアプローチを導入した。
1)検索ワードとの関連付けの拡張
ユーザーがある検索語で検索して数十秒以内に、類似した検索語で検索し直した場合、それは「最初の検索結果に満足できなかった」ことを意味する。CroPSはこの再検索後で反応がよかったコンテンツと最初の検索語を関連づけて学習する。この学習が積み重なっていくと、ユーザーは1回目の検索だけで希望のコンテンツを見つけることができるようになる。
2)検索エンジンと推薦エンジンの融合
ユーザーがある言葉で検索を行った後、「おすすめ」から直前の検索とは関係ない動画を見たとする。その場合、検索してみたが結果に満足できず、リコメンド一覧から希望のコンテンツを発見した可能性が高いと判定し、このコンテンツと検索語を関連づける。
3)大規模言語モデルによる正解コンテンツの発掘
SNS内には内容の質は高いものの、ほとんど再生されていないコンテンツが山ほど眠っている。従来のアルゴリズムは「再生されてないと反応を記録できない、学習ができない」ため、このようなコンテンツは推薦候補にさえなれない。そこで、大規模言語モデルを活用して、動画の内容を解析し、関連する検索語に関連づける。これにより、埋もれていたコンテンツの発掘が可能になる。
快手はCroPSを導入し、従来の検索アルゴリズムとA/Bテストを行った。

その結果、クリック率、視聴時間がいずれも向上し、再検索率(検索結果に満足できないことによる再検索率)は減少した。CroPSはすでに快手検索の本番環境に全面導入されている。
収益と社会的責任の合致
快手がフィルターバブル問題に挑戦するのは、社会的な責任を果たすというだけでなく、多様なコンテンツに触れてもらうことで利用時間を増やし、ユーザーの満足度を高め、収益を増やしたいという思惑もある。この点で、社会が求めるものと運営企業が求めるもののベクトルは一致している。
過激なデマや、見たいものだけをあてがわれる受動的な視聴から脱却するために、他のSNSでも、同様の試みが始まっている。アルゴリズムの言うがままにコンテンツを見るか、自分の意思で探しにいくか、SNSの使い方も問われる時代になりそうだ。


