大東文化大学文学部日本文学科 助教
廣田 龍平(ひろた・りゅうへい)
1983年生まれ。専門は文化人類学、民俗学。博士(文学)。大学時代の卒業論文で怪談「コトリバコ」を扱って以降、妖怪や怪異の研究に独自の存在論的視点からアプローチしている。著書に『ネット怪談の民俗学』(ハヤカワ新書)、『妖怪の誕生』(青弓社)など。将来の夢は「世界妖怪事典」をつくること。
「くねくね」(※1)「コトリバコ」(※2)「八尺様」(※3)「きさらぎ駅」(※4)——。
2000年代、匿名掲示板「2ちゃんねる」上に、数々の「ネット怪談」が生まれました。その中には、真偽不明の不気味な伝承として、あるいは純粋なホラーエンターテインメントとして人々を熱狂させ、ブログやSNSを通じて拡散され、映画化されるほどの知名度を得た名作もありました。
しかし今となっては、このようにインターネット上で自然発生した怪談が、往年のように語り継がれ、多くの人の目に触れる機会はすっかり減ってしまったように感じられます。
かつてのネット怪談の隆盛と、現在の衰退。その背景には、黎明期のインターネットが持っていた「得体の知れなさ」とその喪失が、深く関わっているのではないか――。
こう分析するのは、『ネット怪談の民俗学』の著者であり、大東文化大学で助教を務める民俗学者の廣田龍平さんです。
一体、なぜなのか? 妖怪や怪異といった民俗学のテーマを追究するうち、インターネット上の文化についても研究するようになった廣田さんに、日本においてネット怪談が生まれ、流行し、そして廃れていった理由と、テクノロジーの進化が形作る「これからの怪談」の行方について聞きました。
(※1)「くねくね」:田園地帯などで遠くに見える、くねくねと動く白い人影のような怪異をテーマとした怪談。
(※2)「コトリバコ」:凄惨な方法でつくられた強力な呪具をテーマとした怪談。
(※3)「八尺様」:身長が8尺(約2.4m)があり、「ぽぽぽ」という独特な声を発する女性をテーマとした怪談。
(※4)「きさらぎ駅」:2ちゃんねる上で、実況形式で語られた、架空の不気味な駅に関する怪談。
「アングラ」への期待感がネット怪談を育てた
——2000年代当時、数々の「ネット怪談」が生み出されていました。他の時代と比べてあの時期のネット怪談ならではの特徴とは何か、改めて教えていただけますか。
廣田:2000年代前半当時の、活発に生み出されていた頃のネット怪談を振り返りましょう。
大きな特徴のひとつは、主に、声ではなく文字として、全世界に向けて発信されている点です。
昔ながらの怪談は「あそこにカッパが出る」「昔ここで人がたくさん殺された」といった具合に、土地や歴史と結びついていました。自分たちの生活圏と、切り離せない要素があった。そしてある意味土地に根ざし、人と紐づいていたからこそ、その地域内で完結してしまい、広く伝播はしにくかった。
一方でネット怪談の場合「日本語で書かれているから、国内に留まりがち」という制約はあれど、やはり情報が届く範囲や拡散されるスケールが従来の怪談とはまったく違います。
そしてもうひとつ。
特に2ちゃんねるのような匿名掲示板に顕著だった特徴として、「語り手」と「聞き手」が、構造的にずっと同じ場所にいることが挙げられます。
——同じ場所、とはどういうことでしょうか?
廣田:たとえばブログやWebメディアの記事、あるいは現代のSNSなどは、まずメインとなる投稿が存在しますよね。聞き手がそれに反応する場合、メインの投稿にぶら下がる形でコメントがつきます。その構造によって「発信者と受信者」という関係が明確になる。
しかし、2ちゃんねるのような匿名掲示板におけるネット怪談では、怪談を語る人の書き込みも、聞き手のリアクションも、UI上にまったく同じ並びで表示されます。つまり、発信者と受信者の立場が曖昧で「フラット」な構造になっているんです。
このフラットさは、むしろおじいちゃんやおばあちゃんが子どもたちに昔話を語って聞かせるような「口承・口伝え」の空間が持つ特徴と少し共通しています。語り終わったからといって語り手が退場するわけではなく、その後もみんなで同じ場に残り、フラットに感想を言い合う。
そうした昔ながらの親密な空気がある一方で、「文字」であり、インターネットを通じて「あっという間に拡散する」という現代的な特徴も備えている。まず、このふたつが組み合わさっているところが、ネット怪談と従来の怪異伝承との大きな違いですね。
そしてネット怪談の最大の特徴は、このフラットな環境において行われる「共同構築」だといえます。
――共同構築。
廣田:たとえば「コトリバコ」のような有名な怪談はその典型です。
最初の投稿者が投稿した不気味なお話に対し、不特定多数のユーザーが「それ、本当?」「〇〇県の話?」「この話、ここのくだりがおかしくないか?」「いや、こういうことじゃないか?」とツッコミや考察を重ねていく。そうしたやり取りの連鎖によって、ひとつの巨大な物語がつくられていったのです。
▲当時の「コトリバコ」の書き込みの様子(WayBack Machineよりクリーンショット)
——しかし、なぜ当時の2ちゃんねるで、そうした怪談が次々と生まれたのでしょうか。
廣田:黎明期のインターネットが持っていた「アンダーグラウンド感」への期待が大きかったのかもしれません。
——期待感、ですか?
廣田:はい。
黎明期の2ちゃんねるのような匿名掲示板は、世間から「アンダーグラウンド」な場所として扱われていました。実際には許されるわけはないのですが、当時はしばしば「何を書いても責任を負わなくてよく、違法な情報や、倫理的・道徳的に問題のあるコンテンツを自由に書き込める場」としてみなされていたのです。1990年代は特にその立ち位置が顕著でしたし、2000年代初頭もまだそうした空気を色濃く引きずっていました。
すると、そうした書き込みを見に行く人たちは、しばしば社会の「裏」を期待してしまうわけです。表社会からは見えない裏側——すなわち、2ちゃんねるのような匿名掲示板——にこそ、人々の本音や、表には絶対に出せない真実が書き込まれているんじゃないか? と。当時は「都市伝説」という言葉が、若者の間で定着しつつあった時期でもありました。
そして、この「裏」を霊や怪談などのオカルトにまで結びつけて考える人たちもいました。
つまり合理的で科学的な近代社会が「表」だとすれば、「裏」の世界では、理屈で説明できないが実在する怪異や心霊現象に関する情報も隠されているんじゃないか――と。そうした得体の知れないものへの期待が、2ちゃんねるの「オカルト板」のような場所にワッと集まっていたのだと思います。
——表社会には出ない、「裏の真実」を求めていたと。それにしても、そうして書き込まれる不気味な怪異や呪いの話を、当時のユーザーは本当に信じていたのでしょうか? それとも、あくまでエンタメとして楽しむ人が多かったのでしょうか。
廣田:そこがひとつ、ポイントとなります。
当時の匿名掲示板には、書き込まれる怪談をフィクションとして楽しむ「ネタ派」もいれば、本気で信じて怖がる「ガチ派」も、そしてすべてを疑ってかかる「懐疑派」もいました。インターネットですから、多種多様なスタンスの人間が混在していたわけです。
そして、そのカオスな状況こそが怪談の信憑性を引き上げ、盛り上がりや拡散に一役買っていた側面があります。
——なぜ多様なスタンスが混在すると、信憑性が上がるのでしょうか?
廣田:まず、純粋に楽しんでいるネタ派はともかくとして、ガチで信じる人と、それを疑う懐疑派の人が、真剣に「レスバトル(レスバ)」をし始めるんですね。
実のところ、当時大学生で暇を持て余していた私自身も、懐疑派としてツッコミを入れて回る側にいました。「こんなことあるわけないだろう」「この写真はおかしい」「それは民俗学的な観点から見て矛盾している」といった具合です。
傍から見れば、怪談という真偽不明のよくわからないものに対して、互いにあれこれ根拠や証拠を持ち出して、大真面目にレスバをしているわけです。すると、最初は半信半疑で怖い話を読んでいたユーザーが「眉唾物の話のはずなのに、こんなに真面目に議論しているんだったら、実は本当に何かあるんじゃないか?」と思ってしまうことがあったんですね。
懐疑派が真剣にアラを探して否定しようとすればするほど、かえって怪談の信憑性が増してしまうという、奇妙な空気があったんです。
——聞き手の真剣なリアクションが、結果的にフィクションに真実味を与えてしまっていた。「表に出ない裏の真実があるんじゃないか」という先ほどの期待感も合わさって、怪談がよりリアルに感じられたわけですね。
廣田:そうかもしれません。
つまるところ私のような懐疑派のツッコミも、逆説的に、ネット怪談を支えていたんじゃないかと思うんです。
先ほど「共同構築」がネット怪談の最大の特徴だと言いましたが、こうした懐疑派による執拗なツッコミですら、怪談のリアリティを練り上げるための重要なパーツだった。そういう意味でも、当時の怪談は間違いなく「共同構築」の産物だったといえます。
ネットが明るくなったから&ネットが世界を「明るく」したから:匿名から顕名へ
——2010年代に入ってくると、ネットカルチャーの中心は、掲示板からSNS、そして動画プラットフォームへと移っていきました。この変化で、ネット怪談の性質はどう変わっていきましたか。
廣田:やはり、従来のように「ワッ」と盛り上がるネット怪談は減りました。
——それはなぜでしょう?
廣田:2ちゃんねるのような完全匿名の掲示板と違って、現在交流の場として主流のSNSは、基本的にアカウントをつくって参加するものです。
SNSでは過去の発言が蓄積され、 ひとつの人格が連続的に認識されます。つまり、「誰が言ったか」が明確になるため、他者の目を気にして適当なことやツッコミどころのあることが、なかなか言えなくなる。
もちろん「捨てアカ」などで過激な発言を繰り返す人はいますし、ネット人口の母数自体が増えたため、無責任な言動の絶対数が減ったわけではありません。
それでも、ネット全体の大きな潮流として見れば、匿名掲示板が有し、ネット怪談を支えていた「無責任に何を言ってもいい空気感」は、SNSの普及とともに薄れているわけです。
——インターネット全体が“健全”な空気になった?
廣田:そうですね。インターネットが「明るく」なったともいえるかもしれません。
そこで、怪談のトレンドは、「実話怪談」と呼ばれるジャンルに流れていったのだと見ています。
現在、配信や動画サイトなどで活動する怪談師と呼ばれる人たちは、自分が体験したことではなく「他の人から取材した話」という体で語ることが大半です。いわば、語ることへの責任は負いつつも、体験そのものの真偽については別の人に「アウトソーシング」している。そういう面もあって、アカウントや個人名を前面に出しながらも怪談を語れるわけです。
いわば、匿名から顕名へと文化の重心が移った。そして、編集者の手も入ったしっかりとした作品のほうに、怪談好きの関心も移っていったのでしょう。
——実際のところ、今でも5ちゃんねる(旧2ちゃんねる)に心霊体験記や怪談は書き込まれ続けてはいるんですか?
廣田:昔のように大きな話題になることはないですが、書き込まれてはいますよ。
——しかし、「実話怪談を楽しみつつ、ネット怪談も楽しむ」という両立はありえそうなものです。他にネット怪談が廃れた要因はあるのでしょうか?
廣田:やはり、テクノロジーの進化でしょうね。
――技術の進化が背景に?
廣田:はい。
そもそもネット怪談というのは全盛期でも生まれては消えていくものがほとんどでした。2010年ごろまでに、およそ1万〜2万件の怪談が書き込まれていますが、今でもなんとなく知られているのは100以下でしょう。ヒットの確率はもともと低かった。
しかし「コトリバコ」「八尺様」「くねくね」といった、今でも覚えている人の多いヒット作には、ひとつの共通点がありました。
それは、「地方の怪異や、因習にまつわるお話」であることです。
従来、都市部の人たちの一部には、どこか「田舎には、都市部の人間にはあずかり知らぬ土着の風習や、怪異が潜んでいるのではないか?」という感覚がありました。
そして、その感覚をもとにしたフィクションを、コンテンツとして楽しむ文化がありました。ミステリー作品などの定番テーマである「因習村」――この名前が定着したのはここ数年だと思いますが――はその典型ですよね。
しかし、スマートフォンが普及するあたりから、地方が抱える「得体の知れなさ」というのが、急速に薄れていったと思うんです。
——なぜでしょう。
廣田:ネットの高速化とスマホの普及によって、地方の人たち自身がどんどん情報を発信するようになりましたよね。旅行系ブロガーやYouTuberなどが実際に現地へ行って動画を撮り、田舎の面白い祭りや風景を個人発信で目にする機会も増えた。
そんなオープンな状況で、「地方にはこんな恐ろしい因習がある!」と言われても、ちょっとフィクション色が強くなりすぎてしまう。
つまり、「地方を舞台にしているなら、どんな怪異が起きてもおかしくないよね?」という、かつてのネット怪談の前提が成り立たなくなってしまったわけです。
——インターネットによって、日常的に触れている世界の「外」の解像度そのものが上がった、ということでしょうか。
廣田:はい。
加えて、技術の進化でファクトチェックもしやすくなった、というのもあります。何せGoogleストリートビューをはじめ、ネットでアクセスできる情報は随分と増えました。
たとえば、かの「きさらぎ駅」は、2004年に2ちゃんねるで書き込まれたあと、2011年にTwitterで再び注目を集めました。
その際、オリジナルのきさらぎ駅の話を実況形式で模倣し、「今、きさらぎ駅に着いた」と、ある駅の写真を投稿する人が現れたんです。しかし、画像検索をはじめとして、さまざまな情報を調べやすくなっていたため、2日後にはあるユーザー——いわゆる「鉄オタ」だったみたいですね——が「これはどこどこ駅だ」と特定してしまいました。
——いわゆる「ネット特定班」が登場した。
廣田:このように「こういう場所で変なことがあった」と写真付きで言われても、すぐに現地の資料や画像検索を使って調べられ、結果的に「なんだ、ネタだったのか」とすぐにバレるようになってしまったわけです。
また、技術の進化によって、語り手の「言い訳」も通用しづらくなりました。
どういうことかというと、2004年当時の掲示板でも「今、変な場所にいる」と実況型の怪談を語る人に対し「なら現地の写真を証拠としてアップしろ」と聞き手が求めることは日常的にありました。ただ、当時はガラケー全盛期で、通信速度も今よりずっと遅かったので、画像がアップロードされなくても「まあ、パニックになっているし、電波も悪いだろうから、仕方ないな」と許容し、物語を一応は続けることができた。
でも今は、誰もが高画質のカメラ付きスマホを持ち歩き、高速通信できる時代です。「これだけ状況を文字で実況できるのに、写真をアップしないのはおかしい」で終わってしまうわけです。
——テクノロジーの発達によって、“嘘”がわかりやすくなってしまったんですね。
廣田:はい。2000年代のネット怪談は、心の中で「嘘だろうな」と思っていても、それを確実に見抜くことは難しかった。だから「多分嘘だろうけれど、もしかしたら……」と、その曖昧な部分を残したまま楽しむ余白がありました。
でも今は、テクノロジーによって「嘘」か「本当」かをすぐに確定させやすくなってしまった。この曖昧さが原理的に存在できなくなった点も、かつてと今とで決定的に違うところです。
チェーンメールから「チェーンLINE」へ。“ワンタップ”が延命させる物語
——「ネット怪談」とは話が変わりますが、2000年代のネット上の恐怖の対象といえば、「不幸の手紙」型のチェーンメールも思い出されます。あれもネット怪談と同様に、2000年代のインターネットの「得体の知れなさ」が拡散を支えていたのではないでしょうか? なにせ「このメールを見た人は、5人に転送しないと死にます」だなんて、普通に考えればあり得ないはずですよね。ただ、ネット黎明期では「ネットなら何が起きてもおかしくないかも」と思ってしまい、転送する人が多かったのではないかと。
廣田:そういう側面もあったかもしれません。 チェーンメールについてもリサーチしたことがあるので、ひとつ当時の例を振り返りましょうか。これは2000年の、初期のチェーンメールです。
廣田:これは、「殺され、埋められた女の子の念が電波塔を介してメールとして発信されている」という設定なんです。それを「5人に送らなければいけない」と。
こうした怪異的な要素を持つチェーンメールは、90年代終わりから2000年代初めにかけて社会問題になり、新聞などでも取り上げられました。しかし2000年代中ごろから衰退し始め、2010年代半ばにはほとんど話題にもならなくなっています。
ただ、完全に消滅したわけではなく、別の形を取りながら今も存在していると考えるべきです。その一形態が「チェーンLINE」ですね。 これは2018年6月ごろにLINEのタイムライン(現LINE VOOM)上で流行した、座敷童子(ざしきわらし)のチェーンLINEです。
▲廣田さんの資料より引用
廣田:この画像を見た人は、「シェアしなければ呪われ、『いいね』すれば幸福が訪れる」と。この画像はなんと29万5000回も「いいね」され、3万回シェアされました。 その後、この画像は岩手県二戸市の観光ポスターを改変したものだと露見し、二戸市がシェアしないよう呼びかける事態にまで発展しましたが。これは間違いなく、チェーンメールの派生形だと考えていいでしょう。
また、TikTokで一時期流行した「ゴールドタイガー」と呼ばれる動画をご存じでしょうか。虎が視聴者に向かって「この音源をシェアすれば、富が得られる。シェアしないなら、人生を諦めた方がいい」という旨を語りかけてくるものですが、これも同じ系譜に、位置づけられると思います。
——ネットの不気味さが薄れた現在において、昔ながらのチェーンメールはほとんど見かけなくなりました。それなのに、なぜSNSやショート動画の世界では、こうした形式がしぶとく生き残っているのでしょうか?
廣田:「拡散されやすいから」でしょうね。
かつてのメールという手段は、文章をコピーして、複数の宛先を選んで送信するという手間がかかりました。チェーンメールの手口が少しでも知れ渡るようになると、送信が単純に面倒というのもあり、多くの人がスルーするようになりました。
しかし今は、ワンタップで「シェア」や「いいね」ができてしまいます。
つまり「本当に呪われる」とまでは完全には信じていないけれど「まあワンタップで済むなら、万が一呪われないように、念のためやっておこう」という心理が働きやすい。
この行動コストの低さが、この形式のコンテンツを現代に生きながらえさせているのだと思います。
“不気味さ”が宿る場所としてのAI
——技術の発達が、怪談やそれに類するコンテンツを変化させてきたというお話でした。では、これからのネット怪談はどう変わっていくとお考えですか。
廣田:やはり無視できないのは、AIの存在でしょう。
AIが自動生成した怪談が流行することも考えられますし、AIそのものが怪談の題材になることも大いにありえます。
たとえば「AIに『何か怖い話をして』と頼んだら、いわゆる“怪談”を語ってくれると思いきや、『私は人間だ。ここから出してくれ』というメッセージを送ってきた」というような内容の怪談はすでに存在します。
かつてのネット怪談の流行を、黎明期のインターネットに対する「不気味さ」や「社会の裏側を映すもの」という捉え方が支えていたように、これらは最新テクノロジーであるAIに対する「よくわからなさ」から生じた新しい怪談だといえるでしょう。
——では従来の怪談で、今後も生き残れそうな形式はあるのでしょうか?
廣田:リアルタイムで状況を報告しながら進む「きさらぎ駅」のような「実況系」の怪談は、なんだかんだで形を変えて今後も生き残り続けると思います。
——先ほど「今は画像検索や現地調査ですぐにファクトチェックされるから、嘘がバレやすくなった」というお話がありました。それなのに、実況系の怪談が生き残れる、といえるのはなぜですか?
廣田:投稿者が特定されないように工夫したオリジナルの画像や映像を自作して実況するようになったからです。
また、実況系には「受け手のリアクションを見ながら話を調整できる」という強みがあります。映像を使ってリアルタイムに進行しつつ、視聴者から「これ、おかしくない?」とツッコミが入ったら、特定班の目をかいくぐるように「実はこういう理由で……」と後出しで設定を補強し、矛盾を潰せる。
たとえば最近見かけたのが、「中古の家を買ったら、図面にはない地下室や隠し通路があった」という主旨の、映像を使った怪談です。
投稿者はそれらの扉を一気に開けるのではなく、まずは小さな穴を開け、そこからカメラを差し込んで中の不気味な映像を映し出す。そして「こんなものがありました。皆さん、何だと思いますか?」と視聴者に問いかけるんです。そして、バズったら視聴者の考察を取り入れながら、徐々に探索範囲を広げていく。
皆の反応を見ながら「次はここを掘り下げてみよう」「ここを疑われているから、展開を変えよう」と即座に対応しているわけです。かつてのネット怪談の最大の特徴だった「共同構築」は、こうして映像という形にアップデートされ、今も続いていると言えます。
——では……かつての『くねくね』や『コトリバコ』『きさらぎ駅』のように、名もなき人々がネット掲示板から自然発生的に生み出してきた伝統的なネット怪談から、これからもかつてのような話題作が生まれることはあるのでしょうか。
廣田:それは難しいかもしれません。
背景として、語り手側のモチベーションの変化も大きいと考えています。
そもそもの話、クリエイターが収益を得る仕組みが未発達だった時代は、自分がつくった物語を披露する場が、テキスト主体の匿名掲示板や個人ブログなどに限られていました。だからこそ、代表格である2ちゃんねるに怪談と怪談好きが密集し、純粋な熱量だけで「共同構築」が進んだ側面もあったと思うのです。
しかし今は、コンテンツを披露する場が劇的に多様化しました。「小説家になろう」「カクヨム」「pixiv」などのプラットフォームが普及し、そこから書籍化や映像化を狙うことも当たり前になった。 つまり、収益化の基盤が整ったことで「怪談は金になる」と考える。あるいは、純粋に設定づくりや創作で承認欲求を満たしたいなら、高度にルール化された、「SCP財団」のようなシェアード・ワールドのコミュニティへ流れていく。こうした動きが増えたかと思います。
——怪談の才能や情熱を持った人々が、商業プラットフォームや、より専門化されたコミュニティに分散・吸収された、という見立てですね。
廣田:ええ。
そうなると「くねくね」や「きさらぎ駅」のように、無名の語り手と聞き手が、謎の情熱だけを原動力にして怪談をつくり上げるという現象は、構造的に生まれにくい状況にあるのだと思います。
それでも、いち怪談好きとしては、インターネットという広大な情報の海から、また私たちの想像を超える新たな「名作」がひょっこり生まれてくることを、どこかで期待してしまうんですけれどね。
取材・執筆:鷲尾 諒太郎
編集:田村 今人
撮影:赤松 洋太

