
山下(Seamless)
2014年から幅広い分野の研究論文をピックアップして解説しているメディア「Seamless」を個人運営。 X(@shiropen2)でも更新情報を発信中。
米コーネル大学と米MITに所属する研究者らがPhysical Review Lettersで発表した論文「Retrocausal capacity of a quantum channel」は、未来から過去へ情報を送る通信において、どれほどのデータ量を正確に伝送できるかという通信路容量の限界を数学的に解明した研究報告である。
時間の「因果ループ構造」が鍵
もし未来から過去へメッセージを送れるとしたら、どれだけのデータを正確に届けられるだろうか。本研究はこの問いに、量子情報理論の観点から明確な答えを与えるものだ。
「時間的閉曲線」(Closed Timelike Curve, CTC)とは、一般相対性理論において、時空内を未来方向へ進み続けているのに、いつのまにか自分の過去(出発点)に戻ってきてしまう経路のことを言う。今回の研究では、このCTCをデータ通信のケーブルのように見立てて、未来から過去へメッセージを送る状況を想定している。
ただし、過去への通信には2つの大きな壁がある。1つは通信中に混ざるノイズ、もう1つは過去を変えてしまうと歴史に矛盾が生じるというタイムトラベル特有のパラドックスである。
そこで研究チームは、「Postselected Closed Timelike Curve」(P-CTC)という特殊な物理モデルを採用。これは過去を改変するタイムパラドックスを防ぐため、量子テレポーテーションを応用して矛盾のない歴史だけが残るように調整されたモデルだ。
この研究は、映画『インターステラー』のワンシーンに触発されている。未来にいる父親が、過去にいる娘に向けてタイムトラベル現象を使ってメッセージを送る場面だ。ここで注目すべきは、未来にいる父親が、娘が過去でそのメッセージをどう受け取り、どう解読したかを、すでに歴史の記録や記憶として知っているという点である。
▲インターステラー風概念図。未来の父親が送ったメッセージが、ノイズだらけのタイムトラベル通信路を通って過去の娘に届く様子(スクリーンショット)
つまり父親は、過去の娘の反応を踏まえた上で、一番伝わりやすいようにメッセージの送り方を工夫できてしまう。通常であれば原因と結果が堂々巡りになる矛盾した状況だが、P-CTCのルールの下では物理的に成立する現象として扱われる。研究チームは、この一見矛盾した因果ループ構造こそが、過去への通信能力を最大限に引き出す鍵だと指摘している。
本来、未来から過去へ量子テレポーテーションで情報を送ろうとしても、大半は失敗して情報が正しく伝わらない。しかしP-CTCの枠組みでは、確率のルールが書き換えられる。通信に失敗した歴史は自動的に除外され、成功した歴史だけが現実として残るように世界が調整されるためだ。研究チームはこれを利用した戦略を構築し、この方式が理論限界を達成することを証明した。
過去に送れるデータ量を測る2つの指標
研究の主要な成果は、未来から過去の逆向きの通信によって送れるデータ量の限界が、通信経路の持つ2つの指標によって正確に導き出せることを突き止めた点である。1つは「最大情報量」(max-information)、もう1つは「正則化デブリン情報量」(regularized Doeblin information)と呼ばれるもの。古典通信の場合は両者の和、量子通信の場合は両者の平均(和の半分)が、漸近的な通信路容量に等しいことが示された。
結果として、量子もつれを利用した通信や標準的な量子通信といった従来の通信方式の容量をはるかに超えるデータを、過去へ送れる可能性が理論的に示された。
▲ノイズが小さいほど、未来から過去への通信(青)は、量子もつれを利用した通信(赤)や、標準的な通信(黄)を上回る。(スクリーンショット)
Source and Image Credits: K. Ji, S. Lloyd, and M. M. Wilde, “Retrocausal capacity of a quantum channel”, Phys. Rev. Lett. (Accepted, 2026). DOI: 10.1103/znyd-npk5