
株式会社Kyash 執行役員VPoE
こにふぁー(小西裕介)
ワークスアプリケーションズ、奇兵隊、Quipper Limited. を経て、2017年Kyash入社。AndroidやiOS開発を経験した後に、2019年からMobileチームのEMを経てサーバーサイド、QAチームのEMも担った。 2021年にEMロールから離れ、QAチームのいちメンバーとしてテストの自動化を半年ほど手がけた後に、2022年よりVPoEとして開発チーム全体のマネジメントをしている。2024年より執行役員として経営に携わり、「日々がんばっています」。
組織で課題に向き合った際に、多方面のコミュニケーションが上手く進められるように、討論のたたき台となる“提案”を持参する場面が多いです。しかし、果たしてどういう精度でどんな提案をすればその場にとって最適なのか。メンバー→EM→VPoEと役割が変わる中でこにふぁー氏が感じてきた「提案の難しさ」と、その試行錯誤の中から見えた「提案するコツ」を、これまでの失敗談も踏まえながら解説しました。

エンジニアの提案スキルは4つのレベルに分けられる
まずご紹介したいのは“提案のレベル分け”です。具体的には、行う提案を以下の4つのレベルに分けました。

最初のレベル0はまだ提案とは言えず、「これは良くない」「どうすればいいですか」と、シンプルに指摘や問いかけにとどまっている状態。レベル1はアイディアを整理して伝えられる状態だとイメージしてください。レベル2では「自分はこれが良いと思います」と、自身の意見を盛り込んで伝達できている状態。そしてレベル3ではほぼ完成しアイディアによってすぐに動き出せるか、動き始めているような状況を指しています。
例として、チームに「定例会議の見直し」を提案するシーンに当てはめて、この4つの提案レベルを確認してみましょう。

レベル0の問いかけだけでは、話が進まなさそうです。レベル1ではヒアリングで集めた情報によって「定量的に判断してみましょうか?」や「振り返りを1回やってみましょうか」と、行動の選択肢を提示できていますね。
レベル2まで行くと、「明日の振り返りで話してみよう」と自分の意思を乗せて提案できる状態なので、意思決定の方向に進みやすい状況ができています。そしてレベル3は何人かと雑談した上で「これでいいですか」と行動ベースに提案しているので、意思決定者に決定を促す感覚がさらに強くなるイメージです。
EMになるとあらゆる選択肢が広がり提案がさらに困難に
今お話しした4つの提案レベルは皆さんがメンバーの時代でも意識的にも無意識的にも、繰り返し行ってきたと思います。しかしこれは、マネージャーになると、かなり難易度が上がります。僕がEMになった最初のころ、これまでできるようになってきたレベル2やレベル3の提案が全くできなくなってしまったのです。自分が何を提案していいのか、提案のために何を整理したらいいのかが分からず、レベル1も難しいぐらいの状況でした。

なぜマネージャーになった途端に、提案が難しく感じてしまうのか。その理由は大きく3つ考えられます。1つ目は、マネージャーになると他部署との意見の折衷や経営層への提案が求められ、関わる範囲が広がります。つまり、「何を/どこまで/どこで/誰と」話すかなど、考慮すべき変数が増えると、提案のためのさまざまな事象がより複雑化してしまうのです。
また、目の前の作業をこなすだけでなく、不確実性の高い未来を想像しながら正解を探す作業が求められ、考える時間軸が広がります。そうすると、正解が見えない中で提案しなければならなかったり、不確実な提案を続けなければいけなかったりと、提案に対する自信が持てなくなります。
加えて、マネージャーになったことで取り得る選択肢も増えます。採用の予算を持ったり組織運営に関わったりと、できることが一気に広がります。
例えるならば、元々ボクシングだけをやってきた人がいきなり総合格闘技に放り込まれてキックもタックルもしていいと言われながら困惑する感覚に近い。個人の1人の能力を超える選択肢をいきなり与えられると、どう扱えばよいのか分からない状況に陥ってしまいます。
提案の難しさを痛感した3つの失敗例
では、マネジメントになってからの提案の難しさを具体的に想像するために、4年前の3つの失敗例をお話しします。
失敗例①組織の情報収集をせずに経営に提言
2022年に自分が株式会社Kyash 執行役員VPoEに就任したとき、エンジニア含めてプロダクト開発組織の立て直しをしなくてはならない状況でした。当時はエンジニア5人の退職が決まっており、「根本的な解決に向けて経営にも動いてもらわないと無理だ」と感じていました。そのため、スライドを何枚かつくり、経営チームとのミーティングをセットして、このスライドを映しながら話しました。

今改めてこのスライドを見ると、「これを経営層に伝えてどうするんだ」という嫌な内容が並んでいますね。提案レベル1にもなっていない状態で、経営層も何を求められているのかわからなかったと思います。
失敗例②固定費や変動費を知らずに目標達成を目指していた

2023年ぐらいに、インフラコストの削減を提案した際の失敗例です。結果的には250万円/月の削減ができましたが、当時の僕はエンジニアの責務である事業計画上のトップライン目標以外に、チームの固定費や変動費を把握していませんでした。
もしもそれらを把握していれば、もっと早期の段階でコスト削減のインパクトに気付いて、着手もできたと考えています。
またこのときにどこに提案するべきなのかも把握しておらず、意思決定に時間をかけてしまいました。今ならば、このような抜本的見直しに関わる相談は、まず定例会議に持っていくと思います。
失敗例③予算確保のために過剰な準備で時間を使い過ぎた

最後は、AIコーディングのツールの予算の確保をするために提案した際の失敗例です。
このときは、経理や経営に予算をかける意義を理解してもらうには「めちゃめちゃ説明しないと!」と思っていました。そこで、脇を固めまくって提案したら「必要なら確保できるから、もっと早く言って」と、拍子抜けするぐらいポジティブな反応が返ってきたことがありました。
予算は本来、少なくすればいい存在ではなく、必要ならば使うべきものでもあります。このときは「定期的な振り返りを前提にレポーティングしてくれれば、お試し期間を設ける形で進めてよい」と言われました。
自分の周りの経理や経営メンバーの考え方を理解していれば過剰な時間をかけずに済んだと思っています。
提案のレベルを上げる肝は、「組織理解」と「予算理解」
以上3つの失敗例を振り返ると、いずれも自チームの状況や、周りのチーム、組織の状況を上手く理解できていないことに起因していることが分かります。
エンジニア組織の再建を提言したとき、当時の経営目標と意思決定のプロセスが分かっていれば、目標に到達するためにという建付けで整理し、意思決定前の会議体に提案することができていました。コストの見直し提案やAIエージェントの導入提案も、会社全体の予算規模と投資判断の経緯を理解していれば、より早めに動き出せていたはずです。
では、上手く提案していくために、何を「理解」すればよいのでしょうか。
まとめると、自チームと関わる周りのチームの役割、目標、価値観、そして意思決定のプロセスを説明できる状態になっていることです。それらを理解するために、チームの置かれている「組織図」、チームの「目標」、設けられている「会議体」、使える「予算」の4項目を押さえておくべきです。自分はここの理解ができていないまま提案していました。

まずは「組織図」。組織図とは、経営層の意思を人々の役割に落とし込んだものになります。実態はさておき、権限上の事情を把握することがとても大切です。
次に理解するのは「目標」です。会社全体の事業計画や、各チームの目標なども含んでいます。例えばCS(カスタマー・サクセス)チームやデザイナー・チームが持っている目標を知ると、各部署が大事にしている価値観や、何かを一緒に進める上で考慮すべきことがくっきりと見えてきます。
相談や協議を通して何かを決めていくための「会議体」は、定例で必ず用意されているはずです。その設計を知ると、このチームではどういったプロセスとリズムで物事が決まっているのかが大体見えてきます。それらを知ることで、どこで誰と相談すれば提案のレベルを上げられるかを理解できます。
最後は「予算」です。予算の内容と予算の決定プロセスを知ると、“予算がないからコントロールできない”と思っていた部分が実はコントロールできたりと、「どうすればよいか」という提案の選択肢の幅が広がります。
これらの情報を把握する方法は資料で確認することもできるかもしれませんが、僕はきちんと時間を取って他のチームのミーティングにお邪魔してみたり、担当者と直接コミュニケーションを取ったりするのが良いと思っています。会って話すことによって、テキストや音声以上の情報量を得られるのです。

一発でスマートに提案するより着実にやり抜く覚悟が大事

組織の「理解」ができたら、次は「覚悟」を決めることです。マネージャーは常に答えのない課題に取り組んでいるので、一発でレベル2、レベル3のような、課題解決につながる提案をスマートにできることばかりではないです。そうする必要もありません。情報収集によって最初の提案レベルをコントロールし、着実に意思決定に進めることの方が大事です。

また、1人でいきなり高い提案レベルを目指して伝えようとすると、結論が固まっているような捉えられ方をして議論が膠着状態に陥ることも少なくありません。その状態を防ぐコツは、定期的なレポーティングとセットで提案すること。振り返りと軌道修正を前提にした提案ならば、提案される側が安心できる可能性も高まります。
1人でいきなり高いレベルを目指す必要はありません。巻き込んで意思決定するために、レベルを"使い分ける"という意識を持つことが重要です。
そのために、範囲、時間、時間軸、選択肢の広がりによる変化を自覚し、組織図、目標、会議体、予算あたりから組織の役割と意思決定プロセスを掴んでおくこと。その上で、最初に持っていく提案レベルを使い分けていきましょう。
参考記事: "提案"のレベルを上げる


